愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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キャスターと……

コルキスの王女メディア。

 

日本ではほぼ知られていないが、西洋では『裏切りの魔女』と名高く、裏切ることに躊躇いなくそして限りなく冷酷にして残虐非道で知られる神代の魔術師。

 

その所業はまさに『魔女』の名に相応しく。

自身を追う父王から逃げるために、自らを慕う弟を無残に殺し、その遺骸をバラバラに投げ散らし追手の足を止め。

別の国では王位を奪うために王女達を騙し、王女達の手で彼女らの父である王を八つ裂きにして殺させ。

愛した男が自身以外の女を選んだことに怒り、その二人の結婚式で男以外の全ての人間を焼き殺し。

多くの国を放浪しさまざまな男に近付いては、殺し、裏切り、逃げ続けた。

特に国の王やその縁者を多く手にかけており、王位を弄んだ『傾国』の名にも相応しい魔女。

この側面だけで見れば、決して近付けたくない、断じて関わりたくない女だろう。

 

 

だが、別の側面から見れば印象は逆転さえするかもしれない。

 

コルキスのメディアは、見目麗しく、純情で可憐な娘だった。

当時において最高の魔女ヘカテーに師事しており、非常に優れた魔術師だった。

そして知にも秀で皆に頼りにされる娘だった。

だがその美しさと魔術の才、そして頭脳が、彼女の人生を狂わせた。

 

あるとき、イアソンという英雄がコルキスを訪れて自分が隣国の王になるためにコルキスの秘宝を欲した。秘宝を持ち帰れば自分は王になれると。

コルキスの王は当然頷かない。だがイアソンは諦めない。イアソンを鬱陶しく思った王は、イアソンに絶対に達成できない条件を出す。曰く、神が所有するという火を吐く牡牛を駆って土地を耕し、そこに竜の歯を撒け、それができたならば暴れる竜が守る場所から勝手に秘宝を持っていけ、と。

それはやはりイアソンにできることではなく、そのままならばイアソンは秘宝を諦めるしかなかった。

だが、イアソンにとっては幸運なことに、イアソンは愛の女神に愛されており、女神はイアソンを助けるべく神の力を使った。

 

賢く、魔術という力を持ち、そして王の娘であるメディアの心を操ったのだ。

 

女神によりイアソンへの強い愛をもたされたメディアは、イアソンと結婚の約束をした後、イアソンのために力を尽くした。

魔術を使い、智謀を使い、王女としての立場も使った。

そうしてメディアの持つ全てを利用して、イアソンは秘宝を手に入れる。

 

秘宝を奪ったイアソンはメディアを連れてただちにコルキスから出航するが、与えるつもりもなかった秘宝だけではなく、最愛の娘をも無断で連れ去られコルキス王は激怒する。当然怒り狂った王はイアソンを追い、イアソンは窮地に陥る。

そこで心がイアソンへの愛で狂わされているメディアはイアソンを逃がすために非情な手段に出る。自分を慕いついてきていた弟を八つ裂きにし、それをばらまくことで王の足を止め逃げ切ったのだ。

 

……その後もメディアはイアソンの為に魔術と智謀を使い、イアソンの為にあらゆる残虐な行為や不道徳な裏切りを重ね、イアソンを成功に導く。

女神が狙った通りに。

 

しかしイアソンは権力と財宝に目がない男だった。そして残虐な行為を躊躇わないメディアを恐れていた。

彼は王位を得るためにそれまで散々利用したメディアを捨て、別の国の王女と結婚する。

本来自分のものですらない愛に狂わされているメディアは、裏切られたことを狂的なまでに怒り悲しみ、憎悪に囚われ結婚式の場にいた人々を焼き殺す。

唯一生き残って茫然とするイアソンをおいて、メディアは放浪の旅に出る。

 

それまでの行為からの悪名も高く、そしてその美しさゆえに男達の欲望に狙われ。

その力とその頭脳を使い、女の身ひとつで裏切りを重ねながらも生き抜くが、

メディアが人として、女としての幸福を得られることはついぞなかった─────

 

 

ただ優秀であったばかりに、神の勝手で心を狂わされ、男の欲に人生を狂わされたただの少女。

 

それもまた、コルキスのメディアのひとつの姿。

 

 

 

 

 

「……わざわざ最弱のクラス(キ ャ ス タ ー)を、しかも裏切りの魔女(わ た し)を指定して召喚するなんて……随分変わったお姫様ね? こんなに可愛らしいのに……」

 

メディアは魔法陣と召喚の余韻を確認し、呆れたように息を吐いた。

確かに対魔力をもつサーヴァントがごろごろいる聖杯戦争ではキャスターは最弱と呼ばれ、しかも裏切りで知られるメディアを従者にしようとするなど、常識的に考えれば頭がおかしいとしか思えないだろう。もしやるとすれば余程の馬鹿か過剰な自信家か。

