愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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開戦待機③

 

 

「さあ、シロウ? 私たちが何を訊きたいかわかるかしら?」

 

早朝から多分白昼夢だと思われる衝撃的な光景に鼻から人生初の情熱を溢れさせ、絶大な混乱を抑えこみ普段通りの一日を過ごそうとした嗣郎だったが。

早起きし過ぎた時間を鍛錬で潰し、夜番をしていた小次郎と一服し『こういう茶も良いがまた趣の異なる場でも飲んでみたいものよな』という変にわざとらしい呟きに首を傾げ、軽くシャワーで汗を流した帰りに顔を合わせたメデューサと挨拶を交わし、その目から嗣郎に対する情欲を察知して疑問を抱き、微妙に機嫌悪そうに割り入ってきたクーフーリンに強めに頭をはたかれ、軽口を叩きながら離れる後ろ姿にサーヴァント全員の様子がおかしいことを認識する。

そうなるとまさか白昼夢と思っていたあれもこの事態の範疇だったりするのか?、という考えに至りかけながらなぜかメディアの居ない朝食を済ませ、

そして食後しばらくして真剣な雰囲気で向かい合い投げかけられた言葉に、今日はとにかく普段通りにいかないらしい、と嗣郎は思った。

気を引き締めて、姉と姉を抱きかかえている妹に向かい合う。

 

「俺の知らないところで起きた話じゃなければ……サーヴァントの誰かから聞いたのか?」

 

「ええ、分かってるじゃない。その態度ならこうなることも分かってたんでしょう?」

 

「まぁ、そうだな。……黙っててごめん」

 

姉妹たちには正直話したいことではなかったが、信頼関係の無いサーヴァント達に不要な隠し事をするのはリスクになり得ると考えて彼らには事実を話した。

それに戦争に勝利して聖杯を使う段階で、嗣郎がその場にいない可能性もあったのだし。少なくともメディアには話さなければいけなかった。

話してしまえばサーヴァントから姉妹に伝わる可能性も当然考えていたし、伝われば問い詰められるのも当たり前。

……話し方に気をつけて誤魔化すしかない。

 

「隠していた理由があって、今訊かせてもらえるならいいわ。

 それで? ……あなたの『魂の欠損』って、何?」

 

 

 

......................................................

 

 

 

「簡単に要約すれば、『欲望の不足』だな」

 

弟は隠し立てすることもなく、淡々と告白を始める。

それはいつも通り、淡白な弟の姿。

その様子も言葉の内容も、特に異常とは思わないが……。

 

「俺は第四次聖杯戦争の、まぁ被災者だ。汚染された聖杯の……そうだな、空気にあてられた」

 

それは知っている。シロウは聖杯の毒を身に受けたと。

けれど、お父様の持っていたアーサー王の宝具を使い治癒したとも聞いた。

それがシロウが固有結界を使える理由であり、他の被災者やキリツグと違い死に向かわなかった理由だと。

 

「治ったんじゃなかったの?」

 

「治ったよ。“全て遠き理想郷(アヴァロン)”は所有者の傷をことごとく癒す。俺の命は何の障害も無い」

 

「……なるほど、ね。騙されていたわ。『命は』なのね」

 

最高位の治癒の宝具で助かった。

それだけの話で納得していた。肉体的な死病を受けていた父の姿があったからなおのこと。

もともと父も弟も『被災』のときのことはほとんど語らなかったし、私たちも訊ねなかった。

そして二人とも、私たちに心配させないために隠していたのだろう……聖杯の毒が、心まで侵すことを。

 

「騙すというつもりでもなかったんだが……必要が無ければ伝えないつもりではあったな」

 

「お父様も、侵されていたの?」

 

「親父は泥そのものを受けてたからな、俺とは違って直接呪いを受けてた。常に呪詛が頭に響くんだとさ。……親父は強かったから、それを知ってる俺でも見てとれなかったが」

 

なるほど、お父様は見事に隠しきっていたということ。肉体的な苦痛があると知っていたのも目くらましになっていたかもしれない。

父が苦悶に顔を歪めても、それが精神を侵す呪詛のせいだなどとは気付けなかっただろう。

 

……本当に、腹が立つくらい格好良い父よね。本当に腹が立つけれど。

 

 

「……兄さんはそれとは違うんですよね」

 

私が父の幻像を脳内でしばいている隙に、桜が話を元に戻す。

桜もお父様のことは好きなはずだけれど、それ以上にシロウが好きだからか、優先順位はシロウの方が高い。

今は父よりシロウの話が聞きたいということだろう。不憫ねお父様、いい様だわ。

 

「俺は聖杯に恨まれてるわけでも直接……何かしたわけでもないから、」

 

「今、何か隠そうとしたわね」

「兄さん、今何を隠したんですか」

 

シロウが今、何かをこぼしかけた。そして微かに狼狽してそれを違う言葉で取り繕った。

この期に及んで何を隠すつもりなのか。

 

