私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第9話 フフ、 知ってるかい?カラオケという言葉は実は日本語なんだ

日曜日の昼過ぎ。

 

私は今日も今日とてギターレッスンを行っていた。そして現在は昼休み。携帯を弄っていると練習後にカラオケに行く約束をしていた菜々ちゃんから連絡が来ていた。

 

 

ウサミン(ナナ)【今日のカラオケ、一人行きたいって言う子がいるんですけど……大丈夫ですか?】

 

 

トップ画のうさぎがめちゃくちゃ可愛い。私のうえきちゃんの写真とは段違いである。いや、あれはあれでなんとなく謎の威圧感があって可愛い(?)のだが。

 

ともあれ、とりあえず菜々ちゃんへの返信をするとしよう。

 

 

みゆき【大丈夫じゃない】

 

 

うん、まあ、そりゃあ当たり前だ。大丈夫なわけが無いだろう。許可するとでも思った? いくら私が聖母の如く温厚な性格と言えども、どうして初対面の人とカラオケなんて行かなきゃいけないんだ。間が持たないだろう。私はそこまで神経図太く無いのだ。

 

菜々ちゃんという仲介人がいるとしても別に進んで仲良くなりたいと言うわけでもないし、そもそも望んでいない。私は菜々ちゃんとカラオケに行きたいのだ。

 

 

ウサミン(ナナ)【ですよねー】

 

 

そう送ってくるとしばらく反応がなかったのでレッスンルームの端に座っている前夜の実行犯こと、星輝子の元へと足を運ぶ。あろうことか此奴はわたしがホラー苦手という事実を知りながらあのシックス・センスだのセブンセンシズだのという映画を持ち寄ってきたのだ。そして案の定白坂氏経由であった。

 

先ほど白坂氏と廊下ですれ違ったのだが、PVか雑誌の撮影だったのかライブの衣装を見事に着こなしていた。おどろおどろしい服装、しかし可愛らしいという矛盾を兼ね備えた彼女は私を見つけると嬉しそうにトテトテとこちらへ寄ってくる。そして小首を傾げながら貸した映画を見たのかを問いかけてきた。

 

近付いてくる時、心なしかなんだか彼女の周りだけ雰囲気、というか空気が違うように感じた。なんというか、実態がないというかふわふわしているというか、そんな感じだ。そして私は思い出した。彼女が霊能力者だったという事を。

 

さっ、と血の気が一気に引いた私はその時の心情的に一刻も早くその場から立ち去りたかった。しかし、何も言わずに去ると何の罪もない彼女が悲しむ可能性がある。

 

キラキラとつぶらな瞳を一直線にこちらに向けながら純粋な疑問をぶつけてくる彼女。私は見た、と簡単に返事を返し、頭を一頻り撫でるのであった。すると満足そうにえへへと笑うとその場から離れていった。それと同時に地に足がつかないようなふわふわした感覚も無くなった。脅威は去ったのだ。いつか必ず陰陽師雇ってやる。

 

それはそれとしてシックス・センスなる映画。本編自体は相当面白い物だったのだが、グロい傷口で何故かリングを思い出してしまったのが運の尽きであった。恐らく見終わった後、息を引き取るように眠りへと(いざな)われたのだろう。だって気付いたら朝だったし、起きた理由だって神崎さんと抱きしめあってて寝苦しかったというあまり体験しないようなものだったからだ。

 

その後目覚ましをかけてなかった事に気付き、くっついてくる神崎さんをぺりっとひっぺがえしながら時間を確認すると7時になる前くらいだったので安堵によって一気に疲れが身体を襲った。習慣とはありがたいものである。だが、そう考えると別に寝苦しくて起きたのではなく普通にいつも通りに起きたという事になるのだろうか。

 

ちなみに私はいつも7時15分に起きる事にしており、7時、7時10分、7時15分、の順番で目覚ましが部屋に鳴り渡るよう設定してある。ひとまず7時に起きて10分間の二度寝、そして更に5分間の三度寝という、二度美味しいお得感満載な方法で眠気を殺している。このアイディアに関しては我ながら天才だと常々思う。

 

「輝子の」

「フヒ?」

 

話を戻して、隅に座っている輝子は現在、自前のエリンギ君(13世)に霧を吹きながらフヒフヒ言っている。はたから見ればただの変人だが、私から見ても相当な変人である。彼女だけに目をやれば普通に可愛らしい物体なのだが、いかんせん扱っているものがものだ。あまりにシュールである。私の感想は妥当なものだと正直に思う。

