愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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最初の内面描写の続きはたぶん次話。


初動

......................................................

 

 

 

 

『凛、いずれ聖杯は現れる。聖杯(あ れ)を手に入れるのは遠坂の義務であり、

 何より─────魔術師であろうとするのなら、避けては通れない道だ』

 

 

 

 

幾度も夢に見る、そして夢に見ずとも心に焼き付いている最期の別れ。

その言葉も、頭に乗せられた手の温もりも、厳しくも優しいその視線も、何一つ色褪せることなく覚えている。

 

聖杯を求め、根源を求め、闘争の中で散った偉大な父。

遠坂の誇りを体現し、凛が憧憬する『遠坂』そのものである父の言葉は、今でもその胸に息づいている。

 

君は何の為に聖杯を求める、と仮初めの従者が問うた。

あれば便利だから、そこにあるのに手に入れないのはもったいないから、あれは遠坂のものだから───

平然と連ねていたその回答は、嘘でもないけれど。

きっと、凛が抱く本当の理由はそんなところにはないのだろう。

 

 

遠坂たる父が言った。

凛は遠坂と成った。

ならば凛は、遠坂であるために、聖杯を手に入れなければならない────

 

 

個人を捨てた遠坂たる凛の理由は、きっとその呪縛こそが本懐だ。

個人を失うその愚かさを感じてなお、凛はその本懐を大事に思う。

 

遠坂の名を背負い、遠坂の祈りに身を浸し、遠坂の誇りを血に宿す。

そんな己自身を嬉しく思うその高揚は、きっと凛にしか分からない。

先代たる遠坂時臣から遠坂を託された、そのときのことを原風景とする凛にしか分からない。

無意識で、心で、凛は遠坂に縛られたがっている。

 

 

 

しかし─────しかし。

 

凛はあまりに優れすぎた。遠坂の結晶でありすぎた。

凛は歴代の遠坂当主と比してさえ、あまりにも遠坂だった。

 

 

才に欠けると大師父にすら評された遠坂の血脈にあって、異才と言わざるを得ない絶大な素養───ではなく。

強靭な形質を生まれ持ち、そして気高き父の在り方を見て育ったその魂こそが、遠坂における凛の異質。

 

 

凛は思う。思ってしまう。

そんなことはないと思いたくとも、父は偉大であったと信じても、

凛の中の、どこまでも遠坂たる凛は思ってしまう。

 

遠坂の歴代当主は…………愚かであると。

 

 

 

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

「最強の封印指定執行者、神剣(フラガ)のマクレミッツ、か……」

 

ようやくのことで身嗜みを整え、ゾンビ状態から遠坂家当主に姿を変えた凛は今朝に得た情報を反芻する。

いつものごとく嫌がらせとしか思えないタイミングでかかってきた兄弟子からの電話ではあったが、その情報は有益だった。

 

伝承保菌者(ゴッズホルダー)、マクレミッツ。

神代の神秘を今なお伝承保持し、現代ではほぼ滅びきった宝具の現物を所有する大権威。

そして今回参戦したバゼットは時計塔の力と恐怖の象徴である封印指定執行者、その中で最強とさえ謳われる闘争の覇者だ。

具体的に如何なる効果の宝具を所有しているのかまでは知られていないが、戦神の魔剣だというそれ、そしてバゼットの実績を鑑みれば戦闘において極めて有用なものであることは容易に察しがつく。

 

「上位英霊でさえ状況によっては打倒しうる、ねぇ」

 

バゼットと知人らしい兄弟子のこぼした評価は耳を疑うようなものだった。

いかに永い時を神秘と共に続いてきた一族とはいえ、その身体能力が英霊に匹敵するとは思えない。

ならば伝承宝具がそれほどに強大なものと考えていいだろう。

 

「それがマスターの戦闘能力。サーヴァントまで加わったら手に負えないわね」

 

マスター単体でも英霊を相手取れるというのなら、そこにさらに本物の英雄が加勢すればどうなるか。

実質的にサーヴァント二騎を相手にするようなものだろう。

 

「……まったく。今回の参加者は酷いものだわ……」

 

現状で判明している参加者は、凛の他には衛宮嗣郎、衛宮桜、衛宮イリヤスフィール、バゼット・フラガ・マクレミッツ。そしてふざけたことにキャスターが一枠を掠め取っている。

