【改稿版】 やはり俺の灰色の脳細胞は腐っている【一時凍結】   作:近所の戦闘狂

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第五話 弟子入り編―第四部

  ☆---Houjou Jousuke Side---☆

 

 

 俺は那須さんのこと好きだった。

 

 彼女は病弱で、あまり運動ができなかった。

 そんな彼女を揶揄っている日々が、俺は好きだった。

 俺は毎日帰るころには明日なんて揶揄おうか考えたものだった。

 

 だが、そんな日々もやがて終わる。

 あいつが。

 

 俺の日常に、比企谷八幡が現れた。

 

 アイツはクラスから押し付けられた委員長という役目の為、休みがちな那須の家へと赴き、その日のプリントを渡しに行くようになった。

 担任から任されたそうだ。

 担任からしてみれば、後日纏めて渡すのが面倒だから比企谷にさせていたんだろう。

 だが、俺は嫌だった。

 

 那須が休みの日にはいつも比企谷は彼女の家に言っているのだ。

 俺が知らない彼女をあいつが知っている。

 

 許せなかった。

 

 だから俺はあいつに思いっきり当たった。

 靴をゴミ箱に捨てるのも当たり前。あいつの鞄の中から財布を盗みだしたり、教科書を忘れた日には、あいつのロッカーから奪った。

 

「ざまぁみろ」と思いながら、泣きながら教師に謝っている比企谷を見ていた。

 

 そんな日々もやがて一年たち、俺は小六になっていた。

 俺以外にあいつに当たる奴らはそれで満足していたが、俺はそうはならなかった。

 

「まだ足りない!」

 

 そう思った俺は行動を起こした。

 友達を十数人誘い、あいつの妹を誘拐した。

 あいつに妹がいることは有名だった。

 

 誘拐した後は簡単だった。

 あいつを工場まで誘導し、そこで妹を人質として徹底的に弄り続けた。

 殴って、殴って、殴って、殴って。

 手が痛くなったら今度は足で。

 蹴って、蹴って、蹴って、蹴って。

 

 それでもあいつは折れなかった。倒れなかった。

 

 だったら。

 そう思った俺は、ついにあいつの妹に手を掛けようとした。

 

 だが、それは叶わなかった。

 ボコボコに殴り続けてなお立っていたあいつは、俺の殴ろうとしていた腕につかみかかってきた。

 振り解こうとする中、奴は今にも消え入りそうな声で、だがはっきりと言った。

 

「俺をいくら傷つけようが構わない。だがな……」

 

 そこから、俺の意識は途絶えた。

 

 気が付くと、俺は病院のベットで寝ていた。そしてその後俺たちは比企谷と一緒に警察に連行された。

 年齢がまだ十二歳だったこともあり、全員が逮捕されずに不起訴に終わった。

 この件は学校側から箝口令が敷かれ、俺たちはその件に関して何も言うことが出来なくなった。

 

 だが、俺は納得がいかなかった。

 

 こんな結果では、俺があそこまで当たりつくした意味がない。あいつの妹を攫ってまで得た物がこんなものでいいはずがない。

 

 そこで、俺は小笠原と相談した結果ある噂を流すことにした。

 

「比企谷八幡は前科持ちだ」

 

 普段からスキャンダルに飢えていたのか、この噂は学校内に瞬く間に広まった。

 学校で立場が殆どなくなりかけていたあいつはそれ以降、那須さんとも話すことがなくなった。

 

『やってやった!』とその時は喜んでいたが、それで俺と那須さんの関係が変わるわけではなかった。

 

 俺が話しかけようとするたびに那須さんは俺から距離を置いていった。

 

――何でだよ!?

