ところで、多分今回使われているネタ、全部分かる人いるのだろうか。
分かる方はすごくすごいです(小並感)
「あ、武内さん。お疲れ様です」
「……小暮さん、お疲れ様です」
撮影ルームへと辿り着くと、武内さんが扉の前で腕時計とにらめっこしていた。きっと私を待ってくれていたのだろう。
「武内さん……どうでしょう?」
「……どう、とは?」
私の頑張りによっていつもよりストレート気味な髪とオシャンティな服を揺らしながらあからさまに見せつけるも武内さんは気付いてくれない。流石にここまですれば誰でも気付く筈なのだが……。
「ほら、髪とかいつもはぐにゃぐにゃですけど、今は軽くウェーブかかったような感じじゃないですか」
「……自分には測りかねます」
「えぇー……」
嘘でしょ……。私にとってはトゥ○ーティーとジェ○ーが入れ替わったくらい大きな変化なのだが、彼にとってはシルベ○ターと○ムが入れ替わった程度の驚きなのか。所詮猫は猫ってかこんにゃろう……。
我ながら全くもって意味不明な例えを閃いたところで、あまり時間がない事を思い出した私は彼に説明を促した。まあ、説明と言っても昨日のメールの内容と殆ど変わらないとは思うが。
「えぇ、その通りです。まずはメイクの方をお願いします」
そう言われてメイクリストさんからメイクを施してもらう。詳しいことは全く分からないが、今回は素材、つまり私本来の味を生かしたナチュラルメイクなのだそう。心なしか頬が赤く染まってるような……ような……。うぅむ、メイクリストさんには失礼だが鏡見ても何が変わったのかいまいちパッとこない。しかしなんとなく先程より何処か美人になった気がしなくもない。
……いや、なってるな。うん、なってるなってる。いつも面と向かって見る鏡の私より1.15倍くらい美人になってる気がす、る……やっぱり分かんねーや。言われたら気付くかもしれないけど言われなかったら多分一生気付かないわこれ。うーん、でも分かる人には分かるんだろうなぁ……。多分さっきの武内さんも今の私のような気持ちだった筈だから、私ももう彼に何も言うことは出来ないね。でももう一回聞いてみよ。
「メイクどうでしょう?」
「わ、私には──」
「なんとなくでいいですから、取り敢えず感想をくださいな」
「………………良いと、思います」
「……本当に思ってます?」
「……ええ」
私は少しの猜疑心を抱きながら武内さんに目線を合わせる。
良いって言われるのは嬉しいけど、もうちょっと具体的な感想が欲しいよね。というかこの人、さっきとの違い本当に分かってるの? ……いや、これ多分分かってないな。少し間が空いたし歯切れも悪かった。いつもはもっとこう、どっしりしっかりとした印象が目立つのに今回は何処か不安げな様子だったのが何よりの証拠だ。
「もっとこう、観察眼って奴を養わないと彼女とかに嫌われますよ。女ってこういう事にうるさいらしいですから」
「は、はぁ……」
彼に彼女がいるかは知らないが、まあいい。これ以上言うと面倒な女と思われかねない。確かに私はコッテリ派かアッサリ派かと言われたらコッテリ派ではあるが、それはラーメンに限った話。性格的には食べやすいアッサリ系を自負しているつもりである。というかそもそも初めからあんまり気にしてなかったから別にいいんだけど。
……いや、やっぱり解せないな。服とメイクはまぁ、仕方ないとして髪だけは出来れば気付いて欲しかった。見た目からしていつもと全然違うでしょ! シャワー浴びる前と比べたら月とスッポン……までは行かなくても目に見えて分かる程の違いがある。どんぐりの背比べとか言ったらグーで殴るからな。
ふと私は撮影準備が行われているセットへと目を向ける。真っ白な背景といくつかの高価そうなカメラが視界へと映り込む。これから撮影……おおぅ、なんか緊張してきた。なんでだろう、“Unknown Invaders”で少なからず経験は積んだ筈なのに……と思ったが、よく考えれば私一人での撮影は今日が初めてだった。誰かいるのといないのとでは大分変わってくる。緊張する筈だ。シンプルで何もないセットというのが逆に緊張感を掻き立たせる。
「うひー……」
「? どうなさいましたか?」