とはいえ『衛宮』はそれなりの勝算を持ち、そして必要に駆られての人選だ。

 

「お褒めいただいてうれしいわ。でもわたしたちもいろいろと考えてるのよ?」

「……そう。何にしても、私としてもマスターが可愛らしいのはうれしいことね。何よりこの魔力……いえ、それだけじゃないのね。聖杯かしら?」

「そ。わたしが今回の聖杯よ。まぁ詳しいことはまた説明するわ。今はまず自己紹介ね」

 

イリヤスフィールはスカートの裾を摘み、貴族流のお辞儀をする。

 

「貴女のマスターにして今代の聖杯、聖杯を担うアインツベルンの血脈、アイリスフィールと衛宮キリツグが長女、イリヤスフィール・衛宮と申しますわ。あらためてよろしくお願いいたします────」

 

そして悪戯っぽく笑う。

 

「────ってね♪ よろしくおねーちゃんっ」

 

その少女らしい挨拶に。

 

「…………………………………………」

「あれ? …………メディアさーん?」

「ハッ……! ……なんでもないわ、ごめんなさいね。……これだけ礼を尽くされれば私も返さなくちゃいけないわね」

 

不自然に硬直していたメディアだが、すぐに艶然とした振る舞いを取り戻す。

そして目深に被っていたフードを静かにとった。

紫の髪を垂らし、髪の間から独特の長い耳を覗かせながら、理知的で鋭く、そして美しい相貌を隠すことなくさらし、

 

「キャスターのサーヴァ

 

 

 

 

「…ぅぉ………………」

 

 

 

 

 

一節言い終えるよりも先に、事態は動いた。

 

 

 

 

 

このとき、これまでずっとメディアとイリヤスフィールのやりとりを静かに眺める壁の花と化していた兄妹。

その一方である兄の方が奇妙な声を上げた。

 

まさに口上の途中であったメディアはわずかに眉を顰めて確認の一瞥を遣り、不審ではあるがマスターの仲間であろう男がメディアの美貌に感嘆しただけだと判断し、意識から排除することにした。

 

その判断はおおよそ間違っていない。兄はメディアの素顔を見て感嘆した。確かにそうだ。

 

だが、ことこの場において、そしてその男において、さらにその姉妹にとって、それは断じて『それだけ』などと済ませられることではなかった。

 

 

まず、その声を耳にした姉妹は全く同じように戦慄した。

 

二人はその男、嗣郎の声をよく知っていたし、

そして嗣郎という男は『声に感情が篭もる』人間だとよく知っていた。

 

嗣郎は基本的に心にもないことを言わない。もちろん冗談を言わないわけではないし、状況に合わせて口を閉じる理性も持ち合わせているが、たいていの場合思ったことをそのまま口に出すのが嗣郎という男である。

そしてそれは言葉の内容だけではない。

嗣郎の抱いた感情もそのまま出ている。

 

たとえば姉妹に向けて『可愛い』と言うとき、そこには家族愛がある。

たとえば藤村大河に向けて好意をささやくとき、そこには親愛がある。

たとえば同級生の装いを褒めるとき、そこには単純な好ましさがある。

 

衛宮嗣郎は、どこまでも素直に、内心が声に出るのである。

 

姉妹はもう10年近く嗣郎の声を聞いている。

嗣郎の声に篭もる感情もあらゆるものを耳にしてきた。

 

そして、その経験は今嗣郎が漏らした感嘆のなかの、嗣郎の心を理解させた。

 

 

これまでに見聞きしたことのない ──── まるで恋をしたかのような、情熱を。

 

 

 

 

 

メディアが挨拶を続けようとする、そのメディアの次の言葉が出るより前に。

 

 

イリヤスフィールは瞬間的に嗣郎の前方に移り、振り向きと移動の遠心力に銀髪と服を躍らせながら腕を振るう。

察してしまった現実を認めたくない想いと、ふざけるなという怒りを込めて。

 

桜は嗣郎の横で目に涙を浮かべながら掲げた手に淀んだ魔力を纏わせる。

激しい動揺とやり場のない怒りとなんであの人なんですかというごちゃまぜの想いを込めて。

 

 

 

姉の(こぶし)と妹の平手を腹と後頭部に受けた嗣郎はくの字で宙を浮いた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………ント、メディア………って……何、これ?」

 

 

そしてその場には、『うぅ、うぅ~』と涙目でメディアをにらむ桜と、妹をなだめながらも頭を抱えて疲れた息を吐くイリヤスフィールと、死にかけている唐変木と、意味不明な事態に茫然とするメディアが残った。

 

 

 

 




Q.なんで殴った?
A.
・やり場のないショックと怒りと愛を込めて、ムシャクシャしてやった(Sさん)
・現実を認めたくなかった。腹が立った。今は反省している。(Iさん)

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