六名の参加者がいるにも関わらず勢力としては遠坂、衛宮、魔術協会(マクレミッツ)の三勢力しか無いわけで、四騎を囲っている衛宮は論外としてもマクレミッツ陣営もまた英霊二騎相当の戦力となるらしい。

すでに圧倒的な戦力の差が生まれている。

 

 

凛は冷静に戦力状況を考える。

自分が魔術師として常識外の素養を持っている自負はある。だが、所詮は素養だ。研究も鍛錬も(なか)ばも半ば。

そこらの二流家門の魔術師と比べれば格が違う一人前の名門当主と言えるとはいえ、時計塔の重鎮や老獪な名門当主達と比べれば未熟な青二才という自覚がある。

戦闘能力では通常の執行者や代行者にどうにか抵抗できる程度、と考えている。切り札たる宝石を惜しみなく使えばその限りではないだろうが、宝石は数が限られた消耗品だ。ここぞというときにしか使えない。

結局のところ今の遠坂凛は、優秀な魔術師という一般的な枠からはみ出てはいない程度の存在だ。あと十年もすればはみ出るだろうとは思っているが。

 

なんにせよ凛は常識的な範疇の『マスター』であり、聖杯戦争においてはサーヴァントの後方支援、あるいは敵マスターとの戦闘が役割だ。

断じてサーヴァントや英雄級のマスターを直接相手取れるような立場ではない。

どう考えても、衛宮はもちろんマクレミッツにも対抗できない。

 

……凛のサーヴァントが規格外であったりすれば、まだ手の打ちようもあったのだろうが。

 

 

「私を召喚したのは君なのだから、私の能力の責任も君に帰趨すると思うが?」

 

向けられた視線で凛の考えていたことを読んだのか、赤い従者はやれやれと肩をすくめる。

 

「馬鹿にしないで、私がそんな当然のことを分かってないわけがないでしょう」

 

「それは失礼した、マスター」

 

飄々と主の不機嫌を受け流すサーヴァントは最優たるセイバー。

……なのだが。

 

マスター権限によりセイバーのステータスを注視する。

 

────ステータスははっきり言って、低い。DとCばかり並んでいる。

本人が自身にはセイバー適性はないと言っていたが、確かにそうなのだろう、どうみても最優ではない。

セイバークラスになったのはクラス指定呪文による不具合だろう、それしか考えられない。時間や呪文などを失敗したわけでもないのだし。

とはいえ凛もサーヴァントのステータスに依存するつもりはなかった。本来であればさほど気にすることではないのだが……。

一つ大きな問題があった。

 

「で、いい加減記憶は戻ったかしら?」

 

「さて。これといって変わったことはないな。いや、なんとも身の縮こまる思いだ」

 

返答に反してまったく悪びれない表情の従者に、凛のこめかみで青筋が自己主張する。

だがこの皮肉屋の従者に嫌味を言っても責任が凛にある以上勝ち目がないことは、これまでのコミュニケーションですでに充分理解させられているので何も言えない。

まさか激情に任せてもう一画無駄に令呪を浪費するわけにもいかないのだし。

 

……そう、このサーヴァント、召喚時の不具合が原因か記憶が混濁しているというのだ。

本人が深刻さと無縁なせいでいまいち信用しきれない感もあるが、クラス不適合という明らかな異常、それに空中召喚という言い訳出来ない召喚ミスがあるために一方的に否定もできない。

まぁ本来騎士でない者が騎士の型に強制的に押し込まれたとすれば、その人格に異常が出るのも理解できなくはない。

ありえないことではないのだが……いかんせん、サーヴァントの素性や能力が把握できないのは、困る。

かろうじて本来の特性が弓兵であること、近接戦も可能なことは分かっているようだが、いまいち戦術の立てようがない。

 

 

「まあそう気負うなマスター。この身でできる最大限の結果は出してみせるとも」

 

低ステータス、宝具すらも不明なサーヴァントが泰然と言いのける。

……この妙に自信に溢れているところも、記憶喪失の信憑性を低くしている要因だと分かっているのだろうかこいつは。

 

「……なら、アンタならこの状況どうする? スキル見る限り実戦経験豊富みたいだけど」

 

別にサーヴァントに戦略構築を任せるつもりはないが、おそらくは戦闘経験において自分よりも優れている英霊だ。参考までに見解を聞くのもいいだろう。

 

「そうだな、たとえば英雄に足を踏み入れているという執行者。君は発案もしていないようだが……召喚する前に手を打ってしまえばいいと思うが?」

 