「あ、いえ……あの、私こういうの初めてで……どうすればいいか分からなくて……」
「…………ッ!」
伏せ目になっているのを自覚しながら答える。いつもあちらでは五人で撮ってるので私一人だけで撮る事がないのだ。正確に言うと撮った事はあるのだが、その時の写真も集合写真と同じように不遜な態度で仁王立ちしてるだけだから何の参考にもなりやしない。
更に言うならば私は自慢ではないがあまり写真写りは良い方ではない。というのも高校の集合写真や小学校中学校の卒業アルバムに写ってる私の写真の二分の……いや、三分の一が半開きなのだ。何がって? 目に決まってんだろ。言わせんな、恥ずかしい。丁度瞬きするタイミングで撮ってくるから防ぎようがないのだ。あっちではそういう場合でもメイクで誤魔化せていたが今回はそうにもいかない。
あとこれは関係ないかもしれないけど他にも不意に撮られたせいで無愛想な表情だったり……あれ、それはいつもか。まあでもいつも楽しい事がある訳でもないし、普通だよね? 仏頂面っていうか無表情っていうか。正直学校の楽しみとか読書の時間にこっそり漫画(おれは鉄平)を読む事とお昼ご飯くらいしかないし……ってまた話がズレてる。
そんな事を考えていると武内さんが何故か目元を抑えながら少し唸っていた。もしかしたら目が痛いのだろうか。事務仕事多そうだし、日頃の疲れが溜まっているのかもしれない。
「大丈夫ですか? 気分悪いならそこに椅子ありますけど」
「……あの」
「はい?」
軽く顔を上に向けながら武内さんの顔へと視線を向ける。そういえば武内さんって身長どのくらいなんだろう? とりあえず180cmは余裕であるとして、もしかしたら190cmくらいは超えてるんじゃなかろうか。体格もいいし、学生時代はバスケでもやってたのかな? 彼の年齢的にもろスラムダンク世代だろうし、案外的外れじゃないかもしれない。ディフェンスめっちゃ強そう。
「…………いえ、なんでもありません」
「? ならいいですけど……あっ、目が疲れてるならこの目薬使います? ……えっと、ぜ、ゼット……びっくり? ……ってやつなんですけど」
私が鞄から取り出しながら言うと武内さんが長い溜息を吐く。これはもしかして目薬の名前も覚えきれない私に呆れているのだろうか。いやいや、目薬の名前とか普通覚えてないでしょ。
「……ロートZの事でしょうか?」
「分からないですけど、多分それです」
「……いえ、結構です」
「そうですか……」
この目薬の破壊力は私程度では計り知れない程凄まじい。まず初めての人は目を開けることすらままならなず、パチパチさせる事さえ億劫になるだろう。それ程の超爽快な清涼感を味わう事の出来る商品だ。ただ慣れてくると爽快感は全く持続しなくなるので使い過ぎには注意が必要。私は眠くなる授業で毎回使っているので最早唯の目薬と化している。
「で、結局どんなポーズとればいいんですかね?」
「……いつもはどういったポーズで?」
「えぇと、ユニットのコンセプトに合わせてドヤ顔か、冷たく見下すような感じで仁王立ちですね。メイクしてるので伝わってるかどうかは分かりませんが」
「……それならばポーズ云々は特に意識せずとも良いと思います」
「というと?」
「ありのまま、つまり自然体で臨む……という事です」
「成る程」
成る程とは言ったもののぶっちゃけよく分かっていない。つまりフィーリングでやれって認識でOK? それが分からないから聞いたんだけども、そこのところ彼は分かっているのだろうか。あ、もしかして自分で考えろって事? 何その入社したての何も分からない新人に取り敢えず仕事を任せてみるという一昔前の風潮みたいなやつ。私許さんぞ、そんな半分イジメのような風潮。
とまあ冗談は置いといて、本当にどんなポーズで撮ろうかな。前提として“Unknown Invaders”でやってたポーズはアテにならない。ドヤ顔はやり過ぎるとエスパーユッコになるし、見下す感じでやると財前時子さんになってしまう。どちらも私としては不本意なキャラ付けなので出来る限りは避けたい。いや、否定している訳ではないからね? でもやっぱりアイドルやるなら佐久間まゆちゃんのようなアイドルを目標にやっていきたい。
