Real Role Revelation 【習作】 作:二括払い
世界初のVRMMOが発表されるや否や、その先行発売の地となった日本は多くのゲーマーが熱狂することとなった。もちろんVRはある意味ゲーム開発者たちの理想の到達地点であったし、そしてゲームを好む者にとっても一種の希望であった。
書き連ねられたストーリーと形作られた主人公に自己投影するのではなく、自らが物語りを綴り、自らが主人公となり、その終わりもまた自分次第。もう一つの人生とまで揶揄されるそれは、例えゲーマーでなくても興味をそそられるものだった。
無論VRが齎す概念はゲームどころに留まらず様々なところへと影響を齎していくのだろう。
だがしかし今か今かとゲーム開始を待ちわびる者にとってはそのような世間の喧騒など二の次三の次であることは想像に難くない。
一般家庭では親や社会人とて二の足を踏む値段でありながらもゲーム空間へダイブするためのヘッドギアやダイブスーツなどは瞬く間に各家庭へと運び込まれていった。
そういった大きな買い物をしたゲーマーの一人として、小野田幸喜はそこにいた。
もう一つの次元でもう一つの人生を望む者の理由は様々だ。
根っからのゲーマーである者、最先端の技術に興味がある者、もう一つの人生に希望を求める者、リアルでは遭遇しえない困難を求める者、抑圧された現実から解放されたい者。
小野田は最後の理由に当てはまる。
彼はどちらかと言えば設定された主人公に投影するのではなく、自らが作り上げた主人公に投影するタイプの人間であった。自分の望む設定を作り、そのようにキャラクターを動かしてはそこに物語を付随させていく。
そういったことに歓喜と幸福を覚える人間であれば、小野田がこのゲームに求めたのは完全な自由ではなく、完璧に作り上げた不自由であった。
Real Role Revelation
現実からの開放を謡ったこの世界初のVRMMOはRRRと呼ばれ、いまやその鼓動を始めようとしている。
それでも小野田は自ら役割を放棄しないことを胸に秘めた。演じることこそが、自分の取り決めた設定に従い『遊ぶ』ことをゲームと定める彼ならば、自由に設定した不自由こそが希望だったのだから。
第一話 『解放』
ヘッドギアを頭につけ、少々の重たさを感じながらダイブスーツを着た小野田は、自室のベッド上にて深呼吸を繰り返していた。
そこには無限の希望と不安がある。言いようもない感情は体中を駆け巡り、強張ったようにして両手は握りこぶしを形作っている。それでもにまりと弧を描いた口元は歓喜に満ち溢れていた。
恐る恐るヘッドギアに取り付けられたスイッチをオンにする。
そうすれば少しばかり緩めにセットされていたギアを締まり、少々の圧迫感が頭を覆う。しかし次の瞬間、小野田の目の前には異次元が広がっていた。
気付く。覚えのないみずぼらしい唐草色の衣服を身に纏いながら、真っ白な空間に佇んでいる自分に。
小野田は瞬きを繰り返しながら周りを眺め、自分の身体を眺め、そして先ほどまで強張っていた両手を幾度も開閉させた。
やがてその場で足踏みを繰り返し、何を思ったのか唐突に雄たけびを上げてみたりもした。
脳裏に掠めるのはゲーム購入の際に渡された大百科事典もかくや、という分厚い説明書。
それを何度も何度も熟読していた小野田にとってこの空間は予想外のものではない。
キャラクターエディットをするチュートリアル画面である。
だがしかし、今の今まで空想にしか過ぎなかったVRの感触を、彼はすぐにでも確かめたかったのだ。
「ふふ……身体の調子は如何ですか?」
突如背中から掛けられた声に、小野田は肩を震わせてゆっくりと振り向いた。
そこにいたのは緑一色の、まるでエレベーターガールともバスガイドとも言える――――兎にも角にも『案内役』として認識させるにはぴったりの衣服に身を包んだショートヘアーの美女がいた。
小野田は声を失った。
もはやCGとは思えない精巧な作りをしたその顔、表情、身体、衣服、仕草。
たとえそこが白一色の無機質な空間だったとしても、そこにはきちんと生きている『人』がいた。
唖然とする小野田の心情を察してか、口元に手を当ててクスクスと笑う。その姿がまた素晴らしく絵になる。小野田は大きく息を吐いた。