「とんだ冗談ね。マスター候補を召喚前に倒したら聖杯戦争の意味がないわ。サーヴァントを従えたマスターに打ち勝ってこそ聖杯は降りるのよ」

 

「そうではない。何も倒す必要はないだろう?」

 

「……どういう意味かしら?」

 

「死に掛けの状態で生き延びさせ、その状態で召喚させてやればいい。英雄手前の未熟英雄相手で一戦、手負いのマスターを庇うサーヴァント相手に一戦。この形であればさしたる不利でもないと思うが?」

 

「…………」

 

大した問題ではないだろう、とばかりに、軽く提案してくる従者に凛は眉をひそめる。

確かにそれならば実質問題はない。いくらマクレミッツが英雄間近とはいえ、おそらくマスターの補助を受けた本物のサーヴァント相手では力不足は否めまい。そしてその後召喚されたサーヴァントがどのような性能でも、重傷のマスターという最大の弱点を先に作ってしまっておけばいくらでも手の打ち様はある。なによりこの狡猾に思えるサーヴァントならば巧く事を運ぶだろう。

そして冬木は遠坂のホームグラウンド、狙いを絞り索敵の手を傾注すれば異邦者を早々に探し出すことも不可能ではない。極めて現実的な戦術だ。

 

だが、そんな獲物を弱らせていたぶるような戦い方は……遠坂凛の矜持に反する。

ならばこの献策に返す言葉はこれで足りる。

 

「却下ね」

 

提案したとうの本人も凛の答えは予想していたのだろう、またもやれやれとばかりに肩をすくめる。

 

「一応聞くが、理由は何かね?」

 

「誰がどう見たって、優雅な戦い方ではないでしょう?」

 

「虚飾に拘って勝機を逃すのは唾棄すべき愚昧ではないのか?」

 

卑怯と蔑まれる手でも躊躇せずに実行するだろうサーヴァントの言も、一理以上に理はあろう。

これは血で血を洗う戦争で、敗北が死に繋がる本物の殺し合いだ。

そんな中で見栄を張って勝機を見逃していれば、遠くないうちに敗北という最期が待っているだろう。

そのことは凛も否定しない。

 

「そうね、見栄にこだわって死んでるようじゃただの間抜けでしょうけど」

 

だがそれでも、自身の言を翻すつもりはない。

相も変わらず皮肉げな表情ながらも、その目に凛を試すような色が見える従者に、遠坂凛は毅然として答える。

 

「遠坂の矜持を(とお)す意思を失ったら、それこそ遠坂凛(わたし)の死になるわ」

 

『やるならば徹底的に』、それが凛個人の行動指針。

であれば遠坂として生きると己を定めている凛は、遠坂の矜持を何があろうと汚しはしない。

 

常に余裕をもって優雅たれ。

 

遠坂の家訓、遠坂の矜持は、いかな道程でも失われはしない。

 

矜持(見栄)を棄てても死ぬ、矜持(意地)を徹しても死ぬ、それなら意地を通した方が見栄えがいいでしょう?」

 

冗談のように軽く言いながら、遠坂凛は優雅に笑う。

 

 

 

「なるほど、了解した。どうやら私は君を侮っていたようだ……謝罪しよう」

 

不遜な表情にどこか楽しげな笑みを浮かべてサーヴァントが提案を取り下げる。

 

「ふふん、良いマスターでしょ。敬いなさい」

 

「調子に乗っているところ悪いのだが」

 

「なによ」

 

「結局策はあるのかね?」

 

「うぐっ」

 

 

 

......................................................

 

 

 

結局のところ現在の状況では手の打ちようがない、ということをあらためて確認しつつ、エミヤシロウは主との『歓談』に興じる。

凛からすれば真面目な戦略会議なのだが、エミヤにとっては様々な意味で雑談のようなものだ。

凛は戦略をサーヴァントに任せるつもりもなく、エミヤは凛に任せるだけであり、そしてさらに採れる戦略自体が縛られている現状ではこの戦略談義はコミュニケーションの色合いが強い。生前もそうであったがなんとなく波長の合う凛との遣り取りはエミヤにとってどこか愉快なものでもあった。

 

「まぁそう()くものでもないのではないかね? まだ二騎は出揃っていないのだろう」

 

