Fate/Jam uncle 作:飯妃旅立
雨生龍之介とマイスターは10年を共にする主従関係……どちらが上とか下とかは本人たちはあまり気にしていないが、関係としてはマスターとサーヴァントであることに変わりない。
10年来のご愛顧ありがとうございますというべきか、足繁く10年の間定期購入してくれるお客さんがいるので苦楽を共にすると言う程の貧困を味わった事はないし、そもそも龍之介が健在であればマイスターも健在。 計算に長ける龍之介が無駄遣いをする、という事も無いので、少なくとも生きていく上でお金に困った、という事は無かった。
だから、というわけではない。
わけではなく……とても単純な理由で、龍之介とマイスターの間には『会話』が存在しなかった。
意思疎通が図れていないというわけではなく、言い換えれば『雑談』が無いのだ。
龍之介はマイスターのパンの良さを語るべくお客さんと話す事があるし、マイスターは一部の特殊なお客さん――マイスターのサーヴァントとしての力に用がある者と話す事はある。
だが、圧倒的なまでに2人の間に対話が無かった。
龍之介が客から受けたオーダーをマイスターに言う、という……売り子と料理人の、ただその瞬間だけが接点。 傍から見ればおかしな話だが、雑談と呼べる雑談をしたのは龍之介が全くの偶然からマイスターを召喚したその日のみで――この10年における『会話』を繋げても、3日を満たすか満たさないか程度の時間しかない。
仲が悪い、というわけではない。
必要が無いのだ。
かつてのマイスターならともかく、現在のマイスターは寡黙そのもの。
龍之介もまた芸術家の気質からか、ON/OFFの差が激しい。
なにより、互いに互いの夢を見あっているが故に――そしてどちらもが『純粋』であるが故に、実際の対話を必要としなかっただけなのだ。
2人が完全に気を許して相談するような第3者が居なかった事も要因かもしれないが、おいそれと話せる内容でもないのも事実。 取り分け『美味しいパン』には興味あっても、『美味しいパンを造る料理人の生い立ちや悩み』とか『美味しいパンを売っている売り子の実生活』なんてものを気にする人間は極僅か。
結果、些細な疑問を口にすることなく10年の時が過ぎてしまったわけだ。
そう、些細な疑問。
龍之介が常々感じている、
マイスターから流れ込んでくる夢は、いつも楽しい物の後に悲しい結末が来て終わる。
それほど長い物語ではない。 楽観と悔恨、苦汁。
数多の英雄を文字通り造り出した
救われた物語ではない、と思う。
大凡一般的な人間であるという自負はこれっぽっちもないが、それでも出てくる英雄が全員自己犠牲的で、唯一全てを知っていたマイスターは『何もしなかった』……言ってみればマイスターの後悔によって形作られた物語だ。
だというのに。
何故――この夢から。 否、この
ありがとう、だの。
おつかれさま、だの。
ただただ暖かい感情がそこにはあった。
夢は短く、すぐに終わる。
その中で答えを見つけられないというのなら――それはつまり、龍之介がマイスターを呼び出した後に答えがあったのではないだろうか。
龍之介は対人戦ならともかく、サーヴァントや魔術師を相手取れる程の過度な戦闘能力は無い。 基本的には
それはマイスターも同じで、たかだかパンの工場長が槍の英霊や剣の英霊に敵うはずも無く、もっぱら戦闘者と克ちあわせたら逃げる、というスタイルを取っていた。
しかし、それだけで生き残れる程聖杯戦争は甘くない。
いや、最後の一騎になるまで逃げ周って漁夫の利、というのも立派な作戦だが、そこまで勝ち抜いた相手との一騎打ちで勝つ、なんて方が非現実的だ。
一番いいのは、周りを争わせて消耗させて寝首を掻く、というスタイル。
完全にアサシンのやり口だが、マスターに聖杯戦争への理解があり、自身の安全を確保できるというのならそれが最善手。
……とはいえ、龍之介にとって10年前起きていた物が聖杯戦争という名前だったというのを教会の神父に言われて思い出すくらいどうでもいい物だった事からわかるように、龍之介は戦争をしているという自覚などこれっぽっちもなかった。
それこそ教会の神父が言ったように、少なくとも龍之介は今現在も10年前も、パンを売っていただけなのだから。
そんな危機感の欠片も無い龍之介を、令呪を隠す気すらない龍之介を置いて単身隠密活動に勤しめる暗殺者も少なかろう。
龍之介は戦えない。 隠れる気も無い。
マイスターも戦えない。 龍之介から離れるわけにもいかない。
であれば、誰が……いや、何が他のサーヴァントと闘ったのか。
英霊であるのだ。
その存在が逸話となっているのだ。
なら、話は簡単だ。
素材を体躯に、魔力を意思に。
それはお伽噺の、架空の物語の英霊であるからこその特例。
第三法に触れているようで触れていない、人間の作成ではないからこその特別。
自立する、パンのゴーレム。
果たしてそれをゴーレムと呼べるのかは甚だ疑問だが――造った瞬間からマイスターの手元を離れ、自身で考えて善を為す正義の味方である。
維持に必要な物は魔力ではなく顔。
その顔さえ無事ならば、その顔の替えさえあるのならば無限に戦い続けられる異邦の戦士たち。
それが、第四次聖杯戦争を生き抜くにあたって敵方と交戦したマイスターの手駒である。
だから、龍之介は全く知らないのだ。
マイスターの創りだしたパンが、どこで誰と闘っていたのかも。
呼び出した直後だけは悲しい感情のあったマイスターの夢が、戦争の終りには暖かい物になっていた理由も。
