愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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開戦待機②・後

「なぜ騎士王を召喚しなかった嗣郎────ッ!」

 

「お前が参戦してくるからだよ……」

 

 

昼食後、ギルガメッシュと衛宮嗣郎は空中庭園にて食後のティータイムに入っていた。

嗣郎は紅茶を淹れる腕も超一流であり、食後の一杯まで含めてが英雄王への献上なのだ。

 

昼食そのものは子供たちがいるため孤児院の大食堂だが、食後の余韻を楽しむティータイムは英雄王の一番のお気に入りである空中庭園、その頂上にある硝子らしき何かで構成された英雄王専用の小塔に移る。

完全に神代の建造物だが周りからは見えないようになっている。

ここに入れるのは英雄王と執事のような仕事を要求される嗣郎だけだ。

そして今、その神秘的な洋式茶室で話題に上がっているのは、二人に縁の深い戦争の話だ。

 

 

「愚かなことを……貴様が騎士王を召喚し我に献上すれば褒美に聖杯とやらを下賜してやったのだぞ」

 

「そんな人身売買みたいなことしたらうちの家族が素直に喜べないだろ。というかお前のことだから手に入れた瞬間に興味を失いそうだ」

 

「……ふん、成る程。確かに我はアレを掌握すればアレへの興味を失うであろうな。だが、貴様に従うアレを屈服させ、貴様からアレを奪うという過程を楽しみにしておったのだ。それを貴様は……」

 

「俺や家族が死ぬ確率大じゃねえか。まちがいなく他のサーヴァントも死ぬし。素直に諦めて他のマスターに期待しとけよ。なんなら無理矢理召喚させる触媒に騎士王の鞘貸すって言ってるだろ」

 

「我に手ずから尽力させる気か? ハッ、王の財とは財が自ずから王へ集わねばならんのだ」

 

「本当面倒くさいやつだなお前は……」

 

欲しいけど手に入れるために自分で必死に動くのは嫌だ、とか自分勝手過ぎるだろ。

 

 

「ふん、この茶に免じて今の無礼は特に許してやろう。だが……今回の茶番は最早全く見所が無い。せめて残りの枠で我を楽しませる道化でも出て来れば良いが」

 

「ん? 俺に他のマスターに騎士王召喚させるよう動けとはいわないのか?」

 

てっきりそう言ってくると思ったのだが。

まぁ俺も、英雄王のもう一つの駒である言峰も、素直に従うわけはないんだが。

 

「昨晩にセイバーの枠は埋まった。最早この聖杯戦争に騎士王が加わる余地はない。アレにセイバー以外の適性などありはせん」

 

「へえ、遠坂か? セイバーねぇ、何を召喚したんだか」

 

「貴様だ」

 

「は?」

 

「綺礼がセイバーの召喚を知らせてきたのでな。我自らわざわざ確認に出向いてやったのだ」

 

「……赤い奴か?」

 

「……矢張り己の別の末路を知っておったか。そうだ、昨夜召喚されたのは貴様とは異なる中身の貴様だ。貴様より詰まらぬ歪み方をした、ただの贋作者だったがな。騎士王でなくとも軽く遊んでやろうかと思っていたが、余りに詰まらぬので我が宝具を開帳する気にもならん」

 

「酷い言い草だ。だがエミヤシロウがセイバー……? そこまで聖杯は歪んでるのか? それとも……」

 

「知らん。我はあのようなガラクタに最早興味は無い」

 

 

適性の無い英霊が三騎士の(クラス)に対応するという明確な異常に思考に耽ろうとする横で、ギルガメッシュは詰まらなそうに溜息をつく。

 

「……貴様があれと接触して笑える展開になるのであれば未だ良かったというのに。貴様とぶつけても詰まらぬ結果しか見えぬ」

 

「まぁ知ってるしな。でもあっちは面白い反応するんじゃないのか? 俺は英霊にならないだろうからあっちは俺のこと知らないんだろうしさ」

 

