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衛宮嗣郎の根幹を知った四騎の英雄は、
それぞれにそれぞれの思いを抱いていた。
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(…………随分と、くそったれた誓いだな、坊主)
クーフーリンは。
戦いと女、我欲をひたすらに貫き通した英雄は。
どうしようもないほどに救われない少年に、苛立ちを顕にする。
(手前の幸せなんざお呼びじゃありませんってか? 嬢ちゃんたちが報われねえな、おい)
できることならばその性根、叩き直してやりたい。
だが、根本的なところで少年の魂は壊れている。
我欲を喪失している。
叩いて直るようなものでもないだろう。
それに少年はもはや無意識の深度で、自分が幸福になることを罪悪と感じている。
(……いや、そういや魂の修復も願うんだっけか? 幸福になりたがってないなら何のため……って考えるまでもねえな。嬢ちゃんたちのためか)
自分の幸福は望まない。
だが、自分が不幸であるために姉妹が苦しむのなら、幸福になることも仕方ない、というところか。
……姉妹を幸福にするために自分が幸福になることに、罪を重ねるような罪悪感を抱いていそうなあたりが腹立たしい。
(ったく。どうせなら聖杯で根本的に……お? それでいいんじゃねえか?)
名案だ、とお節介な大英雄はほくそえむ。
単純明快な手段こそ、彼が好む答えだった。
そんな人格改造をお節介される本人が望むかどうかは置いておいて。
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(………………ふむ。まぁ、よいだろうよ)
佐々木小次郎は嗣郎の生き様に過分の拘りを持ちはしない。
(修羅の道も仏の道も、己の定めた道なれば)
個々人がどう生きるかなど、それこそ個人の自由だ。
外野が其々の好みで口出しするなど無粋もいいところ。
修羅であり仏である、そんな在り様も、また味があるではないか。
(そのようなことよりも)
そんなことよりも、小次郎が考えることは別のこと。
(あのまやかしの地。歪ながらも雅よな……入れてはもらえぬだろうか。あそこで茶でも飲みたいものよ。それに主の意思で趣きを変えるよう。まこと興味深い。頼むだけでは足りぬだろうか?)
嗣郎の生き様に気負うこともなく、己の趣味と好奇心に、胸を躍らせる。
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(…………シロウ)
メデューサは。気高き元女神は。
(はぁっ……、良いですよ、シロウ……ゾクゾクします)
……背すじを走る情欲に、身を悶えさせていた。
大事なものを守る為に身を削り、外道に堕ちた。
そんな自分と似ていると思っていた。
だが、違った。
衛宮嗣郎は最終的に姉妹を喰らい殺した自分などとは違う。
自分の感情に従って近視的になって、広く先を見られなかった自分などとは違う。
メデューサもまたクーフーリンが悟った嗣郎の思惑に気付いた。
己の幸福や感情すらも誰かを幸せにするために操作する。
この少年は、望んだ結果を得るために自分を駒として、徹底的に使い潰すつもりだ。
そこに自分の感情など誤差程度にしか無く。
どこまでもひたむきに、メデューサが知る誰よりも一心に、己を捧げている。
そこに見える、熱い『男』の気配と、『少年』の一途さ。
……疼く。
(味見、してもいいでしょうか。キャスターにご執心のようですが。彼女は振り向かないでしょうし)
嗣郎に対するキャスターの応対を見る限り、脈はない。
むしろ問題は姉妹の方か。
(イリヤやサクラにバレたら……困りますね。ですが……)
どうしたらバレないだろうか、と、すでに実行する前提で思考が進む。
(シロウは暗示に弱いようですし、行為も記憶操作も簡単でしょう……後は……)
……嗣郎の貞操に、危機が迫っていた。
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他の三騎が結構真剣に割と身勝手な思考を進めている中、
裏切りの魔女メディアだけは、真剣に嗣郎を気遣っていた。
(本当に馬鹿な子…………馬鹿で、哀れで、不運な子)
