「転校生って疲れる」
転校生はよく質問攻めに合うとか言われているのは本当だった……。しかも転校初日だから尚更。何処から来ただの髪は染めてるのかだのカラコンなのかだの何処の美容院に行ってるのかだの。先制で生まれと容姿について公言しておけば良かったと今更ながら後悔している。福岡生まれでこの容姿は天然です!
他にも放課後に配られた引越しとかで遅れていた分の授業のプリントも寮でやらなければならない。面倒臭い事この上なかった。せめてもの救いが前の学校より授業が遅れていた事だ。それでも面倒な物は面倒なのだが。
「……スタジオ行こ」
本当ならば授業のプリントなんて破り捨ててそのままゴロゴロしたいところではあるが、今日の私はそうは言ってられない。先日、輝子から仕事を請け負い、クリスマス付近に行われる346プロ主催のウィンターライブでエキストラとして出る事となったのだ。私の役目は私と輝子を合わせ、合計四人のグループによるロックでメタルな曲を披露する事だ。どんな曲かは明日教えてくれるらしい。その前に今日は四人の顔合わせを終わらせて、ついでにセッションしようぜとのことだ。
待ち合わせのスタジオに着くと、私はカウンターで部屋を借りている人の名前を確認する。まだ誰も来たという連絡は貰っていないため、恐らく私が最初に来たのだろうが念の為だ。改めて確認すると案の定聞いた名前が一つも存在していなかったので、私は取り敢えず三時間で部屋を借りる。
折角だから少し練習しておこうと考えた私は寮から持ってきたマイギターを置いて携帯を取り出すと、お気に入りの音楽が入っているアプリを開く。
「曲は……『get up』でいいか」
まだライブで演奏する譜面は所持していない為、調子を上げる為に好きな曲を演奏する事にした。『get up』という曲はYAZAWAというミュージシャンが歌っている曲であり、同時に作曲も手掛けている。またYAZAWAはこの曲に限らずほぼ全曲にわたる作曲、及び数曲における作詞を手掛けている。
YAZAWAのイメージをたった一言で表すならば【ロック】、この一言しか存在しない。私の中でYAZAWAは【ロック】の象徴であり、【ロック】のカリスマと言うべき人物である。
1972年から
厳密に言うならばミュージシャンとして歩み始めたのは1972年ではなく1968年からであり、彼は1968年の高校卒業と同時に故郷の広島から最終の夜行列車で上京している。その際の荷物がトランクとギターとアルバイトで貯めた僅か五万円という凄まじくロックなチャレンジを当時の彼は試みていた。
しかし本来東京駅へ向かうはずだった彼だが、途中の横浜駅で降りる事となった。何故ならば横浜駅は港町であり、己が『ロックスター』を目指すキッカケとなった『ザ・スタッグズ』の出身であるリヴァプールも同じく港町であったからだ。憧れの人物と同じ事をしたいという気持ちは私も分からないでもない。その後、チャイナタウンなどで働きながら“ミュージシャン”YAZAWAの活動が始動された。
……また、横浜駅で降りた他の理由で長時間の移動で尻が痛くなったという話もあるんだけど、それは置いといて……。
1960年代から活動してきたロック・アーティストで、今日まで第一線で活躍してきたアーティストはYAZAWA以外誰一人として存在しない。そして、YAZAWAの偉大さはその奇想天外な人生に負けず挫けず「成りあがった」ことより、その後もずっとビッグであり続けていることにある。前世も合わせると私と彼の付き合いはかれこれ三十年以上にも及ぶだろう。
前世でもYAZAWAが存在し、今世でも同じ曲もリリースされている事実から、前世と今世では本当に同じ世界と言ってもいいくらい似ているのだ。ただ、アイドルになって少しずつ芸能界に関心を持ち始めた私が最近気付いたこと、それはやたらとアイドルの人気が凄まじいという事だ。時代を築いているといってもいいレベルである。前世でも四十八人もいる大型アイドルグループがいくつも存在していたが、それとは全く比にならないくらいの絶大な人気だ。
勿論それはちゃんとした理由が裏付けされており、そのアイドル時代の幕を切った人物がいる。
──日高舞