 

 その理由は一つしか考えられなかった。

 比企谷だ。あいつが那須さんに何かした以外に考えられない。

 

 結果、小学校を卒業するまで俺は当たりつくした。

 

“お前のせいで”

 

 俺があいつに当たる時の常套句だった。

 気が付けば那須さんは転校してしまった。そのことを知った時、ショックを受けたことだけは覚えている。他の記憶はほとんどない。

 

 そして。

 

 小学校以来、あいつと顔を合わすことは無かった。

 

 そして中二の秋頃。俺はボーダーに入隊した。

 理由は簡単だ。「かっこいいから」。

 

 中学一年の冬。突如として現れた一団。

 異世界から進行してくる「ネイバー」と戦う者たち。

 

 その存在を知った時は憧憬に満ちた目で彼らを見ていた。

 

 ボーダーに入ってすぐ、俺は幼馴染の小笠原と再会した。

 

 俺はあいつと高みを目指し合った。

 今となってはボーダー屈指の隊員にまでなった。

 

 暫らくしてから、俺は那須さんがボーダーに入ったことを知った。

 その時はとても心が躍っていた。

 

 毎日のように彼女のことを覗き見し、彼女が笑っただけで俺も笑えた。

 

 でも、そんな日々でさえも続かなかった。

 

 あの比企谷だ!

 

 あいつが那須の師匠になってしまった!

 

――あいつさえいなければ彼女は振り向いてくれたのに……!

 

――あいつなんてふさわしくない!

 

――あいつより俺の方が強いのに!

 

――あいつなんか……!

 

 こロしてシまえばイいンダ

 

――そうだ、あいつを殺せば那須さんは振り向いてくれるんだ……!!

 

 那須さんは今、比企谷に洗脳されているんだ。だから俺があいつを殺して那須さんを救い出さないと……!

 

 暫らくしてから、俺は小笠原にも声を掛けた。

 あいつも比企谷のことを憎悪していたようで、快諾してくれた。

 

 だが、俺が後悔することになろうとは、この時はまだ微塵も考えていなかった。

 

 

  ☆---Side Hachiman Hikigaya---☆

 

 

 敢えて言わさせてくれ。

 

「どうしてこうなった……」

 

 俺が呟いてもそこには誰もいない。言ってて悲しくなる。

 まぁ俺が悲しんだ所で慰めてくれる奴なんていないんだけどな。あれ? 目から汗が……。

 

 今いるのはソロランク戦用の個人ブース。

 室内には大きめのベットとタッチパネルのみという簡素なものだ。

 

 ここで対戦相手を選択し、戦闘訓練となる。

 ただ、戦闘訓練と言っても、コンピューターとトリガーを接続させ戦闘を再現させる、というものだ。

 

 俺はベットに腰かけ、深呼吸をしてみる。

 トリオン体でする呼吸は実体のものとは違い、やや機械的なものを感じる。

 今考えているのはトリガーの組み合わせ。

 相手はどちらも近接戦闘系――恐らく中距離もそこそここなすだろうが――だろう。

 俺の本命は中距離からのトリオン量に物言わせる殲滅戦だ。どこぞのバカが真似た上に精度を上げやがった戦術ではあるが、局所においては札の一枚になるものだ。

 あのバカとの一番の違いは、弾種の違いだけ。弾バカみたく全弾当てる気なんてサラサラないがな。

 戦闘は十回戦で決まる。

 この戦闘で相手をどう動かすかに思考を傾ける。

 と言っても考えているのは戦闘スタイルの方ではない、別の方面にだが。

 

 転送開始前。

 

 大体のトリガーが決まり、転送開始のアナウンスが聞こえてくる。

 

 最近ロクにやっていなかったランク戦。

 どの程度できるか分からないが、適当に流すつもりでいる。

 

 そもそもさっきの場に二宮さんが通らなければうまくいったんだ。

 

 俺と二人が戦闘開始、と思わせて俺は通路周辺を破壊。

 その場に駆け付けた隊員に那須は確実に保護される。

 そして上層部にて俺とあいつらが貶し合うことで那須の弟子入りは無しになる。

 最悪除隊処分を受けるが、まぁ悪くはない手法だろう?