いや、目標っていうか参考にしたいかな。佐久間まゆちゃんは超絶怒涛のいとうつくしゅうアイドルだけど、私の目指すところとは少し違う。彼女は王道を往く純粋キュートなアイドルであり、私が目指しているのは、今手に持っているロー、ト……ず、ずぃぃ……の如くクールなアイドル。
しかし、路線は違えど見習うべき点はいくつもある。その中でも一番だと思うのは“歌い方”だ。彼女の歌は心に訴えかけるような、非常に感情豊かな歌い方が特徴だ。代表曲にポップな曲が多いだけに、ポップしか歌っていないのかと誤解を受けやすいが決してそうではない。実はバラード調の曲も少なからずリリースしており、よくヒットを出している。聞いているとその歌詞の情景が鮮明に浮かび上がってくる程に彼女の歌は完成度が高い。これが感情の起伏もない平坦な歌声であればそうはならないし、私もファンにはならなかっただろう。彼女は可愛いだけのアイドルではないのだ。
ここで勘違いして欲しくないのは“バラード=哀しい歌”という方程式は成り立たないという事だ。確かにバラード曲に哀しい歌が多いのは事実ではある。しかし、現在でこそあやふやとなってしまってはいるがバラードとは本来、“物語性のある音楽”と定義されており、高揚、感動、感傷、哀愁、切なさといった感情を表現する曲を総称している。
二人の愛の感動もバラード、別れの哀しみもバラード、人々を奮い立たせる高揚もバラード。もっと言えば雷や嵐などが比喩されるような爆発的な感情もバラードなのだ。つまり“哀しい歌=バラード”は的外れではないが“バラード=哀しい歌”というのは当てはまらないのだ。
そして歌の上手さの基準は正確な音程やリズムだけではなく、直接心に語り掛けているかのような感情を込める事も重要だと、私は最近アイドルになってから考え始めた。歌詞やメロディがどれ程素晴らしくともそれを生かすも殺すも歌い手次第。歌を生業とする者が何も考えず、ただ歌うだけ、それは最早思考放棄と言っても良いだろう。歌というのは勢いだけで賄える程安っぽくはない。
とはいえ考えるといってもピンとこない人もいると思うので佐久間まゆちゃんの“エブリデイドリーム”を例に挙げるとしよう。
曲名であり歌詞にも存在する“エブリデイドリーム”という言葉。直訳すると『毎日が夢』だが、この言葉にはどういった意味が込められているのか。ちなみにここで言う夢とは『将来の夢』ではなく『寝る時に見る夢』の事だと私は解釈している。
夢とはそれ即ち泡沫、いつかの目覚めによって儚く消え去る物。後の『毎日が夢のよう』という言葉も、一見“嬉しい”“楽しい”といった“喜”の感情、正に夢のように素晴らしい情景に溢れているようにも思えるが、先の言葉を考慮すると「もしかすると今の素晴らしい時間は勘違い、嘘なのかも」という僅かな不安要素も見え隠れしている……のかもしれないという解釈が出来る。最後の歌詞にもこの解釈が当てはまる筈だ。
まだまだ沢山あるのだがキリがないので一つだけに留めておくが、つまり何が言いたかったのかと言うと、自らが解釈した歌詞の意味を頭の中で連想して歌うのと、何も考えずに勢い任せに歌うのとでは歌の内容、雰囲気に雲泥の差が生まれるという事だ。だが佐久間まゆちゃんには其処に表現力が加算され、更に素晴らしい曲へと昇華している。そして今尚成長し続けているという事実が末恐ろしい。初めて“エブリデイドリーム”を聞いた時に彼女の深い愛情と健気さ、そして伝わってくる幸福感に思わず涙してしまったのを思い出す。
理解を深めれば深める程、今まで表皮からしか読み取れていなかった“歌の想い”が伝達される。しかしその伝達された“歌の想い”が確実に正解なのかと言うとそういう訳ではないし、だからといって間違いでもない。解釈の仕方は人それぞれで、曲に対する解釈に間違いなどは存在しないからだ。人の意見が千差万別であるならば曲の受け取り方に相違点が出るのは必然。オーケストラの管弦楽団や歌手によって同じ曲の雰囲気に変化が生じるのはそういう理由もある。佐久間まゆちゃんがカバーする曲なんかにもその解釈の違いが顕著に表れている。