 

いや、しかし……

 

「エリンギ美味しそう」

「フヒッ!?」

 

見よ、あの見事にそそり立つふつくしいエリンギを。見るからに美味しそうである。

 

何を隠そう、私もキノコ類は好きな部類に入るのだ。特にエノキとかシイタケとか、もちろんエリンギも。寧ろエリンギが一番好きかもしれない。あのしゃきしゃきとした食感が堪らない。私は未だ見ぬエリンギのバターソテーに内心ヨダレを垂らした。

 

エリンギについてはお触り探偵の派生アプリでもチャームポイントに歯ごたえと記載されている程である。果たして歯ごたえがチャームポイントに入るのだろうか。そもそもなめこ育てていてエリンギが生えてくるのかというところが疑問ではあるがゲームに突っ込んでもきりがない。

 

ちなみに一緒にレッスンしているのあさんと夏樹がこの部屋にいない理由だが、単純に昼ご飯を食べに行っているからである。私と輝子は寮の食堂で買える弁当を事前に買って来て食べたので外に出る必要がなかったのだ。正直出るのも面倒だし。

 

「嘘、呼んだだけ」

「な、なんだか怪しいが……まあいい」

 

ぽりぽりと頬を掻くと再びエリンギ君(13世)を眺める作業へと戻ってしまった。

 

その隣に腰をかけようとしたその瞬間、私の携帯に一本の電話が掛かってきた。相手は菜々ちゃんだ。

 

「もしもし、小暮です」

『おはようございます、深雪ちゃん! 安部菜々です♪』

 

携帯のスピーカーからはいつも変わらぬ元気な菜々ちゃんの可愛らしい声が聞こえる。

 

「なに?」

『えっとですねー、先ほどの件なんですが……本人、相当行きたかったらしくて、今目に見えて落ち込んでいるんですよ』

「……それで?」

 

というかまず何処でその情報を仕入れてきたのだろうか。菜々ちゃんが言ったのかな?

 

『見ていてなんだかナナが悪い事しちゃったみたいに思えてくるので……連れて行ってもいいですか? あ、本当に嫌なら仕方ないんですけど』

「……えー」

 

少し駄々をこねてみたが、正直なところ菜々ちゃんがそこまで言うなら連れて行くのも(やぶさ)かではない。恐らく菜々ちゃんの事だから私と気が合わなそうな人を連れて行きたいとは言わないだろう。短い付き合いではあるが、菜々ちゃんの性格はある程度把握している。彼女の性格は基本的に中立的なのだ。

 

『あぅ……やっぱり嫌ですか?』

「んー……私たちと同年代?」

 

そこは結構重要だ。離れた年下だと面倒みるのが面倒だし、逆に年上だとでしゃばって仕切る人もいるから遠慮したい。

 

『…………同年、代……?』

「……菜々ちゃん?」

 

菜々ちゃんはまるで魂が抜けたかのような声でぼそりと呟いた。

 

『……はっ! あっ、いえ、なんでもないですよ〜! ナナ()より少し(・・)年下ですね! はい!』

「う、うん」

 

菜々ちゃんの言葉は異様に力が入っていた為、思わず私は言い淀む。

 

「少しっていうと中二くらいかな」

『そうですね……確か来年中学二年生に進級です』

 

そう言うと携帯から離れたのか、少し遠い声で連れて行きたい人物らしき人へと確認を取っていた。

 

『はい、来年中学二年生になるそうです』

「んー、まあ、それはそれで構わないんだけど……曲の趣味が合わないと思う」

 

それも確実に。

 

『あー……深雪ちゃんの趣味、ちょっと(・・・・)古いですからね〜。ナナは大体分かりますけど。……あっ、いやっ、別にナナが──』

 

菜々ちゃんは何故かよく分からない弁解を始めた。というかちょっとじゃ済まないくらい懐かしい曲だと思うんだけど。だって今の私の親ですら「ばり古いの聞いとるね〜」と言うくらいだ。『ばり』というのは『とても、非常に』という意味を持つ方言だ。少なくとも30年は時代を逆行している。

 

そして驚くことに菜々ちゃんは私の聞くフォークソングの全盛期、J-POP黄金時代の曲を相当存じ上げている。まあ、その頃はアイドル歌謡全盛期でもあった訳だし、アイドルが大好きな菜々ちゃんはそこから派生していったのだろう。

