愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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自分の文が割と冗長なのは自覚していますが、今回は特に冗長かも。
でも凛は単純には書けない……
原作では選択肢次第な主人公に次いで言動にブレがあり、体験版主人公?の割に内面の根幹があまり定かじゃないっていう一番書きにくいキャラ。逆に言えばどうとでも動かせるから人によっては書きやすいらしいけど。


心の奥

 

 

 

魔術師というのは概して、純粋である。

 

それも当然のこと。

魔道というのは極めて険しい道であり。

他のあらゆるものを切り捨てて、ただひたすらに何か一つのモノを追い求める生き様であるからだ。

 

そも魔術師とは、ただ一つの到達点をがむしゃらに目指す渇望者として生まれた。

知の極致。根源。全なる無(アカシックレコード)

それを求める学者達が、神秘の研究を手段としたのが魔術師の始まりであり、そして現在でもその在り様こそが魔術師の正統だ。

本来人を縛る周囲の社会を捨て、形振り構わず己の探究心に全てを捧げる。

それが出来る者だけが魔道に足を踏み入れその生涯を尽くし求め続け、己の命では足りぬと見れば己さえ足掛かりとし次代に全てを託し代を重ねていく。

魔術師とはただひたすら己の道を行く者を指し故に全ての魔術師は個人主義。

多々ある系譜が社会のように絡みあっているように見えても実際はその一本一本が社会を捨てた強烈な個我であり、その在り様は表社会の凡俗とは全く異なる。魔術協会というコミュニティですら其々の個我を徹す為に生まれた個人達の道具でしかない。

 

現代でこそ探求を目的としない『魔術使い』も増えたとはいえ、魔術師を名乗る者、魔術家門にある者はことごとくが渇望者なのは変わらない現実だ。

魔術師とは渇望者を意味し、渇望者は己の執念を以て次代に執念を継がせる。魔道が絶大な苦痛を伴い凡俗を切り捨てる道である以上、代が移り人が変わろうとも魔道を行く者は何らかの渇望者。魔術刻印が宿主に与える嘔気や幻痛、魔術や薬品の使用に伴う身体の変質や破壊を考えれば、魔術使いになることすら強烈な渇望を必要とするだろう。

その渇望の内容が、探求以外のもの────誇り、夢想、情欲等────であったとしても、魔道に在る者は概して純粋、『ただ一つを求める者』。

そこには妥協も諦めもなく、純粋でない者など精々未熟な経験足らずや刻印も持たぬ三流の者。

ましてや刻印の継承や魔術使用に絶大な苦痛を伴い、数百年の執念に圧し掛かられた名門当主ともなれば最早語るまでも無く────

 

 

 

───────その求めるモノの内容まで継げるかは、先代の教育手腕によるのだが。

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

こいつは本当に何を『見て』何を『考えている』のか分からない、と遠坂凛は認識を新たにする。

 

「……盟約は内容次第だけれど。私が聖杯を必要としていないっていうのはどういうことかしら」

 

今衛宮嗣郎が前にしているのは、聖杯戦争儀式を構築し管理する御三家の一つ、遠坂の当主。

にも関わらずこの男は遠坂凛が聖杯を求めていない、とみているらしい。

確かに私は────

 

「違ったか? 遠坂は願望機なんてものに頼らず、自力で願いを叶えるタイプだと思ってたんだが?」

 

それは兄弟子からの情報か、この男の人物眼か。

遠坂凛という魔術師の性質を正しく把握しているようだ。

 

「…………そうね、よく分かってるじゃない。私はそんな都合の良い人造の奇蹟なんかに頼るつもりは無い」

 

「だったら『遠坂』に聖杯なんて必要ないだろう?」

 

それも、そう。

遠坂凛が聖杯戦争に参加したのは受動的な理由だ。令呪があったから、自分の管理地だったから。そこに戦いがあるならば逃げるわけにはいかないと。

凛は確かに聖杯など必要としていない。

 

だが……それは凛個人の理由だ。

 

「それは違うわ、衛宮の当主」

 

「何が違う? 遠坂の当主」

 

魔術師然とした、冷たい眼で凛を見ているこの男は、これも分かっているのではないか。

何のつもりかは知らないが……余裕をもって優雅に、遠坂凛は問いに応える。

 