「あのような愚物が踊ったところで、我の興は惹かん。……嗣郎、別の味を出せ」

 

「はいはい」

 

さっきから飲んでいた紅茶の味に飽きたらしい王様に、別の味の紅茶を淹れる。

……俺のことは名前で呼ぶほど気に入っているのに、別の道を歩んだエミヤシロウには興味を抱かないんだな。

そんなことを考えていると、その考えを読んだのだろう、英雄王は嘲笑う。

 

「ふん、あれはただの屑鉄よ。雑種のひとつに過ぎん。不快な贋作者ではあるがな」

 

「俺も贋作者だが?」

 

存在としては俺もエミヤシロウと変わらないはずだが。

 

「ハッ、貴様の行いも不快ではあるがな。貴様が貴様であるがゆえに許しているに過ぎん」

 

先程はエミヤシロウを嘲った英雄王は、今度は衛宮嗣郎を嘲う。

 

「我に名を呼ばれる栄誉を誇れ、硝子人形」

 

 

 

 

「…………」

 

神代の硝子で出来た茶室で、紅茶を愉しみながら、英雄王は嘲う。

 

「我が友は泥で出来た人形であった。他の誰にもそう称すことは許さぬがな、我が友は確かに人形であった」

 

その瞳は古き記憶へ思いを馳せる。

 

「人形であるが故に人に憧れ、愚かしいことに人に成ることを望んですらいたものよ。人より遥かに完成した存在であった癖にな」

 

英雄王の唯一の友、エルキドゥ。

それはギルガメッシュを殺すために作られた、神の尖兵たる泥人形だったという。

ギルガメッシュとの戦いの中で友情を得て、神へ反逆。

神の怒りに触れて死した後も、ギルガメッシュの生涯唯一の友であり続けた。

 

「彼奴と我は対等だった。力でもそうであったがな、何よりも見える世界が対等だった」

 

古き友を思う中でも、未だ彼の笑いは嘲笑だ。

────嘲笑もまた、彼の愛か。

 

「人形であるがゆえに、自らが得られぬ人の美を理解していた。人の王である我と同じようにな。我以外にはどうにも理解できぬらしき、世界の美を」

 

人の王は、視線を茶室の外、下方に向ける。

離れた場所で楽しげに遊び笑っている、子供達の気配がある。

英雄たる彼の目には、その姿も映っているのだろう。

弓兵の目をもつ嗣郎もなんとなしに、その姿を捉える。

 

「嗣郎よ。硝子人形よ。貴様にも見えるだろう、()()が」

 

 

ああ、見えるとも。

 

満面の笑みで笑う子供たちが。

彼らの命が、魂が、感情が、心が。

彼らがいつか芽吹かせる可能性が。

彼らが生きることで生まれる希望が。

彼らがいずれ戦う苦難が。

苦難を乗り越え、あるいは折れてしまうかもしれない彼らの姿が。

 

彼らという美しい『人』が。

後生大事に愛でたくなるような煌めきをもって、そこに在る。

 

 

「貴様の見えているものは、我と同じというわけではないだろう。だが、近い」

 

嘲笑いながらも、だが満足げに、英雄王は笑う。

 

「我と、そして我が友と近い世界を見ている貴様が、そこらの有象無象と同種であるものか。それが例え、世界を異にした貴様の同一存在であろうが、貴様と違う貴様などただの雑種よ。ただの詰まらぬ贋作者よ。だが貴様が贋作に手を染めるのは許そう、我が宝物は見せんがな」

 

 

 

 

 

人の王の嘲う語りに、嗣郎は息を吐く。

 

そう、世界の全てに愛を抱く嗣郎の世界は、人の王たるギルガメッシュの見る世界と確かに近いモノ。

ギルガメッシュの世界が人の本質への愛に特化しているとはいえ、世界の異様な美しさを知る嗣郎はギルガメッシュの見ている世界をある程度理解できたし、ギルガメッシュもまた嗣郎の見ている世界を理解していた。