最後。色々言っておいて何だが、結局のところこの世に解釈のない歌い方なんてものは殆ど存在しない。程度の差はあれど皆歌う時には無意識の内に何かしらの解釈は為されているのだ。「この曲はこんな雰囲気」「サビで盛り上がるから前半は控え目」等といった、今思い付いたような物でも解釈としては成り立つ。ただ歌で食っている人がそんなんじゃ甘いよって事で理解を深めて感情豊かに歌おうぜって話。逆に遊びの時なんかは適当なくらいが丁度良い。カラオケとかスナックでは適当に歌って楽しければそれで良いのだ。
という事で小暮深雪の独断と偏見と、個人的な好みが合わさった考察でした。いや、ホントにね、解釈って大事な事だと思う。表現するには感情を込める事が必要で、感情を込めるには其れ相応の解釈が必要。それを怠けずにやってのける佐久間まゆちゃんは本当に凄い。彼女、自分で作詞もやってるらしいからね。尊敬するよ。
……で、何の話だったっけ? …………あ、あー……あっ、ポーズの話か! ま、彼の言う通りフィーリングでどうにかなるよね(適当)
「そういえば武内さん、最近何かありました?」
「……何故でしょう?」
「いや、唯の世間話ですが……」
偶に話題振るとこう返ってくるんだよね。私とは仕事以外で絡みたくないってか。鳴くぞ。泣くんじゃなくて鳴くぞ。そう、狼の遠吠えの如く。
「……そうですね、欠員だった三名の枠が補充された事でしょうか」
「あ、そうなんですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そういえばうちの部署は欠員がいたんだっけか。ということは今回のアー写は揃ったから早速始めようぜ! っていう感じなのかな? 何はともあれ人数が揃ったのというのはめでたい事である。
「三人……因みにどんな人達なんですか?」
なんというか、新入社員が入ってくるみたいな感覚で少しそわそわする。数ヶ月程度の違いしかないけども!
どんな子が来るんだろう。キュートな子かな? クールな子かな? それともパッションな子かな? でも陽キャラ過ぎても私ノリについていけそうにないからちょっと困る。見てる分にはいいんだけど絡むとなると返答に困るんだよねー、ムードメーカーってやつは。輪から外れてる私を入れてくれようと偶に話しかけて来る良い人がいるけど、申し訳ないけど余計なお世話なんだよね。私が参加しても気の利いた事なんて話せないから。ゆっくり本を読ませてくれ。もしくは寝かせて。
「……小暮さん」
「はい」
「そろそろ撮影を始めて頂きたいのですが」
「あっはい」
よく見ると撮影準備はとっくに終えていた。結局時間を無駄にしてしまった。あまり時間がないという言葉はなんだったのか。私はセットの方へと小走りで駆け寄る。
「はい、よーいスタート!」
早速撮影が始まった。カメラを向けられた事で反射的に仁王立ちのポーズを取ったが、違う、そうじゃないと思い直して、取り敢えず気を付けの体勢をとった。
「んー、一回深呼吸してみよう」
やはり気を付けはダメらしい。というか緊張してるように思われてしまった。いや、確かにしてるけど気を付けは
しかし困った。どんなポーズを取れば良いか全く分からない。武内さんには考えるな感じろみたいな事言われちゃったし。よく考えたらフィーリングとか私が一番嫌いな事だし。こういうのはしっかりリスクアセスメントして計画立ててやらないとテンパっちゃうから本当にダメ。
とはいえ始まった物は仕方ない。こうなったら世界で一番格好良いと私の中で評判ののあさんのソロ曲披露の登場シーンのポーズを……と思ったが真似っこは嫌だ。ここで一つ私自身をドーンとアピールしなきゃ! 取り敢えずピースでもしておこうか。
「……?」
やっぱダメっぽい。ポーズ取ってるとすらも思われてない。カメラマンさんも武内さんもなんか「え?」みたいな顔してるし。てかおい武内、あんたがそうしろって言ったんだぞ! 惚けてんじゃねー! え? アー写難しくない? 時間内に終わる気がしないんだけど。それはまずい。あの悪魔メイク微妙に時間がかかるから遅れたら最悪四人を待たせる事になってしまう。
しかし……分からない! 写真映えするポーズが分からない! 畜生! こんなことになるんだったら昨日の内にしっかり考えておくべきだった! 昨日の私、のんきにトゥイッターなんてやってるんじゃないよ!