「聖杯は遠坂が二百年掛けで求めたもの。少なくとも冬木の聖杯に限っては────遠坂は聖杯を追う意味がある」

 

そう。

冬木の聖杯は先代時臣も含めて遠坂が代を重ねて求め続けたもの。凛個人には価値はなくとも、遠坂という魔術家門にとっては()()()()()()()()()()()

そうでなければ、遠坂の二百年が無為に帰してしまう。

 

「確かに願望機としては興味が無いわ、いざというときの備えみたいなもの程度。けれど第三魔法に連なる奇蹟の現物として、無尽蔵の魔力庫として、遠坂の探究にはとてつもなく有益よ。私個人の好みじゃなく、遠坂の当主として……」

 

まぁ、それらの家門としての理由の他に、些細なことが無いわけでもないが、

 

 

「心にもない、ってのはまさにこのことだな」

 

 

こちらの言葉を遮って、衛宮嗣郎が鼻で笑った。

 

「……なんですって?」

 

強い不快感を込めて睨むが、衛宮は動じない。

 

「少なくとも、俺の目に映る遠坂凛は、そんな()()()()()()()は気にしないやつだぞ」

 

「…………衛宮の当主は随分私に詳しいのね。ストーキングでもされてたのかしら」

 

知った風に言う衛宮にさらに不快さを強めて皮肉を返すが、眼前の男は笑みを深め────

 

 

「『聖杯(あれ)を手に入れるのは遠坂の義務であり、魔術師ならば避けては通れない道』、……だろう?」

 

 

無遠慮に─────()()()眼で、凛の心を覗き込む。

 

 

 

 

 

────僅かに首筋が怖気立った。

 

ああ、これだ、と凛は思う。

衛宮嗣郎と相対して、衛宮嗣郎に見据えられて。

衛宮嗣郎の眼で覗きこまれて──── 己の内を晒し見られるかのような、この、()()

 

その瞳孔に凛の心が有りの(まま)に映っているような……そんな感覚。

 

 

かつての恐怖が兄弟子の悪戯による誤解だったと知ってなお、凛の衛宮嗣郎への印象はほとんど変わっていない。

不気味、不可解、気持ち悪い。

凛はその印象が変わらない理由を己が先入観に縛られているのだろうと思っていたが、今分かった。

 

こいつの眼だ。

 

衛宮嗣郎の日常生活を眺めていてもこうして相対していても分かるが、衛宮嗣郎は表情がよく変わる。

よく笑うし、心配げにもなるし、困ったようにもするし、呆れも顔に出す、そして無関心や冷徹さもありのままに出ているようだ。

だがこいつの眼は常に……異様に()()()いる。

 

眼が死んでいるとか、冷たいとかではなく。

何か、そう、違う世界を見ているかのような。焦点が人とは違うような。

表情も言動もありふれた一般人と変わらないというのに、眼だけが異様。

綺麗、と評する同級生が居た。優しくて世話焼きな、綺麗な目をした男子。少女漫画のキャラクターのような人物評だが、なるほど間違ってはいない。

間違ってはいないが……どうにも好意を向けられていないらしい凛からすると、何か納得し難いものでもあった。好意的に接されている同級生達はそれを良いものと見ているようだが。

とはいえ悪いものでもないだろうと、それほど重視はしていなかったが……こうして『覗きこまれ』て、やっとこれまでの自分の感覚と感情を理解し納得できた。

 

こいつの眼はまるで、水面(みなも)硝子(ガラス)────気持ち悪いほどに透き通った晶鏡のようだ。

 

透き通る程に綺麗で、眼を合わせた者の心を晒して映す。

そこには遠慮も意思もなく、ただそういう現象であるかのように素直で────

 

 

──────人間の眼には、見えなくなってきた。

 

 

 

 

「どうした、遠坂?」

 

衛宮嗣郎の声で我に返る。

……今しがたの行き過ぎた畏怖じみた自分の思考に心の中だけで舌打ちする。

怯えすぎだ。もはや妄想に近い。やはり先入観に作用されているのだろう。

考えを切り替えて、問うべきことを問う。

 

「本当に詳しいのね。……ああ、綺礼か。あいつの口も軽すぎるわね」

 