ゆえにギルガメッシュは嗣郎を特殊な存在として認め、嗣郎もまたギルガメッシュへ便宜を図った。

 

そう、便宜を図った。

ギルガメッシュの人への愛を理解した嗣郎には、ギルガメッシュが現代で受けている苦痛もまた理解できたのだ。

 

 

本来の美しさを知り、それを何よりも愛していた。

それが汚濁に塗れ、その価値を知られることなく、ただ腐っていく。

多くの可能性が常に産まれているというのに、その(ことごと)くがただ汚れて潰えてゆく。

 

そんな汚辱と侮辱に溢れた世界は、愛した者にとっては屈辱と憤懣を抱かざるを得ないモノ。

 

現代に召喚されたギルガメッシュが本来以上に短気で攻撃的、破壊的になった理由を嗣郎は理解できてしまった。

 

 

だから、八年前。

言峰綺礼の繋がりで英雄王との伝手を得て、彼の苦痛と不満を理解して、提案したのだ。

 

大公園の建造を。

 

 

 

現代は汚らしい。

嗣郎は必ずしもそうは思わないが、ギルガメッシュはそう感じている。

とにかく雑多で猥雑、煩わしいのだ。

 

その中で生きている人間もまた、その猥雑に合わせて成長しており、純粋さがとうに無い。

ギルガメッシュからすれば人形にも劣る汚物だ。

 

だが、ギルガメッシュが現代でも嫌わないものがある。

 

純粋な、子供たちだ。

 

 

 

未だ猥雑な世界にさほど汚されておらず、人としての本能と単純な躾を受けて無邪気に遊ぶ子供たち。

 

ギルガメッシュは、その純粋さを好む。

 

生前から無邪気な子供に慕われることを好いていたが、この汚濁に塗れた現代では唯一の清涼剤とさえ言ってよかったのだ。

 

『道理も知らぬ子供は、ただ我の偉大さに目を輝かせていれば良い』

 

かつては単純な反応を面白がるだけだったが、現代では生前の時代に目にしていた美を最も色濃く残す、かつても今も変わらぬ美しきもの。

 

それが子供たちだ。

 

 

本来であれば、せいぜい汚泥に苛立つ英雄王の息抜き程度になっていただろうもの。

それを嗣郎は本格的に活用することにした。

 

この際お前は子供たちの楽園の主になればいいんじゃないか、と。

 

 

現代の不快さに辟易していた英雄王はこの提案に興味を持った。

自ら動かねばならぬことに不快感は示したが、さすがに現状に耐えかねていたこととやることが国作りの一歩だったことが王を動かした。

 

 

まず、黄金律スキルで無駄に増えまくっていた金を使い、土地を確保。

金の他にも精神操作などの宝具を遠慮なく使いもした。

金と宝物に飽かせて異常な速度で異常な大公園を作った。

周囲に子供たちが通う施設を無理矢理集め、内部に建てた孤児院に市外の各地から孤児も集める。

孤児院も周囲の施設も大富豪たるギルガメッシュがスポンサーなので設備は優れ、人も集まる。

孤児たちの世話をしているのはギルガメッシュの目に適い引き抜かれた、別の孤児院の元院長などだ。

 

一方で大公園には宝物で細工をし、ギルガメッシュが好まない者は近付き難い、一種の異界と化させている。

遠坂など魔術関係者は本来このことを感付くはずだが、同時に隠蔽の高位神秘が(嗣郎の意向で)用いられているので管理者たる遠坂すら気付いていない。

ちなみに遠坂凛は普通に入ったことはあるがギルガメッシュが認めた以外の魔術師は深部に入れないのでギルガメッシュに会ったことはない。

 

 

