戦闘が書きたいでござる
嗣郎が王様と優雅なひと時を過ごしているとき、新都のショッピングモールではとある外国人たちが気ままに散策していた。
「ッカー! いいねえいいねえ、現代っつーのは面白ぇモンで溢れてらあ」
「ちょっとランサー、その粗暴な格好でそんな野卑な仕草をしないで頂戴。マスターの恥だわ」
「ああん? オレにこの格好が似合うって勧めたのもマスターじゃねえか。恥なもんかよ」
「そういう問題ではないでしょうまったく……ああ、こんなのと一緒にされたくないわ、本当に」
「結局テメェが嫌なだけじゃねえか」
「否定はしないわ」
未だ冬、まだ寒さが肌を突き刺す季節にも関わらず、派手なシャツの胸元を大きく開き、表情や大きなイヤリングも相まってチンピラのごとき空気をかもす濃青髪の男。チンピラにしては妙に貫禄と威厳があるが。
それに対するは落ち着いた静かな雰囲気の、厚手のジャンパーを羽織った青紫髪の女性。その厚着に加えて茶色のマフラーに白い
全くもって対照的な二人。
そして共に歩いているのは二人だけではない。
「いいじゃないキャスター、それがランサーの個性ってものよ」
「そうは言ってもねイリヤ。この下品な男がいるだけで一緒にいる私達全員の品性が疑われるのよ?」
「んだとコラ」
「まぁまぁ。それに考えてもみなさいキャスター」
「何かしら」
「ランサーが上品に貴族の服を着こなして、貴公子みたいに爽やかに笑ってたら?」
「…………私が間違っていたわ、無理に気品を得ないで頂戴、私の精神的健康のためにも」
「どういう意味だてめえら!?」
あははっ、とチンピラをからかって無邪気に笑っているのは銀髪赤眼の少女。少女もまたモコモコのマフラーに耳当て、紫のコートと厚手の服装だ。反面スカートでもあるし、寒いからというよりは少女らしいファッションを優先している様子。
土地柄として外国人がそれほど珍しいわけでもないとはいえ、全員が全員美形の三人組だ。カタギに見えない男のせいか凝視するような者こそいないが、それなりに周囲の注目を集めている三人だが、それぐらいは予想の範囲内であったため誰も気にしていない。
「さ、次はどこに行こうかしら。服でも見に行く、キャスター?」
「おいおいやめてくれよ、クソ長いうえにまた俺が荷物持ちになるんだろうが」
「いいわね、今日は嗣郎もフェンサーもいないし」
「俺にだけ持たせることを良しとしてんじゃねえぞ悪女」
今町に出ているのは三人だけだ。
嗣郎と桜は大公園に行っているし、小次郎とメデューサはその護衛に付いている。
イリヤもまた共同マスターの契約に加わり個別の主従契約がなくなっているが、護衛や令呪使用において混乱をなくすため個々の主従が設定されている。
嗣郎がメディア、イリヤがクーフーリン、桜がメデューサ、そしてキャスターが小次郎のマスターという状態だ。
この選択は主に分散状態での接敵時を想定しており、基本は前衛と後衛の組み合わせだ。
最高戦力であるクーフーリンは戦闘向きでなおかつ万能型。攻守遠近に関わらず対応でき主を守るのも得意なうえに最悪主を抱えて逃げられる彼に最も望ましいのが同様に万能型、しかも治療を得意とするイリヤだ。細やかなサポートと頼れる治癒を背後に得た大英雄はまさに一騎当千となるだろう。
逆に特化型で弱点がはっきりしているのがメディアと小次郎だ。近接型対魔力持ちに弱いメディアと遠距離型や大火力に弱い小次郎をお互いに補わせつつ、弓と投影でそこそこの補助ができる嗣郎が場をかき回すことで時間を稼ぎ増援を待つ。勿論あわよくば魔術か剣が敵を討つ。
残る戦闘にも戦闘補助にも向かない桜は接敵時は逃走一択の予定だ。メデューサの魔眼と騎乗兵としての腕の見せどころであり、さらに魔術特性上結界破りや術式破壊が得意な桜を高速で移動させる遊撃工作兵とでも呼べる働きも期待できる。
もっとも、これは便宜的なもので状況次第で組み合わせは変わる。
今日も英雄王の領域を訪れるのに英霊三騎は無意味だとして、メディアはイリヤの散策に付き合っている。戦力バランスとしてはメディアは嗣郎に付いているのが望ましいが、なにせ大公園は成人した魔術師の訪問を拒む。メデューサも小次郎も深部までは入れないが、メディアやクーフーリンは深部どころか辺縁部にすら入れないのだ。
英雄王の許可を得ればその限りでもないだろうが、許可を得られるとは誰も思わない。
「ったく。小僧もなんでこんな性悪に懸想してんだかなあ。もっと良い女がすぐ近くに二人もいるだろうによ」
クーフーリンはなんでもないことのようにあっさりと嗣郎の慕情を口にする。
嗣郎は表立って好意を表現しているつもりはないが、言葉の端々で妙にメディアに好意的なため、嗣郎の好意は陣営の全員に周知のことだった。
「誰が性悪よ。……まぁ、それは私も聞きたいくらいね。イリヤや桜の方がお似合いでしょうに」
「歳もあるしな」
「殺すわよ」