先程衛宮が口にしたのは先代時臣が凛に告げた、最後の教示。

あれを知るのは凛だけだと思っていたが……衛宮が知っているとなれば、情報源は言峰綺礼しか居ない。あの場から多少離れた所に居た綺礼に聞こえていたとは思わなかったが、元代行者の耳の良さは凛の常識外だったということだろう。

それにしても人が大切に思っている遺言まで軽々しく言いふらすとは正直失望した。元からあまり評価は高くないが。

 

「いや……」

 

「まあ、それはいいわ。私は確かに先代からそう告げられた」

 

おそらくは綺礼(ゆうじん)のフォローをしようとしたのだろう衛宮の言葉を遮って、話を戻す。

自分はどうにもこの男と相性が悪い。こいつの色々なものに惑わされて話に集中できない。

意識して話の手綱を握ろうとしなければ、無様なことにしかならない。

 

毅然と、遠坂として過ごした十余年を支えに己を屹立させる。

 

「で────それが何?」

 

先代から告げられた言葉、それがなんだというのか。

衛宮は一度片眉を上げたが、すぐにまた凛には不快な笑みに戻る。

 

「簡単なことだ。もし、そう、もし、だ。十秒くらいかけて、真剣に考えてみろ?」

 

「……何を?」

 

「イメージしてみろ。────もし、『その言葉を言われてなかったら』。遠坂凛は聖杯を求めたか?」

 

 

 

 

──────凛は沈黙する。

だが言われた通りにイメージしているわけではない。

されど、その言葉を軽く受け取ったわけでもない。

 

単純に、凛は理解したのだ。この男が……本当に正しく、己を理解していると。

 

 

 

 

……十秒程、沈黙して。

凛は口を開く。

 

「ねえ、衛宮君」

 

「……なんだ?」

 

「私、あなたのことを凄く不気味に思ってきた」

 

先程までであれば、けして口にはしなかっただろう、己の弱気を認めるに近いことを告白する。

 

「…………反応に困る告白だな」

 

その一方で、眉を寄せる衛宮嗣郎を見る凛はもう、先程までのような怯えを感じてはいない。

 

(怯えてない、っていうのも正しいかわからないけど。なんかスッキリしたわね)

 

「今までずっとそう思ってたけど。今の質問で()()()()()わ」

 

「吹っ切れた?」

 

「もう不気味、不可解、気持ち悪すぎて一周回ってどうでも良くなった感じね。あんたは私には理解不能、それでもういいわ」

 

そう、これまで凛は衛宮嗣郎の不気味さに怯えていた。理解できずに頭を悩ませていた。

それは同時に衛宮嗣郎を理解しようとしていたということでもある。当たり前だ、自分や妹が大きく関係する相手を理解しようとするのは頭で考える前にしてしまうような自然なことだ。

だが今、凛の中での衛宮嗣郎はあまりにも理解不能度が限界突破し過ぎた。凛が無意識に理解しようとする範疇から振り切ったのだろう。

なんかどうでも良くなった。妹の想い人に興味を失うのはどうかと思うが、仕方がない。むしろ今まで凛の無意識が理解の努力を投げ出さなかったのは妹のそれが理由であり、凛からすれば足枷のようなものだったようだ。

 

理解しようとすることで自分が不安定になるなら、相手への興味を切り捨てた方が凛の為である。

 

「もうあんたのことなんてどうでもいいけど、ほんとに不気味よね……

 なんで私が『ずっと考えないようにしてきたこと』が分かるのよ、まったく」

 

 

 

 

遠坂凛は、他人にむざむざと己の心を切開されるのを受け入れるほど、素直でもなければ蒙昧でもない。

他人の手で曝け出されるくらいならば自ら掴んで晒してみせる。

例えそれが、数年来触れることを避けてきた、けして考えたくない本心であっても。

 

 

 

凛はかつて従者に聖杯は要らないと建前を語った。しかし内心では父の遺した言葉を胸に抱いて、聖杯を求めてもいた。

 

だが、凛の心はそんな二重構造程度の、単純なものではない。

 

 

 

「そうね、私は聖杯なんてどうでもいいわ。そりゃあもう、()()()から」

 

凛は投げやりに言って姿勢を崩す。

くるくると手を泳がせて、独白を始める。

衛宮嗣郎に曝け出される前に、己の手で秘心を晒す。

 

