私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第7話 魔王 “邂逅”

かぽーん

 

寮の大浴場は本当に素晴らしいところである。浴槽は泳げるくらいには広く、シャワーも沢山付いている。そしておまけにサウナルーム。私はここで汗を流すことが好きだ。そして現在は遅い時間帯に入った為、嬉しいことに貸切状態であった。身も心も浄化される思いだ。風呂は心の洗濯とはよく言ったものである。

 

「あ゛〜。極楽じゃあ〜」

 

気が緩んである私はおよそ女子が出してはいけない声を出しながら気持ち良さをあらわにする。足を動かすとぱちゃぱちゃとお湯が小さな水飛沫をたてる。人が全くいないので足を限界まで伸ばすことができるのが嬉しい。気分の良いので歌なんかも歌っちゃうぞ。

 

「ばんばんばんばばんばばんばんばんばんばんばん♪」

 

ふふふ、楽しいな。何だかノッてきたぞ。アカペラだとカラオケと違って自由に歌いたい箇所を歌えるし、気に入らなければ何度もやり直すことが出来る。防音室である寮の部屋では歌おうという気にはならないのに、風呂だと歌いたい気分になるのは何故だろうか。

 

「Searchin' only you. But she had gone♪」

 

いつの間にか3番まで全て歌いきってしまっていた。この曲を歌うと肌を真っ黒に焼いてサングラス掛けてスーツ着たくなってくる。多分この肌で焼くと痛いんだろうなぁ。私の肌あんまり強くないし。

 

……誰か入って来る気配もしないし、もう一曲くらい歌ってもいいかな? いいともー!

 

そして私の脳内にピアノのイントロが流れ始めた。

 

「愛はかげろう〜」

 

この曲は小節が沢山あるから楽しいんだよね。この曲も先程の曲と同じで明るい曲ではないが、サビに近づくにつれて盛り上がっていく曲なので、カラオケではよく序盤に歌っている。

 

最近アイドルになった所為か外を歩く事が多くなり、人との関わりも増えてきたが、やはり一人でいる時の方が落ち着く。まあ、人との関わりが増えたおかげで標準語にも慣れてきたからそこは嬉しいのだが。地元では殆ど気にした事なんか無かったが、私の容姿で博多弁なんか使ったら違和感ハンパ無いだろうな。正直なところ標準語よりも博多弁で話した方が楽だが、通じない言葉とかもあるだろうし、博多弁禁止令を出しておこう。

 

気持ちよく歌っている最中、ふと入り口付近を見ていると、扉に一人の影が映っていた。よく見ると扉は少しだけ開いており、開いた隙間からはその影の正体である一人の少女の頭が見えていた。

 

煌めく銀髪に白い肌、赤い瞳というかなり日本人離れした、フランス人形のような可愛らしい外見の少女。その表情には怯えが見えていた。足もプルプル震えている。

 

何に対する怯えか、それは恐らく私に対してであろう。自慢ではないが私の目つきは少々キツいものがある。とはいっても其処までキツくはないとは思うし、普通にクールだと思うのだが、それでも他の人から見れば他人を寄せ付けない空気を醸し出しているように見えるのかもしれない。

 

恐らく私が考えているような事を考えているに違いないと考えた私は彼女に内心謝りながら助け舟を出した。私はちょいちょいとこちらへ来るように手で合図をだしながら怯えなくてもいいよと柔和な笑みを浮かべた。すると彼女は恐怖のどん底に落ちたかのように、その端正な顔を歪めながら涙目で恐る恐るこちらへ近付いてきた。彼女には私の柔和な笑みが悪魔の嘲笑にでも見えたのであろうか。解せぬ。私の心へのダメージは8000。ジャストキルであった。

 

私という悪魔に招かれた哀れな子羊は、生まれたての子鹿の様に足を震わせていた。子羊なのか子鹿なのか、どちらかにしてほしい。

 

そんな2種類の動物の特性を持つ彼女はザバーンと掛け湯をするとチラチラと此方を一瞥しながらゆっくり、ゆっくりと湯船へと体を沈めていく。申し訳ないが怯えた表情がなんとも保護欲をそそる。