「……そうね。マクレミッツが何を喚ぶか、あと一枠がいつ埋まるかも分からない。それ次第でも状況は転がるでしょうし、もしそれを捉えられたら私達の選択肢も増える。まずは街の巡回の強化と、魔術師がねぐらに選びそうな場所の監視、それに」

 

「ふむ、なにかね?」

 

「アンタの記憶の回復が何よりも急務」

 

「申し訳ないがそれは如何ともしがたい。本人の意思でどうなるものでもないだろう?」

 

「それもそうなんだけどね……ああ、もう! とにかく思い出そうとがんばりなさい!」

 

「了承した、マスター」

 

記憶喪失相手に無茶振りをしつつも、こちらに流れる魔力を調節してみたり逆にこの身の魔力状態を精査したりと異常の修復に試行錯誤している主にどうしても笑みが浮かぶ。

召喚を失敗した自分の責任だと考えて努力している凛だが、そもそも異常などクラスくらいにしか起きていないので結果がでることはないであろうことが悪く思う。

 

 

────エミヤは記憶の混濁を装っている。あくまで偽装だ。

凛がそれを否定できていないようにあるいは凛の失敗の仕方によっては実際に起こったことかもしれないが、少なくとも今回の失敗ではクラス異常と召喚位置のみが目に見える異常であり、エミヤの記憶にも能力にも一切の瑕疵は無い。

サーヴァント化や知名度補正による性能劣化、元よりあった生前記憶の磨耗こそあれど、個としてのエミヤは十全といっていい。

それを偽り真名を隠しているのは自身の生前が凛の知人であることに加え……自身の目的が、ソレの殺害であるからだ。

 

 

エミヤシロウは人を救う為に『世界』と契約し奇蹟を得た代わりに、死後は人類(ヒ ト)を存続させる『アラヤ』の手足たる『守護者』となった。

……言葉だけならば、アラヤの守護者はエミヤシロウが望んだ在り方だっただろう。だからこそ、エミヤはそれを望み受け入れた。

 

だが、アラヤは人類の総体にして管理者。人類という種を護るために人類の中に現れた癌細胞を圧殺する、それが守護者。

ただ人類の敵を討つだけだったならば、癌細胞を適確に摘むだけだったならば、それはエミヤの望んだものだった。

しかし……アラヤはエミヤが望んだような、知性も慈悲も無く。酷く懶惰(ずぼら)で雑駁だった。

 

守護者の仕事は予防でも抑制でもなく。ただもうどうしようもなくなったものを周囲丸ごと消し飛ばす、雑な掃除屋。

醜悪に病んでもはや腐った部位を、周囲の健全な肉ごと素手で引きちぎる、そんな仕事だ。

エミヤが喚ばれた地にはもはや救える命は無く、ただ災厄と怨嗟のみが満ち満ちて、誰にもどうしようもないその世界を力をもって潰し消す。

守護者の目に見えるのは、もう覆せない絶望と、人間の醜悪さと……人類の無意識総体(ア   ラ   ヤ)の愚かさだけ。

 

そんなものを、幾度も幾度も、遥か永い時を、かつての人生が瑣末となるような永い間見続けて。

人という種と、それを救おうなどと考えた己の愚かさを、憎悪するに至らないわけがなかった。

その愚行こそがその身の全てだったからこそ、殊更。

そして磨耗し絶望してなお、『人の為』はエミヤの魂の形であったがゆえに……かつての己が盲信の中で踏み躙った人々への罪悪感もまた息を吹き返し。

 

己で過去の己を殺すという世界の大矛盾による守護者という永遠の苦行からの解放への試みと、

これから多くの人々を踏み躙るかつての己という存在を自ら摘んでおくという意味を込めて。

エミヤシロウは衛宮士郎を殺す。

 

自ら他者に己の非業を訴えるつもりもなく、共感も求めないエミヤは主たる凛に目的を明かす気はない。

真名さえ明かさずに目的を遂げる心算だった。

 

 

 

……だが、聖杯の呼び掛けに応え実際戦争に参加してみると、何かがおかしい。

 

「ところで、凛。英雄手前の参加者も問題だが……四騎を抱えているというふざけた連中は対処ができそうか?」

 

「衛宮ね……三騎士の一角がいて、何より単純に数が多い。正面きって戦うわけにもいかないわよね」

 

「マスターの方はどういう連中だ?」

 

「衛宮の、まぁ名門でもない二流魔術家門なんだけど、その三人姉弟妹。一応御三家のひとつアインツベルンの下にある……はずなんだけど」

 

