アクセル・ワールド ~黄色い殺意~   作:uosa123

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前話の続きです

※『モス男』様、高評価ありがとうございます。
※『小浜に到来』様、感想ありがとうございます。


#01-β Diversion;転換 ②

「……終わりだな」

 

 憂いを帯びた声で、池澤/カッパー・スケアクロウは告げた。

 屋上から見ている彼からしても、鈴木鷹という少年には確かな資質を感じとれた。無論十年に一人の逸材などと肩書がつくほどではないが、比較的『向いている』方であるのは間違いない。

 実際、痛覚のあるブレイン・バーストにおいて初心者の大半はダメージを避けようと防戦一方になる。ヤケクソだろうと果敢に攻めていける胆力は評価に値するし、初見の連撃を見切る反射神経もいい。一頭身アバターの使い勝手の悪さを考慮すれば、大内が即戦力に成り得る人材と言ったのも理解できた。

 だから何より、アバターのスペック不足が悔やまれた。

 ブレイン・バーストのデュエルアバターは、眼下のスネークヘッドの言う通り、身の内に潜む悪感情を()えた劣等感の象徴とでも言うべき存在だ。おいそれと変更などできようはずもない。あまねく全てのバーストリンカーたちは、例外なくたった一つのアバターで以って数多の対戦を戦い抜いていくのだ。

 

「まぁ、仕方ねえな……アバターの性能なんてほぼ運任せだ」

 

 失望している訳ではない。以前より鈴木/スパンジと同様の苦悩(・・・・・)を抱え続けてきたスケアクロウにとって、その程度のことは誰かを見限る理由にはならない。

 けれど、その声には一つの諦めがあった。相応の停滞を覚悟し、レギオンの戦力補充などという淡い希望を自ら砕くような、残酷な切離の意が内包されていたのだ。

 

「――それはどうっすかね」

 

 そう言ったのは、無論となりにいた大内/ターコイズ・ナッツ。彼は確かにブレイン・バーストを始めて二週間のド新人だが、これほどハッキリと分かたれた勝敗の天秤を見分けられないほど愚昧ではない。しかし彼は、齧歯目(げっしもく)らしい愛くるしいその顔に確信に満ちた色を浮かべている……というか表情がやたらとウザったい。

 なにせ怒涛のドヤ顔であった。

 

「……あン? どういう意味だ」

 

 そんな訳なので、スケアクロウがとんでもなくイラついた声を漏らしたのは仕方ないとして。

 本当に平素通りでなかったのは、実のところナッツの方だった。いつもならぴぃぴぃと泣きわめくであろう先輩の怒気にも反応がなく、ただ真っすぐに下の戦場を見守っている。

 

「アイツの眼、さっきまでとは違ってますから」

 

 思えば、ナッツ/大内耕太郎(おおうちこうたろう)とは極めて人任せな少年だった。

 口が達者なお調子者であり、頻繁に大言壮語を吐く悪癖があった。彼の欠点はその“大言”を自分だけで成し遂げる地力(じりき)がなく、更には他人を巻き込むことがままあることであり、スケアクロウ/池澤秀真(しゅうま)もその一人だ。

 しかし、“巻き込まれた”者はみな知っている。

 お茶らけた喋りは、発言に自信を持てないから。大きな口を利くのは、今の自分を矮小だと認めているから。そして他人を頼るのは、誰より己の弱さを痛感しているから――というだけではないことを。

 大内は、自分を疑う代わりに他人を信じる。己を蔑むがゆえに他者を敬う。だから彼に力を貸す者はいつもあとを絶たなかった。それだけの話だ。

 では、この他力本願の権化が、一片の曇りなくドヤ顔をかませる事柄とはなんだろうか?

 

「まぁ見ててつかーさいよ。オレの親友の本領を、ね!」

 

 そんなもの――友達の自慢話に、決まっていた。

 

          ※※※※

 

「……《ニュートラル・ブリード》」

 

 発声と共に、全身に薄黄色い光が満ちた。

 中途半端にくっついていた右腕と左足を弾き出すように、傷口からぎゅむぎゅむと手足が再生していく。他にも自分でも気付かなかった欠損部位が一通り塞がり切ったのち、俺は光を纏って立ち上がった。地面に落ちた手足の残骸は、ゲームらしく消えることがなく、その場に残存している。

 もはや四肢に力が入らないなんてことはない。丸っこい右手の五指を開閉して感触を確かめる俺に、藤色のアイドルアバターである《オペラモーヴ・スネークヘッド》は不思議そうな声をかけてきた。

 

「大丈夫です? さっきはああ言いましたけど、このゲーム一応『同レベル同ポテンシャル』の原則っていうのがありますし、もっとじっくり探せば案外すぐ強みも見つかるかもしれませんよ。なんならドロー申請だしてもいいですから、そう自棄になることは……」

「いや」

 

 スネークヘッドの提案は、明らかにこちらを気遣ったものだった。本人とは会ったこともないけれど、戦闘一直線だった彼女が、逃げ回るばかりの俺にかける情けとしては破格だと思われる。

 

 なら。その提案を遮ってまで、俺は一体何をしようとしているのだろう?

 

 明確な答えはまだない。というより、早鐘を打ち続ける心臓の(つづ)みに、脳の奥底まで真っ白などよめきに染まっているのだ。

 このアバターは、おそらく俺の願いをこれ以上なく純粋に体現したアバターだ。

 我ながらあれだけ酷評しておいて何を今更と思うが、こう考えた方がかえって辻褄が合う。もっと言えば、トラウマや心の傷を素体に作られる(らしい)デュエルアバターが、凶悪に出来上がってしまっていた時の方が俺には恐ろしい。

 俺にトラウマがあるとすれば、そんなもの考えるまでもない(・・・・・・・・・・・・・)。だからこれは多分、俺の反省と自罰とを表出させたアバターなのだ。親友たちを傷つけた痛みを己に反映させ、今度は誰も傷つけないよう四肢を軟弱にする。――そして、安易に死ぬことも許さない。

 完璧だった。

 これほどまでに俺の願望を忠実に映した鏡を俺は知らない。そして完璧に、いっそ理想的過ぎる形を与えられたそれを見て、俺は確かに(すく)われたのだ。

 本来もう救いようなんてない俺だけど、心の中にこんな一面が残っていたなら、きっと今の今まで生きていた価値くらいはあったのだろう。そう、このアバターに証明して貰った。

