Fate/Jam uncle 作:飯妃旅立
少年――士郎は今日もパンを買いに来ていた。
自らもそうだが、何より自身のサーヴァント・セイバーがここのパンをいたく気に入り、また買ってきてほしいと言うのだ。
セイバー曰く、
「前の召喚時に食べたことがある……気がするのです」
だそうで。 座に記録が残っているのだろうか? だとしたら、それだけで凄まじいパンだという事になるだろうけど。
前と同じ時間帯に同じ場所を通る。 すると、鼻孔と腹の虫をくすぐる濃密でいてしつこくないパンの香りが。
同じく料理を作る身としても、事パンに限って言えばこの領域に辿り着く事は出来ない気がする。 匂いだけでコレなのだ。
士郎は遥か高みを垣間見た。
そういえば自身の義父である衛宮切嗣も、時たまパンを買ってきていたっけ。
もしかしたらここのパンだったのかも……なんて、そんなわけないか。
「ヘラッセー、ラッシャッセー」
ここまで来ると、あの売り子の青年のやる気の無い声が聞こえてくる。
いまにして思うのだが、やる気のない声にしては良く通る声だ。 遠くに居てもコレがあの売り子の声だとわかる。 特徴的な声とも言えるだろう。
そういう意味では売り子に向いているのかもしれない。
「ん?」
「あ」
さて声をかけよう。 そう思って歩を早めた所で、自身とは違う道から出てきた青みがかったワカメのような髪をした人物と目が合う。
友人、いや、親友の間桐慎二だ。
「慎二……お前も、ここのパンを?」
「あ、あぁ。 衛宮もここのパンを買っているのかよ。 僕ほどになればあれほど美味しいパンを見抜くのは当たり前だけど……ま、流石は衛宮、とだけ言っておくよ」
自分を上げる事を忘れないのはいつも通りだが、あの慎二が手放しに『あれほど美味しいパン』と褒めるのは珍しいと思う。 変な言い方だが、あの慎二が認めるくらい美味い、という事だろうか。 これだとまるで慎二が美食家であるようだが。
「へらっしー、ふな……お、珍しい組み合わせだけど……いらっしゃい」
「あぁ、あんパン6つと辛くないカレーパン4つ、それと……なんか甘いパンってありますか?」
「ん、衛宮。 この店の甘いパンなら『チョココロネ』がおすすめだよ。 かくいう僕もコレが好物でね……チョココロネ7つ、クルミパン7つ頼むよ」
「じゃあ俺もチョココロネ2つで」
「まいどありー。 チョココロネ7つが560円、クルミパン7つが210円、計770円でーす。 んで、こっちのお客さんがあんパン6つが360円、カレーパン4つが240円、チョココロネ2つが160円で、計760円ね!」
「相変わらず安いね……。 だけど、店主の意向に従うさ。 800円で」
「30円のお返しでーす」
「俺も800円で」
「40円のお返しでーす」
パンが出来るまでの間、慎二と並んで待つ。
「衛宮。 お前、1人であの量食べるのか? って、あぁ……お前のうちには虎がいるんだっけ?」
「いや、藤ねぇの分じゃないさ。 ……あげないと暴れそうだな。 しかたない、俺の分を上げるか」
「暴れるって……」
「慎二こそ、7つずつなんて多くないか? 慎二と桜と……2人で?」
「衛宮の目には、僕がそんなに食べるように見えてるってのか? 違うよ。
「へぇ……元気な御爺さんなんだな」
「あのクルミパンをたべると初恋の人を思い出すとか言ってて、ほんと年齢を考えろっていうか? ……まぁ、そのおかげで僕達は救われたみたいなもんだけど……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないさ。 さ、そろそろ出来上がる――」
「龍之介! 落とすぞ!」
「あいよー! ……うっし! ナイススローインだぜ、旦那!」
別にスロウはしてないと思う。
「よく分かったな……」
「結構長い期間買ってるからね……。 僕くらいになれば、どのパンがどれほど時間かかるかは大体わかるのさ」
言い換えれば、それだけのバリエーションを買って来た(買わされてきた)という事ではないだろうか。
「じゃ、熱いうちに食べてくれよ! 旦那の世界一COOLなパンを!」
「あぁ、ありがとう」
紙袋を受け取る。
肌に伝わる熱の胎動。 唾液が溢れる。
「じゃ、慎二。 また明日……慎二?」
「衛宮。 これは僕の、お前の友人としての忠告だけど……。 出来るだけ、これより遅い時間は外を出歩かない方がいい。 僕はしっかり言ったからな」
「……?」
「じゃあ、また明日」
「おう。 また明日」
今度こそ別れる。
別れ際、慎二にしては珍しい程に……何か、覚悟を決めたような顔をしていたのが記憶に残った。