 

「……」

「……」

 

かぽーん

 

浴場には蛇口からお湯が流れる音が響き渡る。

 

「……あの」

「ぴぃっ!?」

 

何となく居心地が悪くなった私は未だに怯える彼女に話しかけるが、彼女は後退りした。

 

「……そんなに怯えられると流石に傷付くのですが」

「ひぅっ、えっ、あ、その……ご、ごめんなさいぃ……」

「いえ、怒っているわけではなくてですね……」

 

困ったな。彼女本気で私に怯えている。別に悪い事をしたわけでも無いのに申し訳ない気持ちになって来る。私ってばいつの間に覇王色の覇気を扱えるようになったのだろうか。海賊王でも目指そうかな。

 

……現実逃避はやめよう。惨めな気持ちになるだけだ。

 

というか彼女、多分私の歌っているところ見てたよね。いや、絶対に見ていた。がっつり見ていたよね? 凄く恥ずかしいんだけど。いつから見ていたんだろう。私今絶対に顔赤くなってると思う。

 

……もしかして私が歌っていたから浴場に入り辛かっただけだろうか。きっとそうだろうそうに違いない。私はほんの一つまみにも満たない希望を持って、プルプル震えている彼女へと疑問を投げかける。

 

「……私が歌っているところ、見てました?」

 

恥ずかしさで心なし声が低くなってしまったのはご愛嬌である。

 

「ひっ、い、言いません! 誰にも言いませんから許してくださいぃっ!」

 

違ったぞ畜生★ というかやはり見ていたんだね! とても恥ずかしい! それよりどうにかして彼女の何らかの誤解を解きたい。私は怒ってもないし怖い人でもないんだよ〜?

 

悲壮な顔つき視線で訴えていると、その意図が伝わったのか、彼女の口から希望の言葉が紡ぎ出される。

 

「……あ、あのも、もしかして……怒って、ないんですか?」

 

YES I AM!

 

どうして私が怒っていると思ったのか疑問だが、今はそんなことは気にしない。ようやく気付いてくれたかという安堵の気持ちの方が大きいのだ。

 

「別に怒ってないですよ。私、小暮深雪って言います」

 

せめて名前も知らない人からランクアップさせようと思い、私は軽く自己紹介をした。

 

すると彼女は少し目を見開くと、コホンと可愛らしく咳き込んだ。

 

「そ、其方(そなた)が天の御使(みつか)いであったか。脳に刻み込まれし記憶、我が友が申した通りの容姿であるな。うぅ、なんで気付かなかったんだろ私……」

 

天の御使いとはなんぞや。……えっ、私? 私の事なの? もしかして天って私の髪の色の事を言っているの? 確かに空の色に見えなくもないけどそこはかとなく感じる無理矢理感……。

 

というか急に話し方が急変してびっくりした。でもなんだろう。さっきの小動物っぽいのも可愛かったが、何故かこっちの方が違和感を感じない。銀髪赤目という幻想的な容姿がそう感じさせているのだろうか。

 

「……はっ! わ、我が名は神崎蘭子! ()現世(うつしよ)を支配せんとする大魔王である! 以後、我に進むべき道を示すが良い!」

 

何言ってるかさっぱりだけど、多分これからよろしくって事だろう。神崎蘭子さん、何歳なんだろうか。見た所背丈は私より少し低いように見える。私が確か四月の段階で160半ばをいくかいかないくらいのところを彷徨っていたので、恐らく年下なような気がする。しかし、背丈で考えると菜々ちゃんの例があるのでもしかすると年上だという可能性も捨てきれない。

 

すると神崎さんは私に意味が伝わってない事が分かったのか、先ほどの言葉を日本語訳(?)し始めた。

 

「……あ、あの、私、今日入寮したばっかりなので、わからない事があったら教えてください。それと、さっきは……勘違いしてごめんなさい!」

「許す」

「あ、ありがとうございます」

 