 だからここが転換点(Diversion)。生を厭悪し死を羨望する日々も終わりを迎え、その事実によってのみ俺の魂に清涼な一陣が吹きすさぶ。

 拳を固める。

 握り込んだ五指と掌がわずかに反発する、そんなスポンジの感触も今や心強い。そうして、あるのかどうかも分からないへその辺りに力を入れ、言った。

 

「……悪いけど、もう一回だけ……いいか?」

 

 不恰好なファイティングポーズにも、彼女は拘泥しなかった。一瞬だけ見せたきょとんとした表情は、軽やかに回されたマイクスタンドの軌跡に隠れ、最終的に正中線を貫くポールの陰からスネークヘッドの破顔が覗く。

 ため息を一つ落としてから、対戦相手のアイドルアバターは問答を投げかけてくる。

 

「つかぬことをお聞きしますが、ちゃんと勝算あります? ……あとなるべくならさっきみたいな汚いのは避けて欲しいです」

「まぁ、一応。……汚くないかどうかは保証できないけど」

 

 相対し合うは二体のデュエルアバター

 《オペラモーヴ・スネークヘッド》は華やかな外装が似合う六頭身の(女性)型だった。色はピンク混じりの紫で、じっくり凝視すれば、各所に取り付けられたイナズママークだけでなく体表面にはびこる奇妙な文様も見てとれる。主な武装は腰だめに構えられたマイクスタンドであり、マイクを使った音響系遠隔攻撃、そしてスタンドそのものを振り回して近接攻撃も可能だ。厄介なことに、そのどちらもに雷属性ダメージが付与されている。

 翻って、《エッグ・スパンジ》は剽軽極まる一頭身。スポンジ製の四角いボディに、かくも脆い手足が二本ずつ生えている。一応1.3倍ほど伸びるが、元が短足短腕なのでさして意味はない。唯一の必殺技は、一定時間(必殺技ゲージが切れるまで)被ダメージを0にしその間カラダの欠損を再生させ続ける《ニュートラル・ブリード》。いま現在も効果は続いているので、全身が弱々しく光っている。

 制限時間は【1000】秒を切っていた。体力はスネークヘッドが七割五分で俺が六割。必殺技ゲージもスネークヘッドには一割五分あって、必殺技使用中の俺は雀の涙ほどしかない。

 

「ケッコーです。……それじゃあ、もう泣いても喚いても止めませんよ」

 

 望む処だ、とまで言える性質(タチ)ではなかったので、目線だけで返した。彼女も何も言わなかった。

 両者一斉(いっせい)に駆け出す。

 ごつごつとした火山岩を踏みしめる二つの大音が発されたが、そもそも距離の開きは大してないので、激突は一瞬だったはずだ。しかしそれも方向が重なればの話であり、たとえば片方が走る角度を大幅に変えればその限りではない。

 要するに、俺だけ真横に全力ダッシュした。

 

「えっ、えぇ……っ?」

 

 あんだけ啖呵切ったのにこれぇ……みたいな、失望混じりのおろおろ声が背中に圧し掛かってきた。俺自身なにか呵責めいたものを覚えるが、別に逃げる訳じゃないしー、これも必要な手順だからーと己を鼓舞する。

 俺が辿り着いたのは、溶岩流(あふ)れ返る噴水の手前だ。そのままジャンプし、マグマだまりを囲む石積みの(ふち)へ乗った。崩れたバランスを立て直すのももどかしく、俺は未だ明光の残る腕を伸ばしてマグマ噴水にかざす。

 その辺りで、スネークヘッドも気付いた。げ、と不穏そうな呼気を漏らすがもう遅い。スポンジの右腕は全霊をもって振われ、軌道上にあった噴水の溶岩流は散弾銃のように打ち放たれた。灼熱の飛沫(しぶき)が宙を舞い、回避不能の『面』攻撃となってスネークヘッドの矮躯に殺到する。

 

「あっ、ちゃチャチャチャっ! なんてことするんですか!」

 

 両手で顔を覆い、なるたけマイクスタンドに攻撃を受けさせようとしているが焼け石に水だった。全身を何百度だかもよく分からない粒子に叩かれ、スネークヘッドは甲高い悲鳴をあげる。

 そして攻撃者である俺もまた痛みに呻いていた。

 《ニュートラル・ブリード》発動中のため体力ゲージは減らないし、融解する腕もすぐに治る。しかし痛覚は消えない以上、どうやったって痛みからは逃れる術がないのだ。接触そのものは一瞬なので大したことはないが、マグマというだけあって粘着したまま腕に残留し、骨まで灼爛(しゃくらん)するような苦痛を与えてくる。

 しかもこれだけやって、相手の体力ゲージは五%も削れていない。なんとなく虚しくなってくるが、普通のゲームなら『マグマの飛沫(ひまつ)を飛ばす』という複雑な処理自体が適用されなかったかも知れない。それに《エッグ・スパンジ》本体の攻撃能力が皆無なことを考えれば、本当は破格と言っていい戦果である。

 

「どっ、だぁーっ!」

 

 もちろん相手もやられっぱなしでは居てくれない。

 再生中の右腕に代わり、左腕で同じ工程を繰り返している間も、スネークヘッドは前進を続けた。実際のところ、この戦法は飛距離も速度もかなり難があるので逃げるのは容易い。それでも歩みを()めないのは、その性格のせいだろうか。

 ダメージを与える度に増える必殺技ゲージ――すなわち《ニュートラル・ブリード》の効果時間――を横目に、迫り来るスネークヘッドへ飛沫(ひまつ)を当て続ける。しかし彼女の体力が六割弱まで減ったところでこの水遊びめいた攻防も終わりが来た。横薙ぎに振るわれたマイクスタンドが一メートル以上のリーチを詰め、140センチしかないスポンジボディに襲い掛かる。

 電磁の(とばし)りを腹面に感じつつも、噴水周りの石積みを後ろ歩きして避けた。当然止まった跳沫(ちょうまつ)攻撃のお返しとばかりに、二度三度となくマイクの先端が横殴ってくるものだから、時折マグマ溜まりの方に落ちそうになる。供給がなくなった必殺技ゲージもいつの間にか払底し、俺を守っていた燭光(しゃっこう)は途絶した。

 こうなっては横のマグマ溜まりに『池ポチャ』するのも時間の問題。諦めて噴水から離脱することを決める。その際、マイクスタンドの間合いから逃れておくため、噴水そのものを挟むような位置へと跳ぶ。