史上最強、伝説の元スーパーアイドル。過去に存在していたというアイドル・アルティメイトというアイドルNo.1をズバリ決める大会の優勝者でもある。今をときめく765プロのメンバー達でさえ現役の彼女には勝てなかったという。十三歳でデビューした彼女の活動期間はわずか三年程だったらしいが、ファーストCDから五連続ミリオンを飛ばしたことを始め数え切れないヒット曲を残している。その中でも、『ALIVE』という曲はアイドル史上最大のヒット曲。今でも様々な著名人がカバーしており、今でも他のアイドルの追随を許さない。アイドルに微塵も興味を持っていなかった当時の私でさえ『ALIVE』という曲は一番まで歌えた。
また、アイドル史だけでなく日本史にも残る正真正銘のスーパースターであり、中学の歴史の教科書には『手塚治』について書かれているページの、その次のページに彼女について記載されている。
『get up』を演奏したかっただけなのについぐだぐだと二人の人物を語ってしまったが、要するに私が言いたかった事はえいきっちゃん最高だという事とアイドル頑張ろうって事だけだ。いい加減考えが横道に逸れてしまう癖は直した方がいい気がする。
私は自前のエレキギターをアンプへと配線し、スタジオのスピーカーに私の携帯を繋げるとベース演奏のみの音源を流す。そしてタイミングを見計らいながら私はおもむろに演奏を開始した。
「……鉛のように──」
昔から練習していた曲だからか、考えながら演奏しているというより身体にそのコード自体が染み付いているような感覚を覚える。最終的にはある程度の満足感を得ながら演奏することが出来ていた。
「へぇ、良い音出してんじゃんか」
もう一曲くらい演奏しようと携帯を手に取ろうとすると、私以外にいなかった筈のこの部屋に一人の乱入者が現れた。どうやら演奏に夢中で人が入ってきたことに気付かなかったようだ。
そんな彼女は私が何を考えているのか分かったようで断りを入れ始めた。
「ああ、邪魔しちゃ悪いと思ってな。静かにしてたんだよ」
「……貴女は?」
「木村夏樹だ。夏樹って呼んでくれ、深雪」
私の彼女への第一印象は馴れ馴れしい……というより人当たりの良い姉御肌のようなイメージが湧き上がってきた。女性ではあまり見かけないリーゼントが特徴的だが、違和感は感じず、寧ろぴったり私の中の彼女のイメージ像と同期していた。
彼女──木村夏樹の事は輝子からある程度の情報を得ていた。そして今度のクリスマス付近に開催されるウィンターライブで、私とグループを組むメンバーの内の一人である。ギターandボーカル担当だ。ちなみに輝子も夏樹と同じくギターandボーカルだ。
「……よろしく、夏樹」
「おう、これからよろしくな! ところで、さっきの曲について教えてくれよ! スゲェロックな曲だったな!」
好きな曲が褒められて嬉しくない人はいないだろう。私は少し上機嫌になりながら曲について話す。これを機に彼女も私と同じ趣味に引きずり込むようにしてみよう。
「YAZAWAの曲だからね。『get up』っていう曲でもう25年くらい前の曲かな」
「YAZAWAか……アタシはQUEEENとかBOM・JOVIとかばっかりだから、邦楽は新鮮だぜ」
「それは勿体無い。YAZAWAは──」
洋楽ロックが好きだという夏樹に、私は邦楽ロック、というよりYAZAWAの曲の素晴らしさを話し続けた。ついでにデーモン一族も布教した。
「なるほどな、アタシも今度CD買って聞いてみる事にするよ。……野暮な質問だけど、深雪はどうしてこういった曲を聴くようになったんだ?」
「……親の影響……かな。私が最初にYAZAWAを知ったキッカケは小二の時、車でさっき演奏してた『get up』が流されていた事だね。デーモン一族もその時」
「へぇ……そんな前から深雪はロックだったって訳か」
別にロックが好きというわけではないが……まあいいや。
「いや、実はそう言うわけじゃなくて、本格的にのめり込んだのは中学校の頃。久し振りにあの曲を聴きたいと思って調べて、そこから他の曲も聞くようになったんだよね」
「あの曲っていうとやっぱり……」
「うん、『get up』。ただ、最初はどれだけ検索しても全くその曲は出てこなかったんだ」
「そりゃなんでさ?」
「小二の頃の私が『get up』なんて歌詞を聞き取れる訳も無く、当時ずっと『get up! get up!』って歌詞を『ゲラゲラ』って歌ってたからそれで調べててね……」
「あははっ、確かにそう聞こえるな! そりゃあ検索しても出てくる訳ないぜ! 深雪ってホントにロックだな!」
何がロックなのかは定かではないが、夏樹が面白そうにしているので話している私としても満足だ。