 

 それが、だ。

 

 なんで、こうも巧くいかない。

 

 そんな思いと共に、転送が開始された。

 

 俺の鬱憤は、溜まったまま。

 

 

  ☆

 

 

 転送されながら、ふと小学校の頃を思い出していた。

 親から嫌厭され、学校でも虐められて、味方が小町以外誰一人としていなかったあの頃。

 

 今では殆ど忘れてしまったが、誰かと楽しそうに話している記憶がある。

 

 病弱で中々クラスメートになじめていなかったあの少女。

 

 確か、名前は……。

 

 

  ☆---Side Rei Nasu---☆

 

 

 転送が完了し、対峙し合う二人。

 比企谷君は基本的には中距離からの射撃トリガーでの殲滅を戦術としているが、相手方は刀トリガー『弧月』を装備していることから近距離戦特化というように見られる。

 距離がある状態で比企谷君が射撃トリガーを乱射すればごり押しで勝てるかもしれないが、懐に入られれば勝機は薄い。

 それに相手は9000Pt越えの超強力なアタッカーだ。その手を考えないはずがない。

 もしも相手方に蹂躙されたら……と考えると背中に悪寒が走る。

 もともと私のせいで始まってしまった戦いに、思わず目を背けてしまった。

 

「何をしている。那須玲」

 

 だが、そんな行為も隣に立つ人物に諫められてしまう。

 

 二宮 匡賢。

 シューターランキング1位。個人ランク総合2位で、私の師匠となった比企谷君を鍛え上げた師匠だ。

 

「元々はあいつら二人組が始めたことだろうが、渦中にお前もいた。当事者であるからには逃げるな。しっかり前を向け」

 

「でも……。もし、比企谷君が負けちゃったら……」

 

 それを呟いた瞬間、二宮さんは急に呆れた表情になる。私は逆に、その表情の意味を図りかねてしまう。

 

「お前……。そんなことを心配していたのか?」

 

「……え?」

 

 思わず見上げてしまった二宮さんの顔には、ある意味で不敵な笑みが浮かんでいた。

 その表情に逆に動揺してしまうが、先ほどまでの不安感はそれによって吹き飛ばされてしまった。

 

 しかし、私は分かっていなかった。二宮さんの言葉の意味を。そして、比企谷君の強さも。

 

 彼は忘れてしまっているが、私は彼との関係を忘れた日は一度もなかった。かく言う私自身も会えなくなってからの3年もの年月が彼との記憶を朧げにしてしまったが、彼との思い出は今でも宝物のように輝いている。

 

 再会してから暫らく経つまで思い出すことはできなかったが。

 

 彼が事故にあったその数日後。

 体の検査のこともあって、なかなか見舞いと訓練の打ち合わせに行けなかった日の病室の廊下で聞いてしまった、比企谷君の過去。

 

 綾辻さんにだけ、漸く少し開いた、心の扉。

 

 その様子を扉越しに聞いてしまった私は、その病室の扉を開けることが出来なかった。

 どう表現して良いのか分からないけど、なんだかすごくこう、胸のところがモヤモヤした。

 

 その気持ちの正体に気付くのは、意外とそこまで遠い未来ではなかった。

 

 

  ☆---Side Hachiman Hikigaya---☆

 

 

 ソロランク戦での転送先は市街地となっている。

 チームでのランク戦では多種多様な状況に対応できるようにと様々なフィールドが存在するが、ソロランクではそんな必要ねぇだろとばかりに転送先が固定化されている。

 

 俺と同じように転送されてきたのは北条だった。

 その目を異常なまでに血走らせ、手にしているアタッカー用トリガー『弧月』を握りしめている。

 

 もはや何も言うまい。

 こいつには何を言ってももう届かない。まぁもともと何も言うつもりもないが。

 

『ソロランク戦、スタート』

 

 フィールドに戦闘開始を告げる音声が鳴り響いた。

 