 だが――それこそがスネークヘッドの狙いだった。

 今まで鉾先(ほこさき)として使っていたマイク本体を瞬時に手繰り寄せ、大口を開いて必殺技の発声を行う。

 

「《ボルテージ・シャウト》――ッ!」

 

 着地の瞬間どころか対空時間狙い。

 紫電を纏う鳴動(めいどう)が轟いた時も、俺には何もできなかった。

 右半身がもろに消し飛ぶ。ついでに体力ゲージが大幅に抉り取られ、軽量のボディは錐揉み回転で吹っ飛んだ。やがて地べたを転がり、いくつもの(れき)に身を叩かれて止まるまで、俺の耳鳴りは止まないまま続く。

 俺が全身の痺れに打ちひしがれている合間に、スネークヘッドは噴水を迂回して接近して来ていた。今度は先ほどまでのような遠慮の色はなく、たとえ俺の策が尽きていたとしても、それならそれでトドメを刺して終わらせる――そういう意思が感じ取れる。

 

「せい、やーっ!」

 

 この大ダメージは想定外だったが、俺としてもここで終わるつもりは毛頭ない。右肩というか右目のある辺りの顔面を根こそぎ持っていかれつつも、足への損傷は軽微だ。根性で立ち上がって、振り下ろされたマイクスタンドを避ける。

 

「おっと、まだ動けましたか。とはいえだいぶイイの決まっちゃったんじゃないんですかー? いいんですよ、そろそろ()になっても」

 

 そう無駄口を叩くスネークヘッドの声色はどこか得意げだ。確かにあれだけ完璧にハメられればぐうの音も出ないというものだが、それはどちらかと言えば俺への挑発、いいや恐らく激励に近い色を帯びている。…………なるほどこれは好戦的なセンパイだ。

 体力ゲージは三割と少し。

 代わりに必殺技ゲージが同量溜まったとはいえ、作戦上(・・・)かなりギリギリの数値と言える。今はスネークヘッドが噴水を背負っている位置取りなので、ここからは正面切ってのガチンコとなるだろう。小細工の使えない今、綱渡りの勝負になるのは目に見えていた。

 けど。

 

「……まだ、だ」

 

 挑発に乗る。左拳を握り、振りかぶる。

 殴りかかったのはこちらからだったが、ヒットするのはあちらが早かった。頭頂部をマイクスタンドのどこかが掠め、頭の中でひよこが舞う。

 それでも無理やり拳をねじ込んだはいい。なんだかんだ直撃した俺の拳と、『当たった』だけのスネークヘッドの体力の減りが一緒なのもどうかと思うが、これはこれで仕方ない。

 ただ、斜め上から雷霆が落ちた時、俺は対処を完全に(あやま)った。

 紫電猛り狂う雷斧(らいふ)に、防いだ左腕は肘先から持っていかれた。あげく返す刀で逆袈裟の軌道を描く連続攻撃を受け、ごろごろと地面を転がる。回転する視界の中で削れた体力は、ゲージ全体の一割といった所か。残りは、もうわずか二割。必殺技なら受けた時点で即死だろうし、通常攻撃でも直撃すれば耐えられるかは怪しい。でもやるしかない(・・・・・・・・)

 

「さァッ!」

 

 立ち上がりを狙ったスネークヘッドは、スタンドを一直線に振り下ろす。転がるように避けつつ、地面に着弾するであろうマイクスタンドの音へ耳をそばだてるが、一向に聞こえない。

 フェイントの可能性が俺の脳裏に閃いた直後、脇腹に何かが喰い込んだ。マイクスタンドを構成する最も大きなパーツであるポール部分で、彼女は俺を中距離(ミドルレンジ)に押し出したのだ。

 更に、そのままマイクスタンドを引く動作で全てを直感した。

 必殺技が来る――焦燥は臨界点を超え、左右に飛ぶ動作へ全神経を注いだ時、俺は(あやま)ちに気づいたのだ。

 彼女はマイクスタンドを手繰ったのではない。スタンドごと自らの体を回転させる途中の動きが、マイクを引き戻したように見えただけで……!

 もはや思考は無意味だった。

 遠心力に裏打ちされた高速の一撃が、中途半端に跳躍した俺のボディを打ち据える。左右どちらに跳ぼうと、無情の水平(すいへい)()ちは俺という獲物を決して逃さない。

 

「ぁ、が……っ!」

 

 どぶんっ、と。

 スタンドの先端についたマイクは、間違いなくエッグ・スパンジの中心部を貫通した。今度は吹き飛ばされることすらなく、それ自体も部品の一つであるかのように無機質に釣り上げられたまま、視界全てが右に流れていく。

 そんな中、唯一ブレることなく視認できる体力ゲージは、限界量の五パーセント以下へ減少。そして――必殺技ゲージは、六割超を回った。

 

「《ニュートラル……ッ・ブリード》!」

 

 これで(・・・)ようやく(・・・・)

 満を()しての必殺技発動。

 体の中心を異物が貫く感覚に、腹と言わず脳と言わず全身がスパークを放っているが、無視。即座に再生した左手と右手を用いて、マイクスタンドのポール部分を掴む。

 ざりざりッ、と足の裏をかなり削らせながら着地した。マイクスタンドは力ずく抑え付け、本体の動きそのものまでも封じる。

 

「えっ、な。ウソ、でしょう……?」

 

 そのことに気付き、スネークヘッドは今になってマイクを引き抜こうと慌て始める。けれど抜けない。何故なら、マイク本体が本来貫いた軌跡は《ニュートラル・ブリード》の効果で微瑕(びか)なく塞がれていて、更には引き抜こうと俺の体内を掻きまわすほど、再生を繰り返すスポンジがマイクを絡み取るからだ。

 死にぞこないのスポンジアバターは、気息奄々(きそくえんえん)の体で宣告する。

 

「……取ったぞ、お前の……武器」

「……っ! そこまでしますか、普通……っ!?」

 

 スネークヘッドの驚愕は、武器が抜けなくなったことにのみあるのではないだろう。今は抑え込めているが、その気になれば俺の軽いカラダごとマイクスタンドを持ち上げることもできるはず。だから彼女の頭をもたげているのは、恐らくもっと本質的なことだ。

 この短い時間で推測できたことの一つとして、《オペラモーヴ・スネークヘッド》の性質が挙げられる。

 彼女は「雷」と「音」を操るアバターだ。それは「⚡」( イナズマ )マークのマイクからしても明らかで、散々受けた音と電撃の多重効果は身に沁みて理解している。けれど真に着目すべきは、その順序にあった。

