愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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衛宮桜と衛宮

「…………」

 

電気の消えた部屋で浴衣のような無地の着物の寝間着を着て、立ったまま戸惑っているのはメデューサ。

その顔はいつもの眼帯ではなく、こちらも無地の帯で目を隠している。

 

「…………おいで?」

 

一方で布団の中からどこか妖艶に手招きしているのは、吸い込まれるかのような赤い瞳の、銀髪の少女。

 

同じように着物を着ている少女は、容姿に見合わない色気を放ちながら、自らの寝床……否、自らの身体へ、メデューサを(いざな)う。

 

細身ながも柔らかく張りのある肌をわずかにはだけた着物からのぞかせ、濡れた赤い瞳でメデューサの心を吸い寄せる。物欲しげなその吐息には熱を宿し────

 

「……っ」

 

その淫靡な予感を孕む空気に、くらりとメデューサはふらつき……

 

 

 

「やめなさい」

ぺしっとイリヤの後頭部がはたかれ、イリヤは不満げに後ろをにらむ。

 

「なによーメディア。ちょっとおねーさんぽくやってたのに」

「そうね、とてもお姉さんっぽかったわ。でもそいつ本気で同性愛者の気配あるから危険よ」

「……失礼ですね。私は両性愛者(バイセクシャル)です」

「まったく安心できないじゃない!」

 

イリヤを抱き寄せて親猫のごとく威嚇するメディアは可愛いもの好きだが性的な意味はちょっとくらいしかない。真性の同性愛者とは趣向が結構違う。

ちなみに人見知り気味の桜はメディアの後ろで様子を見守っている。メディアも昨日会ったばかりではあるのだが。

 

「どう考えてもライダーとは別の寝床にするべきだと思うのだけれど」

「仲間はずれはだめだよーメディア。みんな仲良くしないとっ」

「言いたいことはわかるけれど、イリヤと桜の貞操が心配だわ」

「だいじょうぶだいじょうぶ、ほらメデューサはやく」

「…では失礼します」

 

メデューサは誘われた通りイリヤの布団に身を下ろす。二つの布団を使っているので片方にイリヤとメデューサ、反対に桜とメディアが寝る形だ。

 

「……イリヤ、場所を代わらない?」

「もう、メディアは心配性ね。大丈夫よ、わたしもシロウ以外に体を許すつもりなんてないんだからっ。襲われたら令呪もあるしっ」

「…いえ、襲いませんよ?」

「そんなことに使うものじゃないでしょう……桜、あなたも気をつけるのよ」

「えっと……大丈夫です。私も兄さん以外に許すつもりはありません」

「…だから襲いませんと」

「さっき桜の身体に目が釘付けだったのは誰かしら」

「……眼帯で目は見えませんし。勘違いでは?」

「ああもう……」

 

無防備にメデューサに抱きつくイリヤを心配げに見るメディアだが、イリヤはふふん、と不敵に笑う。

 

「だいじょうぶ、何も令呪だけじゃないのよ? たとえば今メデューサはさりげなくお尻触ってきてるけど……」

「っ、いっ痛い!? 痛いいたいいたいイリヤ何をっ!?」

「はい解除ー、ふふーん♪ その特注就寝時用魔眼殺しは特定の魔力流すとものすごい力で絞まるの! だいたい普通の人間なら頭が弾け飛ぶぐらいの勢いで」

「なぜそんな機能が!?」

「魔眼殺しが必要なサーヴァントはエッチだって聞いてたから、作ってもらうときに要望出しておいたの。ほら、わるいことする子は反省させなきゃでしょ?」

「私は孫悟空ですか!? …イリヤ、用意してくれたことはありがたいのですが……、……? ……え…まさか」

「着用者の霊格に従って強化されてるし、特定の魔力以外は受け流すからわたしかサクラか嗣郎じゃないと取れないわよ? 英霊にも不可能ってあるわよね♪」

「~~~~~~っ」

「だいじょうぶ、メデューサ。手を出さなければいいの。良い子だから、わかるわよね? ふふふっ」

「………………天国かと思っていましたが……これはもう拷問です……」

 

 

......................................................

