霊体の声は『』で表示しています。
しばらくふよふよと漂い続けてみるが、お迎えが来ることも消滅する気配も無い。
門の向こうからは、こんのすけの声が聞こえる。放り出されたのに律儀に門の前で待っているらしい。
―――仕方ないな。可哀想だし。
接触できるか分からないが、できるなら安心させてやるべきだろう。人間には関心がないが、動物にはそれなりに優しくしたいのだ。
自分の死体が邪魔で門を開けることはできそうもないが、意識だけあるのだ。すり抜けられるかもしれないと手を伸ばす。
思ったとおり、門などないかのようにすり抜け、肘まで門に埋まった。
「ひっ。さ、審神者様・・・?」
こんのすけの困惑したような声が聞こえる。
肯定するように手をひらひらとさせ、体全体も門をすり抜ける。
『さっきぶりだね。私の声は聞こえるかな?』
「は、はい、頭の中に直接聞こえてきます。ところでそのお姿は?実体ではないようですが、まさか!」
目を白黒させていたこんのすけだが、すぐにこちらの様子を理解したようだ。ふるふると体全体を震えさせている。なんとも感情豊かな管狐だ。
『どうも体だけ死んでしまったようでね、この通り意識が残ったままだ。』
「そんな・・・!申し訳ございません。も、申し訳ございません。」
肩を竦めながら、なるべく軽く聞こえるように言ってみた。
だが、こんのすけの気持ちを軽くすることはできなかったらしい。俯いてひたすら謝罪を繰り返している。
―――こんのすけのせいではないんだけどな。
今回のことは、前任者と管理を怠った政府の責任だ。政府側の者になるだろうが、こんのすけには何の権限もなく責任もない。そして、わかった上で出向いた私にも責任があるだろう。なんせ、死ぬとわかっていて何も対策せずに来たのだから。
ひたすら謝罪をするこんのすけの姿に、擦り切れ無くなったと思っていた良心がほんの少し刺激される。
『しょうがない。少し頑張ってみよう。』
「っ。審神者様?」
私の雰囲気が変わったことに気づいたのだろう。こんのすけが謝罪を辞め、困惑したようにこちらを見上げてる。そんなこんのすけに、苦笑を返した。
『こんのすけ。私の体は死んだけど意識はまだある。政府には契約を遵守してもらうよ。悪いけど政府に伝えてくれるかな?』
「は、はい!」
『それと、君も暫くここに近づいてはいけないよ。そうだね、次は半年後に来てくれるかな?』
「何か理由があるのですね・・・。わかりました。」
先ほどの様子から一転して、目をキラキラさせてこちらを見てくるこんのすけには悪いが、特に何も考えていない。目が泳がないように注意しながら何とかうなずく。
では、早速いってまいります!と張り切って政府に向かうこんのすけを見送った。ごまかしは成功したようだ。
―――さて、少し頑張りますか。
まず、現状を把握しなければならない。何事も正確な情報がなくては何もできないのだ。
こんのすけを見送ってから、長い時間をかけて本丸内を全て見て回った。
その結果は、想像以上に状況が悪くため息しかでなかったが。
まず、刀剣男士は霊体である私の姿を見ることも声を聞くこともできないらしい。
ふらふら本丸でさ迷っていた刀剣男士の前で、踊ってみたり大声を上げて見たが何事もなく通り過ぎられた。5振りほどの前でやってみたので間違いない。
次に、穢れの大本の確認である。
案の定というべきか、前任者の部屋らしき所が大本だった。コールタールのような黒い霧が絶えず部屋からもれているのだ。臭いを感じ取れない霊体であることをこれほど感謝したことは無い。感じ取れたら気絶間違いなし、腐臭など生易しい攻撃になりうる刺激臭がするだろう。
最後に、祟り場となっている本丸全体の状態だ。
これが最悪、の一言に尽きた。元々本丸と言う所が神である刀剣男士を顕現させ生活する場であるから、それなりの力場だ。核となる穢れがあって祟り場となっている。ここまではいい。
だが、この祟り場、観察してると微々たる変化だが成長しているのだ。本丸の庭は広いためまだ敷地内で収まっているが、門の外にまで広がるのは時間の問題である。そして、そのエネルギー源が刀剣男士達の負の感情なのだ。腐っても神、刀剣男士達から立ち上る負の感情がただでさえ強力な祟り場をさらに成長させていた。
ため息しかでない。
ぼんやりと計画していたことは全て無理だと分かったためだ。
当初、刀剣男士とは関わらずに本丸の浄化を試みる予定だった。問答無用で殺されたのだ、こちらとしても当然いい気分ではないし、あちらも霊体とはいえ元人間と関わりたくないだろう。そのため、庭から徐々に浄化して祟り場を小さくし、あわよくばそのまま大本の浄化、できなくとも穢れのない力場で祟り場を囲い込んでから刀剣男士は祟り場から引き剥がせばいいを考えていた。だが現状では、祟り場の餌となっている刀剣男士の感情をどうにかせねば庭の浄化すら夢のまた夢だ。
『はぁぁぁぁぁ。』
誰にも聞こえないので、盛大にため息を吐いた。
どんなに考えても、とてつもなく面倒で手間がかかって、しかも成功するかわからないぶっつけ本番のやり方しか思いつかない。
投げ出してこのまま漂っていようと思うのだが、その度に謝罪していたこんのすけ、ついでに頭を下げていた元木と古谷氏の姿が頭をよぎるのだ。
―――仕方ないか。
真っ黒な空を仰いで、私は投げ出すことを諦めた。