 

慌てている菜々ちゃんを落ち着かせる為に、私はほんの少しだけ歌を披露した。

 

「so silent night〜」

『ドア〜抜けてく ……ってやらせないでください!』

「ああ〜」

『私の恋は〜 ……ってもう! というかこのやりとり昨日もやりましたよね!?』

 

分かっててもノッてくれる菜々ちゃんが好きです。しかしまあ、よく分かるものである。前者は兎も角、後者の奴なんてああーしか言ってないのに。

 

「菜々ちゃん、相当だね」

『うぐっ! ……だって好きですし』

「後でいっぱい歌おうね」

 

それにしても菜々ちゃんの歌声、テンポの速い『メルヘンデビュー!』ではあまり伝わらないのだが、ロングトーンもビブラートも相当上手い。これまでアイドルとして、声優としてたくさん練習を積み重ねてきたのだろう。私もこれからは頑張らなくてはいけない。

 

「取り敢えず……えっと、名前知らないけど、その人連れてきてもいいよ」

『はい、分かりました! ちなみに、その子の名前なんですけど──』

 

連れてくる子の名前を聞いた私はその後、いつの間にか昼ご飯から戻ってきていた夏樹に呼ばれ、練習を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

私はギターレッスンが終了すると、一度施設のシャワーを軽く浴びた後、集合場所のコンビニへと足を運んでいた。

 

今日のカラオケは三人という少ない人数だが、実は私はあまり多い人数のカラオケは好きではない。何故なら人数が増えればそれに比例して自らが歌える時間が減っていくからである。わいわいするのも楽しいとは思うが私は沢山歌いたいのだ。勿論、その場の空気を読むくらいの能力は持ち合わせているが。

 

さて、これから何歌おうかねー。色々歌いたいけれど、今日はビリビリ・バンバン、アンドレ・クンドレ、危険地帯で攻めていこう! ビリビリ・バンバンをばんばん歌う……フフ……。

 

少し歩いて目的地が近付くと、そこには既に到着していた菜々ちゃんと、茶髪に黄色のエクステを付けたかっこいい服装の女の子が話していた。私に気付いた菜々ちゃんはこっちですよー、と愛嬌たっぷりの笑顔で手を振る。可愛いなー。

 

「待たせた?」

「いえいえー、ナナもさっき終わったばかりですよ!」

「そう、良かった」

 

菜々ちゃんは人を安心させる暖かく朗らかな笑みを浮かべながら言う。それによって寒い外を歩いてきた私の心はほんわかポカポカであった。

 

そして私は菜々ちゃんの隣に立っている少女へ自己紹介を行うことにした。

 

「……初めまして、小暮深雪です」

 

取り敢えずどんな人物か分からなかった私は無難な挨拶を選択する。

 

昼に電話で話題になった彼女──二宮飛鳥さんは私に向き直ると少し緊張した様子を見せながらおもむろに口に開いた。

 

「……ボクは飛鳥、二宮飛鳥だ。深雪さん、よろしく頼むよ」

 

彼女の自己紹介が終わるとさっ、と目を逸らされた。恥ずかしがり屋さんなのだろうか。それともあれか。よろしくと言いながらも仲良くなる気はありませんとかそういう感じか、こんにゃろ。まあ、流石に冗談だが。

 

そう疑問に思っていると、菜々ちゃんはなんとも慈愛に満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 

「ふふふ、実はですねー、飛鳥ちゃんってば──」

「駄目! ……ふっ、菜々さん、やめてくれないか? それよりほら、さっさと入館するとしよう。ボクら人間が所持している時間は決して百載無窮(ひゃくさいむきゅう)という訳ではないんだ。こうしている時間も惜しい」

「ふふっ、そうですね♪」

 

二宮さんは余裕を装いながらも必死な剣幕で菜々ちゃんの言葉を遮っていた。

 

しかし、彼女の言うことにも一理ある。時間の経過とは実に儚いものである。子供の頃は毎日学校の授業ばかり。その一日一日が長く退屈なものであったと思っていた。だがやはり大人になって思い返すと、此処までの人生あっという間であった。前世の学校での友人とのやりとりなんて昨日のように思い出せる。非常に感慨深いものである。

 

「寒いし、二宮さんの言う通り早く行こう。寒いし」

 

少し早口で捲し立てる。大事なことなので二回言いました。

 

