私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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どや、早いやろ。
次は多分遅いで〜。

給料日なので投稿。
因みにタイトルは聖飢魔IIのパロです。


第28話 地獄の狂科学者は二度死ぬ

「……私は今、疲れている」

 

過去形ではなく現在進行形というのがポイントだ。

 

店から出た私はあわよくば二人を撒こうと寮に帰ろうとしたが、出た瞬間一ノ瀬さんに飛び付かれたので仕方なく中庭のベンチに避難した。おっぱい柔らかかった。

 

「ああ、ボクもだ。まさかこんな事態になるとはね……」

「元はと言えば二宮さんが一ノ瀬さんを誘い込んだようなものでしょ」

「流石に理不尽すぎやしないかい?」

 

というか肩が重い! いつまで引っ付いてるんだこの人は!

 

私は肩に体重を乗せる一ノ瀬さんを無理くり引っ剥がそうとするが、予想外に力が強く剥がしきれなかった。どうすればいいんだろう。役得とでも思えば良いのか。

 

「ハスハスハスハス」

 

視線を彼女に向けるも匂いを嗅ぐのに夢中で全く気付いてくれない。完全に目がイッてらっしゃる。

 

「味も見ちゃえ。ぺろぺろ」

「んひゃあ!」

 

急に首筋を舐められて変な声を上げてしまった。どうやら頭もイッてしまわれたらしい。匂いを嗅がれるのはギリギリ許容出来たが流石に舐められるのは身の危険を感じる。そしてようやく確証を得た。この人ヤバイ奴だ! どうにかして引き剝がさないと……!

 

「ちょ、ちょっと、二宮さんも手伝ってよ……ひゃわっ」

「あ、ああ、すまない」

「ハスハスペロペロ」

 

くっ、なんだこの人……! 二人掛かりでも離れない……! てかこの体勢だと全く力が入らない……! はな、離れ……うおおおおおおお!!!

 

「はぁ、はぁ……」

「だ、駄目だ……。全く離れない……」

 

「み、深雪ちゃん……?」

「ど、どうしたんですか……?」

「ふ、二人共良いところに……! この人引き剥がすの手伝って!」

 

丁度よく三村さんと緒方さんが通り掛かった! 四人もいれば流石に引き剥がせるだろう。

 

「なんだかよく分からないけど、困ってるのは分かったよ!」

「て、手伝いますっ」

「三人の力を集約させるんだ!」

 

「「「せーのっ!」」」

 

三村さんが右腕、緒方さんが左腕、二宮さんが胴体を持ち、声を掛け合いカブを引き抜くが如く一ノ瀬さんを引っ張る。私と言えば一ノ瀬さんを引っ張る三人の力に負けないようにベンチにしがみ付くので必死だ。

 

「くぬぬぅ……!」

「ふむむー……!」

「……ッ……!」

 

「ハスハスヤメラレナイトマラナイ」

 

ちなみに掛け声の“せーの”はイタリア語で“おっぱい”という意味なのでイタリア人が今の光景を見ると「おっぱい!」と声を掛け合ってるようにしか見えないのだそう。ぷぷっ!

 

「あっ……!」

 

どんがらがしゃーん!

 

一瞬の気の緩みによりベンチから手を滑らせた私は四人を巻き込みながら地面へと倒れた。我ながら少しアホだったと反省。しかし私は幸いな事に元凶である一ノ瀬さんが下敷きとなったので事なきを得た。

 

「さ、三人とも大丈夫……?」

 

「あいたた……な、なんとか」

「大丈夫です……」

「ああ、怪我はないよ……」

 

良かった。見る限り三人にも大事はなかったみたいだ。一ノ瀬さんは……

 

「ふにゅう……」

 