思えば私が此処まで饒舌になるのは久し振りかもしれない。これまでの私は共通の趣味を持つ友人がいなかったし、他の事でも感性が違う部分があった為話がかみ合わない事もよくある事だ。なので私から話を吹っかける事は少なかった。しかし、此方に上京してからは話が合う友人も出来たし、輝子も夏樹も私の話を適当に流さずしっかり聞いて内容を理解してくれている。正直とても嬉しい。
心が温かくなるとはこういうことを言うのだろう。自分の知らないことでもしっかり聞いてくれる夏樹。大体の人は自分の知らない話題には無関心だ。現に私の地元の友達は面白い奴は多いが、趣味の話をすると反応に困った様子だったりどうでもいいわ、とツッコミを入れられる事も多々ある。
僅か数分程の関わりではあるが、私は確実に夏樹の人の良さに惹かれつつあった。
「まぁ、なんだ。取り敢えず二人来るまで適当に鳴らしとこうぜ? 時間も限られてるしな」
夏樹はニヤリと笑うと自前のエレキギターを取り出して構える。私もギターを手に取り、声には出さずとも上等だと答えを返す。
「よし! それじゃあまずはアタシからだな! “アイドル”木村夏樹のロックを聞いてくれよな!」
自己紹介も兼ねてなのか、彼女は持ち歌である『Rockin' Emotion』がギターのリフから始まる。その軽快なリズムとノリが夏樹の言う“ロック"というものを感じさせる。
勤勉な私は勿論この曲を知っている。クラップ(手拍子)の相槌も打てるし、コールも練習済みである。日本人に多い表拍でのクラップなんてダサい事はしない。裏拍でしっかりとビートを刻み込んでやろう。リズム感は割とある方だと自負しているので演奏の邪魔にはならないと思う。それに演奏中ずっと塩対応というのも悲しいし、私としても夏樹としてもつまらないだろう。
やがて歌詞が出てくるようになると、私はコールの場所を思い出しながらタイミングを計る。……よし、今だ。
「「Let' Go!」」
夏樹にタイミングを合わせながら私は歌詞を被せる。
私がこの曲を知っていた事に気付いて驚いたのか、夏樹は少し目を見開くがすぐに嬉しそうな表情になった。そして曲自体もサビに入り、盛り上がりも最高潮となる。
やがて曲が終了すると夏樹は満面の笑みを此方へ向けてグッと親指を立てる。同じように返すと夏樹は椅子に腰を掛けながら顔を向ける。
「はははっ、コールありがとな! どうだったよ、アタシの“ロック"は」
そう問いかけてくるので私は正直に思ったことを口にした。
「うん、すごく──“ロック"だった」
そうとしか言いようが無かった。しかも本人の生演奏なのでCDとは迫力も違うし、生で聞いて見ている分、更に臨場感というものが付随されている。緊張も見られなかったし、夏樹は相当な場数をこなしているのだろう。
終わってから気付いたが、この演奏は言うなれば私の為だけのライブと言ってもいい。夏樹ファンにとってはヨダレが出るほど羨ましいものであろう。ははは、羨むがいい。
「だろ? アタシもこの曲は気に入ってるんだ」
「歌も上手かったけど、やっぱりギターのテクニックが凄いね」
「元々ロックシンガー目指してライブハウスでライブばっかやってたんでね。好きこそ物の上手なれってやつさ。ま、これでもまだまだ満足出来ないレベルでしかないんだけどな」
そういうものなのか。私のは所詮趣味の範囲内の話でしかないので、ある程度出来ればいいみたいな感覚でしかない。
「そうだったんだ。……どうしてロックシンガーにならなかったの?」
夏樹は少し考える素振りを見せながらゆっくりと口を開いた。
「……そうだな、ライブハウスでのライブ後にスカウトされてアイドルを意識し始めたのがきっかけかな。考えるうちにロックなアイドルってのも悪くないと思ってね。それでスカウトに乗っかったんだ」
趣味の私と違い、夏樹は真面目にロックシンガーに向けての活動に取り組み、そしてその技術力とビジュアルを買われてアイドルとしてスカウトされたのだろう。夏樹にとってそのスカウトはまさに鶴の一声に等しいものであったのかもしれない。私の面白そうという適当な理由とは程遠い、自分の考えをしっかりと持った芯のある答えを夏樹は出している。
ともあれ、理由は人それぞれだ。私のような考えを持っている人が他にいない訳ではないだろう。夏樹の理由を偉そうだなんて言うつもりもないし、私のアイドルになった理由をバカにされる謂れもない。しかし、いつか私もアイドルを“続けている"理由というものは見つけてみたいものである。……まだデビューすらしてないけども。