「私もなんでシロウがキャスター好きになってるのかはわからないけど、いいじゃない。キャスターかわいいもの。えいっ」
「きゃっ! イ、イリヤっ返しなさいっ」
メディアの隙を見てイリヤはメディアのマフラーとイヤーマフを奪う。
いきなり首と耳が冷気に晒されて寒がりなメディアは奪われたものを取り返そうとやっきになる。
出がけにマフラーを巻いてあげたのはイリヤだ。簡単に取れるようにしてあるのだ。
主に今のようなメディアの姿を見るために。
「ていっ」(←冷えた指先をメディアの服の中に)
「ひぃやぁぁぁっ」
そこにマフラーと耳当てに守られていた毅然とした姿は欠片もなかった。
そこにいるのはただ涙目であわてふためく寒がりな女性である。
「ほら、かわいいでしょキャスター」
「俺はそれよりもまがりなりにも英霊をここまで手玉にとれる嬢ちゃんが恐ろしいぜ……」
嗣郎が居たら正気を失うか動揺の果てに倒れるであろう光景もクーフーリンには通じない。
どうにか奪い返したマフラーと耳当てを涙目のまま両手で守ってイリヤを警戒している魔術師の英霊に、憐れむような視線を送っている。
メディアはその視線にも不機嫌にそっぽを向くだけだ。
「ぶー、女の子の可愛いところを見たらほめてあげるのが男の子の務めよ? うちの弟を見習いなさいっ」
「坊主はいきすぎだ、一日百回は口説き文句口にしてるだろ。まあ良い女を素直に認められるっつーのは良いことだしな、俺も……お?」
「どうしたの?」
「女の扱いも分かってねえ阿呆がいるようだ」
クーフーリンが不敵に笑う視線の先には、強引に少女の腕をひく男の姿。
少女も男もこちらに背を向けているが、少女の方はイリヤと同じように明らかな外国人だ。早足で歩く男に引きずられるような形で転びそうになりながらなんとか歩いている。
十代であろう少女に対し、不釣合いな男が強引に連れ歩こうとしているようだ。
「…あれって……」
「へっ、口説きのマナーも知らねえ野郎に、ちょっくらお仕置きしてくるとすっか! 見本も見せてやらねえとな」
イリヤが何かを言おうとするのにも構わず、クーフーリンは勇猛な笑みのまま飛び出した。
男の風上にも置けない三下への制裁と、麗しい気配のする少女とのドラマチックな出会いに向けて。
そこには英雄らしく清々しい下心があった。
「あ、ちょっとっ…………あーあ」
「………どうしたの」
見る間に遠くなるクーフーリンの背中に向けて、イリヤが哀れむような声を出したことに、メディアは未だイリヤを警戒しながらも疑問を呈す。
なぜかイリヤの哀れみが、これから痛い目に遭うであろう男ではなく、飛び出していった槍兵に向けられているような気がしたからだ。
「多分だけど。英霊を手玉にとれるのは私だけじゃないんじゃないかな、ってとこかしらね」
「……?」
「女の子の恋路を邪魔するお邪魔虫は、痛い目を見るのよ、きっと」
そう、間違いなくイリヤは、クーフーリンを哀れんでいた。
これから彼を襲うであろう不幸に。
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この虫はなんなんでしょうか。
言峰カレンはそれまでの幸福に水を刺した阿呆に侮蔑の目を向ける。
「!? ……スカサハ……?」
それまで威勢良く絡んできていた虫はカレンと目を合わせた瞬間に何故か怯み、小声で妙な言葉を呟く。
女の子の顔を見て後ずさりするとはなんて失礼な虫なんでしょう。
ただでさえ私の大切な時間に土足で踏み込んでくるという大無礼を仕出かしているというのに。
今日は父とのデートの日。
先月カレンが通っているミッション校で行われた賛美歌の作詞と独唱発表を評価され、賛美歌発表会の学年代表になった。
そのご褒美として
いつもなら発表会の直後に強請るのだけれど、今年は発表会の時期がちょうど父のお仕事に被ってしまいお預けになっていたのだ。
死徒とか死ねば良いのに。もう父に殺されてるけど。あと引退してる父に仕事持ってくる教会も死ねば良いのに。私も所属してるけど。
さらに最近いつも父が忙しいせいで期末考査やお正月の分もお預けだったのだ。聖杯戦争とか潰れればいいのに。
まあその溜め込みのおかげで、私の好みである『強引で乱暴なエスコート』をお父様に要求して通せたことは幸いでした。
普段は私の希望を知りながらもあえて丁寧なエスコートをして私を焦らさせるお父様にも今回ばかりは、と押しきれた。
そう、今回は初めての強引なお父様だったのです。
歩幅の違いも考慮せず力強く手首を掴んで私を連れ引くお父様。
ああ、私幸せです。
記憶にないお母様、素敵なお父様をありがとうございます。
娘は今幸福の絶頂です─────
素直にあえてならないと決めている表情がつい緩んでしまいそうになる、
そんな幸せな時間だったのに。
この虫が。
この身の程知らずが。
よりにもよってお父様に因縁を。
ああ、憎悪のあまりどうにかなってしまいそうです。
……あら。
お父様は何か愉しそうです。
英雄? この虫が?
