──クリスマス当日
今日は何もない素晴らしい一日だった。
☆☆☆
「──ふわぁ……ねむい」
どれくらい寝ただろうか。昨日は惰眠を貪ってただけだから夜に眠れなくてだいぶ夜更かしした。お陰でこの前買った最新刊は読み終える事が出来て満足だ。
私は起き上がりカーテンも締め切っている所為か真っ暗闇な部屋に明かりを灯す。急に明るくなった事で光に慣れていない目に皺が寄るのを自覚しながら携帯電話を取り出すと、現在の時刻は11時50分を回っていた。正直寝過ぎた。
「……今日の予定なんやったっけ……」
ポロリと出てしまった博多弁には気付かないまま私は呟いた言葉について考える。
確か今日は武内さんによれば『シンデレラプロジェクト』メンバーが揃ったという事で顔合わせが行われる日だったような気がする。杏ちゃんと神崎さんは知っているが、その他のメンバーに関しては私は何も情報を持っていない。
「集合時間は……」
思い出せない。武内さんはなんと言っていただろうか。確か昼休みが終わったらって言っていたな。346社員の昼休憩時間は12時から1時までの60分間だ。……あれ? 私今何時って言ったっけ?
光に慣れた事で頭は活性化し、私の灰色の脳細胞は10000rpmを容易に超越する程に回転を始めた。そして出た答えはただ一つ。
「寝坊ですね分かります」
そもそも12時近くに起きた時点で寝坊というレベルで測れるものでは無い。
──寝坊、それは誰もが経験したことのあるであろう、この世で最も抗い難い力の一角に連なる存在。その概念の破壊力と強制力は計り知れず、人間程度の力では幾ら足掻きたくとも足掻くことすらままならない程の力を所持している。流石は三大欲求が一つ、睡眠欲といったところだろう。宛ら寝坊は睡眠欲と同種のもの以下略。
そんなくだらない事を考えている暇はない。しかしここで慌てふためくのは素人。その行動は何事においても下策中の下策だ。冷静な私はとりあえず顔洗って歯を磨くと適当に着替える。これからメンバーとの初顔合わせなので、いつもは適当な服装選びに今回は少し気を配った。その結果、行くまでに掛かる時間より10分程余裕があるくらいしか猶予は残されていなかった。私には出来るのはここまで。つまり──
「この寝癖は直せない……と」
メイクは正直どうでもいい。ナチュラルメイク? ってやつだろうか。一応練習で偶にしてるのはしてるが、薄過ぎて何が変わったのか自分ですら理解出来ないのだ。だからといって濃くする気もあまりない。何故なら顔の右と左で濃さを合わせるのが面倒だからだ。私は血液型的に変なところで几帳面なのでこういう無駄なところでよく時間がかかってしまうのだ。自分でもさっさと終わらせたいって思うんだけどね。A型が恨めしいよ。ならば最初からそんな面倒なことしなければいいという結論に至ったと言うわけである。まあ、正直まだこんな幼い時期にメイクなんて必要ないと思うんだよね。高校生くらいまでは自然が一番可愛いのだ。多分。
それはさておき、私は鏡に映る正しく鳥の巣のような髪を目に入れる。何時もであればここで朝シャン(死語)して寝癖直すついでにさっぱりするのだが、非常に残念ではあるがそんな時間はない。自業自得なのだけれども。
少し面倒臭がりな自覚はあるが、流石にこんな寝癖は人に見せたくない。鳥の巣すぎてもしかしたら寝癖だと認知されない可能性もなきにしもあらずではあるが、それはそれでクるものがある。果たしてどうすれば良いのだろうか。
「ニット帽被っとけばいいか」
と、いう事でニット帽を被って荷物を手に取ると、我が家のチャイムが軽快な音を鳴らした。
「はーい」
『天の御使いよッ! 我が来たッ!!』
「はーい」
朝っぱらから喧しい神崎さんに返事を返し、私は玄関を出る。そういえば一緒に行こうって言われていたのをすっかり忘れていた。しかし、丁度良いタイミングで来てくれたものだ。