「私、Real Role Revelationのガイドを務めます、『R』と申します。今後プレイヤー様の助けとなるよう様々な『役割』を申し付かっております。どうぞ、末永くよろしくお願いしますね」
なるほど、彼女はこのRRRにおけるマスコットキャラなのだろうな、と小野田は当たりを付けた。
人間のそれと見紛うほどにリアルな彼女はそれとは反対に現実ではお目にかかれないほどに可憐で綺麗であったといえよう。
そこで小野田はゆっくりと頭を振る。キャラクターエディットであるこれからが本番だというのに、それ以前に一喜一憂しすぎた自分を恥ずかしく思えたのだ。
そんな小野田の心を察したのか、Rは自分の目の前の空間に黒色透明なウィンドウを発現させ、エディットについての説明を行い始めた。
さて、小野田自身が期待しているエディットであるが、当然の如くそこでは事細かな設定が可能である。
名前に性別、年齢、容姿や体型は勿論のこと、時間を掛ければ掛けるほどそこには美男美女を並べることが出来るだろう。リアルと似たような容姿に留めて無難な安心感を得るか、それとも絶世の美男美女として満足感を得るかは人それぞれだ。
だがしかし小野田はそのどちらも選ばない。彼が頭を捻りながら生み出したキャラクター――――自身のアバターともなる者はすこぶる人相が悪いものであった。
何とはなしに見てみれば一見線の細い優男であるが、よく見れば切れ目の瞳は黒く濁り、口に描いた弧の形は悪役と言うに合致し過ぎている。どこかの誰かが見れば、こんな女性受けしそうな悪の幹部が居そう、とでも言われそうである。しかもアクセサリーとして選んだのはアニメや小説で出てくる老執事が掛けていそうな片眼鏡。
これで着ている衣服が布のそれでなければ他プレイヤーからは胡散臭い目で見られるであろう。
このような姿を好んでエディットしたのであれば、小野田の望む職業とは――――。
◆◆◆
『ジアース』
それはRRR内における世界の名前であり、現実で言えば地球や宇宙といったそれで言い表せるものなのであろう。
中世世界に剣と魔法が主流のファンタジーをそのまま突っ込んだようなありふれたRPG世界。そこには様々な国家や都市が存在し、それ以上に多種多様な遺跡や洞窟、いわゆるダンジョンといわれるそれが広がっている。
中には太古から眠る古代技術の成れの果てが転がっているかもしれないし、世界を破滅させる魔王なんてものが封印されているかもしれない。都市では様々な人間との出会いがあり、物語があり、そして退屈な日常をぶち壊す騒乱がある。
人が、魔物が、そしてプレイヤーは冒険者の一部となってこの世界で自由に生きることを約束されているのだ。
もちろん冒険者を返上し、どこかの町の料理人になってもいい。どこかの国の重役となり、国を巡る騒動の中心になってもいい。魔物を率いて世界を脅かす怨敵となってもいい。目が回るような自由がそこにはあった。
そしてそのような自由を得た男がまた一人。
男が降り立ったのは始まりの草原と言われる、言えばチュートリアルの続きでもある何の変哲もないだだっ広い緑の絨毯が広がる場で柄しかなかった。
すっぽりと身体を覆った黒のローブはその景色の中で否が応にも目立ち、男はキョロキョロと周りを見回しながら、そして時には自分の身体を眺めながらその場から動こうとはしなかった。
男の――――小野田の――――ヴァズという名の男はただひたすらに歓喜を胸のうちに押し込めていた。
とても空想とは思えない世界、感触。全てがヴァズの心を震わせ、脈動させる。今すぐに雄たけびを上げたい、走り回りたい。そPんな感情を胸に秘めておくだけにするのはヴァズにとっても耐え難いものであった。
だからこそ彼は歩を進めた。
歩く、歩く、歩く。
ヴァズの頭にあるのは他プレイヤーの姿。ログイン開始時間は抽選で決められていたためサーバーが落ちることはないだろうが、それでも自分の周りにそういった姿の者がいないのは少々不安であった。
もしかすれば最初の導入イベントでは他プレイヤーと接触しないのか、などとも思ったが、だとすればそろそろイベントが起こってくれないと困る。
ヴァズはその身に付けた力――――所詮ゲームのシステムではあるが不可思議な力や人間離れした身体能力というものを試したくて仕方がなかった。
やがてそれは起こる。
「助けてくださいっ!」
フードに隠れた耳に届く、少年とも青年とも思える男の声。何もない平原に響く助けの声を確かにヴァズは聞いた。