「当初の考えからは逸れちまったけど、今はアイドルになって良かったって心から思ってるぜ? プロデューサーはアタシの意志を尊重してくれるがハッキリと物申すタイプだからやりやすいし。ダンスレッスンも嫌いじゃないしな」
「……やっぱりアイドルってダンスレッスンするものだよね」
「ははっ、当たり前だろ! 何言ってんだよ!」
そんな風に談笑していると、防音室の厚い扉がガチャリと開かれる。その奥から二つの人影が現れる。
──その瞬間、部屋の空気がスイッチを押したようにカチッと切り替わった事を理解した。何者も追随させる事を許さない、孤高、冷酷な雰囲気。一人は私もよく知っている星輝子。しかしこの北極に一人取り残されたかのような冷たい雰囲気は輝子のものではないだろう。つまり、その独特の雰囲気は輝子の後に入って来た女性の物──
「夏樹、待たせてしまったわね。そして、貴女が──小暮深雪ね?」
クールで冷ややかな目付き。まるで私の考えている事を全て読み明かされているような錯覚さえ覚える。私は冷や汗を流しながら彼女へと返事を返す。
「初めまして──高峯のあさん」
彼女の名は高峯のあ。腰辺りまで伸ばしている絹のように艶やかな銀髪。寡黙で表情にも乏しいその人は、ファンの間ではその神秘的な雰囲気と電脳的な服装からミスティックサイバーと呼ばれる事もあるらしい。確かに特徴的な格好をしている。「ボーカロイドによく似ている」とも言われているらしいが、確かに同意せざるを得ない。しかし、それらを補って余りあるほどのミステリアスな雰囲気が彼女の存在感を表していた。
「深雪、と呼ばせてもらうわ。貴女も、のあと呼ぶ事を許してあげる。……貴女は貴女、私は私、役割は違うけれど、共に歩む事に変わりはない。為すべきを成す、それだけ」
「……は、はい」
私は思わず彼女の雰囲気に飲まれ気遅れしてしまいながらも、なんとか返事を返す事が出来た。このように何かに圧倒されるような経験は生まれて初めてだった。目には見えないがこの人から確実にオーラが垂れ流されているのが分かる。
「二人共ようやく来たか。遅かったな」
「ふひひ、ご、ごめんなさい。帰りの
輝子は申し訳なさそうに言いながら、その後事務所へ寄っていたと続けた。時計を見ると、私がこの部屋に入ってから既に一時間以上経過していた。夏樹との会話に夢中で全く時間を気にしていなかったので気付かなかったのだ。
「気にしてないよ」
「アタシもそんくらいで目くじら立てねーよ」
夏樹はポンポンと輝子の頭に手を置く。
「ところで、輝子の理由は分かったんだが、のあさんはなんでこんなに遅れたんだ? レッスン?」
「各々の想像に委ねるわ」
誤魔化し方もなんだかスタイリッシュで格好良いな。そう思っていると輝子は夏樹に対して不足している部分を補い始める。
「の、のあさん、今日の事忘れてて、仁奈ちゃんと戯れてたんだ……。私が気付かなかったら、多分まだいなかった」
「……彼女は、天より参った者。私が屈してしまうのは、必然」
仁奈ちゃんは天使ってか。激しく同意だ。
この前事務所でチラッと見かけたが確かに可愛かった。私が見たときは同年代の子達と着ぐるみ着てはしゃいでいた。それを見て内心悶えていたのは秘密だ。危うくロリコンと化してしまうところであった。
私の他にもその様子を影から見守っているアイドルらしき人物がいたのだが、あれは多分ただのロリコンだった。上気した顔で胸押さえており、動悸が激しそうだった。凄まじいくらいにTOKIMEKIがエスカレートしている様子であったが、それでも目を離さずハアハア言いながらジッと見つめていた彼女は相当だろう。その様子に震えが止まらなくなった私は思わず警察に通報しそうになったが、それに気付いた彼女に血相を変えながら全力で止められてしまった。
そんなこんなで、自己紹介を終えた私たちは自分が演奏できる曲を出し合いながら共通の曲を演奏し、時間を潰していった。曲を決めている最中にのあさんがどんな曲でも演奏出来ると言っていたので色々な曲を演奏してみると本当にどの曲もそつなくこなしていたのにとても驚いた。あの人はいったい何者なんだろうか。最初の印象はクールな大人だったのだが、どんな人物なのかよく分からなくなってきた。この調子だとギターとかピアノも余裕で演奏出来そうな勢いだ。ちなみにのあさんはドラム担当である。