愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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なりそこねた男と、なりようがない少年と

 

 

死んで生まれ変わった。

その自覚は母の乳首に吸いついて乳を飲んでいるときからあった。

 

それは別にたいしたことでもなくて、みんなが記憶を失いながら輪廻転生を繰り返すなかでたまたま前世の記憶をもったまま転生したのだと思っていた。

なぜなら『おれ』が生まれた世界は『俺』の生きていた世界とたいして、いや全く変わりなくって、『おれ』もなにか特別な力をもつわけでもなく、ただ前世の記憶によりズレた感性のせいで周囲からちょっと浮いていたというくらいだ。……自分では馴染もうと努力はしたのだが、なんといってもウ○コチ○コではしゃぐ同世代男子にテンションを合わせるのはすでに精神年齢20は越えた『おれ』には至難の業だった。なんとかイジメられない程度の友好状態を保てはしたがそれが限界だった。仕方ない。

 

……ただ、同世代でも女子とはある程度馴染めたかもしれない。

女子も女子でおままごとで真剣だったり突飛な理屈で怒り出したり相手するのは大変だったが、相手はちっちゃい女の子だ。ギャハハと笑いながら棒の先に突き刺したウン○を突きつけてくるような男子連中と違って、見てて微笑ましい。世の中には男のガキも微笑ましく見守れる大人もいるのだろうが、おれは正直言って女の子しか見たくない。癒されるよね。ロリコン? ちがうよ、女性に優しいだけだよ。

まぁとにかく、女の子には余裕と慈愛をもって接していたおれは、なんだかんだで女の子たちと仲良くなっていた。かわいくてなでなでしちゃったりするし、わがままもある程度笑いながら聞いてあげられる(度がすぎていたらちゃんと窘める)ので女の子たちも他の男子と比べて一目置いてくれていたと思う。

 

 

うん、まぁ、そんな感じの幼少期だった。

大人には褒められたり将来を期待されたり、たまに失敗して気味悪がられたりもした。

イジメられてる子を助けてあげたり、女子と仲が良い「オカマ」として自分がイジメられかけたのをなんとか話を逸らして絶妙な回避をしたりもした。

仲の良い女の子が惜しげもなく裸体をさらしているのを紳士として優しく見守ったり、母親について銭湯の女風呂で幸福に浸ったりもした。いや、湯加減が良かったんだよ、うん。

とにかく、前世の記憶という厄介なお荷物の弊害を努力と労力と気苦労で処理しながら少しずつ歳を重ねてきた。

 

このまま、中学生くらいにでもなればこのお荷物も役に立つようになるだろうなと思いながら。

勉強や恋愛で楽に輝けるだろう、その時期までの我慢だと思いながら。

そう、このまま、こんなふうに、ただ前世の記憶があるだけで他には何事もなく生きていくのだと。

 

何事もなく生きていけるのだと、愚かにも根拠なく信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

あっさりと、おれの人生は潰れた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

 

 

 

熱い。

 

暑い。

 

痛い。喉が、

 

()ける、腕。

 

熱い。あつい。

 

地面、いたい。

 

目に、熱い。

 

 

 

周りの全てが、『おれ』の命を苛む。

 

 

 

熱い。熱い。熱い。

 

暑い? 暑い。

 

身を苛む。身を焦がす。

 

灼ける? 焼ける?

 

何が、何を、なんで、

 

 

 

『おれ』の命は、焼けて、燃えて、(かす)れて、泣いて。

 

 

 

荒野。荒野? 違う、町。

 

町は荒れて、おわって。

 

熱い、熱い、熱い、

 

空は黒い。アカい。太陽は泣いている。太陽? 月? わからない、泣いている。

 

狂っている、腐っている、恨んでいる、壊れている、

 

痛い、痛い、痛い、痛い。

 

 

 

皆焼けている。皆死んでいる。皆(うめ)いている。

やんちゃな男友達は瓦礫に潰れた。

優しい母さんは焼け死んだ。

この前一緒にお風呂に入ったリエちゃんはいきなり白目を剥いて死んだ。

 

 

 

汚れている。穢れている。狂っている。色づいている。

 

笑える。笑えない。笑う? それどころでもない。

 

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 

 

 

こんな世界はありえない。ありえていいはずがない。

昨日まで何もなかったのに。いつも通りだったのに。

なんでこんなことに? わかるはずもない。

ありえないこんな世界。でも見覚えがあるような気がするのはなんでだ?

こんなありえるはずのない世界を。

 

 

 

潰れている。流れている。(ひしゃ)げている。終わっている。

 

熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、

 

みんな死んで、みんな呻いて。

 

なんでおれは生きている? いや、生きているのか?

 

歩いてはいる。でも呻いている。

 

(おぼろ)だ。虚ろだ。

 

ああ、世界が、この狂った世界が、

 

 

 

 

俺の中に、侵入(はい)ってくる。

 

 

 

 

狂う、壊れる、穢れる、

 

いいや、何よりも、死ぬ。

 

オレも、死ぬ。

 

おれも、みんなと同じように、世界と同じように。

 

 

 

何故か動きつづけていた足が、ついに力を失う。

倒れたことで膝や頬が地面に抉られるが、

すでに感覚を埋め尽くしている痛みがその痛みを呑み込んで何も感じない。

 

 

 

痛い、熱い、いたい、痛い、痛い? 痛い。

 

焦点はどこにある? おれはどこにいる?

 

熱い、痛い、熱い、あつい、あつい、あつい?

 

どこにいる?なんだこれ?

 

 

 

周りが狂っていることも、自分が狂ってきていることも、理解できていた。

自分にはどうしようもないことも、自分が死ぬことも、理解していた。

もう理解しきって、理解だけしているなかで、理解できないことがあった。

なぜこんなことになっているのかなんて、理解しようとするのすら無駄だろうし構わない。

それよりも理解できないことがあった。妙にひっかかることがあった。

 

 

 

なんで、知っているような、気がするんだ?

 

 

 

ありえるはずがない。知っているはずがない。

こんな風景は知らない。こんな地獄は知らない。

俺は普通に生きてきて、俺は死んだけど、おれはまたふつうに。

こんな世界なんて。

 

 

 

いつのまにか、空を見ていた。

狂った空。穢れた空。色づいた空。

『涙』を流す黒い太陽。

ああ、なんだろう、その形容。

どこかで、ああ、そうだ────────

 

 

 

気付けば、抱き上げられていた。

感覚はもうないし、意識もうつろっていたせいで気付かなかった。

抱き上げているのは男。

そいつは泣いていて。

嬉しそうで。

悲しそうで。

(つら)そうで。

幸せそうで。

 

まるで、地獄の中でかすかな救いを喜ぶように。

 

 

 

──────ああ、おれの生まれた世界は、普通なんかじゃなかったようだ

 

 

 

正義の味方になりそこねた男の涙を見ながら、そんなことを考えて、意識を手放した。

 

 

 


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