 その音声が鳴り終わると同時に、俺はシールドを展開した状態で追尾弾を射出した。

 

 その様子を見て嘲笑うような表情を見せると、北条は壁ギリギリまでバックステップし、着弾ギリギリで前に突貫した。

 

 その様子を見て俺は、大急ぎで弾を生成する。

 

 だがもう遅い。

 

 北条の振るったブレードはシールドを軽々と打ち破り、俺の体を切り裂いた。

 俺の首は、胴体と別れた。

 

『第一回戦 勝者―北条仗助』

 

 その音を聞きながら、俺は元のブースに飛ばされていった。

 

 

  ☆---Side Rei Nasu---☆

 

 

「そんな……」

 

 私は、あまりにあっさり破れてしまった比企ヶ谷君に愕然とした。

 

 今の戦闘で比企ヶ谷君がまともに攻撃ができたのは一回だけだ。

 あとは相手のペースに持っていかれていた。

 

「やっぱり、中距離シューターの比企ヶ谷君には接近戦は難しいんじゃ……」

 

 私はやっぱりうなだれてしまう。いくら比企ヶ谷君が中距離で格別な強さだったとしても、あの距離まで近づかれれば成す術はない。

 私は思い描く最悪の未来にどうしたらいいのか迷っていると、隣にいる二宮さんからとんでもない言葉が聞こえてきた。

 

「ふん。アイツめ、相手で遊びやがって」

 

「……え?」

 

 あまりに的外れに聞こえてきてしまう二宮さんの言葉に戸惑いを隠せないでいると、それを見た二宮さんが心外だとばかりに話してきた。

 

「おい。まさかあいつがあの程度だとでも思っていたのか?」

 

 そう話した二宮さんはやはり不敵な笑みが見え隠れしていた。

 二宮さん本人は自覚していないだろうが、たぶんかなり珍しいことだ。遠目で二宮さんを見たことは何度もあったが、そのすべての表情が仏頂面だった。

 やはり弟子のこととなると嬉しいのだろうか?

 

「まぁ。負けるかどうかを判断するのは四回戦が終わってからにしろ」

 

 それを皮切りに、再び二宮さんは視線を各ブースの戦闘状況が映し出されているモニターへと視線を戻した。

 

 私の視線もモニターへ戻した時、ちょうど二回戦が始まった。

 

 

  ☆---Side Hachiman Hikigaya---☆

 

 

 ちょうど三戦目が終わった。

 

 今のところ三戦全敗で、十本勝負だからいいが五本勝負だともう既に結果が出るような結果だ。

 

 だからこそ。

 

 ―――そろそろ、ギアを上げていこうか。

 

 転送が終わり、四本目を告げるアナウンスが鳴り響いた。

 北条は最初の頃の血走った眼からは多少の落ち着きを取り戻し、俺との勝負ももう既に勝ったものだと思い込んでいるようだ。その表情にも安堵と嘲笑が見て取れる。

 

 ―――悪いが、付け込ませてもらう。

 

 即座に北条との距離を稼ぐために、北条の足元めがけて追尾弾を発射。土煙が上がると即座に通常弾を撃ち込みながらグラスホッパーを重ね掛けし、一気に後方へ飛ぶ。

 

 土煙が晴れるまでの間に、ありったけのアステロイドを展開させておく。

 その数二千。ボーダーでもこれだけ展開できるのは俺だけだ。……まぁ、操作の精密さは置いておいて。

 

 土煙が晴れ、その展開された莫大な量のトリオンキューブを見て愕然としている北条に向かい、一言だけ呟いた。

 

「という訳でご退場願う」

 

 言うが早いか、一斉に弾丸を射出された。

 

『四本目 勝者――比企ヶ谷八幡』

 

 その音声と共に、元のブースに転送された。

 

 

  ☆---Side Rei Nasu---☆

 

「……うそ。すごい」

 

 私が思わずモニターに見入っていると、となりの二宮さんが鼻を鳴らした。

 

「これで嵌ったな。比企ヶ谷の勝ちだ」

 

 もう勝ったものだと断定してる。どういうことだろう?