「(いかん、集中せんと……あ、非常口)」
パシャ
あっ、少し余所見したらシャッターを切られてしまった。集中しないとって思ったばかりなのに私はアホか!
「おっ! いいね〜! その調子!」
え、マジ? なんか好評? 非常口見ただけなんだけど。あんなのでいいんだったら……髪搔き上げは?
「おー! さっきまでのが冗談みたいだ!」
やったぜぃ! なら、くるっと回って一回転は?
「良い良い! 最高だよ!」
おっしゃ! よーし、次はだっちゅーの!
「し、素人とは思えないッ! これは十年……いや、百年に一度の逸材だッ!」
マジで!? そんな褒められたら調子乗っちゃうけどいいの? いいんだよね!? 恐れ戦け! これを“天地魔闘の構え”と言う……!!
「次」
「あっはい」
そんな感じで私の撮影は意外とつつがなく進行し、そして無事に終了した。
「はいOKでーす! お疲れ様!」
「ありがとうございました」
「お疲れ様です」
「あ、はい。ありがとうございます。意外といけました」
「ええ、まさか皆さんが集合する前に終わるとは思ってもいませんでした」
「なんかよく分かんないですけど、良い感じだったみたいですね」
「良い、ポージングでした」
「そうですか? 次は出来そうにないですけど」
そう言うと私は腕時計で現在の時刻を確認した。十六時四十分。撮影を始めたのが三十分頃だったから十分で終わった事になる。早い……いや、意外とこんな物なのかな? よく考えたら十五人もいるのに一人の宣材写真に二十分、三十分もかけられる訳がないよね。始める時間も時間だし。
「まだ五時まで時間があるんでもう少しここにいていいですか?」
「ええ、勿論です。新メンバーの紹介もありますので」
「あ、そういえばそうでしたね。結局どんな人達なんですか?」
先程聞き損ねた事について再度質問をする。
「……五十分頃に私から皆さんに紹介しますので、それまでお待ちください」
「……分かりました」
それもそうか。二度手間程嫌なものなんてない。FC……冒険の書……うっ、頭が……。少し考えが足りなかったようだ。気を付けねば。
「──失礼します。あ、ユキにゃんもう来てたんだ」
その声に私はバッと振り向く。私のことをユキにゃんと呼ぶ人物はこの世でただ一人……。
「──みくにゃん!!」
そう、大天使みくにゃんこと前川みくちゃんである。私は極めて友好的な態度で彼女を迎えた。
「お、おう……確かにみくは前川みくにゃ」
「まだ集合時間前なのに、来るの早いね」
「(戻った……)アイドルたる者五分前行動は当たり前にゃ! ていうかみくより早く来てるユキにゃんに言われたくないにゃ」
「十分前の十分前行動という事で」
「十分前の十分前って……二十分前? それ早すぎないかにゃ?」
「昔担任だった先生は就活の時は三十分前の三十分前行動とか言ってたよ」
「それ逆に迷惑なんじゃ……」
私もそう思う。
「まあ、早く来たのは他に用事あるから早く終わらせる為なんだけどね」
「ん? という事はもう終わったのかにゃ?」
「うん、たった今」
「早っ。じゃあもう帰っちゃうの?」
「五時前まではいるよ。新しく入る子を紹介するらしいし」
「にゃるほど。ユキにゃんはPチャンから何か聞いてる?」
「さっき聞いたけど後で紹介するからって言われちゃった」
みくにゃんは納得の表情を浮かべながら言葉を続けた。
「あー、それもそうにゃあ。それにしても今日のユキにゃんはいつにも増してメイクも服もオシャレさんにゃ!」