完全に伸びている。下敷きにして少し悪いとは思ったが悪いのは彼女だ。因果応報である。今の状態であれば容易に剥がせるし逃げることも出来るだろう。とはいえ、別嬪さんをここに一人放置していては346プロの敷地内とはいえ何が起こるか分かったものではない。ましてや彼女はアイドル。特に狙われる可能性は大きい。世の中とは意外と物騒なのだ。攫われたりでもしたら悔やんでも悔やみきれない。

 

「どうしようか……」

 

「あれっ、深雪じゃん。何してんの?」

 

処理に悩んでいると丁度良いタイミングで美嘉さんが登場。話を聞く限り“LiPPS”のリーダー的存在は彼女っぽいので美嘉さんに熨斗(のし)付けて返品──買った覚えはないけど──しておけば問題なかろう。

 

「美嘉さん、お疲れ様です。そういう事なのでこの人、ベンチに置いときますね。じゃ」

「え? あっ、ちょっ……」

 

私は三村さんと緒方さん(ついでに二宮さんも)を連れてスタコラサッサとその場を去る。

 

「み、深雪ちゃん、美嘉さんに任せて大丈夫だったの?」

「任せるというより、半ば押し付けてたけど……」

「大丈夫。何もかも二宮さんのせいだから」

「なんでだ!」

 

二宮さんが声を荒げているが実際そうだろう。先程も言ったが二宮さんが来たからハッピーセット理論で一ノ瀬さんも付いて来た。そして何故か私が目を付けられて先程に至るのだ。つまり二宮さんがカフェに来なければ良かったのだ。もしくは無臭になれ。

 

「それはIFの話だろう? “もしも”の話ほど無駄なものは存在しない。過去はどう取り繕おうとも過去でしかなく、決して変化することはない。見るべきは現在、そして未来だ。結果的には君は魔の手から逃れる事が出来た。それで十分じゃないか。あと無臭は無理だ。彼女の鼻は利きすぎる」

「うるさい。長い」

「二言で切られた……だと……!?」

「あ、あの……深雪ちゃん」

「なに? ……ああ、この人は二宮飛鳥さん。中二病」

「いや、そうなんだが……そうなんだが……もっとこう、何かないのか? アイドルだーとか、第二芸能課所属だーとか」

「え、そうなの?」

「そうだよ!」

「蘭子ちゃんと同じタイプなのかな……?」

 

彼女のせいで酷い目にあったので仕返しにイジってると、緒方さんが呟く。

 

確かに、中二病と言えば神崎さんも中二病だ。中二病のタイプは多分違うが、引き合わせたら意外とウマが合うかもしれない。

 

「あっ、そうだ! これから智絵里ちゃんと中庭でお茶するんだけど、深雪ちゃんと二宮さんもどうかな?」

「く、クッキーもありますっ」

 

……これはもしかして、女子会という奴だろうか!? 三村さんと緒方さんとの女子会とか、絶対に癒される事間違いなし。しかし、話の引き出しが前世の仕事関係しかないので実質ほぼゼロな私が、こんなに愛らしい彼女らのお茶会に参加しても良いのだろうか。

 

「私といても楽しくはないと思うけど、誘ってくれるんだったら喜んで」

「君、今日は一人がいいんじゃなかったのかい?」

「ぐぬっ」

 

こら! 余計な事を言うんじゃない! パーで連続平手打ちするぞ!

 

「さっきあんな事が起きたし、今日はもういいやと思って」

「成る程ね。……あぁ、ボクは遠慮しておくよ。同部署の友人と過ごすが良いさ」

 

しかし、と二宮さんは続けて

 

「君との対談を諦めたわけではない」

「……あっ、うん。また日を改めて貰えば別に」

「…………あ、そう」

 

というか、なんやかんやちゃんと話してたような気もするが……。

 

少し呆然とした様子で頷いた彼女は“本当に日が悪かっただけなのか”、“次の休みは……”等とぶつぶつ呟くと、別れの言葉を述べた。

 

「じゃあ、また今度」

「ん、またね」

 

私は手をひらひらと振り彼女を見送る。彼女が見えなくなると、待ってましたとばかりに三村さんが少し目を輝かせながら話しかけてきた。

 

「ねぇねぇ深雪ちゃん。二宮飛鳥って、あの二宮飛鳥ちゃんだよね? 知り合いなんだ!」

「……知り合い、かな? なんか懐かれちゃって」

 

私からアプローチをかけた覚えは一切ない。彼女が勝手に私に興味を持って懐いただけだ。初めて会った時からペラペラペラペラ喧しい子ではあるが、悪い子ではない。話を聞くのは面倒だが、だが!