 《オペラモーヴ・スネークヘッド》は、《ボルテージ・シャウト》という遠距離必殺技や、半径五メートル以内の敵に微量のダメージを与える特殊なアビリティを有している。しかしその両方が「初動作として、マイク本体に声を吹き込む」という共通項を持つのだ。つまり、極論このマイクさえ封じてしまえばスネークヘッド本体を丸裸にできる。

 そうして俺が出した結論は「マイクスタンドそのものを吸音性能に(・・・・・)優れた素材(・・・・・)で覆ってしまう」というもの。もちろん素材はこのスポンジボディに他ならず、試みはほぼ問題なく達成された。

 それにしても、痛みが想像以上にキツい。

 アバター上では顔面であり、人体なら腹の真ん中を貫かれた。どちらに準ずるにしても人体の最重要部位を異物に陣取られたものだから、さっきから吐き気が止まらない。そういう苦悶の只中、こうして言葉を発することさえ実はかなりの労苦だった。

 

「……でも、センパイ」

 

 突飛な戦術に面喰らい、一時はその場に固まっていたスネークヘッドが呟く。ほんの小さな音量だったけれども、そこにはわずかな発揚が感じ取れた。

 ぐっ、と。

 全身の力を漲らせて、スネークヘッドは俺ごとマイクスタンドを持ち上げる。それなりに抵抗はするが、何も掴まる物がない場所では体重差を覆せず、簡単に釣り上げられてしまう。

 かといって、多少振り回したりした程度で外れる拘束力ではなく、地面を引き摺りまわしたってエッグ・スパンジはすぐに再生する。そのハズだ……と。

 お互いそのように推測して、だからこそ彼女はより攻撃的な手段に打って出たのだろう。

 

「知ってますか――再生する敵(先輩みたいなの)は、溶鉱炉にぶち込むのがお約束だって!」

 

 狙いは背後の噴水。

 ステージ最大のダメージスポットは未だ休むことなくマグマを湧出させ続けており、ここに放り込まれた者がどうなるかなど想像するまでもない。

 つまりそれは奪われた武器もろとも敵を葬る最適解。つまりそれは不死身のバケモノを打倒できる永続的な超火力。

 《オペラモーヴ・スネークヘッド》は決然たる、迷いなき挙措で以ってマイクスタンドを構える。会心の笑みを顔いっぱいに湛え、鉾先にのせた対戦相手との戦闘に終止符を打つべく、目標の噴水めがけて突撃した。

 俺が誘導(・・・・)した通りに(・・・・・)

 ……本当のところ、俺の作戦は何一つ変わってなどいなかった。方法を変え、手段をより遠回しにしただけで、徹頭徹尾この噴水に相手を叩き込むというフィニッシュに向かって歩を進めていたのだ。

 そもそも。このアバターはやれ耐久力だ体格だと言い出す前に、まずを以って相手にダメージを与える力が著しく不足している。いまさらマイクスタンドの一本や二本収奪したくらいで何かが変わる訳でもない。

 必殺技を封じられる? 武器がないから無防備? 何を馬鹿な(・・・・・)

 丸裸云々言うなら、そもそものエッグ・スパンジだって端からすっぽんぽんの素寒貧(すかんぴん)、そのうえ徒手空拳すら頼りにならない超虚弱アバターだ。ただの殴り合いでも勝てる気はしない。ましてや現状体力ゲージは風前の灯火で、必殺技の効果時間さえ解ければ蹴り一発で片がつく。

 よってこの策案(さくあん)の肝要は、相手に狙いを気取られないことと、同時に何がなんでも噴水の方へ相手を誘引するという二点にある。

 泥縄なりに、罠はいくつも張っていた。

 最初に溶岩流を使ってダメージを与えたことも。次の乱打戦では必殺技ゲージを温存し、スネークヘッドを惑乱したことも。そうして――必殺技封じという疑似餌(ぎじえ)で、彼女の不信感を一度完結させたことも。

 よってこれも陽動作戦(Diversion)。細工は流々で、何もかもが計算通りなどと言うつもりはないけれど、今、確かにスネークヘッドは自分の勝利を疑わず走っている。その迷いなき一直線が、龍の(はらわた)に向かっていることさえ気付かずに。

 

「これで終わ――」

 

 噴水まではもう幾ばくもなく、最後の宣告のようにスネークヘッドの緩んだ口を開く。しかし昂然として顔を上げた際、一瞥(いちべつ)した俺の恰好が余程おかしかったらしい。ほのかに煌めくアイレンズが、限界まで拡張された。

 一頭身たる《エッグ・スパンジ》の胴体(がんめん)中央、不必要に大きい瞳より少し下に俺は両手を添えていた。正確には、その両腕には今なお渾身の力を込めている。

 必殺技、《ニュートラル・ブリード》。

 発動中は体力ゲージそのものがロックされ、その間はいかなる(・・・・)身体欠損も(・・・・・)即刻再生する(・・・・・・)

 この場合、どちらが本体扱いされるのかは全くの未知数だったが、よもや両目と鼻先より下ということはなかろう。そして自らの攻撃の負荷(・・・・・・・・)にも耐えられない(・・・・・・・・)このアバターは(・・・・・・・)自己破壊が可能(・・・・・・・)である(・・・)

 あと必要なのは思い切りだけだった。

 

「ぁ……ァッぁああ……ッ!!」

 

 アドレナリンという概念があるのかどうかも分からない。上下の認識も一時的に吹っ飛ぶ。意図的に残したはずの視界もブラックアウトして、無明の闇の中、ただ己の体が浮遊している感覚だけが伝わって来る。

 不思議と痛みはなかった。ただ、ぶつり、と神経系とアバターの回線が途切れたような致命的な音が一つして――――――――――――――――――――――――――――――――――ばちっ、という火花の音が意識と五感を回復させる。そして気づいた頃には、俺はスネークヘッドの頭上を飛び越えその背後に居た。

 

「は、な……っ!?」

 

 スネークヘッドの混乱は、決して己の体に降りかかる力学的エネルギーに追いつくことはなかった。頬よりも口よりも一番最初に再生したたった一本の右手で、背後からスネークヘッドの頭部に狙いを定める。これが決着の一撃となる。