「煩わしい太陽ね!」
「曇ってるけど」
「いざ行かん! 未だ見ぬ同胞の
そして神崎さんは私の手を取り歩き始めた。なんだか引導されてるみたいで少しアレだ。
嬉しそうにふんふん歌っている彼女に取り敢えず気になった事を聞いてみる。
「自己紹介の内容考えた?」
「ふっ、有りの侭を魅せるだけよ!」
「ふーん、私もちょっと茶目っ気だして考えてきたんだよね」
練習もしてきたし、容姿も相まって多分ウケると思うんだけど。思えば学校の自己紹介なんかでこれをやっておけばもっと皆もフレンドリーになってくれたのかもしれない。今となっては後の祭りというやつではあるが。まぁ、別に気にしないんだけどね。
「ほほう? それは?」
神崎さんは興味深そうに目をキラキラさせながら私に問うが、今ここで答えては面白くないだろう。私の日本人離れした容姿だからこそ出来る技だ。きっと神崎さんも、杏ちゃんも少しは驚いてくれるに違いない。
「後のお楽しみね」
「むぅ……まぁ、良かろう」
「ところで今日の服、凄い気合入ってるね」
そう、彼女の服はなんというか、すごかった。アニメとか漫画で出てきそうな黒いお嬢様の服装といえば少しは伝わるだろうか。周りに蝙蝠が飛んでても違和感がないくらいにはその黒いドレス風の服装は彼女に似合っていた。あまり服には詳しくないので精々スカートがフリフリしているくらいしか言えないが、普段着るようなものではないのは確かだ。中々いい値段するに違いない。
「是なり! 魔王たる者、些事であれ催事であれ、敵に侮られる事は許されぬ」
「(敵って誰だろう……)」
そんな風に、通じてるのか分からないような会話を続けながら、辿り着いた346プロ本社へと入館した。
「あっ、深雪ちゃん、蘭子ちゃん。おはようございます♪」
入ると同時に笑顔で私たちに挨拶をしてきた彼女の名は千川ちひろさんだ。シンデレラプロジェクト、並びに武内さんのサポート、アシスタントを担当する人物である。笑顔が素敵な人当たりも良く、気遣いにも長けた人物だ。きっと引く手数多だろう。私だったら絶対放っておかないな、うん。……って私女やないかい! 無論、これは今後の為のノリツッコミの勉強である。そういった役割になるならないは別にして。
「千川さん、おはようございます」
「おお、新緑なる《
「はい♪ 二人共今日はメンバーとの初顔合わせで来たんですよね?」
神崎さんのドッペルゲンガー発言にどういった意味があるのか疑問を覚えた私だが、千川さんは気にする様子もない。きっと前からそう呼ばれていたのだろうと勘繰り、私は気にせず彼女へ返事を返した。
「はい」
「では私も丁度行くところだったので一緒に行きましょう!」
そして千川さん先導の元、ゆっくり目的の場所へと向かい始めた。それから少し経過すると、神崎さんが急に落ち着かない様子でそわそわし始めた。お手洗いにでも行きたいのだろうか。そう思っていると、神崎さんは少し興奮しながら小さく話しかけてきた。
「て、天の御使いよ」
「どうしたの?」
「……か、かの者はもしや○○○○ではないか?」
彼女がチラリと視線を動かしたその先を見てみると、そこには渋いカッコいいおじさんがいた。どうやら有名人らしい。俳優さんか何かだろうか。
「……んー、分からない」
「では、彼処で語らい合う二人は……」
「知らないなー」
「……今通り過ぎた人は?」
「存じません」
「……」
「……」
「……なんか、ごめんね?」
「天の御使い、お前の全てを許そう」
イケメンな人や美人な人、色々な人について聞かれたが、私はどの人に対しても答えを返すことが出来なかった。私、ドラマとか全然見ないからなー。精々見たことあるものと言えば『妖怪○間ベム』『怪○くん』『一ポンドの○音』くらいのものだ。べっ、別に懐かしいとか思ってないんだからねっ! 勘違いしないでよねっ! ……おろろろろ。