遊具のようなものはなくとも、自然と生気に溢れ、広大で同年代の子供たちがたくさん集まる広場。しかもうるさい大人はいない。

子供たちはおもちゃを持ち寄っては皆で遊び、そして毎日友達を増やしては、また明日の約束をして別れる。

気ままにぶらついている金色の『おうさま』と出会えたらラッキー。

孤児院の人がやっているアイス屋でアイスを振る舞ってもらえるだろう。

何より『おうさま』は話しても遊んでも楽しいから、みんな『おうさま』と遊ぶのだ。

 

こうして何も知らぬ子供たちだけが集う、英雄王の庭園が生まれた。

 

 

 

 

「……大公園、最近何か変わったこととかあったか?」

 

「いつも通りよ。ああ、この間、しばらく会っていなかった雑種が来たな。『コウコウ』とやらにあがるといっておったが、我に悩みを相談しに来た。くく、全くもって、子供というのは身の程を弁えん」

 

「めずらしいな、高校に入る歳でまだここに入れるのか。で、相談に乗ってやったのか?」

 

「なぜ雑種の小さき悩みに、王たる我がいちいち応えねばならん? まぁ、かつては良き我が民であったし、いずれ臣にもなりうる者ではあった。無駄に迷っているのが目障りだったからな、話を聞いたりなどせんが適当な一言はくれてやりはしたな」

 

「しっかり応えてるんじゃねーか……」

 

英雄王は格の違う洞察力と絶対的なカリスマを持つ。

その彼が助言したとなれば、適当といえどほとんどの悩みは払われるだろう。

この公園の『出身者』が、この王様の影響力を強く受けているのは間違いない。

 

「ふん、王が己を敬愛する民を愛するのは当然であろう。それが汚濁に触れて雑種に堕ちていこうとも、他の愚物に比べればまだ価値がある。それに相応の対応をするのは自然なことよ。この時代の我が民は汚濁に呑まれきらぬ者が多いしな」

 

「もしかして歳とってもたまに来る子、結構多いのか」

 

「深部にまで来る者は稀少だが、周辺は貴様も知っておるだろうが」

 

「ああ、そういえば」

 

最近見る、大公園周辺部で一人や少人数で休んでいる中高生、ここの『出身者』か。

……ここで育った子供は、歳とっても普通よりは純粋なのかもしれない。

感受性の高い時期に絶対的なカリスマに触れていれば、人格形成に影響もあるだろうし。

 

「……そのうち冬木は、お前の王国になるかもな」

 

「ハッ、当然であろう。我は王であるぞ?」

 

ギルガメッシュの好む世界は、静かに育っているのかもしれない。

 

 

 

 

「……で、結局、お前は今回の聖杯戦争に関わる気はないのか?」

 

「詰まらぬ茶番であるうちはな。先でどうなるかは知らぬが」

 

「いまいち安心できない答えだ」

 

「ククッ、貴様の安心など知ったことか。精々足掻くのだな」

 

聖杯戦争最大の不確定要素である英雄王は、動向を定めぬまま。

どう転ぶかは、未だ不明。

 

「汚れた聖杯を降ろしてこの地を面白い地獄にしようとか、まっさらに洗い流してやろうとかは?」

 

そんな理由でも動きそうなものだが。

 

「侮辱であるぞ、嗣郎。我が民を意味なく害すと?」

 

本気で気分を害したようだ。

やはり既に、この地の子供たちは彼の民。

 

「悪かった。謝罪する、英雄王」

 

「分かれば良い、特に許す、硝子人形」

 

そう言って、現代風の衣服を着た金髪の青年はカップに口をつけ、

遠くに見える子供たちの笑う気配に目を細める。

 

どう転ぶかは、未だ不明。

だが、王が子供たちを害すことだけは無いようだ。

 

 

 

 




あまり醜いものを目にしていないので、この英雄王は余裕があります。
そして彼は本来民や臣には寛大。己が宝物を『民のもの』と言うことすらあるほどに。

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