遅くなるとは言ったけどまさかここまで遅くなるとは……!
前回のあらすじ書こうと思ったけど話の繋がり無いし、いいよね?
「「CDデビュー?」」
「はい。お二人と三人にはユニットとしてCDデビューしていただきます」
そう唐突に告げられたのは、とある休日の昼下がりであった。
午前中にレッスンを行なっていたCPのメンバー達は、昼休憩後に
アナスタシア、新田美波、渋谷凛、島村卯月の四人は突然の事に頭が追い付いておらず困惑し、本田未央は対照的に、喜びを露わにしている。そんな彼女らに周りは素直に賞賛と驚きの声を上げた。
「二人共! CDデビューだよ!」
未央の言葉でようやく頭が追いついたのか、卯月は歓喜の声を響かせ、未央と凛の両名に思わず抱き着いた。
「おめでとう!」
「おぉ……」
「すごーい!」
深雪も周りと同様に彼女らのCDデビュー決定に驚きの声を漏らしたが、その驚きは少し意味が違った。深雪は自分の部署のプロジェクトがようやく始動したという事実に驚いたのだ。とはいえ前より4月過ぎに始動するとプロデューサーである武内より公言されていたので驚きは小さい。寧ろ既に5月に入っているので少し遅いと感じていたくらいだ。
「うぇ、もうそんな時期? 杏、ずっとぐーたらしてたかったなー」
「もう杏ちゃん、そんな事言わないのっ」
凡そアイドルの卵とは思えない杏の小さな野次に、きらりは優しく苦言を呈する。そういった具合に和やかな空気が部屋を包み込むが──
「ずるい! 莉嘉もCDデビューしたい!」
その一言により当人達はおろか祝福していたメンバーすらも冷や水を打たれたかのように静まった。
そう、今回CDデビューが出来るのは全員ではなく五人のみ。残るメンバーは未だデビューを果たす事は出来ないのだ。しかも彼女らは今後デビューが確約されている訳でもない。下手をすれば、最悪の場合デビューすら出来ない可能性すら浮かび上がってくるのだ。それがたとえ部屋で携帯を無くして見つからないといった小さな可能性であろうとも、思春期の少女である彼女らの不安な気持ちは膨らむばかりだろう。
焦りか嫉妬か、もしくは単なる好奇心か。莉嘉の言葉はデビュー宣言をされていないアイドル達の、無意識の内に思っていた事を代弁していた。
「そ、そうにゃ! ミク達はどうなるにゃ!?」
莉嘉の言葉を皮切りに、人一倍アイドルに対する熱意の強いみくが疑問を投げかける。先より新入り三人が己より先にステージに上がる事に不満を持っていた彼女だ。そこに再び自分を差し置いてCDデビューをする三人に対する不満と、新入り三人を選んだ武内に対する不信感は更に高まった事だろう。実際にはCPのメンバー全員のデビュー予定はある程度目処は立っていたのだが、それには伝えられない理由があった。
武内は誠実かつ実直な性格で、アイドル達の事を真摯に想い気遣える男ではあるが、それ以上に不器用で口下手な男だった。その上、彼にはトラウマがある。かつて彼のプロデュース方針に息苦しさを感じた数名のアイドルが彼の元を去ってしまったのだ。彼はその少女らの人生を狂わせてしまったと悔やんでおり、今でも心の中を蝕み続けていた。
その為、これまでの行動を鑑みて分かる通り、彼は“過去の挫折”を教訓に、アイドルとの接触や会話は最低限に済ませ、裏方に徹する事にしていたのだ。元々の口数の少なさもその思想に更に拍車をかけていた。しかも彼は良くも悪くも正直者で、不透明な言葉で相手をぬか喜びをさせるような事は決してない。つまり未だ確定していない段階の計画を伝える訳にはいかなかったのだ。とはいえ気遣おうにも口下手で言葉が纏めきれず、その上“過去の挫折”により彼は一歩前に踏み込む勇気を失っていた。彼の思想と性格そしてトラウマが、今回は完全に裏目に出てしまったのだ。