「お二人はここの施設には慣れてきましたか?」
「ふっ、最早此が地は我が庭も同然!」
ふと思い立ったかのように千川さんは私達へと質問を投げかけてきた。それに対し神崎さんは自信たっぷりに言い放つ。どうやら私と違ってよく此処の施設を利用しているらしい。
「それはいい事です。どんどん利用してくださいね♪ ……そういえば蘭子ちゃんはよく噴水広場にいるのを見かけますけど……あそこで何をしてるんですか?」
「世界の可能性を創造しておるのだ!」
この寒い時期に更に寒く感じるであろう噴水広場。私には考えられない。というか、また何やら凄い言葉が出てきたね。世界の可能性を創造、そこはかとなくロマンチックさすら感じさせられるような気さえする。飽くまで気がするだけである。
「私はまだカフェしか利用してないですね。最近は時間が無かったので」
「あら、そうなんですか! エステとか浴場は無料なので是非利用してくださいね♪」
そんな事を話しながら私達は本館から別館へと移り、エレベーターにより目的の部屋が存在する30階へと上がる。やはり大きな施設なだけに速度は早い。素晴らしいな。
「おお……!」
「ふふっ♪」
やがて30階へと到着しエレベーターを降りると、神崎さんは目の前の壁に注目した。千川さんはその様子を見て楽しそうに小さく笑う。私も気になって壁に目を向けると、『Cinderella project room』の文字が取り付けてあるのが見える。元から取り付けてあった様にしか見えないその壁掛けに「お金掛けてるなー」と思いながらも扉へと近付く。
「神崎さん、私から行く? それとも先に行く?」
「うぇぁ!? う、うむ、では……」
神崎さんは先に入る選択をした。なので私は後からひっそりと入室するとしよう。私から入ろうが神崎さんから入ろうが、注目されるのは目立つ彼女なので脇役に徹したのだ。ふははは、魔王らしく存分に注目されるがいい! 我関せずで見守ってやろうじゃないか!
そんなことを思いながらドキドキしている彼女へと視線を固定させる。やがて覚悟を決めたようで、彼女はキリッとした表情でドアノブへと手を動かし始めた。果たして扉の向こうには、どのような子達がいるのか。神崎さんや杏ちゃんの容姿を考慮するとすれば粒揃いなのは間違いないだろう。主観ではあるが彼女たちはジャンルは違えど美しさ、可愛らしさで言えばトップに近い。きっと近くにいるだけで目の保養になるに違いない。取り敢えず杏ちゃんは私の抱き枕決定だ、と冗談半分な想像に思いを馳せる。しかし、その期待は裏切られた。扉が開いた先にまず目に入ったのは、重厚感溢れる漆黒の壁であった。いや、それは壁ではなく──
「うひぁあっ!? ……わ、我が下僕よ〜」
その正体は私が予測した通り、我らがプロデューサー、武内さんだ。もしかして待ち構えていたのかな? 意外とお茶目なところもあるんだね。
「す、すいません。丁度出ようとしたところでしたので……」
違ったようだ。武内さんは少し申し訳なさそうに手を首へと添えた。
「にゃにゃ! 次は誰が来たのにゃ!」
その女性だと思われる声の主は武内さんの後ろ、つまり部屋の中から聞こえた。これが意味する事は彼女が私達の関係者──シンデレラプロジェクトのメンバーに他ならない。無論、事務員さんや他の先輩アイドルという可能性も捨てきれないが、その線は低いだろう。何故なら今日の集まりの目的は全員新人のシンデレラプロジェクト
ぴょん、という擬音が似合いそうな程軽快に武内さんの背中から顔を出した彼女の視線は、私達に注がれていた。
──目と目が逢う瞬間、私はいつの間にか鞄から手を離していた。
ポロリと束縛から解放された鞄は重力に従って自由落下し、そしてポスンと音がした。神崎さんがまたなんかよく訳の分からない事を言っているのが聞こえるが、だいぶどうでもよかった。
にゃにゃって……か、可愛いぃぃぃぃ!!