 いくら勝ったとしてもまだ一勝。相手の三勝とはあまり差がないが、いきなり埋められるようなものではないだろう。

 それを聞いてみると、二宮さんは不機嫌ながら話してくれた。

 

「比企ヶ谷は最初の三回は負けていたが、実力差があったわけじゃない。

 相手はこれまで簡単に勝てていた相手に驚くのと同時に焦る。そこからは簡単だ。焦って攻撃が単純化した相手を倒していく。負ければ負けるほど相手は焦るからな。その隙を突いていくだけだ」

 

「―――つまり、比企ヶ谷君は一戦一戦を使って相手を操っている、ということですか?」

 

「まぁ、そんなものだ」

 

 私はそれに納得の意を伝えてからモニターを見ると、ちょうど五本目が終わったところだった。

 結果は比企ヶ谷君の勝ち。これで点差は一となった。

 

 さっきまでの不安は嘘のように無くなり、代わりに疲労感がどっと押し寄せてきた。

 私の体はもともと病弱で、碌に運動もできない。

 

 ボーダーによって病弱な体質が治るのか、という実験の対象になってから、私はトリオン体での活動に夢中になっていた。

 息切れせずにずっと走り続けたり、外を散歩したり。

 

 でもそれはあくまでトリオン体での話だ。

 彼等にトリオン体を破壊された今、碌に立っていることもできない。

 だんだんフラフラしてきた私を見かねて、二宮さんが声を掛けてくれた。

 

「そんなとこでフラフラするな。立っているのがしんどいなら座れ。目障りだ」

 

 きつめの言葉ではあるが、なんとなく私を気遣ってくれていることは分かった。

 

 その言葉に甘えて、私は近くのソファーに座り込んだ。

 それを横目で確認した二宮さんは視線をモニターへと戻した。私もそれに倣い戦闘の様子を見る。

 

 三戦目の途中で、目を充血させて襲い掛かる北条君を比企ヶ谷君が軽くいなしていた。

 基本的に中距離戦がメインの射手は接近戦に弱い。

 でも比企ヶ谷君の立ち回りはそんな概念がもともとないようなものだった。

 

 少し距離が明けばアステロイドで制圧。

 距離を詰められてもシールドを複数枚展開させて迫りくるブレードを止め、その間にグラスホッパーを足元に展開し距離を稼ぐ。そこからまたアステロイドで制圧する。

 

 単純なようだがその合間には多くのスキルが使われていると二宮さんは言う。

 

「シールドを展開させるにしてもブレードの太刀筋がわかってないと全く意味がないし、そこから即座にグラスホッパ―を展開するのも意味が分からん。なんであんなに早くサブトリガーを切り替えられるのか。到底人間技じゃない。正直なんであいつが俺よりランキングが下位なのか分からん」

 

 ……それは比企ヶ谷君がランク戦に出ないからでは?

 

 そんなことは口が裂けても二宮さんの前で言えないが。

 

 その後も次々と勝ち星を挙げていった比企ヶ谷君はついに、3対7で比企ヶ谷君の勝利で幕を閉じた。

 でも、私はこの時思いもよらないでいた。

 

 最も大惨事になるのはこの後だということを。

 

 

  ☆---Side Hachiman Hikigaya---☆

 

 

 このソロランク戦の後半は本当に味気ないものだった。

 

 もともと狙っていたとはいえ、相手は完全に頭に血が上り単純な攻撃しかできていなかった。

 手っ取り早くしたかったのもあったが、一日20分が限界のサイドエフェクトも節々で使った。

 

 とは言っても最後の十本目など相手の血走った目が怖かったが。

 