 

「後今気付いたけど、さっき深雪ちゃんに抱きついてた女の子ってLiPPSの一ノ瀬志希ちゃんだよね!」

「らしいね。私もさっき知り合ったばかり」

「あ、知り合いじゃなかったんだ。どうしてあんな状況になったの? 一ノ瀬志希ちゃん、およそファンには見せられないくらいスゴい顔してたけど」

「それは私の方が聞きたい」

「えぇ……?」

 

いや、本当に分からない。私の匂いを嗅いでたら──この時点で意味が分からないが──急に目が血走ってビーストモードに突入したのだ。結構怖かったので出来れば今後はあまり関わりたくはない。

 

中庭に到着すると三村さんがシートを敷き、手に持っていた彼女お手製のクッキーやティーセットをシートに揃えていく。座り方を胡座(あぐら)か正座で悩んだが、クールでビューティなイメージが崩れるという事で痺れを厭わず正座にした。余りに痺れるのであれば恥ずかしいが女の子座りで過ごすしかない。女子トイレや女子更衣室が普通でこれが恥ずかしいのも変な話だが、慣れないものは仕方ない。

 

暫くのんびりとクッキーと紅茶に舌鼓を打っていると緒方さんが話を切り出した。

 

「深雪ちゃんは、アイドルの知り合い多いよね」

「確かに、美嘉さんとも知り合いだったよね」

「いや、寮に住んでるから同年代の知り合いは少しはいるけど、そんなに多くはないよ」

 

会う機会も言う程多くはないしね。ご飯の時と風呂の時くらいか。輝子の部屋にはよく吶喊(とっかん)してるけど、その時に偶に悪代官白坂小梅と幸子がいるくらいだな。

 

「でもこの前は高峯のあさんと並んで歩いてたよね?」

「…………それは、まぁ、色々あって」

 

うまい言い訳を思い付かなかったのでお茶を濁した。それ絶対になか卯に行った日だ。私が一度もなか卯に行った事がないという事で他の面々に内緒で連れて行ってくれたのだ。ちなみにのあさんはなか卯そこまで好きではないらしい。結構美味しかったけどな。親子丼とうどん。あっ、返信してなかった。

 

「おっ、いたいた〜」

 

何処からか四月からよく聞くようになった新しい声が聞こえて来た。振り向くと予想通り本田さんと島村さん、そして花屋の凛ちゃんの姿がそこにあった。そして本田さんの左手には何故かビデオカメラが添えられていた。

 

「はい、どうぞ!」

「三村かな子です。智絵里ちゃんと深雪ちゃんとお茶してまーす」

 

「!?」

 

な、何が始まったの……? 急に来たと思ったら撮影が始まって、でも三村さんは事前に分かっていたかのように状況に適応してるし、隣の緒方さんもメモ帳らしきものを取り出してる。狼狽えてるのは何故か私だけだった。まさかと思いメール一覧を見てみると、武内さんから今日の事について普通に届いていた。私が確認してなかっただけのようだ。

 

メールによるとどうやら花屋の凛ちゃんら三人はCP全員のPR動画の撮影を頼まれているらしい。それは勿論私も含まれる訳で、何かを言う必要があるという事だ。

 

なんという事でしょう。私は常日頃からアドリブに弱いと自負しているし、紛れも無い真実だ。しかし、だからと言ってPR動画で何も言わない訳にはいかないだろう。口頭でも言ってくれれば良かったのにと思わなくもないが、メールの確認を怠っていた私が悪い。

 

……こうなったら仕方ない。私の好きな言葉の一つに“賽は投げられた”という言葉がある。そして、今こそその状況。日本男児……いや、大和撫子(笑)のあどりぶりょくを見せるとしますか!