「三人兄弟だと? いや……『はず』とははっきりしないな、凛」

 

「わかんないのよ、衛宮って。魔術家門が秘匿主義なのは普通だけど、あそこは何か違うのよね。なんていうかこう……立ち位置が? 聖杯戦争の為に冬木に移住してきたアインツベルンの分家か傭兵か、と思ってたんだけど、あそこの当主と話してるとアインツベルンに与してるように見えないというか」

 

「……当主というのは?」

 

「衛宮嗣郎。……衛宮がよく分からないのは九割方あいつのせいね。表面上は女ったらしな好青年で通してるけど裏で何かやってる気がする。うさんくさいし怪しいのよアレ」

 

「……女ったらしな好青年……? いや、魔術師としてはどうなんだ。三流や落ちこぼれだったりはするか?」

 

女ったらしな好青年というすでに言葉として矛盾している評も気になるが、凛が衛宮士郎をれっきとした魔術師として認識している点に違和感がある。

 

「落ちこぼれ……? 家門の格で見て一流とは考えづらいけど、詳しくは分からないわね。時間魔術を研究してる家系で、アインツベルンとも繋がりがあるから錬金術に通じてるかもしれない、ってところかしら」

 

「……ふむ」

 

 

違和感しかない。

磨耗した記憶の中にある衛宮士郎は手違いで騎士王を召喚しただけの魔術師と呼ぶのもおこがましい未熟者だ。

それが衛宮の魔術家門の名を背負い、あまつさえ聖杯戦争の趨勢を掌握しているようにさえ見える。

アインツベルンとの繋がりがあるのも理解ができないのもそうだが……兄弟?

少なくともエミヤには、自分に兄弟が居た記憶など……

 

ふと思い出す。あるいは。

 

「……ちなみに凛。その三人兄弟の他の二人は?」

 

「姉の衛宮イリヤスフィール、妹の衛宮桜。姉も何考えてるかよく分からない人だけど……」

 

……今思い至った姉はともかく。桜? 『あの』桜か?

混乱を深めるエミヤに、凛は訝しげな視線を遣ってくる。

 

「衛宮がどうかしたのかしら。妙に拘っているようだけど」

 

不審と不信を帯び掛けている凛の声。

混乱を表に出さないよう表情を不遜に整えつつ、言い訳を述べておく。

 

「なに、人数が多いということは不和もまた生まれやすいということだろう? 勢力が巨大だというのなら、勢力自体を割るのが最も望ましいという話だ」

 

「……ふぅん? まぁいいわ。不和ねぇ……難しい気がするわ。仲睦まじいことで知られてる姉弟妹だし」

 

「仲違いは難しいか。とはいえ最低でも個別での戦闘に引きこみ、各個撃破とするのは必須だろう」

 

「そうね、団体様と正面から戦って勝ち目は無い。戦うとするなら分散が……」

 

 

話が逸れたことに内心で小さく息をつく。

意味のわからないことばかりで、恐らくはこの世界は己が知る世界とは異なる流れにあるのだろう。

だがそこに『衛宮士郎』がいる限り、エミヤの目的は変わらない。

偽りの理想を誇る壊れた愚者は、決してその道を進ませてはならない───

 

 

 

 

主と歓談しながらも己が決意の再確認をしていたエミヤの感覚に、異常。

 

 

 

 

(……む?)

 

────違和感。

 

世界の相違の話ではない。サーヴァントの知覚に何かが引っかかる。

サーヴァントの気配、ではないが……

 

「凛、気をつけろ」

 

「……なに?」

 

凛は気付いていない。

だが、生前の経験ゆえか、剣騎士として保有した対魔力ゆえか、この身はそれなりに鋭敏だ。

しかしそれをもっても、『違和感』でしか無いなんらかの魔術感応。

 

「何かの隠蔽魔術の気配が───」

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

   「…………始めます」

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「─────ッ!」

 

 

唐突に頭の内側を灼いた痛みに、凛は悲鳴を噛み殺す。

激痛に崩れ落ちかけながらも意思の力で凌ぎ、……今の痛みが、遠坂邸を護る結界からの警告だったと気付く。

この結界は管理者に異常や侵入者を知らせる機能を持つが、今発生した異常が()()()()()()()()()凛の脳で処理しきれず激痛となったのだ。

 

そして警告があったというのは過去形だ。

 

そう、すでにこの工房を護る結界は無に帰している────!