 ただ俺の中で不可解なことがあった。

 どうして俺はわざわざこんな形式上だけの試合に参加させられたにも関わらず、本気で勝ちにいったのか。

 

 別に勝つ必要の無いものだったはずだ。

 

 負けたところで那須との弟子入りの件はチャラになるだけ。師匠があいつらになるだけだろうが俺には関係がなくなるはずだった。

 

「ふぅ……。人の心ってのは厄介に出来てるもんだな」

 

 どれだけ考えても解は出そうになかったから、その言葉で思考を切り上げる。

 

 もう必要もないし、トリオン体を解除してから扉に向かった。

 だが、扉の前に立つと外から駆け寄って来るような足音が聞こえた。

 

 ――なんだ一体?

 

 不審に思いつつも、ブースの扉を開けた。

 

 

 やけにゆっくりと開かれた扉。その向こうに小笠原が立っていた。

 冷静さを失っている証拠に目が血走っている。本気で殺す気なのか、トリオン体でもう既に弧月を振り上げていた。

 一般人に攻撃が当たった場合に備えて気絶させるオプションはまだ銃系統にしか存在していない。

 つまり、この攻撃をモロに食らえば惨殺されてしまう。

 

 ―――マズい!

 

「死ねェぇええエエ!!!」

 

 その言葉と共に振りかぶられたブレードを見て、急いでサイドエフェクトをオンにする。

 

 まだ振り上げられたばかりの弧月。そこに向かって一度頭を突貫させる。

 何も頭がおかしくなったわけではない。武術でよくある刀の振り下ろしに対する動きだ。そのままバックステップしたり上体だけ左右に残っても、下半身はそのまま残ってしまい切りつけられてしまう。

 ならば敢えて全身を刃に向かわせ、ギリギリのところで全身をひねらせるというものだ。

 

 目論見通り、狙いを定めさせた頭に向かって振り下ろされたブレードをのところで体をひねらせた。髪の毛が何本か切れたが本体を斬られるよりはマシだ。

 

 そのまま小笠原の腕を掻い潜り、そこから下の階のモニター前へと走り出した。このまま俺が応戦しても何方も隊務規定違反で切られるから、それをしても大丈夫な人の下へ行くしかない。

 二宮さんは上層部のお偉いさん方にかなりの発言権を持っていることから、あの人の前で暴れさせれば俺に飛び火することは先ずあり得ない。

 

 階段を降り終えた先には、かすかに様子を窺う二宮さんと心配そうな目でこちらを見つめる那須の二人がいた。

 俺は真っ先に二宮さんの下へ向かった。

 

「師匠。マズいことになりました。あいつ等マジで俺を殺しに掛かってきました」

 

「だろうな。後ろの奴を見ればわかる」

 

 そう言われ振り返ると、弧月を握りしめ、今にも斬りかかってきそうな二人がいた。誰であるかは言うまでもない。

 

「お前。いつの間にあんな恨みを買ったんだ」

 

「少なくとも師匠よりかは敵の数は少ないはずです」

 

 憎まれ口を叩き合いながら臨戦態勢に入る。

 俺はトリガーをオンにし、射撃トリガーを展開する。二宮さんも同じ状態だ。

 

 周囲にいたギャラリーは何事かとこちらに集まってくる。

 これであいつらは完全に詰んだ。それなのに、相手は完全に頭に血が上っているのか周りの様子に気が付いていない。

 

……これ、いろいろと事後処理めんどそうだなぁ。

 

 場違いなことを考えつつも、二宮さんと近づいて作戦を聞く。

 

「師匠。これからの行動ですが……」

 

「あいつ等のトリオン体を破壊して上に突き出すぞ。ここには群衆の目もあるから嘘は吐けないだろうし、俺も上に報告すれば問題ない」

 

「了解」

 

 そこで一旦会話を切り上げると、あいつ等がようやく口を開いた。

 

「お前なんか相応しくない。お前なんかが俺より強いはずがない……。俺は……俺は…」

 