「遠坂に……『優雅であるべき一門』に、聖杯なんて(ずる)い近道は、要らない」

 

それは語っていた建前と同じ結論でありながら。

もっと他の意味を持つ。

その意味こそが、凛が触れたくなかった、己の心。

 

それは、そう、

 

「……御三家の盟約、聖杯戦争儀式。そんなものに頼って、必死に縋り続けた歴代遠坂はとっても無様」

 

敬愛する父をも含め、先代達を見下す────どこまでも気高い、遠坂凛の『誇り』の在り方。

 

 

 

 

 

凛は、根源など求めてはいない。

いや、根源に向かっていないわけではない。凛が研究を進める遠坂の魔術の果てには、根源があるはずなのだから。

しかしそれはあくまで『結果』として根源に至るだけだ。『目的』ではない。

凛にとって本当に大事なものは、根源でもなければ魔術の研究でもなく。

遠坂という家門が誇る『在り様』であり。魔術も根源も付随物でしかない。

それは魔術師としては正統どころか目的と手段が入れ替わった血迷った思想ではあるのだが……根源以外のものを求める魔術師が大勢である現代においては珍しくもないことでもある。

 

とにかく、何よりも『遠坂として在るべき姿』を求める凛にとって、聖杯なんてものは無価値。それどころか遠坂の在り様を歪める害にすら映る。

他家の持つ技術や知識を利用するのは凛も認める。足りないものは他所から持ってくるべきだ。

だが、自家の持つものを差し出して、自家とは全く異なる魔術を用いる他家の儀式のおこぼれに預かることを良しとするのは……違うだろうと、凛は思う。

 

聖杯戦争儀式において、遠坂の主な役割とは土地の提供と管理に過ぎない。

儀式の構築、龍脈の誘導などにも絡みはしたが他の二家に比べれば大したものでもなく、聖杯を担うアインツベルン、機構を担うマキリ、そして大師父たる魔法使いが作る大儀礼の雑務を担ったようなもの。

たまたま彼らが求める条件に見合う土地を管理していたから、運良くそのおこぼれに預かれることになっただけ。彼らからすれば似たような土地であれば冬木でなくても、遠坂でなくても良かったのだ。

そんなただの偶然と幸運に縋ることで到達点に辿り着いて、自身や自家を誇れるほど凛は軽い頭をしていない。

 

根源を目指すのは構わない。

徒党を組むのも良いだろう。

されどその歩み方だけは────『遠坂』らしく。優雅であるべきだ。

 

 

その考えは凛にとって当然で。

けれど同時に父を貶すものでもあって。

例え心の奥深くに芽吹いていたといえども、目を逸らしていたかったというのに。

 

 

 

 

「……さすがだ、遠坂。なんか負けた気分になる」

 

「奇遇ね、私も負けたような気分だったけど。そう聞くと少しは気も晴れるわ」

 

凛に己の心を切開させた男は苦笑している。自分がやろうとしていたのに凛に先手をうたれたような形になって拍子抜けしたのだろう。

逆に凛はどこか清々しい気分で笑う。

 

 

 

「さて、長々とした前提確認はここまでだ」

 

空気を変えるように発された衛宮の言葉に、これまでの会話が盟約の前準備だったのだと理解する。

 

「確かに長かったわね。何の話をしてたのか忘れてしまいそう」

 

「おいおい、ここからもそれなりに話すことはあるぞ?」

 

「対等であることを示して、遠坂(わたし)の目的を明確にさせて、後はそっちの目的と盟約の内容ってとこかしら」

 

そこそこ長くなりそうだ。時刻は昼過ぎ、まだ昼食もとっていないのだけれど。

時計に目をやったこちらの考えを読んだか、衛宮はまた苦笑する。

 

「まあ、細かい話はともかくこっちの目的と盟約の内容はそんなに長くなるものでもないさ。昼飯は…」

 

「あ、じゃあ私作ってますね」

 

「そうだな、頼む」

 

桜が嬉々として立ち上がる。もしかしたら手持ち無沙汰だったのかもしれない。

というか。

 

「あら、私ももらえるのかしら?」

 

「もちろん」

 

「それは楽しみね。桜の手料理は初めてだし」

 