あの日聞いた、
龍之介は、全く知らないのである。
それは英霊としてはあるまじき、恐ろしい体験だった。
暴走列車も真っ青なスピードで爆走するアインツベルンのマスター……の、フリをしているアイリスフィールとセイバーが、その爆走ドライブの途中で体験した怪奇現象。
住宅街から少し外れた道を爆走する途中で、それは起こった。
その凄まじい速度が出ていた車の横に、並走する影が出来たのだ。
それは自転車程度の大きさだった。
セイバーは聖杯による知識のバックアップから、アイリスフィールは欠けているながらも一応一般常識から。
とりあえずこの速さについてこられるのは自転車ではない、と判断し、ならバイクか、と思って
何故ならその影は車の左側にいたから。
丁度その時車の左側は崖で……アイリスフィールは結構キメていた。
それはもう頭文字がDになる程ギリギリに。
だから、そんな所に自転車もバイクもいるはずがないのだ。
なら、この影はなんなのか。
月明かりが晴れる。
車の窓に、ソレのシルエットがくっきりと映し出される。
楕円形。
大きさも形も……そう、ラグビーボールくらい。
暗闇でもわかるくらいの、黄色と褐色。
けれど、見えてしまった。
セイバーは英霊として、アイリスフィールはホムンクルスとして。
それがなんであるか。
強いて言うならナンであるか。
ぎょろり、とした目玉。
大きく開いた口。 大きな赤鼻。
大凡人間では在り得ない頭蓋の骨格。 口の中でぐらぐらと煮え滾る茶色のナニカ。
簡潔に行って化け物だった。
妖魔怪異の類いであればまだわかるが、まるで粘土細工で人間を造ろうとして失敗したかのような造形だった。
無論セイバーもその程度の化け物にそこまで驚く事も無いし、アイリスフィールだって自らがホムンクルス。 さらには聖杯戦争中なのだ。
だから、最初こそは驚いたけれど、その存在が露わになってからは努めて冷静を保てた。
危ないですからアイリスフィールは運転に集中してくださいと言ったセイバーが、窓を開けるまでは。
「よぉ! ちょっと道を聞きたいんだが、俺に時間くれねぇか?」
そんな、余りにもフランクすぎる化け物の言葉は。
車内にこれでもかと言う程に満ちた、贅沢なまでの香辛料の香りに掻き消された。
アイリスフィールでさえクラっと来るほどの香ばしい匂い。
食欲をそそる、脳にある食欲と言う部分に直接訴えかけるような強烈な芳香。
なるほど、こういう魅了の手段もあるのか、と思わざるを得ない程、2人の意識は完全にこの化け物へと、化け物が発する香りへと向いたのだ。
爆走一本であんまりご飯食べてなかったからという理由もあるかもしれないが、おいておこう。
「あー、姉ちゃん達? 俺の話聞いてる?」
その口が開くたびに、腹が鳴る。
アイリスフィールは既に減速を始め、セイバーに至っては臨戦態勢に入っていた。
戦おう、ではなく。
どうやって捕まえよう、という。
もう獲物にしか見えなかった。
セイバーが実はアーサー王その人であるとか全く関係なく。
ただ美味しそうなので、捕まえようと言う魂胆である。
「ん……姉ちゃん達、腹減ってんのか?」
だが、そんな魂胆は……糧の英雄の前には意味をなさない。
捕まえられる前に。
目の前にお腹が空いている者がいたら、身を差しだす。
それが当たり前なのだから。
ニカっと笑ったそのラグビーボールの化け物の前に、2人は為す術が無かった。
そこは一種、炊き出し会場になっていた。
目立つべきではない。 そんな鉄則お構いなし。
夕刻時間帯に、彼女らは山麓の開けた場所にいた。
「美味ぇ! こりゃ何杯でもいけるな!」
「辛すぎねぇ甘過ぎねぇ、なんだこりゃ。 こんなもん食べた事ねーぞ」
「料理してる兄ちゃんは奇抜だが、腕は一級品だな! しかもタダってんだ……こりゃ普段の行いが良いからかぁ?」
「ギャハハ! 俺らの行いが善かったら世の中聖人君子だらけだよ!」
いや、大勢の彼らの中に彼女ら2人、という表現の方が正しいか。
近くには大量のバイク。 改造されたバイクだ。
そして、地べたに座り込んで下品に笑いながらマナーも減ったくれもない様子で一様に手元にある皿をかっ喰らっているのだ。
その隅で、アイリスフィールとセイバーも皿をつついていた。
所謂彼らは不良。 ヤンキーと呼ばれる存在。
パラリラパラリラと時代を感じさせる音を出しながら行く、主に新都に現れる存在である。
たまたま糧の英霊が料理をしていたところに通りすがり、美味そうな匂いだなと絡んでみれば食ってくか? と拍子を抜かれ、今に至るわけだが。
ワイワイがやがやと騒ぐ男共。
大なべで料理を作り続けるラグビーボール。
炊き出しのあるべき姿。
既に腹の膨れたセイバーとアイリスフィールは、その光景を造り出したラグビーボールの化け物……カレーパンマンと名乗ったソイツを見ていた。
誰がおかわりに来ても笑顔で対応し、まだまだあるぜ! と元気に言う。
英霊らしい行動だった。
どこからどう見ても人間じゃない事を含め、飢えを無くすという気概は英霊らしいと思った。
聖杯戦争中で、そんな奴はサーヴァント関連以外在り得ない。
セイバーは見るからに英霊。アイリスフィールも見るからにホムンクルス。
その2人に何故笑顔で食料を渡し、今もなお背を向ける?
背中から料理人に斬りかかるというのは騎士道のソレに反するし、何より一般人が多すぎる。
お腹もいっぱいになったことだし。
2人は誰にも気づかれずに、そっとその場を後にしたのだった。
ぶっちゃけ怖いよねカレーパンマンの造形。