ゆっくりと振り向いてみれば遠くから走ってくる人影。そしてそれを追随する4つの影。
なるほど、そういうイベントかとヴァズは暗く嗤った。
コミカルな逃走シーンに見られるような土煙を上げながら近づいていくそれの姿は、皮鎧をしっかりと着込み、右手には鈍色に光る剣のようなものを握り締めていた。そしてその後ろには灰色の毛をした狼の姿。
あまりにもありきたりなそれヴァズは失笑しそうにもなったが、それでもどんどんと輪郭をはっきりしながら大きくなっていくそれは確かなリアルであった。
やがて青年は肩で息をしながらヴァズの元へとたどり着き、そして彼を背にしたまま剣を追いついてきた狼へと向けた。
「勝手なことをして申し訳ありません! 魔術師の方とお見受けします」
「…………」
青年は油断なく剣を構えながらヴァズに背中越しに話しかける。別段剣の達人でもないヴァズには剣の腕など察することも出来ないが、目の前で涎を垂らしながら唸る狼を見れば、なんとなく青年の実力を察知できた。現実における狼の怖さを横に置いておくとして、であるが。
兎にも角にもヴァズが返したのは沈黙だった。
「二人で掛かればこの程度の魔物を倒せるはずです! 戦闘の準備を!」
その瞬間ヴァズの脳裏に浮かぶのはどこかの巨大掲示板にて叩かれる青年の姿だった。しかしこのくらい強引で理不尽なほうがちょうどよい、とヴァズは納得した。
すぐさま思考の中でウィンドウを開き、装備を確認する。思考の中、ということにVRMMOに対する一抹の不安が過ぎったが、それでもいちいち目の前にウィンドウが出てきて操作、ということを考えれば便利な機能である。
【装備確認】
始まりの書
不気味なフード
不気味なローブ
くすんだ片眼鏡
認識すれば話は早い。念じればヴァズの右手には茶色の表紙をした分厚い本が現れ、それは確かに魔術を嗜む者の証であった。
であるならばヴァズに直接攻撃の概念は存在しなく、それを鈍器として殴るという蛮勇を取らなければ基本的に詠唱が必要であろう。
だがしかしようやくにして口を開いたヴァズは青年に対してこう声を掛けた。
「汝、短剣を所持しているか」
「へ? ……も、持ってはいますけど、なんで!?」
「私はそれを求む。掌へ」
くぐもったヴァズの声はAIと思えぬほど青年を狼狽させたが、やがて青年は懐から冒険者として必需品であろう解体用のナイフをヴァズに手渡した。
果たしてこれを持って黒フードの男は一体何をするのか。そんなことを考えることなくすぐさま青年は戦闘態勢を取る。
ヴァズを背にしたままに。
ゆえに、それは一瞬であった。
「…………え」
胸より生えたナイフ。口からあふれ出る夥しい量の赤。それには狼たちとて動きを止めた。
ゆっくりと糸が切れた人形のように倒れ付す青年。NPCとはいえアランと名づけられこのイベントのキーとして役割付けられたそれは、開始5分立たずにロストし――――。
「アーツ解放【
その祝詞はシステムに存在する。
倒れ付し、血の池に付したアランを中心にどす黒い魔法陣が広がり、やがて黒い靄のようなものがアランを包み込んでいく。
ビクビクとアランの身体が痙攣し、やがてそれは新たな命ではない命としてゆっくりと立ち上がった。
目のない顔、腐ったような皮膚、それでも装備は生前のままに。
フードの奥で片眼鏡を光らせたヴァズは舐めるような笑みを浮かべ、恍惚の中にいた。
「…………良い」
恐怖、という感情がモンスターAIである狼――――グレイウルフに搭載されているかは定かではない。だがしかしその一連の流れが終わると同時に狼たちはヴァズへと襲い掛かった。
二匹は涎塗れの犬歯を剥き出しにして噛み付きの体勢に入り、一匹は土に塗れた鋭い爪を振り上げようとしている。すればヴァズの脳裏に状況を知らせるメッセージウィンドウが開く。
グレイウルフA――――アーツ開放【デッドバイト】
グレイウルフB――――アーツ開放【デッドバイト】
グレイウルフC――――アーツ開放【スラッシュ】
ヴァズの凶行がトリガーとなったのか、チュートリアルの最中でありながらも苛烈な全敵アーツ開放。
突き詰めて言ってしまえば各キャラの特技を表す『アーツ』はMPと呼ばれるポイントを消費して行う特殊行動に他ならない。
ゆえにこの狼たちは初心者に過ぎないヴァズに対して全力を出したと言える。