「宣材写真だしね。メイクはメイクリストさんにしてもらったよ」
「そ、そんな人がいるの? じゃあその軽くウェーブがかかった髪も?」
「いや、これは自分で」
そんな風に話していると、後ろからさちょいちょいと私の服が引っ張られる感覚を覚えた。
「……天の御使いよ、我もいるぞ」
「ワタシも、です」
私の事を“天の御使い”という訳の分からない呼び方をする人物など一人しかいない。言わずもがな神崎さんだ。もう一人の片言な日本語を操る人物はアーニャちゃんだろう。いつの間に。全く気が付かなかったが、もしや私が撮影している時にでも到着したのだろうか。いや、それだったら視線の先だし、流石の私も気が付く筈だ。これは一体どういう事なのか。謎が深まる一方だ。
「……二人共いつの間に」
「いや、普通にみくと一緒にきたけど」
「はは、ジョーダンはよしこちゃん」
「は? さむ」
「む! 猫の化身の申す通り、我らは時を同じくして此が地へと降誕した!」
「ダー、ミクの言う通りです」
ここでまた驚くべき事実が発覚。どうやら私の目が節穴だっただけらしい。ついみくにゃんに目線を奪われてしまったようだ。これは申し訳ない事をした。後今みくにゃんに何か言われた気がしたけど、気のせいだよね! そういう事にしておこう!
「あー、ごめんね。全く気が付かなかった」
「正直だけどそれはそれで酷いにゃ」
「…………まあ良い。天の御使いよ、お前の全てを許そう」
「アーニャ、少し寂しかったです!」
神崎さんはやれやれといった具合に、アーニャちゃんは擬音にプンプンとでも付きそうな様子でそう口にする。普段であればイラっときそうな神崎さんの仕草も、今回は私が全面的に悪いので申し訳なさが先立つ。わざとじゃないとはいえ彼女ら二人を無視した形になってしまったのだ。面目次第もない。しかし可愛すぎるみくにゃんにも少しは責任がある筈だ。訴訟。
それから少しすると他の面々も揃い、四十五分を少し過ぎる頃にはCPメンバー十二人全員が勢揃いした。そして武内さんから皆に改めてこれからのスケジュールを発表される。
「──ポーズに関しては自由で構いません。他に何か質問はありますか? ……なければ私は少し出ますので、その間準備をお願いします」
言葉通り武内さんが部屋から退出すると、先程私にメイクを施したメイクリストさんがメンバーへと順繰りにメイクを施していく。その様子をメンバーの会話をBGMにぼーっと眺めているといつの間にか十七時を迎えようとしていた。武内さん戻って来ないな。何かあったのだろうか。
とはいえ、何かあったとしても私は私でやるべき事があるのでそろそろ出なければならない。隣に座っている神崎さんに伝言を頼んで退出するとしよう。
「我が大呼吸にて此の世に大穴を開け……」
「あ、神崎さん。私もう行くから、武内さん来たら伝えといて」
「む、そうか。では天の御使いよ、さらばだ」
「サラダバー?」
「さらばだー!」
最後に神崎さんを少し弄りつつ、私も部屋を退出した。
☆☆☆
「お疲れ様です」
ガチャリと
“Unknown Invaders”の撮影は滞りなく終了。仁王立ち、腕組み、見下す様な表情、の三連コンボを成し遂げた私は、見事一発合格を果たしたのである。
その後、本日三度目のシャワー(一回目は起床後)を浴びていると時刻は既に十九時を回っていた。本来ならば速攻で帰りたくなる時間帯ではあるが、新メンバーへの挨拶くらいはしておこうという事で赴いた次第だ。見当たらないので恐らく武内さんの部屋にいるのだろう。安易に想像ができる。それにしてもみくにゃんは可愛い。