 

「じゃあ、次はくれみーね!」

「小暮深雪、16歳。誕生日は1月23日。好物は色々、嫌いな物は必要でもないのに辛く料理されてる食べ物。座右の銘は“明日は我が身”。入社一年目の若輩者ではありますが、立派なアイドルを目指して同僚達と切磋琢磨しながら一所懸命に精進いたしますので、暖かく見守っていただければ幸いです。これから宜しくお願い致します」

 

新人らしく表情明るくハキハキとフレッシュに。普段そうではなくてもアピールの時だけでも態度作っておけば問題はない。これはもう完璧だろう。

 

そう思いながら周りを見ると、どうにも反応が芳しくない。これは一体どうしたことか。

 

「どうしたの?」

「いやいや、固い……固いよ! 普段のくれみーからは想像出来ないフレッシュ感は出てたけど、なんか違う! あんたは期待の新入社員か!」

「新入社員だけど?」

「確かにそうだけども!」

 

本田さんにダメ出しされてしまった。一体何がいけなかったのか。内容も不自然さは無いはずだし、新入社員というアピールポイントも強調出来た。確かに内容は固いが、これからファンになってくれるかもしれない人達に見せるものなので茶目っ気を入れて好物とかも言ってみたのだが……。

 

「かな子と智絵里の自己PR聞いてた?」

「内容考えるのに必死で全く」

 

やっぱり……と呟くと花屋の凛ちゃんは苦笑した。

 

「今考えたって事は、深雪ちゃんは今日の事は知らなかったの?」

「ついさっきメール見た……」

「ごっ、ごめんなさいっ。私が今日のこと言わなかったから……」

「いや、緒方さんのせいじゃないよ。私がメール見てなかっただけだし」

 

何故か緒方さんが申し訳なさそうにしていたのでフォローする。流石の私もこんな事で八つ当たりなんてしない。

 

「くっ……! こんな事なら先にくれみー撮っとくんだった……ッ!」

「どうしてですか?」

「そりゃあやっぱり動画を撮るんだったら面白いものにしたいじゃん? 普段のクールな佇まいから一変してあわあわするくれみー! 良いネタ……もとい、ファンの心も鷲掴みだよ!」

「ギャップ萌えってやつですね!」

「そもそも見る人は普段の深雪を知らないんじゃ……」

「まあまあ、細かいことは気にしない♪」

「細かいかな……?」

 

何やら本田さんが勝手な事を言っているが、意図せず彼女の目論見は阻止できていたようなので気にしない。後そろそろ足が限界に近づいてきている。女の子座りに移行せねば。

 

「深雪のやつは自己PRというよりはスピーチに近いかも。別に偉い人の前で言う事でもないんだから、簡単に“これから頑張ります”くらいでいいんじゃない?」

「……成る程」

 

花屋の凛ちゃんから指摘を受ける。確かに言われてみると私の考えた言葉は仕事の上司や先輩なんかに送るような物ばかりと思われる。つまりもっとフランクな物言いでも良いという事か。

 

「小暮深雪16歳。将来の夢は三国遺址探訪。よろしく」

「カット!」

 

なんでよ。めっちゃ友達感覚でフランクじゃん。これはもう「オッス、オラ深雪!」くらい言わないとOK貰えないんじゃなかろうか。

 

「てかそこはトップアイドルじゃないの?」

「深雪ちゃんは三国志が好きなんですね!」

「そういえば12月に初めて会った時に言ってたね」

「そこ今どうでもよくない?」

「トップアイドルがどうでもいいって!?」

 

そっちじゃねーよ。

 