 ぱこんっ、と。

 終幕というには、あまりに情けない打撃音。体重などまるで乗っていなければ、姿勢が悪すぎて拳のキレなど望むべくもない。けれど今は、その背をそっと押す程度の力があれば十分だった。

 

「あ、わ……っ」

 

 それだけで藤色のアイドルアバター、《オペラモーヴ・スネークヘッド》の重心は完全に崩壊する。噴水の中心に叩き付けるハズだった得物の軌道を大きくスカし、しかもそのマイクスタンドの重みがスネークヘッドの体を前へ前へと誘っていく。

 秒とかからず、スネークヘッドはマグマ溜まりに落ちるだろう。そうなれば全身が焼き尽くされるまで、いや両足が()()ちるまで噴水から出さなければいい。その為の必殺技ゲージは溜めておいた。

 これで、俺の勝

 

          ※※※※

 

 校舎の屋上で、カッパー・スケアクロウ――中規模軍団(レギオン)《カイパーベルツ》のレギオンマスターは呟いた。

 

「……あんまりルーキー相手に情けないとこ見せてやるなよ、スーク(・・・)

 

          ※※※※

 

「――《ボル、テージ……・サイクロ――ン》ッ!」

 

 奇しくも、最後の一発で溜まったゲージだった。

 スネークヘッドの必殺技ゲージ四割が全て消費され、マイクスタンドの穂先が特別強い電光を帯びる。

 今更何をやってもムダ……などという俺の思考を直接ぶち抜くように、薄紫の稲光は円軌道を描き、倒れかけていたはずのスネークヘッドの肢体ごと高速回転を始める。

 

 ――必殺技の一部には、身体動作を強制するものも珍しくない。そしてそれらの必殺技の多くは、発動した時点でそれまでの運動エネルギーが全て帳消しになるのだ。

 ――現時点の俺には、知る由もない話ではあったが。

 

「せぇ――っ!」

 

 それは名の通り小さな竜巻だ。無数のスパークを放ちながら敵アバターは駒のように回り始める。すると生まれた紫電の渦が、スネークヘッドの矮躯を覆い隠すほどになる。その頃には、脅威はもう眼前まで迫っていた。

 滞空時間中の悪夢再び。そもそも空中で動けるアバターではないのに、四肢のうち三本が再生中ときた。いまの俺にできることなんて何もない。

 今度こそ、本当のほんとうに……手詰まりだった。

 

「吹っ、飛べぇぇぇぇっ!!」

「おぶっ……!」

 

 遠心力を重ね合わせた強烈な打撃が、再生途中の顔面にめり込む。爆発的なエネルギーの奔流が、先の一撃とは比べものにならないほどの衝撃を発する。

 まるで野球ボールにでもなったかのようだった。柔軟性に富んだ全身が波打ったかと思えば、目の前の黒いマイクがどんどん離れていく――そして、背後から追儺(ついな)のダメージ。正確には、メートル単位で後ろの校舎に弾き飛ばされたのだろうが、今はそこまで頭がいかない。

 よく分からないまま眼下を覗けば、ホームランバッターよろしく清々しそうに利き肩を回すスネークヘッドが目に入った。つくづく退屈とは縁がなさそうなプレイヤーだ……

 と、考えた辺りで自由落下が始まる。もう重力に抵抗する気力もわかず、ただ眼前で朽ち果てていく緑色のゲージだけを見つめていた。落ちて、痛くて、()ねて、そこら辺の建物にぶつかって、止まって。それら全てを受けとめた光の膜は、役目は終わったとばかりに明滅を始める。

 

「ぅ……あ…………」

 

 負けた。完膚なきまでに負けた。

 紛いなりにも策を立てて動いていた分、一度それが崩れるとどうしようもなくなってしまう。消沈する心は、痛み以上に体を地面に縫い付けて、俺は俯け(うつむ )のまま力の入らない肢体を投げ出していた。

 相手は経験者で、俺は初心者。アバターの『使いやすさ』も違えば、勝負に臨む意志も劣っていた。

 それでも、勝ちたかった。

 無理でも無茶でも無謀でも。弄せる手管はすべて使い、汚い手段を用いて謗られようとも。何としても俺は勝たせたかった(・・・・・・・)のだ、このアバターを。

 俺は、俺が嫌いだ。

 そんなことは今さら確認するまでもない、当たり前のことだった。

 《エッグ・スパンジ》はそんな俺から生まれてなお、俺の嫌悪する性質を何一つ受け継いでいない。他者を害する暴力性を持たず、ただ俺の嫌うモノだけを戒め続けるだけの、戦闘用とは言い難い贖罪(しょくざい)のアバター。

 だからこそ、コイツが認められないのを許せなかった。矛盾しているかも知れないが、俺の望みで闘いに向かないように作られたこのアバターが、そしてある意味において俺を救ってくれたこのアバターが、俺のせいで不当な扱いを受けることはきっと何よりも許し難い。

 いや。本当はもっと、簡単な理屈なのだろうか。

 どうしようもなく真っ黒な己の中に、ぽつりと浮かぶ明星のようなもの。何もかもが大嫌いなこの俺に、たった一つ残った愛せる小片。俺はただそれを、誇りたかっただけなのだ。

 

「……ちく、しょ」

「――あっ、ひょーう!」

 

 唐突に、奇声。

 なんかどっかで聞いたような、いや散々ぱら聞いたなこれ、というか明らかに坊主頭のアホの声では?

 残念ながら俺の記憶に間違いはないようで、頭上に浮かぶはそのアホが変身したモモンガアバターだった。薄暗い翡翠色は光を遮り大きめの影を生み、語調に反して極めてのろのろと落下してくる。

 

「着、地! 待たせたなタカ! ついでにヘッちゃんもね!」

「……今さら何しに来たんですか先輩。ていうか、ダメージ判定ない癖にビビり落下とか人として恥ずかしくないんですか? 死にたくなりません?」

「それは辛辣(しんらつ)通り越して暴言の域だと思うんだ!」

 

 イジメいくない、と騒ぐ齧歯目の登場は場の空気を一瞬で弛緩させた。最新鋭の消臭剤も真っ青の効能に苦笑いしか湧いて来ないが、手足の硬直が解けたのは一応そのお蔭だったのだと思う。

 俺が立ち上がっている間もヤツらの応酬が続いていた。口ゲンカというより、スネークヘッドの言葉の暴力で大内が滅多打ちにされている感じだけど。そんな中、再び眼下の火山岩へ影が落ち、しかしそれは大内のそれより何倍も早く濃度を増していく。