だがしかし三つの爪牙はヴァズの前に立ちはだかった肉を捉えただけだった。
無論その哀れな影はもはやゾンビと化したアランである。右腕と左足に食い込んだ狼の牙は血塗れになり、交差するように駆け抜けた狼の爪はわき腹を抉っている。
だがしかしアランに攻撃された反応はなく、むしろ噛み付いたままの狼の一匹に力任せに剣をたたきつけた。無論自分の身体すら巻き込むように。
ウィンドウにはいつのまにかチームを組んでいることになっているアランのステータスがヴァズには見える。そしてそのHPは風前の灯と言っていい。
だがしかしアランの一撃は確かに一匹のグレイウルフを葬っていた。で、あるならば。
「アーツ開放【
ヴァズは息絶えたグレイウルフにアーツを試みる。無論それは――――死霊術士の得意とする低級反魂術。一定の時間、死亡判定を受けた低レベルのキャラを自分の操作下におくことができるアーツである。
だからこそヴァズは攻撃の手を失わない。
一度反魂術を受けたキャラが死亡するともう一度は試みれないのか、それこそ本当に終わりを迎えたアランは光の粉となって消えていき、今度は目がくり貫かれたように変貌した死せる狼がヴァズの前に立つ。
二対二。だがしかし狩人だったはずのグレイウルフたちは既に後ずさりし始めていた。
生命の真理を冒涜する目の前の光景に原始的な恐怖を覚えたのか。そこまで考えてヴァズは低く笑った。いくら何でもAIにそこまでの性能はない、
だがしかしこの反応をこの世界の、この作られた世界で通じるのであれば。
「やれ」
のそり、と一歩踏みでた下僕は鳴き声もなく仲間だったものに襲い掛かる。
これでもチュートリアルの範囲内の出来事であり、ヴァズの頭に浮かぶウィンドウには未だクエスト欄が煌々と点滅を繰り返している。この展開もまた用意されているイベントの範疇であれば。
逃げていくグレイウルフ二匹と、それを追う途中でアーツの効果時間が切れたのか光の粉となっていく狼。ヴァズの中に渦巻く高揚感は次第に小さくなり、やがて脳裏には簡単な合図音が鳴り響く。
確かにゲームの残り香は至る所にある。それでも小野田は――――ヴァズとして自由で不自由な『ロール』を始めていた。
・イベント【全ての始まり】をクリアしました!
・プレイヤー【ヴァズ】のアライメントが【悪】に傾きました!
・NPCの反応が警戒【微】になりました!
・あなたは殺人を犯しました!
・あなたは立派な【死霊術士】だ!
・【死霊術lv2】に成長しました!
・【死体の扱いlv1】を獲得しました!
・【統率lv1】を獲得しました
・あなたは称号【死を漂わせる者】を獲得しました!
・あなたは称号【人でなし】を獲得しました!
RRRではキャラクターのステータスを筋力・耐久・器用・習得・意思・魔力・魅力・運の8つで表すことができる。もちろん職業や選んだスキルによってこの数値は上下し、その成長速度も変わる。筋力と耐久が上がりやすい戦士を選べば君は死にづらくなるだろうし、魔力と意思が上がりやすい魔術師を選べば君は知能が高くなるだろう。といってもそれはRRRの中だけの話だけど。
~~RRRプレイヤーズマニュアル P,52~~
RRRでの技能は主にスキルとアーツによって分けられる。それの関係は樹形図のように表され、その頂点は8つに別れ、p,52に載っている主要ステータスがそれに当たる。その主要ステータスの下にスキルがあり、さらにその下にアーツがあることになる。
例えを出そう。例えば筋力の下には両手武器スキルがあり、その下にはアーツ【両断】が存在する。
無論【両断】を戦闘で使い続ければ両手武器スキルは上昇し、ひいては筋力も上昇するだろう。その上昇値がどれくらいなのか、効率を望めばどうすればいいのか。
それは君たちが見つけるものだ。僕は暇人じゃないのでね。
~~RRRプレイヤーズマニュアル p,63~~
スキルの中には樹形図に分類されない独立したミスティックスキル、ミスティックアーツというものも存在する。それらは一般のスキルやアーツの獲得方法や成長方法とは違い、ある一定の条件にて巡りあう事ができるようになるだろう。だがしかしそれは君にとってプラスに働くようなものばかりじゃないかもしれない。
ヒントを出そう――――もし君が変人なら取得できるかもね。
~~RRRプレイヤーズマニュアル p,79~~