「効率は……やっぱり良くないわね」
簡易的に魔力を増幅させる結界。
とりあえずは屋敷に元からかかっていた結界にかけあわせてみたが、はっきり言って効果はほとんど無い。大地の霊脈から魔力を引き上げるのが結界の効率的な編み方だが、この土地で引き上げられる魔力はすでに今使っている分で打ち止めと言える。極端に霊脈が悪いわけでもないが、この屋敷の住人が張った結界は案外強固で、この土地で用意できる最大限のものを編んでいるようだ。
「若さの割には意外と優秀……いえ、親が遺したのかしら? 魔術師らしくないとは言っていたけれど、あのマスターを産んだなら相当に優秀なはず。でもホムンクルスは錬金術の分野よね……それだと…………まぁ、わからないわね」
ぶつぶつと結界、そしてこの屋敷の住人にして己のマスターについて考察するが、まともに情報交換はしていないのであまり分かることはない。
なぜ情報交換できていないかと言えば分かりきっている。
「……兄弟間の愛が異常に見えるけれど、この時代では珍しくないのかしら?」
一見して分かるほどに兄に慕情を示し、異様なまでのスキンシップをとる大人しげな妹。もはや依存と言っていいだろう。そしてそれを抵抗なく受け入れる兄。血は繋がってはいないらしいが、それでも異常に思える。対して外見的には異常な長女は内面まともかと思えば、単に妹に場所をゆずっているだけで同じような慕情があるようにも見える。……狂うほどの愛に支配された身だからこそ分かるが。
「…………人のこと言えないわね」
自分も昔はだいたいあんな感じだったように思う。いやむしろもっといろいろ……
「ってそうじゃなくて。とにかく、大丈夫なのかしらこの家」
マスターとしては申し分ない。
個々の魔力量が、兄を除いてこの時代にしては稀有な程多く、その上三人で魔力を共有しているために非常に融通がきく。魔術の素養も高く、若さのわりには知識もあるようだ。おかげでステータスは生前にかなり近い。この国での知名度の低さは如何ともしがたいが、この知名度補正の低さで地元並のステータスとなっている時点で、あのマスターたちのマスターとしての能力の高さを示している。さらに戦争開始まで時間をとり、陣地の構築を真面目に考えているあたりもキャスターとしては高評価だ。
さらにサーヴァントに対して高圧的なところは欠片もなく、イリヤに至っては『おねーちゃん♪』とじゃれてきた。可愛い。最初に言われたときはあまりの可愛さに硬直してしまった。……ごほん、まあそれはともかく、サーヴァントを相手にしても下に見る様子はなく、対等に接しようとしているのを感じる。果てには亡霊たるサーヴァントに寝る場所を用意しておくなど、もはやこれ以上の好待遇はどこにあるのか、という状態だ。
だが、そんな好条件だというのにどうしても不安がある。というより、目の前で問題が発生したのだから気にならないわけがない。
最初にいきなり姉妹が兄を暴行して昏倒させたときは意味が分からず困惑したものだが、どうやら兄がこの身に一目惚れしたらしい。
……いきなり『添い遂げてくれ』などと言われたのは、男に迫られた経験豊富なメディアといえど初めてだった。
「……そんな世間知らずにも、阿呆にも見えないのだけれど」
嗣郎という少年は年に見合わぬほどに理性的に見えた。これまでメディアが見てきた多くの人間の中では、実利のために私心を捨てるタイプの人間に近い空気。姉妹への接し方をみる限り情も十分に備えているようだが、情を損益で考えて冷静に見られる系統。……やはりこの平和な国の子供にしては、いささか奇妙なものだが。
それに顔を見て一目惚れされたわけだが、彼の姉妹もかなり美しい部類といえる。あの姉妹を見慣れている男が多少美しい女を見ただけで一目惚れしたという。妙だ。
……掴めない。なにを考えているのかが、わからない。
そして姉はともかく妹は明らかにメディアに嫉妬している。それがこちらへの攻撃性にならないあたりは生来のお人好しさなのだろうが、このままあの三人がうまくやれるとは思えない。
「……まったく、因果なものね」
自分の美貌くらいは分かっている。それで何度も嫌な目に合わされてきたのだ。
だが、まさか時代を超えた先でも、そんなことになるとは。
「それに、マスターが三人というのは戦争に勝つのには楽でしょうけれど……」
聖杯をどうやって用意し、使う気なのか。
少なくとも三騎のうちニ騎は処分されることになる。
それを考えていないわけでもないだろうし、それをサーヴァントがどう思うかくらいはわかろうものだけど。
正直に言って、信用しきれない。
「……ああ、まったく、本当に。あっさりとはいかないんだから」
まあ、明日具体的なことが聞けるという。信用に関してはそれからでもいいだろう。
今はとりあえず、言われたように陣地の構築。まずは今のうちに結界を解除してもらって一から編み直そうか────
「…メディアー…」
「あら?」
イリヤの声が。少し遠くから。
『あ、念話念話』
『…忘れていたの?』
『うん。だってこんなの初めて使うしっ』
『まぁ、そうでしょうね。それで、どうかした?』
『うん、ちょっと来て』
『了解、マスター』
......................................................