「何がいけないの?」

「素っ気ないよ! 見た人雁首揃えて「お、おう……」って思っちゃうよ!」

「そう? うーん……どうすればいいと思う?」

「私に聞かれても……」

 

花屋の凛ちゃんに聞いてみるも色よい返事は戻ってこない。二人してむむむと作戦を練っていると、緒方さんが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あ、あの……もう少し日常を映してみるといいんじゃないかな?」

「日常?」

「う、うん。例えばかな子ちゃんみたいに自分で作ったクッキーを紹介したり、今だと三人でお茶してます……だったり」

「あはは、全部私が言ったやつだね」

 

成る程、素晴らしいアイディアだ。そういう事であれば私も……。

 

私は鞄に入っている本を紹介しようと取り出すが、直前でこれが紹介してはいけない物だという事に気が付き、元の場所に戻した。自己PRででんじゃらすじーさんを紹介するアイドルなんていてたまるか!

 

とはいえそれ以外にめぼしいものは見当たらない。あるのは参考書とイヤホン、後はタオルくらいのものだ。

 

さてどうしようか。そう考えた次の瞬間──

 

 

「深雪逃げて超逃げて!!」

 

 

何処からか聞こえる美嘉さんの叫びに私は反射的にその方向へと顔を向ける。そこには必死にそれを食い止める美嘉さんと、先程堕ちた筈の一ノ瀬志希の姿があった。

 

「あれ? 美嘉姉ぇ……って何あれ!?」

 

「これはまずい。逃げるに限る」

 

私は即座に危険を察知し、一目散に逃走を図る。今日に限って動きにくいチャッカ・ブーツなのだが、捕まったら何をされるか分かったものではないので全力疾走だ。

 

「深雪!?」

 

今の私に凛ちゃんの言葉に反応する余裕はない。美嘉さんの必死の食い止めもあり、一ノ瀬志希の歩みは鈍い。しかしその表情はまるで絶賛発情期の凶暴化した動物のようであり、発せられる声も最早言語にすらなっていない。先程よりヤバイ状況だという事を改めて理解した。恐らく彼女は人間としての理性を失ってしまったのだろう。あーもう! どうして私がこんな訳の分からない目にあっているんだ! それもこれも全部二宮さんのせいだ! 絶対ゆるさねぇ!

 

「ぐぐっ……ああっ!」

 

「&#×%$¥□〒々○!!」

 

「ひぃっ……!!」

 

ついに耐えきれず美嘉さんの手から一ノ瀬志希が離れてしまった。鎖から放たれた一ノ瀬志希は勢い良く地面を蹴り、私目掛けて突進する。これがまた意外と速い。その猟奇的な光景に思わず悲鳴が漏れる。

 

こ、怖い!! さっきとは比にならない恐ろしさだ。ゾンビ的な恐ろしさを感じる。私は彼女から逃れる為にがむしゃらに走った。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「&#×%$¥□〒々○!!」

 

施設から出てスカイツリーを眺め、両国国技館を目の当たりにしていると河川敷まで辿り着いてしまった。周りから怪訝な目で睨まれようとも必死に逃げた。途中で撒こうとわざと複雑な道を走ったり隠れたりもしたが、彼女の超人的な嗅覚により全て水泡に帰してしまい、未だこの状態だ。本当に人間なのだろうか。

 

結構な距離を走ったが彼女の勢いが衰える事は無い。堕ちてもアイドル。相応の体力は持ち合わせているという事か。対する私は適宜休憩は挟んでいたものの、体力も足も騙し騙しで走っている為そろそろ限界だ。このままだと本当に捕まってしまう! どうにかしないと……。

 

「おや、貴女もランニングですか!! いいですねぇ、ランニングは健康にも良いし、肺活量も鍛えられます!!! 最高です!!!! どなたかは存じませんが一緒に走りましょう!!!!!」