「お前が那須さんに釣り合うわけがないんだ。俺は……」

 

「「お前を殺してでも、那須さんを守る!」」

 

 そう叫ぶと、二人は一気に俺たちのいる方へ跳躍した。

 

「性質が悪いな。一度ああなったら自分の都合のいいようにしか人間は解釈しないからな」

 

 二宮さんはそう吐き捨てると、射撃トリガーのトリオンキューブを展開させた。

 

「生憎だが、俺はそこまで優しくはない。精々上にする言い訳でも考えておくんだな」

 

 そう言い終わるやいなや、トリガーを射出させようとした。

 

 その瞬間。

 

「双方、武器を引けッ!」

 

 その言葉はその場に驚くほど響き渡った。

 余りに凛としており、だがその音には厳かなものがあった。

 

「何をしている」

 

 その声の主を、俺はよく知っている。

 ボーダー本部の指揮官。忍田真史だ。

 

 二宮さんはその姿を見ると、どこか安心したかのようにトリオンキューブをしまった。

 本部長はいったん辺りを見渡し、ギャラリーを解散を呼びかけてから俺たちの方に来た。

 

「話を聞こうか」

 

 その言葉を以て、断罪が始まった。

 




後書きストーリー vol.3


 私は、自分のしたことを決して許さない。

 それは私が中学一年の二学期頃のことだった。
 ■■■に告白された。

”好きです。付き合ってください”

 私は彼から差しだされた手から逃れるように、その告白を断った。

”友達じゃ……ダメかな?”

 彼はそれで振られたことを覚ったのだろう。”わかった。時間をとらせてすまなかった。”とだけ言った。
 私はこの状況に耐えられなかったこともあり、逃げるようにその教室から出ていった。

 その後、校門前で待ち合わせていた友達に事の顛末を語ってしまった。
 今思えばどうしてこんなことをしてしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。

 彼が私に告白したことは、翌日にはクラスメイトの全員が知っていた。
 そう。全員だ。

 別にそこまで広めるつもりはなかったが、なってしまったことは仕方ないとその話題で友達との会話に花を咲かせていた。

 結果的に、■■■はクラス内でいじめられることになった。
 私はその一端を見てしまったが、彼の靴箱がゴミ箱のような扱いになっていたり、机に落書きをされていたり。
 その時は私も流石にやり過ぎでは思ったが、次第に流れて来た噂を聞いてからその考えを否定するようになってしまった。

”■■■は前科持ちだ”

 この噂の真偽は分からないが、彼と小学校が同じであるクラスメイトがその情報を回したらしい。
 そのうわさを聞いて『振っておいて良かった』と、友達と一緒に話していた。

 でも、そんな先入観はすぐに砕け散った。

 ある日の学校からの帰り道。私はある光景を見てしまった。

 ■■■が小学生くらいの女の子の手を握って歩いていたのだ。
 私は彼が前科持ちであるという噂を聞いていたことから、これはまさにその犯罪現場ではないのかと疑った。

 私は自らの中にある正義感から、彼を現行犯で捕まえてやろうと思い、二人の後をつけていった。

 しかしその会話の内容を聞いていると■■■が女の子を誑かしているというよりも、女の子の方が■■■の学園生活を気遣っているような内容でしかなかった。

 そしてある一軒家に二人は入って行った。
 念のためにその表札を確認すると彼の名前だったため一先ずは安心した。しかし本当に大丈夫か不安になり、それを確認するためにしばらく家の裏にこっそり入り、夜になるまで中の様子を聞いていた。

 そこで聞いたのは、まさに虐待の現場だった。

 彼らの親が帰って来ると、すぐに両親たちの癇癪を起した声と彼に向けられて物が投げられているような音が聞こえた。
 カーテンの隙間から覗けたのは、■■■が蹲っているところに蹴りを入れている両親の姿だった。