うむ、素直なのは良い事だ。正直に謝られたならば許すしかあるまい。どうやらただのちょっとした人見知りだっただけのようなので少し安心した。

 

今日入寮したばかりと言っていたが、その事から私と同じく新人アイドルになるという可能性が発生する。この時期の新人アイドルと言えば──。

 

「……もしかしてシンデレラプロジェクトのメンバー?」

「……!! 如何にも! 我も灰被りの一員よ!」

 

神崎さんは先程の表情とは打って変わり、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「今年で何歳になるんですか?」

「10万と13の年月を渡り歩いておる!」

「閣下ですか。……と言うことはまだ中一ですか。大人っぽいってよく言われません?」

「是なり。相違ない言霊が幾多にも及んで我が内を蠢いておる」

「文章題とか得意そうですね」

「怠惰は好まぬ故」

 

この独特な言い回しには日々の勉強というしっかりとした裏付けがされていたらしい。

 

人からの好感度を高めるコツは相手に沢山話をさせる事にある。いっぱい質問をして答えさせる事で「この人は自分に興味を持ってくれているのだな」と思わせる事が大事なのだ。

 

そう思っていると神崎さんが少し迷いながらもスススとこちらへ近寄って来た。今の中一はこんなに懐っこいのか。私が餓鬼の頃はもっと小生意気だったような気がするが。

 

「ところで其方こそ、どれ程の年月を歩み続けたか」

 

これはきっと年を聞いているのだろう。

 

「年は15です。あっ、別に喋り方とか気にしなくて良いですよ」

「そ、そうであるか。其方も楽にするが良い」

「そう? じゃあそうするよ」

 

一瞬どうしようって顔をしていた彼女であったが、私が先手を取らせてもらった。この子表情豊かだなー。コロコロ変化する表情は見ていて飽きがこない。

 

さて、少し仲を縮めたところで少しだけ深い話をしよう。

 

「さっき、扉の前で隠れてたよね」

「し、然り」

「どうして隠れてたの?」

「あぅ、そ、其方の邪眼の覇気に気圧されて……」

 

じゃ、邪眼かぁ……。ストレートに言われると心にグサってくる。自覚はしてたけど、やっぱり私ってキツい女なんだなー。もうそう思われる事には慣れてきたと思ったんだけど……年下にまで言われる事になるとは。いや、年下だと尚更なのか。はぁ……萎える。

 

「……ほんの僅かな観察眼さえ習得さすれば、其方の眼はどの宝玉にも勝る艶美なる瞳よ。それに先のは我が眼が汚濁に染まっていただけの事」

「……フォローはいいよ」

「我は嘘はつかぬ!」

「……ふふ、ありがとう」

 

自分の娘くらいの年代の子に励まされる私って一体……。でもお陰で鬱屈した気持ちが少し回復した。

 

気を取り直したところでもう一つだけ質問をした。

 

「……私の歌……何処から聞いてた?」

 

先程から気になって気になって仕方がなかったので恥ずかしい思いを押し殺して聞いてみた。すると神崎さんは私の気持ちを理解しているのか言いづらそうに

 

「……え、えっと、ホールミーター? ってところからだったよ?」

「hold me tight ……最初から聞いてたんだね……」

「わわっ、あの、その……か、甘美なる響きであった……ぞ?」

 

神崎さんは窺うように上目遣いで此方を見ていた。

 

「……ありがとね。少し恥ずかしかっただけだから」

「で、あるか……」

「……」

「……本当に綺麗な歌声だったよ?」

「うん……あ、ありがと……」

 

なんだか急に身体中が暑く感じ始めた。特に顔付近に集中して。もしかしたらお湯に長く浸かり過ぎたのかもしれない。

 

「……私身体洗うよ」

「わ、我も!」

 

神崎さんは威勢良く手を挙げる。断る理由もない私はそれを了承して洗い場へと向かう。適当な場所を選ぶと、隣に神崎さんが腰掛ける。さて、さっさと洗うとしようかね。

 

「待たれよ!」

 

早速持参したシャンプーを手に取り、髪を洗おうとすると、何故か神崎さんからストップをかけられた。

 