私はマフラーを巻き直すと二人と一緒に歩き始める。そして私は早速気になっていたことを二宮さんに聞いてみた。

 

「どうして私達がカラオケに行くって知ってたの?」

 

あかん、なんだか尋問しているようになってしまった。こういうキツい言い方をしてしまうから色々と誤解を生んでしまうんだよなあ。なるべく気を使ってはいるんだけど。

 

そして聞かれた本人はあまり気にした様子もなく、何処となく気取った様子で私の疑問に答えた。

 

「その疑問は尤もな事だ。二人で行く約束をしていた筈の君達に、ボクという第三者が如何にして介入したか。……ふっ、安心してくれ。結末は複雑に絡まりあった糸のようなものではない。ああ、知っていた理由かい? ただボクが君達の席の近くにたまたま座っていた、それだけの事さ」

 

最後の文だけで良かったような。

 

「しかしそれでは今ボクが此処にいる証明には成り得ない。先程のは飽くまでボクが “知っていた” 理由だからね。 “此処に存在する” 理由はまた別の事象へと移り変わっていく」

 

おう。

 

「かといってこの理由が複雑なものと言えばそうではない。それはそれは単純明快な解答さ。ボクが君に──興味を抱いた、という些細な確率事象改変が発生したに過ぎないんだ」

「……それはどういう意味?」

「変な意味はないよ。言葉通りに受け取ってもらっても構わない。深雪さん、ボクは何時もカフェで本を読みながらクールに佇む君と話してみたい、そう思っただけに過ぎない」

 

まさか君からカラオケという言葉を聞くとは思わなかったけどね、と彼女は付け足した。よく喋るものである。

 

そして私は思った。無駄に長くする話し方といい、勿体振るような答え方といい。この子は──コミュニケーション能力(・・)不足だと。

 

コミュニケーション能力というのはただ会話をする事だけに留まらず、如何に自分の考えを的確且つ簡単に伝えることが出来るかで決まっていく。更にその中で最も重要となってくるものがある。それは “全体像” と “要素” というものである。

 

だがまずその前に “コミュニケーション” における前提を確認してみよう。コミュニケーションとは『互いの認識のズレを修正しあう行為』の事であり、その目的は『意図した行動に到達すること』である。

 

具体的な例をあげよう。身近なもので例えるとするならば『絵描き歌』なんてどうだろうか。

 

『丸を描いて、その中に三角形。そしてその下に横棒、上に黒い点が二つ』

 

この絵描き歌の内容を全く聞いたことがないという人が集まれば出来上がったものは十人十色になる可能性もあれば、同じ様な絵が出来上がるかもしれない。そこで先程の『互いの認識のズレを修正しあう行為』という物が必要になる。

 

まずこの絵描き歌の悪い点は “要素” から先に言ってしまっていることだ。コミュニケーションの基本事項として、まず絵描き歌を歌う者がはじめに聞く者に理解させなければならないことは “全体像” である。

 

“要素” といのは簡単に言えばバラバラにされた漢字のようなものだ。漢字をバラバラに渡されたとしても、いずれ完成出来るかもしれないが非常に時間がかかるだろう。非常に非合理的である。そこで “全体像” だ。 “要素” を渡す前に “全体像” を渡しさえすれば、渡された “要素” がどういったものなのかはじめから理解出来るし、散らばっている “要素” を容易に要約出来る。漢字の例で言えば『車 戈 十』の字をいきなり渡されて分からなくても、まず『載』の字を渡されたらどう組み立てていけば良いかわかる筈だ。先程の絵描き歌でも同じことが言える。

 

『丸を描いて、その中に三角形。そしてその下に横棒、上に黒い点が二つ』

 

という歌の前に『人の顔みたいな形』という言葉を付け加えることにより頭の中で描く絵のイメージが明確になることだろう。全体像が冒頭にあることが、分かりやすさ、伝わりやすさへの基本事項なのだ。

 

他にも帰納法やら演繹法なんて物も存在するが、これ以上は長くなる為言うつもりはないし、そろそろ面倒になってきた。

 

さて、ここまでの事は理解してくれただろうか。つまり彼女、二宮さんはそこのところが全く出来ていないのだ。中学生に言うのも酷だとは思うが、彼女はアイドル、言い方を変えれば既に社会人なのだ。社会人たる者、コミュニケーション程度出来て当たり前の世界である。

 