まるで自分のようだ、とどこかで思う。
不運に心を壊されて、他人の為に全てを捧げて、そしてその果てに何も得られないであろうその姿。
その愚かで滑稽な姿は、本当に自分によく似ている。
……メディアは嗣郎に感情移入してしまっている。
それを自覚して、メディアは苦笑する。
(ついさっきまでは、不気味、理解できない、なんて思っていたのに。身勝手な話ね。……失礼なことを考えて、ごめんなさいね、嗣郎)
誰に知られるでもない己の愚昧を謝罪し、これからのことを考える。
(……彼の壊れた心がただの自責によるものだったなら、大した問題はなかった。乗り越えることもできたでしょう。けれど、汚染によって魂そのものが破損しているというのでは、我欲を呼び起こそうとしても不可能でしかない。存在しないものは引き出し様もないのだから)
やはり聖杯での魂の欠落の補修は必須か、と納得する。
(聖杯で補修した後も、魂の芯まで束縛している彼の『誓い』を覆さなくては駄目でしょうけれど……そこは、やらなくては、ね)
神々の強制に屈し、けれど永い時の果てに乗り越えた自身を重ねる。
(…………でも、何年、いいえ、何十年掛かることかしら)
絶対的な強制力を受けた自身とは違うとはいえ、彼が十年掛けて己に刻み続けた誓いは、重い。
己の幸福を罪悪と定め、己の生を贖罪に費やす誓い。
彼の意思を無視して人格を弄るような手段でもなければ、数年では覆せまい。
何よりも本人が強烈な信念を持って、周囲と真逆の意思を貫き続けるのだから。
その間の彼の周囲の苦しみと、そして彼と周囲の衝突は、けして軽いものではないだろう。
(……仕方のないこと。悲劇というものは、それほど重い)
イリヤと桜、彼を救うために誰よりも奔走し悲嘆するだろう少女たちを思う。
(…………できることなら、手助けしてあげたいものだけど……)
嗣郎は愚直で手を貸したくなるし、姉妹たちも良い子だ。自分のような苦難など味わわせたくはない。
それに聖杯戦争に勝てたとすれば自分に第二の生を得る機会をくれたという大恩もできる。もちつもたれつの関係でもあるとはいえ。
本当にできることなら助けてやりたいが、自分にできることなど暗示で彼の心を弄るくらいしか浮かばない。
神に心を弄ばれた身としては、絶対にやりたくない手段だ。
(……わからないのよね、そういうの…………)
生前、人に頼れず独りで生き抜いたメディアは、同時に他人を助けた経験も少ない。
正直な話、そういうことに関しては不器用だった。
(何か、ないかしら。彼に自分の幸福を心から肯定させるような。あるいは、誓いとは別の熱意を持たせる何か)
彼が自責とは別の熱意を得られれば、かなり分かりやすい道筋もできるとは思うのだけれど。
(まぁ、聖杯で補修した後に、巡り合わせが良ければでしょうね。少なくとも今は無理でしょうし…………あら?)
一度離れかけていた嗣郎の精神が再び近付いている。
またメディアの思考が嗣郎の記憶の何かを引き寄せたらしい。
何だろうか。
今考えていたことは、嗣郎の熱についてだ。それに関わる記憶だろうか?
(何かしら。……ここまで来たらどこまで行っても一緒よね。遠慮なく見せてもらいましょう)
何か彼を救う切っ掛けでもあれば、と、割と軽い気持ちで手を伸ばす。
……考えれば分かりそうなものだったのに。なぜ気軽に触れなどしたのかと、後で激しく後悔することになるなどとは知らずに。
(え)
開いた先に映るのは、フードを被った麗しい魔術師。
(これ、は)
見覚えがありすぎるそれが、フードを取った瞬間から。
メディアの羞恥の地獄が始まる。
顔で惚れられたのだと思っていた。
誤解だった。顔を見たのが切っ掛けなのは間違っていなかったけど。
少年の目から見た世界であるその記憶は、少年に見えたものをありのままに映していた。
(ちょっ、えっ)
そこに映るのはメディアという女性の心。
凶悪な神の呪いと…………それに抗う、強く美しい、女性の姿。
────自分の強さくらい分かっているけれど、それを他人の目から見させられ。
( っ!? えぇっ!?)
────それに感嘆し賛美し憧憬する想いを溢れたままに感じさせられ。
(~っ! っ、こんなっ!?)
────自分も知らない平行世界の可能性の中の、無防備な姿を想起され。
(~~~っ!?)