 

 

「───セイバーッ!!」

 

「手を放すなよ、凛」

 

名門遠坂の結界を一瞬で焼き切った侵入者。

数も素性も知れぬ敵対者相手に、工房とはいえ密閉空間で襲撃を待つなど間違い無く悪手。

何よりもまずは敵を把握しなければ後手を取り続けることになる。

凛の呼び掛けを正しく理解した剣騎士の従者は、流れるような動作で凛を抱きかかえ、

右手に出現させた長大な斧剣で壁を切り崩し瞬時に洋邸の外へ脱出する。

 

「まだ昼間だっていうのに神秘の秘匿もわか……っ!?」

 

未だ七騎出揃わず、開戦にはまだ間があるはずの今、それも神秘の秘匿を徹底し難い昼の時間に襲撃してきた不心得者に愚痴をこぼしかけたが、魔術師としての感覚が察知した明らかな魔術の感応に、言葉を止める。

 

……赤暗い、結界。

今さっき壊された遠坂の結界ではない、おそらくは即席の……しかし恐ろしく高度な遮断結界。それも形式の異なる複数層。

それがいつの間にか遠坂邸を中心に広がっている。

発動に気付かなかった。こんなものが準備なしで用意できるはずが無い、先程従者が口にした隠蔽魔術で隠れて組んだか……っ!

この結界の目的は何か? 恐らくは神秘の秘匿、さらにこれは簡易陣地でもあるだろう、遠坂が得ていた霊脈を乗っ取られた。

奪ってすぐでは効果は大きくないだろうが、それでも敵に利するのは間違いない───!

 

「凛、舌を噛むぞ」

 

人の枠を超えた速さの動きの中で不用意に口を開いた主に苦言を呈しつつ、初めて見る戦闘態勢の従者は脱出した勢いのままに地を蹴って屋根に跳ぶ。

まずは状況を理解するために近場の高所に陣取ろうとした従者の行動は凛の意向に沿っており、まさかこの状況で舌を噛んで無様を晒すわけにもいかないと、凛は己の無駄口を戒める。

 

移動中に襲撃を受けることもなく無事に屋根に立ち、剣騎士は油断無く周囲を見渡す。

凛としては抱きかかえられてお荷物状態なのは気に入らないが、この状況では自身が確かにお荷物なのは認めざるを得ず、いつ攻撃を受けるかも分からない状況で降ろせとも言えない。

仕様もなくその体勢のままに従者と同じく周囲を見る。従者は死角を嫌い背後や左右をまず警戒し、凛は考えののちにまずは正門に視線がいったゆえに、それを見たのは同時──────

 

 

 

遠坂家の門前に、一人の女の姿。

 

ふざけたことに凛達に向かいゆるやかに手を振っている長い紫髪の女性と目が合う。

戦衣どころかありふれた普段着という装いのその長身の美女に、凛は見覚えがあり。

 

凛の記憶と唯一の違いは、その美しい瞳の女性が()()()()()()()()()()()────

 

 

 

 

 

   抵抗(レジスト)

   抵抗(レジスト)

   抵抗(レジスト)

   抵抗(レジスト)

   抵抗失敗(レジストエラー)失敗(エラー)失敗(エラー)失敗(エラー)──────……

 

 

 

 

 

「凛────っ」

 

意識が遠のくと同時にびぎり、と『硬く』なっていた身体が従者の声と共にわずかにやわらぐ。

視界に移るのは赤い背中。

 

「くっ……」

 

身に受けた異常から状況を理解する。

あれは魔眼。それも魔術師や吸血種が持つようなものとは格の違うだろう位階の石化の魔眼。

この遠い距離でも目を合わせた凛はその神秘を漏らさず受け、全身を石とされかけた。

ごくごく僅かな抵抗(レジスト)の間と従者の挺身によりぎりぎり生き延びたが、魔術戦闘の場で相手の眼を見るという愚行。凛は自身の間抜けさに内心舌打ちする。

 

だが今は反省などしている場面ではない、凛は従者の陰から動けず、今は対魔力か距離か石化を辛うじて逃れている従者もいつ魔眼に侵されるか分からない。

この状況を脱するには───

 

 

 

 

   「 ───── “ Ατλασ ” ───── 」

 

 

 

 

「……くぅっ!?」

 

「ぐっ……!」

 

凛は膝と両手をつく。

従者は主を魔眼から隠し続け魔眼の呪いを一身に受けつつ、やはり苦鳴を溢す。

 