勿論日常の中で常に気をつける必要性は無いし、堅苦しい事この上ないし、しかも鬱陶しい。だか彼女のそれはあまりに度が過ぎていた。まるでわざと(・・・)そうしているように。よって私の老婆心に火がつく。

 

「二宮さん、あのね──」

 

そしてカラオケに着くまで私のコミュニケーション講座が開かれた。その間の二宮さんは冬のナマズのようにおとなしかったが、妙に目が輝いていたのが印象に残った。

 

尚、受付の時菜々ちゃんが学生証を忘れていたので店員さんの説得に少し時間が掛かった。今後はしっかり持ってきてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

冬真っ盛りな季節という事もあり、カラオケ施設を出た7時にもなればとうの昔に陽は暮れていた。しかし、日は暮れども人の姿は一向に消えず、寧ろ活発化して来ているようにも見える。何故なら後一週間もすればクリスマス。一年の中でも最大級のイベントである。とはいえ、私はもうそんな事で喜ぶような年はしていないのでどうでもいいのだが。

 

夜の街並みを楽しみながら私達三人は歩いていた。菜々ちゃんは駅へ、私と二宮さんは寮へと向かう為に。

 

「楽しかった」

「そうですねー! ナナもあんなにはっちゃけたのは何年振りでしょうか!」

 

まず年単位の出来事な事に内心驚きを隠せない私。

 

「そうかい、それは良かった。ボクは君たちが歌う曲は何も理解出来なかったけどね」

 

でしょうね。逆に理解出来ていたのいうならば私は尊敬する。良い趣味持ってるね、と。

 

そう思っていると二宮さんは少し慌てた様子を見せながら弁解を始めた。

 

「おっと、文句を言ってるつもりはないよ。ボクも其れなりに楽しめたからね」

「気にしないでいい」

 

ちなみにだが私と菜々ちゃんが歌う曲は本当に時代が違うのだと二宮さんの曲を聞いて実感した。

 

 

『菜々ちゃん、これハモろ』

『いいですねー! ではナナはハルコやるので深雪ちゃんはタカコのパートお願いしますね!』

『……(次に歌う曲聞いてる)』

 

 

『宇宙規模の〜』

 

『菜々ちゃん知ってる?(ぼそり)』

『いえ……でも歌詞凄いですよね(ぼそり)』

『でも二宮さんカッコいいからピッタリな気がする(ぼそり)』

『かっこいい……確かにそうですね(ぼそり)』

 

 

『菜々ちゃん、ハモろ』

『いいですねー! ではナナはアンドレ・クンドレやるので深雪ちゃんはコージのパートお願いしますね!』

『……(携帯ピロピロ)』

 

 

大体こんな感じであった。本当の意味で二人の空間が出来上がっており、二宮さんが少し不憫だった。本当に楽しめていたのだろうか。まあ、知らない曲聞いても面白くないだろうし、眠くなるからね。仕方がない。

 

ただ私が『つぐない』を歌った時に菜々ちゃんが泣いたのは少しびっくりしてしまった。なんでも当時を思い出したとか。その後必死に弁解していたが、当時ってあんた、未成年が何を言っているのだ。

 

そんなことを考えながら三人でゆっくりと歩いている最中、二宮さんが誰に言うでもなくボソリと呟いた。

 

「菜々さんは兎も角、まさか深雪さんもあんなに古い歌を歌うだなんてね」

「……兎も角、ってどういう意味?」

 

それを目敏く聞きつけた私は疑問を投げかけた。兎も角、というのは問題外という意味もあり、この場合であれば菜々ちゃんが古い曲を歌うのは想定内ということである。菜々ちゃんも古い曲が好きだということが知られていたのだろうか。

 

「え? ああ、だって菜々さんの歳──」

「わーっ! わーっ!」

 

菜々ちゃんは必死に食い下がる。必死な様子もまた可愛い。

 

しかし、どうしてそこで歳という言葉が出てくるのであろうか。確かに菜々ちゃんは17歳ではなく18歳かそこらではあるだろうが、其処はあまり関係ないだろう。

 

そんなやりとりをしているうちに駅へと到着した。菜々ちゃんはウサミン星住みらしいのでここでお別れだ。

 

「それでは二人とも、お先に失礼しますね!」

「うん、またね」

「ああ、また明日」

 

菜々ちゃんに小さく手を振り見送る。やがて駅の中へと入っていくと、私達も寮へと足を運び始めた。

 

「……」

「……」

 