──────自分の奥底に隠れる、無垢な少女のような心まで辿り着かれ。晒し見られ。
(ひっ、ちょっ、やっ)
────────自分ですら知らない自分の魂が少年に抱かせた、純粋で膨大で真摯な、
( っ、 っっ!、 っ!)
────────── 恋の、奔流 。
(──────~~~~~~~~っっ!!)
────メディアは思考もできずがむしゃらに嗣郎の精神を弾き飛ばした。
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……眠りから目を覚ましたメディアは、ゆっくりと上半身を起こす。
そのまま俯き、両手で顔を覆う。
…………顔が、熱い。
「……耳まで真っ赤ですよ、キャスター」
ライダーが笑いを堪えながら告げてくる。
そんなことは言われなくても分かっている。
「あそこまで純粋に想ってもらえるなんて、少し羨ましいですね。というより、あんなに貴女の魅力を見せられたら、私まで貴女に恋してしまいそう」
「…………うるさい」
「くすっ……シロウが見つけた貴女の姿も可愛らしかったですが……今の貴女もとても可愛いですよ、メディア?」
「………………」
「おや、どこへ行くのですか? まだ誰も起きていない時間ですが」
「……顔、洗ってくる」
微笑ましげに笑うライダーが、腹立たしい。
(……大丈夫、落ち着いてきた。落ち着いた、落ち着いた……)
ゆっくり呼吸しながら、廊下を歩く。
動揺はちゃんと収まっている。そう、収まっている。
(……………………何か、何か考えましょう。何か)
何も考えずにいると先ほど感じたものを思い出してしまう。
今のわずかな間ですらひどく心が揺れた。
(ええと、そう。これから嗣郎をどう……だめ、だめよ、なんでそれなのよ!?)
頭を嗣郎が埋めている。これは危ない。
(あれ以外。イリヤ、桜、ライダー、ランサー……そう、ランサー。きっと今頃笑っているわ。それも盛大に)
ライダーもおそらくフェンサーも笑っているだろうが、特に腹が立つだろうランサーを思い浮かべる。
(腹が立つわ。ええ、これね。アイツを殺す方法を模索しましょう。
そう、これだ。
血生臭い話を、謀略を考えていると頭が落ち着く。
魔術師たるメディアはこれだ。
そう、メディアはこういうものだ。恋だの愛だの、もはや関わりがない。
決して無垢なる少女なんかでは、
「おっ、と、悪い」
廊下の角でぶつかりかけた嗣郎と目が合った。
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なにか寝ているときに衝撃を受けたように唐突に目が覚めてしまい、とりあえず顔を洗いに洗面所に向かったら廊下の角でメディアにぶつかりかけた。
いつもならメディアの顔を見ないように気を付けているが、咄嗟のことでつい目を合わせてしまい。
ああ、その瞳もその奥に見えるものもどこまでも綺麗で────
ぼんっ、と。
メディアがなぜか真っ赤になった。
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嗣郎は唐突の事態に硬直する。
メディアはとうに硬直している。
わずかな間。
「………メディ、」
「っ、 っ!」
ぱくぱくと、何かを言おうとするも言葉にならず。
じわじわと、涙目になっていき。
「……~~~~~~~っ!!」
再び耳先まで真っ赤にした女性は、両手で顔を隠して走り去った。
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「……………………」
少年は最後に見た女性の表情に硬直し、
「…………」
赤いものが溢れ出た鼻を押さえて地に伏した。
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衛宮家でいろいろと赤くなっている頃。
「……早く着きすぎましたが……人の気配はしますね」
冬木教会の前に、一人の女性が居た。
「時間も弁えぬ無礼、ではありますが……まあいいでしょう。神の家はいつでも開かれているらしいですし。出直すのも時間の無駄でしょう」
一人頷いて、女性は控えめに扉を叩く。
少しの間をおいて扉が開き、非常識な時間の訪問にも関わらず丁寧な挨拶で受け入れる銀髪の
「不躾な訪問で申し訳ないのですが、言峰神父はいらっしゃいますか」
無表情で取次ぎを求める女性に、少女は名を問う。
女性は少し考える素振りを見せ、
「……マクレミッツと、伝えて頂ければ」
少女の取次ぎの末、男装の麗人は扉の奥に招かれた。
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メディアさんはなんだかんだで不器用。