 

 

イリヤがメデューサに身をすりつけて楽しげに挑発し、メデューサが現実を嘆き、メディアがそれを呆れと感心が混ざった視線で眺めている後ろで、衛宮桜は小さく息をつく。

 

(イリヤ姉さんは本当……流石です)

 

英霊を手玉にとり、それでもすっかり打ち解けている姉に、衛宮桜は尊敬を新たにする。

そしてそこに混ざれずに風景の端にいるだけの自分に対する情けなさも。

 

(……………………まったく、駄目ですね)

 

 

 

自分は衛宮家の落ちこぼれだと、桜は思っている。

姉であるイリヤにも、兄である嗣郎にも、甘えてばかりでなにひとつ届いていない。

 

例えば今目にしている社交性。

姉は初対面で誰が相手でも、その気さくさとお茶目さであっさりと相手の懐に入りこんで楽しげにからかう。姉が手玉に取れない人など教会の神父くらいしか覚えがない。

学園でも生徒会長をやっていたらしく、驚異的なまでの人望がある。桜が入学したときには別の人…兄の友人が就任していたので直接その活動を見たことはないが、先輩達が話す『会長』の振る舞いは快活で豪胆で優しくて、先輩達の言葉の端々から姉への敬愛が感じ取れた。

兄は学校全体から尊敬されている姉ほどのカリスマがあるわけではないが、それでもその交友関係は普通とは言えないほど広く、そして兄の知人友人が兄を多少ならず頼りにしていることは傍から見ている桜でもわかる。兄は包容力があるというか、どこか気を許せ悩みを相談できるような空気があるのだ。兄のクラスメイトである弓道部の先輩も、ちょっとした悩みを解決してもらったことがあると言っていた。桜が愛する兄はなんというか、迷ったときに上手く背中を押してくれるので、きっとそんな感じだったのだろうと思う。

 

そんな、周囲とそれぞれに上手く付き合って、付き合う相手みんなに大なり小なりどこか敬愛されている二人と違い、桜は人付き合いが上手くない。

特段下手というわけでもないと思うのだが、親しくない人になかなか自分から声をかけたりなどはできないのだ。相手が困っていたり孤立していたりするのなら手助けしたりもするが、特に話しかけるきっかけがないと話しかけられない。…話題がないと言ってもいいかもしれない。

きっと家での会話も『場』をつくるのが上手い姉と兄に頼りきっていたせいだろう、自分でも人見知りだと思っている。

もちろん親しくなった相手となら話すことにもそう困りはしないのだが……姉や兄を見ていると、そして二人と話したり二人のことを話す人を見ていると、どうしても自分の『不足』に目がいってしまう。

 

 

人付き合いの面だけでもない。

例えば魔術。

三人はみんな、父である切嗣の指導で魔術の取っ掛かりを学び、父の逝去した後は兄がどこからか調達してきた資料などを見て修練してきた。父は指導があまり得意ではなかったようだがそれでも戦闘能力を主眼として学ぶには良い師だったと思うし、兄も個々の特性に合わせて優れた教材を用意してくれたと思う。

 

けれど、治癒で兄の鍛錬をサポートしたりこの間メディアの手伝いで活躍したりしている姉や、実戦的な戦闘術に特化して神父に『父親以上になった』と評されている兄と違って、桜の魔術は実用性がない。

 

桜の魔術特性は『架空元素・虚数』。

専門的に研究し修得すればいずれ封印指定を受けるであろう程の稀有で異常な属性であり、そのため系統的な修練方法も確立(あるいは公開)されておらず、それどころか『何が出来るのか?』すら確かではないという代物だ。

父は主に身を守るための魔術として、『結果を乱す』魔術を構築するように桜を指導した。それはいくらかの資料はあったが未開、あるいは秘されている魔術であり、桜は魔術の理論から構築しなくてはならず……それぞれに道標のようなものがあった姉兄と比べれば、桜の進歩は遅々たるものだった。