扉の先の光景に興味津々な娘達から程々に挨拶を返された私はコクリと一つ頷き、ソファへとどっしりと座り込んだ。今日は少し気を張ったから疲れた。
「天の御使いよ、魅惑の黄昏時であるな。ところで其方、偶像世界への帰還を果たしたのでは?」
「え? ……ああ、いや、エキストラの仕事で抜けてただけだよ」
「そうか……む、闇の侵食が随分と顕著に現れておるようだが」
「あー? ああ、うん、疲れたねー」
神崎さんがぽすんと隣に座ると、私は窓の目の前で座り込んでいる二人へと声をかけた。
「お疲れ様」
「あっ、深雪ちゃんお疲れ様」
「お、お疲れ様ですっ」
「ソファに座ったらどう?」
「ひゃっ、う、うん……」
「そ、そうだね」
「……」
私がそう言うと、三村さんと緒方さんは少しびっくりしながら向かいのソファへと座った。緒方さんに至っては小さな悲鳴をあげていた。哀しい……この世は哀しい……。どうやらまた少しキツイ言い方になってしまったようだ。ただ疑問を言っただけなのに……。どうにか言う前に気付けないものか。
「あの群がりは新メンバーの?」
「あ、知ってたんだ。ライブに出る出ないで話してるらしいよ」
「ライブ? もう自分の曲持ってるんだ」
そいつは凄い。期待の新人といったところか。いや、それだと私たちが期待されてないみたいに聞こえるな。
「え、えっと、そうじゃなくて……城ヶ崎美嘉さんのダンサーだよ」
へー、美嘉さんと踊るんだ。これはまた最初から中々難易度の高いスタートだな。美嘉さんってあんなだけどテレビではカリスマギャルとして扱われ、アイドルとしての人気も実力も高いんだよね。のあさんが言ってた。どういった理由で抜擢されたのか気になる。ギターの私とは違ってダンサーとしてステージに立つんだから何のトレーニングもしていないトーシローには相当きついと思う。主に体力的な意味で。
「もしかしてそれって今度あるライブの?」
「是也。新たな同胞らは近き日の宴に、
「アラブ……?」
「え、えっと……」
ふーん、“NUDIE★”じゃなくて“TOKIMEKIエスカレート”を踊るんだ。まあ個人的にはトキメキの方が見てて楽しいから好きだけど。
「三人?」
「うむ。これで我等灰被りは総勢十五名となった」
「奇数かぁ、一人余るね」
「三人体制であれば余らぬ」
「まあそうだけど、大体二人組でしょ?」
「然れど、我等には“血を分けし四柱の導き手”がおるであろう」
確かにトレーナーさんを入れると偶数になるけど……まあいいや。
「あ、あの感想はどうなんだろう……?」
「そもそも感想になってるのかな……?」
目の前の二人が何やらコソコソ話しているが、普通に丸聞こえである。可愛らしいとは思うが、もう少し声を潜めなさい。
あ、そういえば花屋の凛ちゃんからのMINE、昨日から返信してなかった。面倒だけどこれ以上間を空けると気分的な問題で更に返信が面倒になるから取り敢えず返信しておこう。
昨日
渋谷凛【明日からいよいよ活動が始まるよ】
渋谷凛【写真撮影があるらしいんだけど、制服のままでいいかな?】
今日
みゆき【前言ってた奴の?】
みゆき【それでいいんならいいんじゃない?】
みゆき【って、もう遅いか笑】
忘れてたって言うのもあれだし、今気付いたって感じで誤魔化しとこ!