「若人の身でありながら感心ですなぁ! しかしその走り方ではすぐ疲れてしまいますぞ! 不肖、大和亜季が効率的な身体の動かし方を伝授致しましょう!」

「あっ!!!!!! 申し遅れました!!!!!!! 私は日野茜です!!!!!!!!」

 

必死に走っていると二人の女子が並走してきた。二人の名前は聞いた事がある。大和亜季はミリタリーマニアのアイドルで、ファンからは軍曹と呼ばれているらしい。日野茜に関しては前にライブで見かけたしカフェでよく声を聞く。

 

「ボンバー!!!!!!!!!!」

 

そうそうこれこれ……ってそんな場合じゃないんだよ!

 

「346プロCP所属の新人アイドルの小暮深雪です! ところで後ろから追いかけてくる一ノ瀬志希をどうにか出来ませんか!?」

 

私は先輩方に助けを求める事にした。息絶え絶えの身体に鞭を打ち、一息で言いたい事全て詰め込んで後ろを指差す。

 

「なんと! 後輩でしたか! ……ふむ、確かに正気を失っているご様子。この手のものは何度か対処した事がある故、この大和亜季にお任せあれ!」

「大和さん……!」

 

大和さんは漢らしくニッと笑うと、駆け足を止めてクルリと一ノ瀬志希の方へと向き直す。その後足を開いて腰を落とすと、レスリングを連想させるような構えを取った。

 

「亜季さんに任せれば大丈夫です!! さぁ、一緒に逃げましょう!!!」

「はい……!」

 

日野さんの言葉に頷きつつも心配になり後ろの方を確認する。しかし、その心配は杞憂に終わるだろう。小林まこと作品を読んできた私には分かる。あの構えは素人のものではない。必ずやかの一ノ瀬志希を抑えてくれる事だろう。

 

「そぉい!」

「&#×%$¥□〒々○!!」

「な、なに……ぐはぁ!?」

 

そ、そんな!? 西上馬之助ばりの抑えを物ともしてない!?

 

跳ね除けられた大和さんは河川敷の下へと力なく転がって行く。一ノ瀬志希の勢いは依然変わりない。

 

「なんと!? 亜季さんがあっけなく!? こうなったら私が引き止めます!!! 貴女は逃げてください!!!」

「日野さん……」

 

日野さんは漢らしくニッと笑うと、駆け足を止めてクルリと一ノ瀬志希の方へと向き直す。その後ラグビープレイヤーを連想させるような構えを取り、バネが跳ねるかの如く駆け出した。

 

「そりゃあ!」

「&#×%$¥□〒々○!!」

「な、なに……ぐはぁ!?」

 

そ、そんな!? 東三四郎ばりのタックルを物ともしてない!?

 

跳ね除けられた日野さんは河川敷の下へと力なく転がって行く。一ノ瀬志希の勢いは依然変わりない。

 

本格的にまずい事になってきた。被害が私だけなら兎も角、二人も負傷者が出てしまった。これ以上大ごとになったら収拾がつかなくなってしまう。一体どうすれば……。そう思った瞬間だった。

 

「よぉ深雪」

「な、夏樹!」

 

希望の華、我らが木村夏樹が現れた。しかも都合の良い事に愛用のバイクに乗って。

 

「野暮な事は聞かない。追われてんだろ? 乗りな」

「夏樹……!」

 

か、かっこいい……! 本気で惚れそうなんだけど。私いま顔赤くなってない!?

 

「ありがたい! けど乗る時間がない!」

 

夏樹のバイクに乗るにはまず止まってもらわなければならない。そしてヘルメットを着用する必要もあるので見積もっても最低10秒はその場に留まる必要がある。仮にそれで追い付かれなかったとしても恐らく加速に時間が掛かるだろうから20秒としよう。確実に追い付かれる。だからと言って乗るのを待ってくれるほど今の一ノ瀬志希に理性はない。

 

「ま、まだで、あります……!」

「早く、準備を……!!!」

「&#×%$¥□〒々○!?」

 

二人とも!? 無事で良かった……!