……さて、遂にきた。私がここに来るまで最も危惧していた状況が。

 

まずは私と二宮さんの関係についておさらいしてみよう。

 

彼女と私は初めて知り合った同士だ。もっとも、彼女の方は違うらしいが。そして歳で言えば彼女は中一で、私は高一、いや実質大人である。つまり今時の中学生がどんな事を話すのかなんて私には見当もつかないのだ。まあ、私が話についていけないのなんて今更だし、出来てたらもっと友人は多いはずなのである。いいんだけどね。

 

しかもだ。カラオケに入る前、私は彼女に偉そうにコミュニケーション云々なんてものを語ってしまっている。自分が出来ているとも言えない状況で、ましてや初対面にだ。いや、知っているのと知らないのではかなり違うのだが、正直あれは私が仮に第三者の目線であれば何様のつもりだと突っ込みを入れていたかもしれない。そして彼女の話し方がわざとだった、という可能性も捨てきれないのだ。

 

「──ボクは……あんな事を言われたのは初めての経験だった」

 

私がそんな危惧を予感していると突然、彼女が口を開いた。

 

「ボクが俗に言う中二病、つまりはイタイ奴だと言う事は自覚している。君だって分かっているだろう? このエクステだって社会に対する些細な反抗さ」

 

少し欠けた夜月を見上げながらエクステを持ち上げ、さらさらと指から落とす。その様子は容姿も相まって映画のワンシーンのようであった。

 

「そんなボクだ。初対面から怪訝な目で見られる事も多々あり、頭ごなしに注意してくる大人も多くいた。本人は親切で言ってるのかもしれないが、ボクはそんな事望んじゃあいない」

 

けど、そう言うと彼女は少しタメを作ると、真剣な表情を崩し、柔和な笑みを浮かべた。

 

「深雪さん、君は違った。君はボクのアイデンティティを否定せず、これからのボクを懸念し、そして教鞭をとってくれた。あの時真剣な顔の君に言えなかったけど、この勿体つけるような話し方、実は……わざとなんだ」

 

少しだけ気まずげな様子を見せながらも彼女は話すのをやめなかった。

 

「カフェで見る限りいつでもクールな人と思っていたんだが、ボクの目は節穴だったようだね。何故なら君の内はあんなにも熱く、そして静かに燃えているのだから」

 

いつの間にやら寮へと辿り着き、靴を靴箱へと片付けると、再び彼女の唇は言葉を紡ぎはじめた。その表情には少し照れが見える。

 

「つまりは、その、ボクは君に感謝しているんだ。表層ばかりに気を取られず、ボクの本心……ありのままのボクを認識した上での君の言葉……胸に響いたよ。ああ、これだけははっきりと真実を伝えたかったんだ」

 

中履へと履き替えた私達は廊下を歩き、階段を目指す。

 

「それに今日のカラオケ……非常に興味深かったよ。初対面で何を言ってるんだ、と思うかもしれないけど、君の新しい一面、というものを垣間見た気がする。理解を深めるために、君達が歌っていた曲を寝る前にでも、もう一度聞いてみることにするよ。ふふ、実は君達が歌っている間に曲名をチェックしていたのさ。それじゃあ、ボクの部屋はこっちだから。今日はボクの我儘を聞いてくれて──ありがとう」

 

そう言って僅かに笑みを浮かべながら彼女は二階で私の前から姿を消した。ふと窓を見ればしんしんと雪が降っていた。

 

私はその場に留まっている足を動かし、階段を上りながら先ほどの言葉について考える。

 

私が考えていた通り、彼女の話し方はやはりわざとであった。しかし彼女は私の余計なお世話と言ってもいい言動を邪険に扱わず、真摯に受け止めてくれた。多くは語らないという雰囲気の風貌に反して彼女は非常に饒舌であった。

 

そしてなんだかよく分からないがその事が彼女の琴線に触れたらしい。中二病、というものはよく分からないが、かっこいい事もよく言っていたし、褒められていたような気もする。それに私達の会話を理解するために曲を覚えてきてくれるなんて……彼女はなんていい人なのだろうか。今まで私の周りでそんな人物は一人もいなかった。なんだか感動さえ覚える。しかし、しかし一つだけ私は物申したい。

 

彼女が口にしていた言葉を思い出しながら私は思った事を率直に素直に吐き出した。

 

「……私は壁か」

 

今日の夕飯はハンバーグだった。美味しかった。

 

 

 

 

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