「どうしたの?」

「互いの頭を授けあおうぞ!」

「……?」

「……か、髪の洗いっこしませんか? 私、一人っ子だから姉妹とかに前から憧れてて……」

 

神崎さんは少し恥ずかしそうに頬を染めながら小さく呟いた。私も髪の洗いっこなんて一度も経験した事ないんだけど……。

 

しかし、これも可愛い後輩、そしてこれから長い付き合いになる同期の為だ。その程度のことであれば一肌脱ぐくらい吝かではない。まあ、一肌どころか全裸なんですけどね。……今のは笑いどころ。

 

「いいけど、私の洗い方少し荒いかもしれないよ?」

「構わぬ!」

「……じゃあ、神崎さんから洗ってくれない?」

「承知!」

 

私はシャンプーを手渡す。神崎さんは適量を中から取り出し、手に馴染ませるとそのまま私の髪の中へと手を侵入させる。髪を洗われるってこんな感触なのか。なんだか介護されている感覚に陥るが、それ以上に気持ちが良かった。神崎さんが優しく洗ってくれるお陰で尚更心地が良い。

 

「……わぁ、サラサラだ」

 

神崎さんは思わずと言ったように呟く。細く長い指により、私の髪を(ほぐ)されていく。時々耳に当たる指がくすぐったく感じる。

 

「い、いかほどか?」

「うん、気持ちいいよ」

「であるか!」

 

しばらくその状態が続くと声をかけられ、程よく温かいシャワーでシャンプーを落とされていく。気持ちが良過ぎてどれ程時間が経過したか分からなかった。

 

シャンプーを落とされるとそのままコンディショナーへと移り変わって行く。そして再び始まった至極の時間が終了すれば、次は私が彼女の髪を洗う番だ。

 

しかし、私の髪と違い彼女の髪は長く伸ばしてあるのでその勝手が私には分からなかった。

 

「……洗うのは地肌だけで、毛先はやさしくそっと触れるように」

 

内心オロオロしている私を見兼ねたのか、神崎さんは長髪の洗い方を教えてくれた。なるほど、基本的な洗い方は変わらないのか。

 

取り敢えずやるべしと意気込んだ私はまず、体温程に調整してあるシャワーでお湯を含ませるように髪を濡らし始めた。

 

「終わったらシャンプーの前に少なめのトリートメントを肩より下の毛先に優しく」

「はい」

 

教えられる立場の私は思わず敬語で返事をした。

 

軽く揉み込むようにしてトリートメントの栄養分を染み込ませていく。それが終われば次はシャンプーだ。普段通りやればいいということはわかっている。しかし、自分がやるのと他人にすることは訳が違うので少し緊張してしまうのは仕方のないことであった。ましてや他人の頭を洗うこと自体が初体験。更に付け加えるならば力加減にも気をつけなければなるまい。元男である私の髪の洗い方は少々がさつだ。そんな洗い方を他人、しかも女の子にするわけにはいかない。

 

「ふんふんふふーん♪」

 

神崎さんは上機嫌に鼻歌を交じえている。余程髪の洗いっこが出来た事が嬉しいのだろう。そんな彼女の純粋な期待を裏切れるだろうか。答えは否である。

 

腹を括った私はシャンプーを手に馴染ませ、水滴によって更に輝きを増した銀髪へと手を伸ばす。髪を洗う際は髪を洗うという意識ではなく、頭皮をマッサージするように洗う事がコツだとこの前テレビで言っていた。その時は右から左に抜けるように聞いていたが、そんな知識でも役に立つ時が来たようだ。

 

「……痛くない?」

「んーん、至極の気分であるぞ!」

「そう」

 

どうやら彼女は私の洗い方をお気に召した様子だ。

 

その後も私がやられた時と同じように、シャンプーをマッサージするようにすすいでいき、リンスへと移行する。

 

それさえも終えると、彼女は背中洗いっこなるものもやりたいと言い始めた。流石に気が引けたので辞退したが。しかし余程背中洗いっこをしたかったのか目に見えるくらい落ち込んでいたので、私はつい「また今度」と逃げられない約束をしてしまう。未だに私は精神的に完全に女とは言い切れないので、仕方のない処置である。