なんて愛らしい子なの! やばい! 可愛過ぎる! あのクリッとしたお目目! ほんのり上気した頬にチラチラと見え隠れする八重歯! そして極め付けは猫耳! 最早あの猫耳はこの子の可愛さを際立たせる為に存在していると言っても過言ではない! ダークな茶髪に純白の猫耳が映えてて素晴らしい! くっ、ぐぅぅう! 私犬派の筈なのにぃぃ!! ひ、引き摺り込まれる……! まん丸ぱっちりお目目に引き摺り込まれるぅ!! ……はっ! こ、これはもしかして……陰に潜む猫派の陰謀!? だとしたら効果は覿面だ! 寧ろ効果抜群、一撃必殺だと言ってもいい! 地割れ? 絶対零度? 角ドリル? 違う、あれは……メ、メロメロだぁああああああ!!! あれはダメだ! 反則だ! 菜々ちゃんと並ばせたら死ぬ! 可愛い成分致死量で死ぬ! て、天使……!!
そう内心悶えながら、私は猫の彼女から視線を外し、武内さんへと目をやった。その表情は相変わらずの無愛想な強面である。
…………ふぅ。わ、我を見失っていた。封印されしビーストモードが解禁されてしまったようだ。あの二人が並ぶ姿を想像するだけで頭が幸せになる気がする。絶対に彼女とはお近付きになりたい、なる! 絶対に猫可愛がりしてやる! ……いや待て。落ち着け、落ち着くのだ、深雪よ。先程も自分で言ったではないか。焦るのはダメだ。急いては事を仕損じる。何事も落ち着いて石橋を叩いて結局渡らないくらいには慎重になるべきだ。……いや、それは最早意味が分からないな。
そういえば、彼女の名前はなんていうのだろう。さぞかし素敵な名前に違いない!
「我が名を知るがいい……我こそは神崎蘭子!」
いつの間にか神崎さんは自己紹介に入っていたらしく、翻すものなんてない癖に後ろを向いて振り向きざまにバッと左手を前へ突き出した。そのドヤ顔は私が見た中では一番のドヤ顔であった。可愛い猫の子も思わず狼狽えていた。私は無視した。
「す、凄まじいほどのキャラの濃さにゃ……。けど、みくだって……! みくは前川みくにゃ! 色々負けないにゃ!」
みくちゃん! 彼女の名前は前川みくちゃんと言うのか! しかも一人称がみくって……可愛すぎうわぁぁあああ!!! しかもこれは……流れ的に私の番! この状況を見逃すわけにはいかない!
私は目の前にいるみくちゃんの手を両手で握り締め、自己紹介した。その手はやわっこく、とても暖かだった。
「たった今犬派から猫派へと改宗しました、小暮深雪です。何卒……何卒よろしくお願い致します……!」
「な、なんにゃこの好感度MAXな反応……。ふ、ふふん! もしかしてみくの猫チャンパワーに見惚れちゃったのかにゃ?」
「うん」
彼女は冗談めかして言うが、正しくその通りだったので私は真面目に答えた。
「にゃ!? ……まあ、これからよろしくね! 蘭子チャン、ユキにゃん!」
……っ!? ユキ……にゃん……? わ、私がそんな可愛いあだ名で呼ばれてもいいのだろうか。私にそこまで猫要素はない気がするのだが……。だ、だったら私だって……!
「私も、みくにゃんって呼んでもいい?」
「勿論にゃ! 寧ろドンと来いにゃ!」
ふぁああ! ドヤ顔も可愛いぃぃぃぃ!! む、胸の高鳴りが止まらない! こ、これがあれか! よく色々なところで聞く胸キュンってやつなのか! あ〜、心がキュンキュンするんじゃ〜。もう私この子と知り合えただけでアイドルになって良かったとさえ感じるよ! 武内さんスカウトしてくれてありがとうございます!
「あのー……」
背後から私達へと話しかけるのは、困ったような笑顔を浮かべた千川さんだった。それによって少し冷静になった私はどうしたのかと彼女へ耳を傾けた。
「取り敢えず、中に入りませんか?」
そう言われて私は、このやり取りが扉の前で行われている事に気付いた。