二人のその身にかかるのは、抗い難い、抗ってなお立ち続け得ない『重圧』。

 

 

凛は呪文、いやおそらくは()()が響いた元に視線を向ける。

今凛達がいる場所とは少し離れた赤暗い宙空。

そこには最初にはいなかった、目深にローブを被った明らかな魔術師が当然のごとく宙に佇み。

 

魔術師の英霊のすぐ近く、不遜にも遠坂邸の最頂上に身を構える───三人の見知った顔。

 

 

 

最も高い尖塔に器用に立つ、白と金の夜装(ドレス)を纏う銀の少女は楽しげに笑い。

 

その近く、黒い片手甲と赤い聖骸布を身に着けた妹は覚悟を宿す瞳で凛を見つめ。

 

二人を護るように黒弓銀矢を構えて佇む戦衣の青年は冷たく此方を睥睨する。

 

 

 

「────」

 

三人を表す言葉を口にしようとした。だが、それだけの自由すら凛には与えられない。

 

 

 

 

   「 “ 突き穿つ(ゲ イ) ────── 」

 

 

 

 

「ッチィ………!!」

 

僅かに時間を遡り、凛が敵マスターを視認したとき、従者は大きく舌打ちをして反対方向に腕を伸ばした。

 

 

 

 

   「 ────── 死翔の槍(ボ ル ク) ” ─────! 」

 

 

 

朱槍が館を消し飛ばさんばかりに轟威を以て襲い来り、

 

 

 

「 “ 熾天覆う七つの円環(ロ ー ・ ア イ ア ス) ”─────! 」

 

 

従者が呼び起こした巨大な光の花弁が轟槍と衝突する。

 

 

 

 

視線を向けていたのとは逆方向で起きた絶大な力の衝突に、凛は振り返らざるを得ない。

そして目にした光景に沸き上がる感嘆を呑み込み、

身を蝕む石化の呪い、

動きを阻害する重圧の大魔術、

敵の対軍級と思しき宝具、

それら全てを一身に受け担う従者、

そして最大の弱点たる自身────

 

 

 

目まぐるしく変わる状況の中で、遠坂凛の判断は常人に比して遥かに速かっただろう。

素材のみを前に思考を置き去りに直感といえるほどに段飛ばしに結論へ至った。

 

つまり、この場を脱する唯一の手段、令呪による限定奇蹟────

 

 

「────セ」

 

従者に呼びかけ命ずる、それだけで逃げ得るという理解だけして。

凛はそれを為そうとした。

 

 

 

……だが。

この状況が結界の破壊から六十秒も経過していないように。

凛がこれまで一言たりともまともに喋らせても貰っていないように。

 

 

 

 

   「 “ 隔ち得ぬ(ク ラ ウ) ──── 」

 

 

 

 

──── この場における時間は、凛の自由を許さない。

 

 

 

 

   「 ──── 天 雷(ソ ラ ス) ” 」

 

 

 

 

────── 視界と身と脳を灼く白光と共に、凛の意識は白く落ちた。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

(……随分と粗悪な贋作だ)

 

主が崩れ落ちるのを背後に感じながら、エミヤは直前に目にしたものをそう評す。

超一級、最高位の宝具と魔術が怒濤とばかりに続く中で、その投影は場違いな程低質で拙劣だった。

 

隔たれぬ光輝(クラウ・ソラス) ”。

エミヤもその固有結界に保有する高位神秘。

多くの英雄の手を渡り歩き、かつて大英雄クー・フーリンも振るったと言われる『伝承多き光剣』であり、その性質ゆえに複数種の神秘を内包する。

ときには光が敵を灼き、ときには輝く炎を自在に繰り、ときには雷槌をもって威を示す。

投擲すれば電光の如く敵を貫き、その白刃は狙いを過たず、逃れうる者はいない。

先見えぬ道を照らす灯りとなり、魔眼の呪いを敵に返す鏡となることさえあった。

 

神秘が朽ちたこの時代に残骸とはいえ現存する稀少な高位宝具であり、自身も生前アイルランドにて解析し複製した。当時の人脈の乏しい己でも容易に辿り着けた現存宝具であり、それをこの世界の衛宮士郎が得ていることに疑問は無いが……。

 

(拙いなどという次元ではない)

 