その結果、彼はみくの言葉にこう回答した。
「……現在、企画検討中です」
その答えに深雪は、甚く微妙そうな顔をしたのだった。
☆☆☆
今日は声のレッスンだ。トレーナーさんは相変わらず指摘が鋭い。音程を正確に取るのは相当に集中しなければ難しい。正確に音を取るという事は、正確な音を聞き分けなければならないからだ。ある程度は練習してきた私ではあるが、それでも中々難しい。
「新入りの匂いがするにゃ! 二人共準備はいいかにゃ!?」
「「おー!」」
休憩に入ると突然みくにゃんが莉嘉ちゃんとアカギさんを連れて部屋を退出した。
理由は分かりきっている。花屋の凛ちゃんら三人にデビューを賭けて勝負(のようなもの)をする為だ。美嘉さんのライブを終えると一時期は鎮静化したものの、この前の武内さんの言葉で再発してしまったのだ。
彼女の考えは前回より変わっていない。アーニャちゃんや新田さんはともかくとして新入り三人に先を越される事に納得がいってないのだ。確かに、このままでは今までレッスンを頑張ってきたみくにゃんが報われない。しかし、武内さんの考えも分からなくもないのだ。
恐らく彼はライブに出た事で多少知名度を上げた今が丁度良いタイミングだと考えたのだろう。例えると彼女らは今度発売する新作のゲームで、事前にCMで宣伝されている状態だ。しかもそれが人気アイドルである美嘉さんのお墨付きとあれば尚更期待値は高いはずだ。営業も並行して行なっている武内さんがこのチャンスを逃すはずがない。
「あぁ……みくちゃんまた始めたんだ」
「そ、そうみたいだね」
懲りないなぁ、と呆れ気味に呟く多田さんに苦笑を禁じ得ない三村さん。二人の反応は既に見慣れたと言わんばかりのものだった。
「大体あんな勝負で何かが変わる訳でもないのに」
「みくちゃん、今日は黒ひげみたいなの持ってたよね」
「そうだっけ? よくもまぁあれだけやってレパートリーも底をつかないものだよね」
「案外遊びたいだけかも……」
「いや、みくちゃんに限ってそれはないでしょ。みりあちゃんと莉嘉ちゃんは別として」
確かに二人の表情は遊びに行く子供のそれであった。本気でCDデビューの座を狙っている訳ではなさそうだ。
「……ふわぁ」
私はこくりと舟を漕いだ。……はっ、危ない! もう少しで寝るところだった! 昨日の夜更かしが祟ったか。本を読んでいたら止め時が分からずに結局全部読んでしまったのだ。
起きなければと思いながらもうつらうつらと顔が左右前後に不規則に動く。そんな正直な身体に活を入れるべく“ろーとずぃー”を目に注入した。くぅ〜! ……き、効かない……? どうやら使い過ぎてこの程度の刺激じゃ満足出来ない身体になってしまったらしい。また初めてやった時のようなものすんごい刺激を味わいたい。あの時は女子にあるまじき呻き声をあげる程しんどかった。隣の席の男子に注目されてたのが辛い。
時間はまだ残ってはいるが、寝るのは論外。というのも声のレッスンは途中で一度寝てしまうと、喉や発声で使う筋肉とかが通常状態に戻るので、今の状態に戻すには一から発声をし直さなければならないからだ。
「深雪ちゃんどこか行くの?」
「私は元気」
「……?」
歩くの大好きなのでどんどん散歩をしよう。そうでもしないと目が覚めない。
部屋を出ると黒ひげ危機一発で遊んでいる六人の姿があった。そしてそれを首に手をやりながら眺める武内さん。ワイワイガヤガヤと遊んでいる彼女らはとても楽しそうに見えた。
「ぬぉりゃ!」
「ぐぬっ、中々やるにゃ! そこにゃ!」
黒ひげ危機一発をやってるとは思えない程の白熱ぶりだが、通路の真ん中でやっているので少し邪魔だ。
「……廊下の真ん中だと邪魔になるよ」