修練を始めて六年程度になるが……それこそ、一般人やせいぜい低級な魔術師を相手に身を守る程度のことしかできない。

 

姉や兄、そして遠坂の方の姉などは『六年でそれは十二分に凄い』と言ってくれるが、人の役に立たないのでは何の意味もないと思う。

 

それに、父も姉も兄も、修練は程々にしておいた方がいい、と言うのだ。

それが愛情から言ってくれていることは分かる。虚数属性は一般的な属性と比べて理不尽で強大な結果を生みやすいことは研究している桜が一番実感しているし、そんなものを突き詰めてしまえばそのうち協会に封印指定されるのは分かりきっている。そうでなくともそんな研究対象は放っておかない者も多いだろう。

けれど、それでは桜はいつまで経っても家族のお荷物ではないか。

 

ほどほどの魔術では家族の役に立たない、なのに役に立つほどの力を得てしまえば狙われて家族の迷惑になる。

 

……アインツベルンの秘奥である姉はともかく、固有結界の保持者である兄もまた封印指定の危険を孕んでいる。

兄はその領域にいるのに自分が許されないのはずるい、とも思うが、生まれつきと言えるほど幼少からその禁忌を身につけていて、そして聖杯を得るためには必要だと言い切る兄と自分は違う立場なのだとも分かる。桜は兄と違ってまだその領域にいないし、成ろうとしなければ成らないのだから。

兄は聖杯戦争でもその後でも、極力その魔術の極致を隠すという。別の手札はいくらでもある、と。とっくに禁忌に成り果てている兄とは違う桜があえて家族の不安要素になるのは望ましくない。

……衛宮桜は、特別なことなどできない方が望ましいということ。

 

進みたいのに、進んではいけない。

今のままは嫌なのに、打破してしまうとそれも問題でしかない。

 

将来的に考えてすら、桜は魔術において、家族に対して無力な存在でしか在れない。

 

 

兄も姉も大好きだ。

愛している。

尊敬している。

 

けれど、二人を見ていると、自分の不出来さ、無力さを感じてしまうというのも、事実だった。

 

 

 

 

「…………桜?」

 

気付けば、メディアが心配げに見つめてきていた。

 

「…あ、……えっと」

 

どうやら少し、考えていたことが表情に出てしまっていたようだ。

声にまでは出してはいないだろうと、未だメデューサで遊んでいる姉を見て判断する。

 

「……不安?」

 

ささやくように、メディアは問うてくる。

聖杯戦争を怖がっているのかと思われたようだ。

 

「……不安じゃないわけじゃ、ないですけど……」

 

今考えていたことは違うことだったが、聖杯戦争に不安を抱いているのも確かだった。

当たり前だ……家族や自分が、殺し合いに参加するというのだから。

 

「…………違うことを考えていたみたいね」

 

メディアの声はやはりとても小さいまま。

姉に聞こえないように気を遣ってくれたのだろう。

……メディアが心配してくれているのは分かるのだが、考えていたことはあまり口にしたいことでもない。

けれど心配して気も遣ってくれているメディアを適当に煙に撒くのも気が引ける……。

 

「……大丈夫。言いたくないことなら聞かないから」

 

………本当にこの人は、伝承とは全然違う、優しい女性(ひと)だ。

 

「…………ありがとうございます」

 

メデューサが悲鳴をあげ、姉が楽しげに笑っている横での、静かなささやき合い。

 

「でも……違うことは聞いてみようかしら」

「……なんですか?」

 

優しい魔術師は、優しい声で桜に問いかける。

 

「………戦いは、怖いのでしょう? 令呪を棄てて、後は私達に任せない?」

「え……」

 

気まぐれに問うには大きすぎる提案に、とっさに返す言葉が浮かばない。

 

「これだけ戦力が揃っていて、頼りになるお兄さんとお姉さんがいるんだから、桜はもっと甘えてもいいと思うのだけれど」

 

静かに桜の髪を撫でながらメディアは続ける。

 