 

それに、なんというか、娘の友人の身体を洗おうとしているお父さん、といえば今の私のいたたまれない気持ちは伝わるだろうか。中にはそれがご褒美とか言う輩もいるかもしれないが、私の場合元々男という事も相まって少々の罪悪感に駆られるのだ。ただ、勘違いされない為言っておくと、別に他人の身体を洗う事に少し忌避感を感じているだけで、女風呂くらいは今となってはどうという事もない。

 

無論それは “今となっては” の話であり、まだ私が自分が女だという意識が薄かった時は女湯ぐへへと感じていたのは認める。ああ、認めますとも。これでも男だったのだ。男たる者一度くらいなら女湯を覗く、もしくは入りたいと考えるものだ。それらは自然の摂理であり、人類普遍の原理である。勿論否定する気は毛頭無いし、寧ろ推進する。人はそうして成長していくのだから。

 

しかし意識は男だったので家族で温泉旅行に行った時や小学校の修学旅行では自然に男湯へ足が向かっていたのを思い出す。その後思い直してちゃんと女湯へと向かったのだが。しかし中学に入ってからは自分が女だという意識が芽生えてきた為、修学旅行では真っ直ぐ女湯に向かうことが出来た。多分その時の私はドヤ顔決め込んでいたと思う。どうして芽生えたかと問われるとアレ(・・)としか言いようがない為、アレ(・・)とだけ言っておこう。あまり深くは追求しないでほしい。

 

取り敢えず、正直なところ今の私の精神は女なのか男なのか、自分でも区別がつかない状態なのだ。男でもあり女でもある。しかしそれは完全ではなく、男の感情が出てくる場面もあるし、女の感情が出てくる場面もある。要するに私は中途半端な女なのだ。恐らく男寄りだというのが私の私見であるが、どうせならはっきりとして欲しかった。

 

そんなこんなで身体を洗い終えた私は浴槽へは行かず、サウナへと直行した。サウナ、得意ではないはずなのにあれば思わず入ってしまうのが小暮深雪である。

 

「ね、熱帯地獄であるか……」

「別に来る必要はないよ?」

「……否! 我が道は其方と共に!」

 

そういう事で私と神崎さんはサウナルームへと入室した。その瞬間、専用機器によって作り出された乾燥した熱が身体全体を襲う。私は入る瞬間と出る瞬間の空気の切り替わりが好きだ。

 

タオルが敷かれた席へと座り、湿温度計を見ながらジッと時間が経過するのを待つ。この空白の時間こそがサウナの醍醐味である。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……無理しないでね」

「うむ……や、やはり我の性には合わぬようだ」

「のぼせる前に上がった方がいいよ。私はまだいるけど」

「其方の助言に従おう……」

 

そう言って神崎さんは立ち上がり、出口へと足を運ぶ。

 

すると思い出したようにパッと振り向きその口を開いた。

 

「パンドラの箱の在り処を教授せよ!」

「……」

 

一体なんのことだろうか。本日一番の難解である神崎さんの言葉の意味を理解しようと試みる。

 

……駄目、ギブアップ。パンドラの箱とはなんぞや。そこさえわかれば後は解読可能なところまでは行き着くことはできるだろうが、肝心なところで理解に及ばなかった。

 

「パンドラの箱ってなに?」

「其方が封じ込められし箱である」

「……あっ、部屋の番号?」

「如何にも!」

 

神崎さんは自分の言いたいことが伝わって嬉しそうにしていた。私もパンドラの箱の正体を知れて満足だ。

 

「406だよ」

「心得た! 後ほど赴く故、心して待つがよい! さらば!」

「あ、うん」

 

神崎さん、部屋に来るのか。私の部屋なんて特に面白いものは無いんだけど。というより何故私の部屋に行こうと思ったのだろうか。

 

「……掃除しないと」

 

そう考えながら私は再び空白の時間を満喫した。

 

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