「……いや、そんなことは……悪い。だけど今は関係無い話だから無視してくれ」

 

関係無いところで違う隠し事を露見させかけるなんて、本当に隠し事が下手ね、この弟は。

まあいいわ、話がややこしくなるから置いておきましょう。後で聞くけど。

 

「で、俺は聖杯の瘴気みたいなものに精神を汚染された。そのせいで色々なくなったんだが、一番なくなったのがさっき言った『欲望』だ。例えば……イリ姉ぇも気付いてただろう? 俺に性欲が無いこと」

 

「薄いだけだと思ってたわ。根本的に無くなっていたのね。他には?」

 

「食欲も無いし、睡眠欲も希薄だな。物欲も名誉欲もほとんど持った記憶が無い」

 

……なるほど、ね。あの傲慢馬鹿がシロウを呼ぶ『硝子人形』っていうのは、これのことだったのね。

…………アイツが気付いて私が気付かなかったなんて。

 

「なんで隠してたの?」

 

「親父が隠してたのと同じ理由じゃないか?」

 

私たちに気を遣わせたくなかった、ってこと?

……それはそうなんでしょうけど。なにか、釈然としないわね。

なんでかしら?

 

…………あぁ、分かった。シロウの目や声や態度から『何かを隠そうとする意思』を感じるからだわ。

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

やっぱりどうも、俺は隠し事が苦手だ。

頭の回りが遅いわけでもないと思うんだが……。

今なんて『聖杯に恨まれてるわけでも直接繋がったわけでもないし』と言いそうになった。

家族には『原作』知識について『聖杯と繋がって何故か得た』と説明してあるから、普通に矛盾だ。

この世界が十八禁創作物の世界だなんて言うつもりは無いからできればこれは隠し通したい。……無理な気もしているが。

 

 

「ねえ、シロウ?」

 

「なんだ?」

 

今にもボロが出そうなのであまり追及しないでほしいのだが。

 

「はっきり言うけれど、釈然としないわ。桜はどう?」

「兄さんからまだまだ隠し事のにおいがします」

「そうよね。さっき言いかけてたこともだけれど、今の話も全部じゃないんでしょう?」

 

「…………なんでそう思うんだ?」

 

「目、声、表情、喋り方」

「隠してた理由を訊いたら、父さんの話を出して自分の話は誤魔化しましたよね。それも疑問形で。何より目と声ですけど」

 

「…………あー……」

 

やっぱりバレバレか。

しかし俺の目と声はどれだけ馬鹿正直なんだ。ていうか声でバレるってどういうことだ。裏返ってるのか?

 

だけど。

バレてるとしても、あまり言いたくないこともある。

俺が他者の救済以外では他人への執着に欠け、ぶっちゃけイリ姉ぇや桜が今死んだとしても大した情動がないだろうこととか。

二人を幸せにするためにはどう考えても口に出すことではないだろう。親父には近いことは告白したが。

 

 

「シロウ?」「兄さん?」

 

こうもあっさり見抜かれると、サーヴァント達に魂のことを話したのを後悔しそうになる。

話さざるを得なかったのは間違いないが重要なことに思わせないためにあえて口止めしなかったのは失敗か。自分の誤魔化し下手を甘く見ていた。

 

こうなれば、誤魔化すのはやめよう。

 

 

 

......................................................

 

 

 

「ごめん」

 

たぶん誤魔化し方に悩み煩悶していた兄さんが意を決したように顔をあげ、第一声は謝罪でした。

 

「……話したくないってこと?」

 

「ああ」

 

……兄さんが(かたく)なな姿勢に入ってしまいました。

これはもう訊けそうにありませんね。

 

イリヤ姉さんも同じように思ったみたいです。不満げに目を細めています。

 

「なによ、また一人で全部背負うの? 私たちはそんなに頼りない?」

 

「そういうわけじゃない。ただ」

 

「私たちに苦労かけたくないって? 自分一人でなんとかなるって?」

 

イリヤ姉さんがお怒りです。

気持ちは分かります。兄さんはなんでもかんでも自分で背負いすぎです。

自分一人で処理するのが一番周りに苦労がかからないからっていつも一人で終わらせて。

それが一番効率的だとしても、蚊帳の外に置かれた私たちが納得するかは別の話です。

 

「ねえ、シロウ。私たちはあなたに守られてきたわ。あなたに救われて、あなたに手を引かれてきたわ。心の底から感謝してる」

 

そして心の底から愛しています。全部兄さんも分かっているでしょうけれど。

 

「でもね、シロウ。私たちだってあなたの力になりたいの。あなたの支えになりたいの。あなたに守られるだけなんて、嫌なのよ?」

 

そうです。私たちだって、何かしたい。…………したいん、ですけど。

 

「私たちのそういう気持ちは……考えてくれないの?」

 

姉さんが悲しそうに問い詰めます。

 