確かに霊格は分不相応にも無駄に大きいですけれど……。
煩いわ、虫。
私の聖域に土足で踏み入った罪、どう思い知らせてあげましょうか……。
あら、なぜかしら、この虫に『あれ』を食べさせると良いような気がします。
今日の朝、なぜか作っておきたくなったこれ。
せっかく作ったのになぜかお父様との昼食では出さずに残しておいたこれ。
なぜかは分からないけれど、お父様にも『母譲りの直感には従っておけ』と言われています。
とりあえず笑顔で差し出してみましょう。
……妙にあっさり口にした虫が悶えているわ。父の味覚に合わせたものだから当然ね。
けれど私の怒りはこんなものでは収まらない。
激 辛 ホ ッ ト ド ッ グ を食べさせたくらいでは。
……あら、今食べさせたものの名前を教えただけなのに、虫が痙攣しはじめたわ。
なんなのかしら?
お父様が愉しそうです。
スカサハ、犬を食べない……クーフーリンか、と呟きます。
ああ、聖杯戦争の英霊でしたね。
クー・フーリン。
クラン(ホリン)の番犬。
なるほど、虫ではなく駄犬だったのですね。
……なにかしら。
駄犬と呼ばれて怒っているの?
ふざけないほうがいいわ、私の方が怒っているの。
だいいち駄犬と呼ばれても仕方のない行為をしているじゃない。
反省もできないの? 成長もできないの?
そこらへんの犬でも痛い目を見たらちゃんと覚えるでしょうに……。
それで
クランの名前を背負ってそれ?
クランに申し訳ないと思わないのかしら。
ねえ、どうなの、駄犬。
聞いているのかしら、駄犬。
あなたの今の姿はクランに誇れるのかって聞いているのよ駄犬。
……ああ、そういえばホットドッグは も う ひ と つ あったわ。
さあ、 お ひ と つ い か が か し ら 。
ああ……良い目ね、駄犬。
そう、『目下の者からの食事の誘いを断らない』ですものね、あなたの
あと『
さあ、ホット『ドッグ』よ、食べるのかしら、断るのかしら。
本当に良い目だわ、駄犬。
お父様もお悦びだし、私も気が乗ってきたわ。
ああ、直感にまた何か引っかかりました。
スカサハ。
そう、私はあなたの師に似た空気ということね。
何百年も前のことなのに、未だに怖いの? なんて臆病で脆弱な駄犬なのかしら。
あら、口から泡を吹いているのにまだ元気そうね。
いいわ、あなたの師に対する
お父様ほどではないけれど、私も傷を開くの、得意なのよ?
あら、お父様もされるのですね。
これは駄犬に感謝しなくてはいけないかもしれません。
お父様との共同作業なんて。
ああ、幸せが舞い戻ってきました。
さあ、駄犬?
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その日、クーフーリンは聖杯戦争に参加したことを心から後悔した。
その日の夜の海、波打ち際で無言でうずくまる、死んだ目をした青髪の男がいたという……
■言峰カレン
母譲りの聖女っぷりと父譲りの外道っぷりを併せ持つある意味言峰の集大成
天啓のような直感が傷を開くことに対して高確率で発動する
趣味/特技:父に関すること、傷を開くこと、家事全般、唱歌、演奏、作詞、作詩
■クーフーリン
幼名セタンタ。「クー・フーリン」とは「クランの犬(クー)」という意味そのままの名前。
誓約(ゲッシュ)による制約:
『自分の名前と同じ犬(クー)を食べられない』
『目下の者からの食事の誘いを断れない』
『アルスターゆかりの者がカラドボルグを用いた際、一度は負ける』
『詩人の言葉には逆らえない』