 ずどんっ、と重厚な音が地べたを軽く揺すぶった。落ちてきたのは埴輪にも似た銅の人型アバター。彼は大内とは比べ物にならない威厳を以って、仲間たちに向けて話しかける。

 

「――悪いな、スーク。初戦ってこともあるし、この辺でお開きにさせてもらう。決着はもうついたろうしな」

「あ、はい。そちらの方が構わないなら別にイイですよ」

「…………きさまオレの時と反応がち、ぎゃうっ!」

「鈴木もそれでいいか?」

「あ、はい……多分」

 

 こちらにも声をかけられて、少々間を置きつつ返答する。尻尾を踏んづけられて喚く大内の扱いはどうも共通らしく、池澤はそちらに一瞥もくれぬまま両手を叩いた。

 

「にしても凄えな。まさかここまでやるとは思ってなかったぞ」

「…………え?」

 

 破裂音というよりは、カンカンと板金加工でもしているかのような音だった。そんな降って湧いたる拍手の意を俺は量りあぐね、漠然と問い返す。

 

「……俺、負けました、よね……?」

「そりゃあな。まだまだ未熟な所もあるが、スークもあれでレベル3だ。レベル二つ分差があって、それも初陣でこんだけやれりゃ十分以上だよ」

 

 答えに納得ができなかった。というか正直レベルの概念自体初耳――なので、多分それもある。けれど、こちらに沁み込んでくる言葉の温かみが、気遣いが、なんだか俺に向けられるものとして不適当な気さえした。

 

「――えぇっと……わたしたち、もう出てきてもいいのかしら?」

「――よろしいのではないでしょうか。対戦中のお二人にもう戦意はないようですし」

 

 さらに突然、校舎側の出入り口からそれらは聞こえた。

 声はどちらも女性のもので、艶のある美声と、やや堅苦し過ぎるほどの高音。いち早く気付いた大内が「おーい」と声をかけると、物陰から彼女らは出てくる。やがて視えた色彩は黒と橙に分かれており、またその姿形すらも似ても似つかぬ対照ぶりだった。

 

「お、《メイ》と《マノーバ》か。どこで見てたんだ? 屋上には居なかった見てえだが」

「三階の廊下からかな。《スーク》ちゃん捜してたら、見つかる前に始まっちゃったから」

 

 そのF型アバターにこれといった特徴はなく、ただそれゆえに個性的なアバターだった。

 ほんのわずかに青みがかった黒色が全身を覆い、鋭いクリムゾンレッドのアイレンズだけが煌めく。所持するものは背中側に()いた一本の短刀のみ――よってその様まさしく、暗殺者か忍の者といった風貌だった。

 すらりと流れるような細い四肢にもかかわらず、その豊かな曲線は隠しようもなく優美。繊婉(せんえん)を絵にかいたような女暗殺者アバターは、見かけに驕らぬ柔和さで、池澤の問いに答えている。

 

「それよりも副会長。明らかに観戦制限エリア内に入っていますが、彼も既にレギオンへ加入したのですか?」

「いや、まだだ。悪いけどちょっと観戦設定のとこイジらせて貰った。大内じゃねえんだ、右も左も分からない内に即加入ってのもフェアじゃないだろ」

 

 しかしこちらは、率直に言ってかなり気味の悪いナリだった。

 そもそもこれは人型なのだろうか。オレンジ色のアバターは、骨格からして人などとはまるで違う。細すぎて安定感に欠ける足に、ずんぐりむっくりとした上体が乗っている様はアンバランス極まりなく、かと思えば異様に長く伸びた首は、猫背めいて大きく弧を描いた状態で安定している。

 既存のどの生物とも違うその奇態(きたい)を強いて表すというなら、エイリアンだろうか。とはいえあくまで2046年現在、地球外生命と未接触の人類が便宜上(べんぎじょう)思い描くような、『あの』イメージに即したものに過ぎない。もしかしたら虫や甲殻類なら似たような生物が居るかも知れないが、少なくとも俺にはそうとしか例えようがなかった。

 ふと、そんなエイリアンアバターはこちらを見て腰(というか首の大本)を折り曲げる。

 

「挨拶が遅れて失礼しました。先ほどは素晴らしい闘いぶりでした」

「あ……はい。……アリガトウゴザイマス」

 

 見た目の異形さに似合わぬ、丁重な礼譲(れいじょう)だった。外見との乖離は著しく、俺の口が半開きになるのも仕方ないことと思いたい。しかし、デュエルアバターが当人の悪感情から生まれているという大前提を思い出すなら、むしろこういった美醜の偏ったアバターになる方が自然なのかもしれない。彼女もその品行方正さの中に、並みならぬ何かを抱えているのだろう。

 ……と、そこまで思って。何か記憶に引っかかるものに気付いた。

 

「あれ……もしかして、今日……プリント運んでた人……?」

「プリント、ですか。確かについ先ほどまで運んでいましたが」

「あっ、いや。俺、あの、三十分くらい前にぶつかって……」

 

 まぁ、と彼女はその触手めいた両手を口元にやった。おとぼけた仕草一つとっても育ちの良さがうかがえ、やはり外見とのギャップでヘンテコな気分になる。ただそれも、数十分前に見た実際の容姿と重ねてみれば、成程確かにしっくりきた。

 短く切りそろえられた髪に、無地の白いカチューシャ。表情の動かない鉄面皮ながら、面立ちの端麗さは他に類を見ない――そんな同学年の女子だったのである。

 そんな折、スネークヘッドのカミナリマークが視界に割り込んで来た。

 

「なんです? 二人とも知り合いだったんですか?」

「あ、いや、そんな大したもんじゃなくて……ホント、たまたま擦れ違ったくらいで……」

「はい。普段のクラスも違いますし」

 

 そうハッキリ肯定してくれるのは幸なのか不幸なのか。自分から聞いておいて余り興味の無さそうに、活発なアイドルアバターはふーんと空気を漏らす。

 

「何でもいいですけど、そろそろ時間もないし自己紹介くらい済ませちゃいません? ――いいですよねっ、クロちゃん先輩」

「クロちゃんは止めろっつってんだろ……ったく。まぁいいや、オレたちも地味にコッチの名前は言えてないしな」

 