「ふふ、この間は兄さんの料理でしたね。兄さんほどではないですけど、私もそれなりに自信ありますよ?」

 

桜は楽しげだ。どうやら凛に手料理を振舞えるのが嬉しいらしい。その無邪気さに姉として凛もちょっと嬉しくなる。

 

「……あの調子だと、少し時間かかるかもな」

 

「いいわよ、張り切ってる可愛い妹に水を差すような無粋な真似はしたくないでしょう?」

 

「ま、そうだな。じゃあ、楽しいランチタイムにも水を差さないよう、さっさと話を進めるか」

 

 

 

 

 

 

「まず大枠として、望んでいる盟約は相互に助力を惜しまない、ってやつだ」

 

「聖杯戦争儀式に限ったことじゃないのね?」

 

「ああ、御三家としての遠坂にも求めるものはあるがそれだけじゃないし、こっちが提供するのも聖杯関連に限らない」

 

「例えば?」

 

「魔法使いの系譜としての遠坂、土地の管理者としての遠坂、いろいろあるだろう?」

 

「いろんな面で便宜を図るように、最大限友好的にあろうってことね。それで、その代わりにそっちが提供するものは?」

 

本気で昼食に間に合わせようとしているわけでもないが、凛が衛宮の人間性に興味を失い、衛宮も凛の内面に触れようとしなくなったために交渉は事務的に素早く進んでいく。

 

「マキリ、アインツベルン、衛宮の研究成果が提供できるな。それに今までアインツベルンに流してた、とある筋からの古代の宝物や……これとか」

 

「……薬?」

 

「うちのキャスターが作った、神代の秘薬」

 

「……………………道具作成スキル」

 

「当然作れるのはこれだけでもないし、道具だけでもなく人材としても頼れるぞ」

 

「……確かに神代の魔術師というのなら、もし師事することができるなら、いえ話す機会を得るだけでも学べることは数え切れないでしょうね。でも、それは聖杯戦争の間だけじゃないの?」

 

「今回勝った場合の話になるが、うちのキャスターの願いは受肉だ」

 

「…………大問題になるわね。協会も教会も黙ってないわよ」

 

「まあ、それはどうにかするさ。とにかくそういう『人脈』も提供できないことはないし、それに、今召喚されてる英霊に限った話でもない」

 

「それは……」

 

「なあ遠坂。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………………限定的なサーヴァントシステムの応用…………そういう儀式も用意できるわけね。具体的に組むとしたらどういう」

 

「ストップ。そういう横に逸れる細かい話は後でいいだろ?」

 

「……そうね、ごめんなさい。遠坂からは御三家、冬木の管理者、それに大師父に連なる家門としての便宜と情報提供。衛宮からは御三家、聖杯戦争の勝者としての便宜、あと秘薬や宝物とやらが提供内容ってところ?」

 

「いや、こっちからは衛宮の魔術や俺の魔術もあるし、そっちも遠坂の魔術やエミヤのマスターとしてとかあるしな。挙げたものはあくまで例であって、盟約自体は制限無しの相互助力を望んでる。それが惜しくない程度の見返りがあるのは分かっただろう」

 

衛宮嗣郎の魔術や無制限というところなどに引っかかりはしたが、何よりも奇妙な言い回しに凛はわずかに首を傾げる。

 

「『衛宮のマスター』?」

 

ん?と衛宮は眉を上げ、すぐに納得したような表情になる。

 

「やっぱ聞いてないんだな」

 

「何の話よ」

 

「また話が逸れるが……コレだよ」

 

衛宮が示すのは赤い簀巻き。

存在をやっと思い出したが、話がつながらない。

疑問を重ねる前に、赤い簀巻きの一部が光の粒となり中身が部分的にあらわになった。

 

「………………コレとは随分な言い様だな?」

 

肩から上だけ簀巻きから解放された皮肉屋。

だがかなり疲れているようで言葉にも張りがない。

 

「その前に、随分な有り様よね」

 

「……一応私は君を守って戦ったのだがね?」

 

「もちろん感謝も評価もしてるわよ。相手が悪かったけど」

 

「それは有難いことだ」

 

「で、これが何?」

 

「君までコレ扱いするのか……」

 

拘束具が気力を奪うのかこれまで放置されていたせいか力ない従者は置いておいて、衛宮嗣郎に確認する。

 