「あ、ごめんにゃ」
「ご、ごめん」
素直に広いスペースへと移動する六人。立って待ってる武内さんも武内さんだ。交代出来ないのならみくにゃんにはっきりと言えばいいのに。言葉足らずなのは理解しているが、それにしても放置しすぎである。今の
気分転換の筈なのに少々気鬱な気分になりながらも散歩を再開する。武内さんと挨拶を交わすとエレベーターで適当な階数へと降りる。折角なので降りたことのない階にしてみた。
どうやらこの階は346プロに所属する俳優さん達の事務所のようだ。今日は休みの日の筈だが、事務員さん達は忙しそうに働いている。私は邪魔にならないように歩きながらその様子を横目で見ていた。
「──はい、お疲れ様でした」
するととある一室から何度か一緒に仕事をした事もある高垣楓さんが出てきた。アイドルである筈の高垣さんが何故この階にいるのかと疑問に思ったが、恐らくドラマか何かでいるのだろう。多分だけど。
「高垣さんお疲れ様です」
「? お疲れ様です」
言い終えてから気付いたが、そういえば私は高垣さんとは知り合いではなかった。正確に言うと“CB/DS”としては知り合いだが、素では面識がないのだ。今後もボロを出さないようにしないと……。
「あっ、ちょっといいかしら」
「はい?」
散歩を再開しようとしたら呼び止められてしまった。知り合いでもない私に一体何の用だろうか。
「貴女、もしかしてCPの?」
「はい、CPメンバーの小暮深雪と言います」
「やっぱり! じゃああの人のところね」
「……もしかして武内さんの事ですか? 知り合いですか?」
「ええ、まあ部署は近いしね」
「じゃあ後でよろしく伝えておきますよ」
「別に会わない訳じゃないから構わないわ。そんな事より……」
高垣さんが少し真面目な顔つきでスススと近付いてくる。
「貴女が言われて嫌だと思った事や、他にも些細な事で良いから、何か気付いた事があればすぐに報告して欲しいの」
「……高垣さんにですか?」
「いえ、武内Pに」
私たち新人を気に掛けてくれる有難い言葉……と思ったらなんか微妙に違った。でも、突然どうして?
「深雪ちゃんがどう思っているかは分からないけど、彼、口下手な上に余り話さないから少し誤解されやすいの。特に中高生にはね」
「良い人なんですけどね」
「そう、だから少しでも彼に耳を傾けてくれるように……って思ってたのだけれど、分かってたのね。余計なお世話だったかしら?」
「いえ、ありがとうございます。高垣さんが言いたい事は分かってるつもりです。いざという時はフォローが必要だと言うことも」
ウィンターライブの時から分かっていたが、武内さんは口下手で一言足りないし一言多い。普段から常に吟味して言葉を発している様子は伺えるが、吟味したからといってその言葉が正しいわけではない。その証拠がみくにゃんだ。でなければ事あるごとに花屋の凛ちゃん達に勝負を仕掛けたりするわけがない。彼も人間なので完全に第三者視点で物事を考えるという事は難しいのだ。どうしても主観が入ってしまう。
「あ、えっと、フォローを頼んだ訳じゃないの。プロデューサーも自分の性格は理解しているだろうし、どの言葉がダメだったかくらいは後々気付いてくれる筈よ」
そうかもしれないが後々では遅い。気付かなかったからこそ今の状況へと至ってしまっているのだ。私としては彼の方針に異論はない。きっと余計な事、つまりは決まっていない事不確定な事は言うまいというスタンスなのだろう。が、それだけでは足りないのだ。武内さんはそのスタンスに於いて一番といって良いほどの事に気が付いていない。もしくは忘れているか。
「そうですね。武内さんに関してはそういうスタンスなんだろうというのはうっすら理解してます。なので私からとやかく言う気はありません」