 クロちゃん……じゃなかった、池澤に意見しつつ視界上部を見上げるスネークヘッド。半分以上残る彼女の体力ゲージと、ごくごくわずかに残った俺の体力ゲージの間にある制限時間は、【715】くらい。10分ちょいと考えると、時間があるのかないのか微妙なライン。

 

「じゃっ、あたしから。――《オペラモーヴ・スネークヘッド》、レベルは3です。気軽に《スーク》って呼んでください」

 

 敬礼気味に言いつつも、ウインクまで飛ばしてくる。紫がかったピンク色の矮躯は、手のマイクスタンドもあいまってやはり実にアイドルっぽい風貌だ。

 

「オレの名前は《ターコイズ・ナッツ》だ。レベルは2、つまりタカの一つ上ってワケよ。センパイって呼んでくれてもいいんだぜ」

 

 現実の痛ましい坊主頭と比べ、身長150センチ以上ある化物モモンガ(※ムササビです)が腕を組む姿は奇妙な愛らしさがある。暗い翡翠色の体表を目でなぞる中、現実もこうだったらまだマシなのにと俺は内心わりと本気で思った。

 

「わたしは《インディゴ・メイフライ》。みんなには《メイ》って呼ばれてるけど、そこはお好きにどうぞ。レベルは4で……戦闘スタイルは見ての通りかしら」

 

 くびれのついた蜂腰(ほうよう)を少し曲げ、(おの)が短刀の(かしら)に触れる。その様は、暗殺者という以上に女性らしさに満ち満ちている。俺も一瞬見惚れてしまう程だったが、語り口調はおおらかで優しく、淫靡さとはどこか遠い響きがあった。

 

「私は《タンジャリン・マノーバ》、未熟ながらレベルは4です。マノでもマノーバ(・・・・)でも、いかようにも」

 

 とんでもなく猫背になったエイリアンアバターは、それと不釣り合いな丁寧な声で述べる。全体的にオレンジっぽい着色で、先程は本体に気を取られたが、背には大きなライフル銃のようなものを背負っていた。

 

「《カッパー・スケアクロウ》。銅のカカシって意味でな、名前通りに結構なポンコツだ。レベルは6だが、あんまり額面通りには受け止めない方がいいぞ」

 

 アカガネの人型アバターは、両刃の剣と身の丈ほどの盾を携えて立っている。確かに装備に見栄えはなくアバターも無個性簡朴で、名がカカシというのも分からなくもない。ただ弱くそうかと問われれば、そうとも言い切れない重厚感が見え隠れしている。

 

「――まぁ、という訳で。この五人がうちの軍団(レギオン)、《カイパーベルツ》の全メンバーだ」

「……ぇと、レギオンっていうのは……」

「そうだな、ギルドっていうかパーティっていうか……言っちまえば、このゲームにおける共同体の主流だな。きちんとシステムに保護されてる分、利益も多いがリスキーな一面もある。入るかどうかはもうちょいこっち(・・・)に慣れてから考えてくれ」

「……なる、ほど」

 

 カイパーベルツ。不思議な響きのその名を頭の中で繰り返していると、語っている池澤の隣で「次はおまえの番」とばかりにこちらにジェスチャーを送ってくるモモンガアバターがいる。

 ……へいへい。分かってるよ。

 

「……《エッグ・スパンジ》です。よろしく、お願いします」

 

 そして、俺のアバター。《エッグ・スパンジ》。

 スポンジ・○ブじみた真っ黄色の、四角八面(・・)にしてスポンジ製の一頭身。武器もなく、体も脆く、強力な技もない。――よって紛れもなく鈴木(すずき)(たか)のものであるアバターを、俺はお辞儀させた。

 そうして頭を下げて数秒しても、周囲から反応らしい反応がない。気になって顔を持ち上げると、勢いよくこちらに飛び込んでくる齧歯目が目に入る。

 興奮冷めやらぬ表情の大内/ターコイズ・ナッツが、俺の肩(と(おぼ)しき顔面と腕の付け根)に前足を乗せた。肩に絡みつく感触の気色悪さから逃れようとする俺に、元ハゲのモモンガ野郎はより強くしがみついてくる。

 

「――いやー! 一時はどうなるかと思ったけど、流石はオレの親友だぜ。ナイスファイト!」

「……重い……つーか、邪魔……っ」

「いやでも、初っ端からステージ属性を利用するなんてよく思いついたな。オレが初対戦の時なんか、訳も解らないままやられたもんだったが」

 

 どうもそれで定位置化してしまったらしい。池澤/カッパー・スケアクロウはその様子を気にも留めず、対戦の総括みたいなことを始めてしまった。他の三名、タンジャリン・マノーバ、インディゴ・メイフライ、そして対戦相手だったオペラモーヴ・スネークヘッドまで参加し、口々に言い合う。

 

「お言葉ですが、副会長。スパンジさんは本体に攻撃能力がないため、やむなくそうしたというだけでは? 無論、誰にでも思いつくことではないと思いますが」

「でもビックリしちゃったわ。再生するとはいえ、自分の顔を二つに割っちゃうんだもの」

「まー度胸は人一倍あるみたいですよね。そこのビビりん先輩と比べたら、特に」

「そこーっ! 言ってはならないことを言ったな! こうなったらタカ、次こそコイツをけちょんけちょんにしてやるんだ!」

「いや、そこは自分(てめえ)でやれよ」

 

 そんな、賑やかな空気を。俺は意識だけ数歩離して眺めていた。

 俺を分析し、どこか称賛するような声を投げかける五人がどこか遠い存在のように思えてしまう。話題の中心にいるはずなのに、本来讃えられるような人間じゃない俺は、どこまでも場違いのように感じられて。

 でも、気付いた。

 本当の俺がどんなだろうが、今ここに居るのは鈴木(すずき)(たか)じゃない。《エッグ・スパンジ》だ。それならば、引け目を忘れられる。いや、それどころか、彼らと笑い合うことだってできる気がした。

 都合のいい思い込みだと断ずる人も居るだろう。ただの現実逃避だと罵る人だって居て当然だ。でもそれが救いになる時もある。今こうして、一歩を踏み出す勇気をくれる時だってある。

 ……あぁ、そうか。

 

「……ゲームって、こういうものだっけ」

 

 瞳の裏に浮かんだのは、あの日の場景(じょうけい)