 

二人は一ノ瀬志希の両足をガッチリと掴み、歩みを阻む。しかしそれでも一ノ瀬志希は二人を引きずりながら此方へと向かってくる。あいつの脚力はどうなっているんだ!?

 

「くそっ、このままじゃ……」

「まぁ、大丈夫だからそのまま走ってな」

「?」

 

「──夏樹テメー! 置いて行くなよ!」

 

夏樹の言葉に疑問符を浮かべていると、後ろの方から凄まじい爆音と共に夏樹を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おっ、来たな」

「来たな、じゃねーよ! てかあの三人何やってんだ? 只事じゃないみてーだけどよ」

「あー、アタシも知らねーけど、ダチが困ってるんだ。拓海、志希を抑えといてくれ」

「ダチぃ? そいつの事か?」

「小暮深雪です!!」

「お、おう……」

 

拓海──恐らく向井拓海の事だろう──と呼ばれた人物が私へと顔を向けてきたので自己紹介をする。バテ気味で丁度良い声が出せず声を張り上げてしまった。

 

「よく分からねぇが、夏樹のダチってんなら協力しない訳には──いかねぇよなぁ!?」

 

オラァ! と威勢良く一ノ瀬志希へと特攻を掛ける向井さん。

 

一人が駄目なら二人で。それでも駄目なら三人で。一本の矢は折れても三本に束ねれば折れないともいう。私はこの時、“協力”という言葉の美しさを知った。

 

二人に両足、一人に胴体を抑えられて遂に一ノ瀬志希は身動きを取ることが出来なくなった。

 

「深雪! 今の内だ!」

「はぁ、はぁ……う、うん」

 

いそいそとヘルメットを被ると夏樹の後ろへと跨り、落ちないようにしっかりと抱き着いた。バイクに乗る事自体が今世初なので少し緊張している。

 

「掴まったな? いくぜ!」

「お願い! お、おおおおおお──!?」

「はっはは! なんだよその反応は」

 

文明の利器、侮る事なかれ。私は今、獣に追い回されるという原初の恐怖を、文明の利器を用いて解決したのだ。見よ、みるみるうちに遠のいて行く一ノ瀬志希のいと憐れな姿を。

 

かの松下幸之助は言った。

──成功は自分の努力ではなく、運のおかげである──と。

 

実際、本当にその通りだ。今回だって逃げ続けているだけではいつか捕まっていた。運が良かったからこそ、大和さんや日野さんそして向井さんが一ノ瀬志希を阻止してくれたし、夏樹がバイクに乗って現れた。努力をするのは当たり前だ。しかし、努力をしたからといってそれが必ず報われる訳ではない。努力をしても試験に落ちる時は落ちるし、チケットも当たらない時は当たらない。そこには必ず“運”というものが絡んでくる。そして私は──運すらも制したのだ。運命の女神が私に微笑みを向けたのだ。

 

とはいえ運も実力のうちとも言う。実質今回の件も私が実力で勝ち取ったと言っても過言ではあるまい。つまりは三人が一ノ瀬志希を止めたのも私の実力だし、いま私が乗ってるGSXも私の実力(?)と言えるだろう。

 

「……深雪、なんか変な事考えてないか?」

「べ、別に……?」

 

後日、この件がネットニュースのランキング1位を飾り、私は“一ノ瀬志希に追いかけられる女”として一躍有名となった。見かけた一般人は「何かの企画かと思った」「テレビの撮影かと思った」とし、通報はしなかったという。百年の恋も冷める顔で追いかけ回していた一ノ瀬志希はというと「つい我を見失ってしまった」「癖になる匂いだった」と訳の分からないコメントを残し、更に世間を困惑させた。これが後に言う“一ノ瀬暴走列車事件”である。

 

そして私はそのニュースを見ながら一人ベッドで筋肉痛で死んでいた。




一二の三四郎は皆見るべき。



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