そう、フォローを入れるのは本当に見ていられなくなった時だ。……と言ったものの、今の段階で既に見てられない状況だし、もうみくにゃんの強がる表情は見たくない。口ではああ言ったが、正直次にそんな場面に出くわしてしまったら私は口を開いてしまうかもしれない。
「そうね、それがいいわ。次はきっと……」
「……何かあったんですか?」
「……いえ、なんでもないわ」
明らかに何か含みのある言葉だったが、一応初対面である私が無理やり聞くのも良くない。
「……やっぱり今の状況は危ないですか?」
「さぁ、どうかしら?」
「どうかしらって……」
「ごめんなさい。武内Pさんの事はああ言ったけど、私も話すのは得意じゃなくて」
何か知ってそうな口振りだったので聞いてみたが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「そもそも貴方達を殆ど知らないから何とも……あっ、でも貴女は不思議と何処かで会った事ある気がするのよね〜」
「き、気のせいじゃないですかね……」
き、急にブッ込んできたな……。少しびっくりしたけど、尻尾を出すようなことはしない。今の私は“CB/DS”でもカクでもなく、小暮深雪なのだ。
「ところで、深雪ちゃんはどうして役者さんのエリアに? 何か仕事の話?」
「いえ、ただの散歩です」
「あら、奇遇ね。私もちょっと暇が出来たから散歩中なの」
「あれ、でも先程誰かと話してませんでしたか?」
「ああ、あれは今度のドラマでお世話になる人に挨拶してたの」
「挨拶は大事ですね」
「大事よ。もし怠ったら“大事な大事件”が起きちゃうわ♪」
「意味が被ってる。10点」
「10点中?」
「100点中です。自信満々か」
「私も今のは言っててどうかと思ったわ」
それからも少し談笑していると不意に高垣さんが時計を見ながら「あっ」と声をあげた。その様子を見て私も悟った。
「深雪ちゃん、話しやすいからつい弾んじゃったわ」
「そ、そうですか……?」
確かに私があまり話さないように相手から口を開くように会話は心掛けているつもりだが、面と向かって言われたのは初めてだ。やっぱり気付かれる時は気付かれるものなんだな。
「そうだ! 良ければ今度飲みに誘ってもいいかしら? 皆に紹介したいわ!」
「………………………………すいません。私、未成年なので」
今の沈黙は行くか行くまいかというよりは言うか言うまいかで悩みに悩んだ沈黙だ。こっちに来て飲む機会なんて全くないから偶には焼き鳥片手に飲みたいのよ。……あ、酒じゃないよ? 欲望に素直な私なので反射的に「行きます!」って言いそうになったが直前で考え直して結局やめた。会社に迷惑かけちゃうからね、仕方ないのよ。……酒じゃないからね?
「え!? そ、そうなの? 勝手にハタチ過ぎくらいだと思って話してたわ。ごめんなさい……」
「いえ、気にしてませんよ。よく言われますし。因みに見た目こんなですが中身は純日本人です」
「やっぱりそうよね! 日本語上手だと思ったの!」
日本人なのに日本語上手って褒められるのは何だか違和感を感じるな。嬉しいけど。
「あっ、いけない。そろそろ私は行くわ。話聞いてくれてありがとう。心の片隅にでも置いておいてちょうだい」
「はい、お疲れ様でした」
高垣さんが去って行く。彼女は気遣う必要はないと言っていたが、やはり何かが起きそうだったらフォローくらいはいれるとしよう。私と彼は謂わば一蓮托生の仲。そのくらいしても罰は当たらないだろう。
何も起きないのが一番いいんだけど、と思いながら腕時計へと視線を向けた私は来た方向へと足を向けレッスンルームへと戻った。駆け足に限りなく近い早歩きで。