エミヤが見た、矢の如く飛来する銀剣、それは確かに伝承多き光剣の贋作だったのだろう。

だが、余りにも粗悪、拙劣、雑ですらある贋作の失敗品とすら見えるものだった。

内包神秘の内、『雷光の剣』としての神秘のみを再現し限定的な投影を可能としたようだが……投影の基礎となる技量が低すぎる。

精度も低く理解も精錬も何もかもが足りていないあれがエミヤシロウの投影したものだとは信じ難い。エミヤシロウの性質では、あの粗雑さを造り出すのは逆に難しいとすら思う。

だが。

 

 

(……だが。使用目的を考えれば十二分か)

 

低質な投影だった。最高位神秘の贋作でありながらランクは低く、限定的に可能とした雷撃ですら剣騎士たるエミヤに欠片の痛痒も与えられていない。エミヤが同様のものを投影すれば館の上半分が消し飛んだだろうに、今の投影は屋根を焼いた程度。玩具のような威力だ。

 

しかし、エミヤと遠坂凛という主従を制圧するには充分な威力だった。

 

魔眼と重圧に動きを制限され、朱槍を回避ではなく防御せざるを得ない状況、エミヤはその場から動くにも動けなかったが、もう一撃程度ならば並列投影で防げもした。凛が令呪を使う時間程度は稼げたはずだ。

だが飛来した銀剣を打ち落とすと同時に発生した雷撃は、その拡散と伝達の性質によりエミヤ達の足場全体を蹂躙し。

その身はただの人間である凛は脱落、令呪(マスター)という逆転の札を失ったエミヤもまた立ち尽くす他なくなった。

 

 

状況を正しく掌握し運用するその手腕、手を離れた投影品の真名解放を可能とする技量。

投影の能力こそは低くとも、眼前のエミヤシロウは紛れも無く手練の狩人。

 

……だが、とエミヤは思う。

 

 

 

朱槍が轟威を収め、魔眼の圧力が消え、重圧の魔術を対魔力が軽減し、その代わりに身に絡む鎖と、首に当てられた白刃を感じながら、エミヤは黒弓を手にした青年を見遣る。

 

「 ────貴様、何者だ 」

 

 

エミヤシロウの唯一の業たる『剣』は疎か、理想に目を眩ませた愚者に有り得ぬ戦技巧。()()()()()()()()()()()

そして……幸運にも今回は起こりはしなかったが。運次第では凛の命を奪っただろう危険な制圧手段を、躊躇なく行う冷徹な(かお)

 

何もかもが、エミヤが知る若かりし衛宮士郎とは相容れぬもの。

 

 

端的な誰何に、エミヤと凛の命を握った赤毛の弓士は笑う。

 

「 お前の居るべき場所に居座った別人というところさ────()()()

 

 

 

驚愕するべきなのだろう、この身を知ることに。

疑問を抱くべきなのだろう、別人という言葉に。

だが理解し得ぬ事柄が並びすぎたこの現状で、エミヤにはそのどちらも起こらない。

もはや勝敗の完全に決した対面に肩をすくめ、皮肉げだろう笑みが浮かぶだけだ。

 

「……凛と私をどうするつもりだ? 合併吸収でもするつもりかね?」

 

弓士を筆頭に、三人と魔術師が屋根を跳び渡る。

姉妹を連れ気負いもなく身軽に向かってくる青年と、軽口を交わす。

 

「そういうわけでもないが……まあ、使えるものを使わないのは勿体無いだろう?」

 

姉妹の『妹』が纏う礼装を解析し、これからの自身の扱いを理解しつつ、飄々とした態度は崩さない。

 

「まるで凛のような言い草だな。案外凛と気が合うかもしれん」

 

さらに『兄』もまた同じものを投影するのだと魔力の変動から察知し、念入りなことだと笑う。

 

「多分無理だろう。遠坂は魔術師で、俺も魔術師だからな」

 

『姉』と魔術師の英霊が凛に寄り添い、治療を始めたことを確認し。

 

 

「「 ───── “ 我に触れぬ(ノリ ・ メ ・ タンゲレ) ” 」」

 

 

二重の赤い拘束礼装に視界と力を奪われながら。

この戦争は自分にはただの徒労だったかと、ため息を吐いた。

 

 

 

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裏タイトル『容赦はどっかにおいてきた』(BGM:『EMIYA』)

メディアさんは作戦会議から最後までフードを取らず嗣郎から顔を隠し続けたという……
でもちゃんと仕事はした

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