 私はその現状に、現実を受け入れられないでいた。

 それ以来、彼の噂の「前科持ち」であることに疑問符を持つようになった。

 彼は本当にそんなことをするような人間なのか。

 学園生活を振り返ってみても、彼が働いた悪事は何一つない。
 周囲が彼に悪意を向けているだけだ。

 調べてみたが、そもそも十四歳未満の男女は罰せられない。つまり、このことは彼が「前科持ち」であることを真っ向から否定していた。

 私は噂の実情を調べるために、あの日見た女の子――彼の妹に話を聞くことにした。学校帰りに彼よりも早く彼女の通う小学校へ向かった。

 校門前で佇んで兄が来るのを待っていたであろう彼の少女に、「兄はどういう人間なのか」「家族との関係」そして「前科持ち」という話について聞いてみた。

 するとどうだろう。
 彼女は途中から泣きながら話し出した。

”お兄ちゃんはとっても優しいのに、みんなはお兄ちゃんにだけ優しくない”
”お兄ちゃんは幼稚園の頃からお父さんとお母さんから相手にされなくなった。今ではもう虐待されている”
”お兄ちゃんをイジメていた人たちが□□を攫って人質にしたの。お兄ちゃんは私を助けてくれたのに、みんなお兄ちゃんのことをひどく言うの”
”この世界はお兄ちゃんが生きるには厳しすぎる”

 私はその話を聞いて呆然としてしまった。
 話し込んでしまったものの、彼が来る前に何とか彼女をあやして話を終えることができた。しかし、あの少女が泣きながら話していた内容をすぐには飲み込めなかった。

 彼は一体どういう思いで私に告白してきたのだろうか。
 私は彼とはすれ違ったら挨拶する程度の仲でしかなかったはずだ。そこに彼が何かを見つけたとしたら。

 彼は悪意以外の感情にさらされたことがなかったから、すれ違ったら挨拶されることもなかったのではないだろうか?
 もしかしたらあの日、差し伸ばされた右手は、救いを求めていたのではないのだろうか……。

 今ある彼へのいじめは、私が発端と言っても過言ではない。


 私はそのことを謝りたくて彼に近づこうと、その機会を探り始めた。

 しかし、とある秋の日。ネイバーと呼ばれる別世界の生物が、私たちの住む三門市に襲来した。
 都市は一時的に機能を失い、駆け付けた自衛隊も蹂躙される始末。私たちの家族もただただ逃げ惑っていた。

 その最中、突如として現れた謎の一団がそのネイバー達を次々と倒していった。
 私たちはその一団に誘導され、無事避難所にたどり着くことが出来た。

 その中に入り、家族三人のスペースを探しているとき。

 本当に偶々。■■■がその一角で誰かと話しているのが見えた。私はその内容が何故か気になってしまい、そちらに近づいてしまった。その話を聞いて頭が真っ白になったのは記憶に新しい。

 彼の家族が彼一人を残して全員亡くなられたらしい。つまり、彼の妹のあの少女も殺されたということだ。

 ■■■の世界で唯一味方であった彼女が死んだことの意味を、私は理解してしまった。
 私は、その場にそれ以上いることが出来なかった。

 時期が経ち、学校が再開してから。以前の私なら分からなかったかもしれないが、今の私ならわかってしまう。彼は以前にも増して他人と自分を切り離すようになった。

 私はそのことが辛かった。

――彼に謝りたい。

 でも、そんな私を嘲笑うかのように年月は過ぎ去っていく。

 結果、それ以来話の機会を見出せずに中学を卒業してしまった。高校も違う場所のようだ。

 私は高校に入学しても、彼のことを忘れられずにいた。

 私がふざけて友達に言いふらしたせいで、彼に悪意を集めてしまった。

 彼は私のことを、どう思っているのだろうか。
 今の私には分からない。けれど、私は――私だけは、私の罪を忘れてはいけない。

 だから、私は自分のことを……決して許さない。

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