「まぁ、衛宮の一人である以上、令呪を棄てても危険であることには変わりないけれど、分別ある人間には狙われなくなる分、多少は安全になるんじゃないかしら」

「……そんなに、変わらないと、」

「それに」

 

桜の反論を遮り、こっちが本題とばかりに告げる。

 

「…………貴女が戦争の当事者である必要は、ないのではなくて?」

 

その言葉に、様々な感情が胸に湧き出した。

 

メディアは言っているのだ。必要もないのに血生臭い戦争に関わることはないと。

 

それもそうだろう。戦争を主導するのは兄で、戦争に必須なのは姉だ。

そして、桜は召喚以外は特に何もすることがない。

 

……これはメディアの優しさなのだろう。

戦場に関わる理由のない子供が、間接的にでも人を殺すようなことのないように。

そのことで悩み苦しむことのないように。

 

けれど、それは。

 

 

心が苦しくなったとき、優しく頬が撫でられた。

 

「……参加()()()、理由があるのね?」

 

優しい、ささやき。

 

「────っ」

 

その声とまなざしに引き出されたのは、

先ほどのような自分の無力への嘆きではなく。

聖杯戦争に参加すると決めたときから持っている、小さな決意────

 

 

 

 

 

 

 

『イリヤおねえちゃんが、しんじゃう?』

 

それはまだ、衛宮家が四人の住む家だった頃。

幾度もの蟲の悪夢との戦いを乗り越えて、記憶に恐怖しなくなった頃。

家族の揃った場で、兄が言ったのだ。

 

『うん。イリ姉ぇはね、おとなになる前に、しんじゃう』

 

姉は人工生命(ホムンクルス)。正確には人とのハーフだが、それでも人間ではない。

ホムンクルスの体はそもそもが不安定で、寿命は短いことが多い。

優れた技術により調整を続けることで人間以上の寿命を得るホムンクルスもいるらしいが、聖杯として調整され全身に魔術回路を刻み込まれているイリヤは、その調整に限度がある。そしてアインツベルンは聖杯を壊すような調整は絶対にしないし、何よりも聖杯戦争で聖杯の器は死ぬ定めだ。

年齢的な意味でも、肉体的な意味でも、姉が大人になる日は来ないのだ。

────普通に生きる限りは。

 

『……嗣郎』

 

父は悲しそうな顔をしていた。

姉のこと自体も辛いことだったのだろうし、そして私にそれを告げることも、兄が私にそれを告げた理由も、いろいろなことにいろいろな感情があったのだろう。

 

『それは脅迫にしか、ならないんじゃないかな』

 

父は兄がしようとしていることに否定的だった。父は優しかったから。

けれど兄もまた優しくて、そして同時に厳しかった。

 

『おやじ、桜はかしこい。そして、強い。

 道を選ぶことくらい、させてもいいはずだ。

 ……いつかは、選ぶことになるんだから』

 

『…………』

 

兄は、私に『時間』を与えたかったのだろう。

早く決意できていれば、それだけその決意のために力を注げるのだから。

知らずに漫然と生きてきて、後になって知っては知らなかったことを後悔するだろうと。

一方で、父も私に『時間』を与えたかったのだろう。

悲しい現実に触れずにいられる、幸福な時間を。

…………やはり、いつかは知ることになるのだから。

 

……戦いに有益な力を得るには間に合わなかったけれど、出来るだけの努力はして、召喚サーヴァントの能力上昇に少しは役立ったと思うから、私は兄に感謝している。

辛そうに目を閉じた父が何を思っているのかなど知らず、幼い私は兄を急かした。

いやだ、おねえちゃんはたすけられないの、と。

 

『助けるよ。おれが助ける。だけど、桜もおねえちゃんを助けられる』

 

ここでまだ、助けたいか、とは聞かないあたりが、兄の優しさだろう。

 

『でも、桜がおねえちゃんを助けるためには、

 桜がいたくてこわい思いをしなくちゃいけない。

 そんなことしたら、おねえちゃんは、

 じぶんのせいで桜がつらい思いしてる、って泣いちゃう』

 

