「…………ん」
ふ、と視界が現実に戻っていた。
周りは薄暗い土蔵。採光口から朝日らしきものが差し込んでいる。
状況から見るに、夜の鍛錬の途中で寝てしまっていたようだ。
「……久しぶりだな、この夢も」
寝そべったまま中空をぼんやりと見る。
そこに映るのはただの土蔵の天井で、当然狂いきった空などではない。
もう何年も見ていなかった
「まあ、間違いなくこれのせいなわけだが」
そう文句を垂れながら見るのは右手の甲。
そこにはどこかで見たような『
昨日激痛と共に現れたこれこそがあの夢の元凶だろう。
「もうすぐ、だな」
口元が緩む。
ここで獰猛な笑みでも浮かべられたら男らしくて格好いいのかもしれないが、今のオレが浮かべている笑みはせいぜい『知人と久しぶりに会えることを喜ぶ』ようなものだろう。
なぜなら、
「にいさーん?」
「ん?」
土蔵の外から聞こえてくるのは妹の声。
そしてすぐに土蔵の扉が開かれ、可愛い妹が顔を出す。
「あ、やっぱりここでしたか兄さん。こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよ?」
「いや、寝るつもりはなかったんだけど……」
「はいはい、また熱中しすぎたんですね。まったくもう」
「はは、悪い悪い。ご飯で呼びにきてくれたのか?」
「あ、そうです、ご飯できましたよ! イリヤ姉さんがご飯前にして待ってますから早く来てくれないと、ふふっ」
「あー、イリ
「ふふ、ありがとうございます。でも本当に早く行かないと」
「オレのだけちょっと量が少なくなってそうだな。そしてイリ姉ぇの箸に使用した痕跡が」
「です。ですから行きましょう。……あ」
「ん?」
「言い忘れてました。……おはようございます、兄さん」
「ああ、……おはよう、桜」
衛宮イリヤスフィール。
衛宮桜。
そして衛宮
衛宮家には、この三人
......................................................
「シロウおそーいっ」
食卓では銀髪のロリ姉が頬を膨らませていた。可愛い。
箸の使用痕跡はない。がんばって耐えていたようだ。可愛い。
「おはようイリ姉ぇ、今日も可愛いな」
「おだててもわたしの怒りはおさまらないわっ一品もらうわよ」
「本音だし、一品といってメインディッシュの魚を持っていくな」
「知ってるわ。それに一品は一品よ。わたしを待たせたシロウが悪いの」
「悪かった。膝をお貸ししますのでワタクシにも魚をお与えください」
「フッフッフ、よろしい」
姉を膝にのせているとオレの分もいくらか「あーん」であげることになるのでそれも含めての譲歩になるが、待たせてしまったのはオレが悪いので仕方ないだろう。
そしてロリ姉お待ちかねの朝ご飯がはじまった。
「兄さん兄さん」
「ん? ああ、もちろん桜も可愛いぞ。土蔵に顔出したときとかすごく可愛かった」
「ありがとうございます。でもそれは知ってます」
「あー、はいはい、あーん」
「ん、…………ふふっ」
「うん、可愛い」
「知ってます」
「シロウー」
「はいはい、あーん」
「♪」
「可愛いなぁ」
「知ってるわ」
「ううむ」
姉妹のご機嫌取りと眼福のために甘やかしているが、それとは別にふたりが褒めても全く反応しないのは寂しいものがある。甘えている姿の可愛さだけでも十分楽しめるとはいえ。
「最近は照れてもくれないのが悩みだ」
「何年も褒められつづければ慣れるわよ」
「ですねー。あ、でもちゃんと兄さんが本心で言ってくれてるのも分かりますよ?」
「嬉しいは嬉しいけど、ねえ?」
イリ姉ぇにしても桜にしても、もう10年近く一緒に暮らしていて、可愛さを見つけるたびに口にしていたのですっかり褒め言葉に慣れられてしまっている。
昔はひとつ口にするだけで真っ赤になって動揺していたのに。
「恥じらいを失っていく乙女か……」
「ちょっと、汚れてくみたいに言わないでよー」
「それは失礼ですよ兄さん、それに別に恥じらいがなくなってるわけじゃないですよ?」
「思春期真っ最中に兄と一緒に風呂に入ろうとする妹に言われても説得力がないな」
「ブラコンなだけです。あと既成事実を狙ってるだけです」
「待ちなさいサクラ、口にしちゃだめよ」
「突っ込むとこそうじゃねえだろ」
まぁうちがブラコンシスコン家族なのは昔からなので今さらどうこう言わないが、それを堂々と口にするのは……あれ? やっぱ突っ込みどころはそこか?
「意図的じゃなくてシロウの暴走を理由にしないと後で上に立てないわ」
オレの考えてたのとちょっと違った。
「私は兄さんの下でいいです。色んな意味で」
どんな意味だよ。
「えっ……その、もちろん、」
「言わなくていいから」
やっぱ恥じらう表情も可愛いが、飯時の話ではないだろう。
「ていうかシロウ、最近の悩みごとはそれ? 他に大事なことあるでしょ?」
悪戯っぽく微笑みながらイリ姉ぇはオレの右手を指す。
「あ……やっぱりただの痣じゃないんですね、それ」
一方で桜はわずかに眉をひそめ、オレの顔をうかがう。
「まぁ、な。でもずっと前から分かってたことだし、最近の悩みじゃあないんじゃないか?」
箸を持つオレの右手の痣。
そこにあるのは令呪、正しくはその予約券か。
「それに、これでようやく
「…………」
桜は一度うつむいたが、それでもしっかりと強いまなざしで顔を上げた。その右手には包帯が巻かれている。その下には数ヶ月ほど前からある『マキリ』の優先令呪。
「それもそうね」
不敵に微笑むイリヤスフィールに至っては、生まれたときからその全身に『アインツベルン』の特別製令呪が刻まれている。
「ええ、もう準備は整っている。あとは予定通りに進めるだけ。もちろんイレギュラーもあるでしょうけど……」
今代の『聖杯』にしてアインツベルンのマスター、イリヤスフィールは箸を器用に使い弟に焼き魚を食べさせながら無邪気に笑う。
「シロウの10年、