「……イリヤ、どうすればいいのかしら」
「いっしょにねるのっ」
マスターの反応に従って向かった先では、マスターがパジャマで待っていた。妹と一緒に。
「……………………」
「……イリヤ? その子は嫌そうにみえるわよ。それに陣地の構築もまだだし」
「イヤってわけじゃないでしょ、サクラ?」
「……………ぅぅ」
「イリヤ……」
「大丈夫。ちょっとどうすればいいか分からないからわたしに甘えてるだけ。サクラは甘えんぼうだもの」
「……ちがいます」
「おねーちゃんの言うことにまちがいはないの。メディア、着替え……はまだ買ってきてないかぁ。その服で寝れる?」
「問題はないけれど……そもそもサーヴァントに睡眠は必要ないわよ、イリヤ」
「ダメだよ、休むときは休まないとっ。それに今はみんなで仲良くならなきゃだもの」
「………………」
「……頭振って嫌がってるわよ?」
「いいから、きて」
「……わかったわ、マスター」
「……ねぇ、サクラ」
「…………」
姉は魔術師の手をとり、妹の頬に当てさせる。
「……メディアの手も温かいでしょう?」
「…………」
妹は何も応えない。ただわずかに動いた瞳に、姉は窘める。
「サーヴァントなのに、とか思わないの。サーヴァントでも生きてるし……」
「…………」
俯く妹と瞳を合わせ、優しく告げる。
「心だって、あるのよ?」
「、…………」
大きく揺れた妹の瞳の色に安堵するように笑い、妹を抱き寄せて胸に掻き抱く。
妹は抗いもせず、姉に身を任せている。
「とりあえず、ね。シロウが全部悪いの」
「……………」
「シロウが悪いの。こんなに可愛いおねーちゃんと妹がいるのに、なんでか欲情しないシロウが悪いの」
悪戯っぽく笑いながら、軽くふざけた言葉。
それでもちゃんと、姉の優しさは妹に伝わっている。
「なんで、とか、どうして、とか、そういうのはちょっとおいておきなさい。あとでシロウを殴って聞けばいいの」
「…………」
「今は、あなたに触れている、メディアをちょっとみてみなさい」
そうして姉は妹を離す代わりに、魔術師の手を引いて妹を後ろから抱きしめるようにさせる。
それにも妹は抗わず、少し驚き緊張した魔術師の反応を感じていた。
「メディアは何も悪くない。ここにいるメディアを、そのまま感じなさい」
「…………」
「メディアはちょっと、クールなとこだってあるし、ちょっと、こわいおねーさんな気配もするわ」「ちょ、」
「…………」
「でもね」
少し、言葉を止める。
その間に、妹の背にはしっかりと────
「…………あたたかいでしょう?」
『女性』の熱が、伝わっていた。
「………………」
妹は、応えない。
けれど急かすようなこともなく、姉は互いに熱を感じているであろう
そして、長い沈黙の後────
「………………………はい」
少し涙声の、けれどしっかりした妹の答えに、姉は満足気に微笑み。
「うん、よし」
妹の頭を撫で、自身も二人を抱きしめてその熱を己も共有した。
「仲良くなるのには、くっつくのがいちばんだよ。わかったでしょ、サクラ」
「……はい。…………メディアさん」
「……なにかしら」
「………ごめんなさい」
「……なんのことかしら、ね」
「……よしっ、今日はメディアさんのおっぱいで寝ようっ」
「ちょ、」
「…はい」
「ちょっ、サ、サクラ!?」
「柔らかいです……なんだか、気持ちいい」
「あの、ね?」
「おねーちゃん♪」
「はぅっ」
「この服さらさらー♪ きもちいいー♪ おっぱいやわらかいー♪」
「イ、イリヤ、」
「……温かい、です」
「…………もう………」
「ふふっ、じゃあおやすみ、サクラ、おねーちゃん」
「……ええ、おやすみ、イリヤ、サクラ」
「…………おやすみなさい、イリヤ姉さん、メディアさん」