……イリヤ姉さんは、私より力があるのに、ずっと兄さんに抑えこまれるように守られていたからでしょう、この話のときは私より激情的です。長年の鬱憤が見えます。

でも、私は……。

 

「………………ごめん」

 

兄さんが困っています。でも話す気は無いみたい。

 

「……っ」

 

沸き上がる姉さんの魔力から伝わる怒り。……そろそろかな。

タイミングをはかるのは得意じゃないんですけど。

 

 

 

「えい」

 

むにー

 

 

 

 

 

 

 

「「「…………」」」

 

しばらくの沈黙。

 

 

「…………なんのつもりかしら、桜?」

 

むにーんと両頬を伸ばされてる姉さんの視線が冷たいです。タイミングを間違えたかもしれません。

ふぁんふぉふふぉふぃふぁひら、とかマンガでありがちな変な喋り方になってくれるのを期待してましたが意外と普通に喋れるみたいです。失敗です。

でもよく伸びて引っ張りがいがありますね。あと可愛いです。

 

「怒っても仕方ないですよ、姉さん。兄さんはこういう人です」

 

 

そう、兄さんはこういう人だ。自分が判断したことを人の要求で譲らない。融通が利かないのだ。

この状況ででも私たちに話さないと決めたことは、何があっても話さないだろう。

きっと姉弟の関係が荒れてでも。

 

 

「…………そんなことは……離しなさい」

 

「はい」

 

「そんなことは分かってるわ。けど、言わないと気が済まないもの。桜だって言いたかったんじゃないの?」

 

「はい、私の言いたいことは姉さんが言ってくれました。だからもういいです」

 

「……これ以上話を続けても悪いことにしかならないから?」

 

「はい。他の話題なら姉さんもそうしたでしょう?」

 

「…………」

 

姉さんは普段寛容で奔放です。

長年の鬱憤が溜まっているこの話題でもなければ、兄さんの好きにさせていたでしょう。家族の関係を悪くすることなんて避けるはず。

だったら、ここで感情的になっている姉さんを止めるのは私の仕事です。

 

「…………成長したわね、桜」

 

「良い姉がいたもので」

 

悪戯っぽく笑ってみます。ちゃんとイリヤ姉さんに似てるかな?

 

そう、目標にできる良い姉がずっと傍にいて、その姉が珍しく暴走していたのだ。

だからたまには、と真似してみました。ちょっとタイミングと手段は間違えましたけど。

でも姉さんも頭が冷えたみたいなので問題なしです。

 

「……ちょっと感情的になってたわ。ごめんなさいね、シロウ」

 

「いや、悪いのは俺だしな。それに」

 

「『余裕の無い姿も可愛かった』?」

 

「おう」

 

「趣味が悪いわ、シロウ」

 

「でも滅多に見れないしな。何年振りだか」

 

「見せたがってないもので喜ばないでよ」

 

頬を膨らませる姉さんはいつも通りの可愛い姉さんです。

話は少しずつ逸れていきます。この話題はもう触れないということですね。

 

私も兄さんの隠し事に触れるつもりはありません。

兄さんが何を隠していても、私は受け入れますし。聞いても聞かなくても一緒です。

私が兄さんに向けるのは無条件の愛です。文句くらいは言いますけど、治らないならそれでもいいです。

 

 

 

……私もちょっとは役に立てたかな?

 

 

立ててたらいいな。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「……私達が邪魔するまでもなかったですね」

 

居間から少し離れた廊下で聞き耳を立てていた長身の女性は微笑む。

同様に壁に背を預けていた男も小さく笑う。

 

「気弱げな嬢ちゃんも案外やるもんだ」

 

二人は姉妹が嗣郎の魂について追及し、嗣郎が触れられたがっていない様子を見て偶然を装った介入も検討していた。

嗣郎の問題の根深さとその問題は嗣郎の責任では無いことを知っているからだ。

嗣郎の我欲の無さを理由に姉弟妹の関係が拗れるのはあまりにも嗣郎が不憫に思えた。

 

「ま、本当の問題はこっからだけどな」

 

なぜか多少機嫌が悪そうにクーフーリンは呟く。

姉妹との軋轢を回避、あるいは先送りに成功した嗣郎だが、向き合わなければならない問題はこれだけではない。

二人からすればむしろ本題の難題はここからだ。

 

「くすっ……引きこもってますからね」

 

二人が同時に思い浮かべるのは、道具作成の手が離せないという名目で部屋に引きこもっている魔術師だ。

いい大人が恥ずかしがって部屋に篭もるのはどうなのかと思わなくもないが、メデューサはそれも可愛いと思う。

それに顔を見ただけで相手の心情を読み取る嗣郎が相手だ。絶対に会いたくないだろう。

 

「…ったく、世話の焼ける奴らだ」

「私達がお節介なだけかもしれませんが、ね」

 

電話のベルが鳴り響き、居間から出てきた妹から身を隠しつつ。

二人のお節介焼きは、それぞれに考えを巡らせていた。

 

 

 

 




次話にてようやく開戦。

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