「そいつ、記憶が混濁してるとか、真名が分からないとか言ってたんじゃないか?」

 

「……よく分かるわね。どうして? っていうか。やっぱり嘘なのアンタ」

 

「…………ふむ」

 

「観念しろ、お前が『覚えてる』のは分かってる。それにもう隠す理由はないだろ」

 

「その通りではあるがな」

 

主を差し置いて二人だけで何かを分かったような会話をする男達に凛は軽く苛立つ。

 

「ちょっと、何の話よ。衛宮君はそいつの真名が分かるの?」

 

「おう、真名だけじゃなくいろいろ分かるぞ。なんたってこいつは……」

 

言葉を続けようとした衛宮を制すように、はぁ、と大きく溜息をついて。

剣騎士たる従者はこれまで秘していた己の名を明かす。

 

「こうなっては仕方がない。名乗らせてもらおうか。

 …………私の真名はエミヤシロウ」

 

「…………は?」

 

「こことは違う世界で英雄に成り果てた、衛宮士郎の残骸だ」

 

 

 

 

 

理解が追い付くまでにいくらかの時間を要した凛が続けて聞いた話によれば。

衛宮シロウというのは宝具を投影可能という封印指定間違い無しの非常識な才覚を持つ魔術師であり、

そしてさらに世界との契約によってアラヤの守護者へと至る英雄なのだという。

ややこしいことに凛の知る衛宮嗣郎とエミヤシロウは別人であり衛宮嗣郎は英雄には至るまいという話だが……馬鹿げている。宝具の投影、固有結界という魔法手前の大魔術を既に衛宮が可能としていることもそうだが、曲がりなりにも英霊の座に至るような伝説級の存在がこの時代にあるということも。

さらに英霊の方のエミヤシロウは生前凛と親しかったという話まであり……滅茶苦茶過ぎて凛には何も言えない。

ただ言われてみれば、肌や髪の色を無視して髪型だけ変えてみればほとんど同じ顔、多少の差があるとはいえ近しい兄弟にも見えるのは確かで本当に同一人物なのだろう。

そりゃあ自分と同じ顔、同じ能力をしているとなれば勘が良ければその正体は分かるだろう…………と思ったら、衛宮嗣郎は平行世界の可能性を見たとかなんとか。なんだそれは。

 

「本当にふざけた話ね……なんだか疲れたわ」

 

「奇遇だな凛、私もとても疲れている。自由の身となったことだし帰らないか?」

 

「せめて美味しいもの食べてから帰りたいから、却下」

 

「お望みとあらば私が作ってもいいのだがね」

 

拘束から解放され壁にもたれて座っているエミヤシロウは冗談めかして本気で帰りたがっている気配がする。

拘束具で力を奪われてずっと転がされていたのだから精神的に疲れているのは分かるが、それだけでもない気がする。

敵地だと判断しているのか、自分を良いようにした連中から離れたいのか、その辺りかと思っていたが、

 

「この世界の桜やイリ姉ぇ見ててあっち思い出して気が滅入ってるのはわかるが、せっかく桜が腕によりをかけて作ってるんだから待っててやれよ」

 

「……凛との会話のときから思ってはいたが、貴様は言峰綺礼に似ているな」

 

「否定できないのが正直痛いな」

 

どうやら違ったらしい。同一人物同士では通じているようだが、横から聞いていても何の話か分からない。

 

「綺礼と衛宮君が似てるっていうのは同意するけど、気が滅入るっていうのは何の話かしら」

 

「そりゃまあ」「なに、世界が違えば色々とある、というだけだ」

 

あっさり答えようとした衛宮嗣郎をエミヤシロウが邪魔している。話したくないことらしい。

そこに名前を出されて反応していた銀髪ロリが口を出す。さっきまで後頭部でライダーの胸をぽよんぽよんさせて遊んでいたから、やはりこっちも暇だったのだろう。

 

「そういえばそっちの世界のわたしはどんな感じだったのー?」

 

「………………」「あー…………」

 

「え、ちょっと黙らないでよ不安になるじゃないシロウも言いづらいときにやる反応しないで」

 

どうやら言いづらいらしい。どんな性悪になってるのよ、と怒るロリ姉にそういうわけじゃないんだがいろいろとなぁ、と言葉を濁す衛宮。

 