シレッと返信を返し携帯をしまうと、私は目を閉じながら明日の休みに想いを馳せる。明日は今日とは違い一日中フリーの日だ。度が過ぎなければ何をしようとも誰にも咎められない。最近はユニット活動が忙しくて丸々休みの日というのは多くはないので明日の休みは結構貴重。休み……あゝ、なんと素晴らしき響きか。出掛けるも良し、寮でダラけるも良し……最高かよ。
「アタシもやるー!」
内心喜びの声をあげていると、扉の前で待機していた莉嘉ちゃんが突如部屋の中へと
「ふふ、本日の其方は“眠り姫”か?」
「百年経つ前に餓死するわ。いや眠いけど」
いけない、身体が既に睡眠モードに突入している。睫毛に鉛でも絡まれているかの如く重い瞼を持ち上げ、舟を漕ぐ身体を抑えようとするも中々思い通りにいかない。常備しているスーパー目薬をさすも状況は変わらなかった。シャワー浴びたばかりでサッパリしているはずなのに何故眠くなるのか。
このソファーがもう少し柔らかくて肘置きが低ければ全然寝れたんだけどなぁ。枕もないし、どうしようもない。仮眠室に行くか……? いや、普通にそこまで行くの面倒だし目覚めたら昼になっている可能性が高い。別にそれでいいっちゃいいんだけど、それから寮に帰るのが面倒。仕方がない、顔洗ってこよう。
「ちょっとトイレ」
ゆっくりと立ち上がり、なんとなく神崎さんの頭を撫でる。立ち上がった事で少し眠気が
先程と変わらず扉の前に群がっている娘達を横目に出入り口の扉へ向かっていると部屋の中から四人の人物が出て来た。三人は知った顔だったが、一人は見た事ない顔だった。恐らく新メンバーだろう。
「いやー、まさかまさかの大抜擢! 流石は未央ちゃん! さっきお釣りでギザ十貰っただけあるよ〜!」
「いや、それ関係ないでしょ★」
「に゛ゃ〜! ミクもステージ立ちたいにゃ〜!」
「ねーねーおねーちゃん! アタシもでーたーいー!」
「みりあもー!」
「莉嘉もみりあちゃんもまた今度ね★ 今度のライブはこの三人に任せ……げっ」
じーっとCP部屋の出入り口の前で様子を見ていたら美嘉さんが私に気が付いた。げっ、とは失礼な。
「お疲れ様です、美嘉さん」
「あ、うん、お疲れ……」
一気に疲れた様子を見せる彼女。また私がおちょくるとでも思っているのだろうか。流石の私でも先輩を皆の前で弄る気はないし、私も疲れているからそんな元気はない。私が注目しているのは彼女の挙動だ。彼女のアカギさんに対する視線は他に対してあからさまに違う時がある。今は完璧に偽装されているが私の目は誤魔化せない。
「だ、大丈夫だって! アタシだって時と場所くらいは考えるってば!」
そんな私の思いが伝わったのか、彼女は必死に弁解する。本当だろうか。俄かに信じがたい。彼女の隠蔽技術は日に日に上達しているが、ロリータコンプレックスの度合いにも拍車がかかっているのだ。
「ん? 美嘉
「……あ、小暮深雪です」
成る程、彼女は本田未央と言うのか。本田さんだな。それにしても元気だなぁ。恐らく彼女は私が危惧していた通りのムードメーカーという奴だろう。ムードメーカーの壁を作らない……っていうか遠慮のない接し方が苦手なんだよなぁ。嫌いじゃないんだけどね。
……おっと、これは偏見か。美嘉さんも見た目はギャルの中のギャルって感じだけど中身はぶっちゃけそうでもないし。人は見かけによらないのだ。これから彼女を知っていくとしよう。
「んもぅ、テンション低いぞ〜! もっと元気出してこー! ところで、何の話だったの?」
本田さんが聞いてくる。素直に伝えようと悪戯心に思ったが美嘉さんがダメダメと必死に顔を横に振っていたので取り敢えず誤魔化す事にした。
「……いや、何でもない。それより後の二人はその部屋?」
「あ、うん、そうだよ。おーい、二人共ー」
本田さんが後の二人を呼ぶ。部屋の中にいるんだったら態々呼ばなくても私が入ればいいだけなんだけど、まあいいか。
「未央ちゃんどうかしましたか?」
そう言いながら顔を出したのは、先日私と衝突した素晴らしい笑顔の子に──
「どうしたの? ……って、なんで深雪がここに……?」
──花屋の凛ちゃんだった。
…………んん!?