泣いたりなんか…、と横で姉がぶーくれていたが、しない、とまでは言わなかった。

 

『桜がおねえちゃん泣かせなくても、俺がおねえちゃんをたすける。

 だから桜は、おねえちゃんが泣かないようによしよししてあげててもいい

 たぶんそのほうがおねえちゃんはよろこぶ』

 

このとき兄は、私が協力するとどれだけ楽になるか、なんて言わなかった。

もし私が協力しなくても、自分がどうにかするつもりだったのだろう。無理をして。

……まぁ、私が成長してそのことに気付いたとき、私がどうするかなんて分かりきっているのだから、これはやっぱり私に『優しい時間』か『努力の時間』、選ばせたかったのだろう。

 

『そんなかんじなんだけど。桜。

 おねえちゃんを泣かせてまでして自分で助けるか、

 おねえちゃんをよろこばせてかっこいいおにいちゃんにまかせてみるか』

 

『どっちにする?』

 

……兄だって、父と同じように、私に無知で幸福な時間を与えたいとも、思っていたのだろう。何度思い出しても、そっちを選ばせたくないかのような聞き方だ。

姉が大好きな妹が、姉を泣かせたがるわけがない。

それにお兄ちゃんは本当にかっこよくて、何でもできたのだから。

ひねくれた漫画のキャラのような聞き方。

 

でも、私のお父さんはお兄ちゃんを助けた正義の味方で、

お兄ちゃんは私を助けた私のヒーロー。

お姉ちゃんだって私を守ってくれる強い人。

そんな家族に憧れていた私の答えは、決まっていた。

 

 

────そして私は、アインツベルンを訪ね。マキリの令呪を受け取る資格を得た。

 

 

 

 

 

 

……メディアの優しいまなざしに、くすっと笑ってしまう。

 

「あら……どうしたの?」

 

「いいえ、ついつい自虐して決意を忘れがちな自分が、かっこわるいなって。

 むしろ昔の自分の方がかっこいいのがおかしくて」

 

いじめるのに満足したのだろう、メデューサの胸を枕に眠る体勢に入った姉を見る。

 

「 ──── お姉ちゃんを泣かせてでも、私がお姉ちゃんを助ける 」

 

自分が微笑んでいることを自覚する。

 

「そう言えた自分を、嘘にしないためにも。

 私は当事者であることを、絶対にやめません ──── 」

 

だってこれは、自分を誇れない私の、たったひとつの、忘れがちな、誇りなのだから。

 

 

 

 

「……そう。わかった、もう何も言わないわ」

 

メディアは微笑んで、桜を胸に抱き寄せる。

このまま眠るつもりのようだ。

 

その声と柔らかさに感じる安心感。

ふと、先ほどの記憶の続きを思い出す。

桜が姉を助けるためにがんばるから、心配しないで、というようなことを姉に言ったのだ。

そのときもやはり姉はぶーくれて、

 

『わたしだってなにもしないわけじゃないわっ

 わたしのことはどうでもいいけど、おかーさまをたすけるのっ』

 

そのときは自分をどうでもいいと言ったことを家族全員に怒られて、珍しく姉が涙目だったものだ……。

……いや、思い起こした焦点はそこではない。

そう、姉が戦う理由だ。

 

父には亡くなってしまった奥さんがいて、その人は私たちのお母さんになる。

姉はその母を救いたい、というのが一番強い想いだという。

 

でもその『母』の子供だったことがあるのは姉だけで、遠坂の家での記憶ももうおぼろげな桜には、母というものがどういう感覚なのかがよく分からない。

 

けれど、もしかしたら。

 

 

自分を優しく包んでくれている、温かい抱擁。

 

それに、どこか溶けてしまうように全てを預けたくなる安心感。

 

これが、母に抱くような感覚なのではないだろうか────

 

 

 

 

 

 

「……おかしいです。認めたとしても義姉(あね)のはず……歳の差?」

「桜、よく分からないけれどなにか失礼なことを考えていないかしら?」

 

 

 


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