 右の手のひらを広げて、そこから零れ落ちたすべてを回想していくと、そこにはいくつもの笑顔があった。憧れだった少年と、好きだった女の子。あとはたまに妹とか、近所の小さい子とかが居て……そして俺が居て。本当は、泣くこともあったし、ケンカだって沢山した。都合のいいことばかりではなかった。けれど、そこにはとてもとても大きな幸福が土台にあったのだ。――と思い返して。

 エッグ・スパンジの黄色い手のひらを、そっと折りたたむ。

 思い出すことさえ苦痛だった過去を、今だけは、本当に愛しい気持ちで抱きしめるように。

 

「んー? 自分のお手々見つめてどうしたタカ。ひょっとして『俺の右手が……!』とかロールプレイング始めちゃったり?」

「……いや現実(リアル)のハゲよか、仮想(こっち)のモモンガの方がよっぽど愛嬌あるな、って思って」

「ヒドイっ! 何度も言ってるけどあの頭はオレの意思じゃなく――て、いうか! オレはモモンガじゃなくてムササビなんですがーっ!」

 

 タカも分かってなかったのかよぉー、とかわんわん泣き喚く大内。

 いつも通りの阿鼻叫喚に平時と変わらず無視を決め込む俺だが、実は思ったよりも舞い上がっていたのかも知れない。色めかしい漆黒の女性アバター、インディゴ・メイフライに握手を求められた時、俺は自分が失言を漏らしたことにも気付かなかったのである。

 

「いい、闘いだったわね。色々(・・)と苦しい条件が多い中、よく闘ったと思うわ」

「あ、はい……アバターは良か(・・・・・・・)ったんですけどね(・・・・・・・・)アバターは(・・・・・)

 

 そう。握手していない方の手で、俺は自分の頭を恥かしそうに掻きながら。

 

「「「「えっ」」」」

「……え?」

 

 その瞬間。

 温かく、眩いほどに輝いていたはずの景色がだしぬけに凍り付いた。斜光に包まれた黒い火山岩たちも、とオレンジに染められた溶岩流も。どうしようもなく熱を帯びたそれらは一様に『停止』という概念に呑み込まれ、夜の荒野のような寒気だけがこの場に吹き荒れた。

 例えるなら、それは神秘的な存在に触れた際に生まれるような静けさであり、はたまたクソ寒い親父ギャグを飛ばして滑ったあとのような……

 

「ん? んんっ? どゆこと?」(ナッツ)

「……え、えーっと。これって……?」(メイフライ)

「これは、アレだな……」(スケアクロウ)

「まぁ……ですよねー」(スネークヘッド)

「……はぁ」(マノーバ)

 

 秒間ごとに余所々々しさが倍増していくようだった。ひそひそと話し合う彼らと俺との間には、先程まではなかった途方もない断崖がある気がする。というか、確実にある。でなきゃこんなに寂しい気持ちにもならないし、俺のお手々(てて)もあちらのお目々(めめ)も泳ぐはずがない。

 

「ウッ、ゲホンゲホン! ま、まぁそんな考えもあるよな。ようこそ加速世界へ。オレたちはお前を歓迎するぜ」

「そ、そうですね! 別に『やっぱりナッツん先輩の友人なんだなぁ』とか諦めたりしてませんからね、えぇ!」

 

 たぶん二人は異様な寒暖差に気付いたのだろう。

 池澤とスネークヘッドは涙が出るほど空々しいフォローを入れつつ、俺の背中をバシバシ叩く。スケアクロウはともかくスネークヘッドに叩かれると体力ゲージが減るから困る、だなんてそのHAHAHAと乾いた笑いの前で言えるはずもなかった。

 

「タカ……何があってもオレはおまえの味方だからな」

 

 かと言って、隣を向けばこの始末。こいつに憐れみ百パーセントの目を向けられたという屈辱はきっと一生忘れない。

 

 ぶわっ、と。

 

 憎しみに限りなく近い感情を拳に固めている最中、ふと一陣の風が吹いた。いままでそよ風一つ立たなかったこのステージに訪れた、突発的な木枯らし。カイパーベルツの五人と野良スポンジアバターは一斉に同じ方向を向き、そしてまたすぐに首を振り戻す。

 ただ俺一人を除いて。

 

「珍しいな、《溶岩》ステージに風が吹くなんて」

 

 そう口にするスケアクロウの言葉が真実なのだろう。無風のステージに、突然風が吹きすさぶ理由など偶然と言う以外にない。

 けれどその風は、俺にだけこう告げたのだ。

 

 オマエガイキテテ、ヨカッタ、と。

 

 ――お前が生きてて良かった、と。昨夜悪夢で見た、あの呪いの言葉(・・・・・)と一言一句違わないそれを、風は淡々と告げた。

 間違いなく空耳だろう。ただでさえ仮想のものである大気の震幅に、運命の冠を背負わせるのは無茶がある。だがもしもそこに偶然以上の意味があるとすれば、それは警鐘なのだ。現実(かこ)から逃げすぎた己に対する、識域下に潜む俺自身からの「忘れるな」という指摘。

 振り払うことも立ち向かうこともできず、俺は空を見上げる。

 分厚い雲に閉じられた曙光(しょこう)は、なおも地表をほのかに照らしている。泥濘に足を取られた罪人ですら捕まえる恒久でありながら、今はもう世に(あかつき)を唱えることもない。そんなどちらつかず。

 

「おーい、タカったら。ボーっとしてるんじゃないよ、まったく」

 

 友人が、呼んでいた。

 俺は空からも風からも目を離して、彼の居る場所まで戻っていく。その時俺は恒久から解き放たれ、また夜明けまでの時をやり過ごすことができた。ひたすら中途半端に、のんべんだらりと。

 俺は、今日も生きている。

 

 

 

 

 

 




『アクセルおむすび ①』

大内「マイフレンドタカよ、せめてお前だけにはムササビとモモンガの見分け方を覚えて貰うぜ」

鷹「……また面倒臭そうなのが」

大内「まずは尻尾! ムササビの尻尾はモモンガの短小野郎共と違って太くて立派なのだ!」

鷹「一発目から下ネタを挟むな……!」

大内「次に頬の白帯! これがあれば一発でムササビって分かるよ! ヤッタネ!」

鷹「へぇ――って、あれ? 見当たらない……ていうか、アバターって基本単色じゃ……?」

大内「いいや! よく見ろタカ、ここにうっすらほのかに白っぽくなってる所がある……っ!!」

鷹「いや分かるか」

※09/24/20:25 タイトル訂正
※09/26/22:10 話数を分割
※2018/17/19:06 本文とあとがきの修正
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