 

「さて随分横に逸れたが盟約の内容は大体問題ないか?」

 

気になるじゃないのー、とバタバタしている姉を無視して衛宮は話の纏めにはいる。

凛も妙に重い気配のする従者から意識を逸らしてあらためて考える。

 

「そうね、現状提供できる量ではそちらが格上、けれどセカンドオーナーとして魔術協会での立場も鑑みればそっちが出来ないことをこちらが出来るのも確か。足りないものを融通し合える、魔術家門の盟約として申し分ないわね」

 

「なら、約定の制定に入ろう。細かい除外事項、制約事項はともかく第一義としてこれは『可能な限りの相互援助』の盟約」

 

「可能な限り、は怖いわね。名目の段階でも制約は欲しいわ」

 

「ならこれはどうだ? 『互いの利益に反さない範囲での相互援助』」

 

「情報開示は割と利益に反しそうね。『両家の信条に反さない範囲での相互援助』」

 

「それだと援助を渋り易すぎないか?」

 

「渋りたくなるような関係と内容ならこんな盟約は成り立たないでしょ。望まないものを強引に搾り取るような盟約は後の争いの元よ」

 

「まあ、それもそうか。対等を明確にするために援助の内容は記録、等価交換できなくなったら盟約は破棄だな」

 

「対等だからこそ成り立つから、どちらかが優勢になれば足枷にしかならないものね。ただ破棄時の『借金』の扱いは……」

 

 

 

大枠、詳細、補足と盟約の内容を明文化していく。

…………この段階では、両家ともにこの盟約は長くとも数十年単位の魔術師にとっては短期的な同盟だと考えている。

故に破棄時の条項もあっさりと加えられたわけだが……両者にとって意外なことに、この盟約は案外長く続き、二人の生きている間に破棄条項が実効を得ることは無いのだが、二人が知るはずも無い。

 

 

 

淡々と条項が整理され、魔術的な束縛は無いものの証文も書き上げられた頃、桜の丹精込めた昼食も出来上がる。

 

「とりあえずはこんなもんだな」

 

「そうね。せっかくの休みだし、ランチの後で早々に相互援助といきましょうか」

 

凛もなんだかんだでもう乗り気だ。交渉の内に不安要素は取っ払ったので後は普通に生きていれば触れられないような神秘をそこそこ気楽に得るだけだ。盟約に反さない程度にお金に繋げることだってできる。割とわくわくしていた。

 

「そうだな、じゃあまずはお互いが有益なようにそっちの固有結界で───」

 

衛宮もどことなく浮ついているように見える。英霊たるエミヤの固有結界に入れるのが有難いのか───

 

「その件なのだがな、凛と衛宮嗣郎よ」

 

と、いつの間にか普段通りの空気になっている赤い従者が口を挟む。

 

「なによ」「……なんだ?」

 

「まずは衛宮嗣郎よ、貴様、私を宝具の蔵か何かと思っていないか?」

 

「……」

 

衛宮は目を逸らす。図星らしい。なるほど、宝具投影魔術師にとって数十年後の自分(厳密には違うが)とは自分が未だ持たない宝具の情報を大量に保有した貯蔵庫に見えるのかもしれない。

 

「大方盟約にかこつけて、私の保有する宝具を片っ端から模造するつもりだろう?」

 

「……まあ、そのつもりだったが?」

 

何か嫌な予感でもしているのか、衛宮は苦々しげだ。

 

「でな凛よ。私は確かに数百数千の宝具礼装を保有しているが、これは私が生涯を掛けて、様々なモノを代償にして得てきたものだ」

 

「それは……そうでしょうね」

 

エミヤは魔剣や聖剣も数多持つというが、それらを平易に手に入れられるわけもない。

本人しか知らない苦難がその過程にはあったのだろう。

 

「だから?」

 

まあ、既に言いたいことは分かる。

 

「私は私の蔵を安易に開帳することはできん。それを命じるのならば、それなりの代償は覚悟したまえ」

 

錬鉄の英雄は不敵に笑う。

 

……これでは、言うことを聞かせるのに最低でも令呪一画は要るだろう。

凛にとって令呪は既に大して価値があるものでもないが……

 

「……全力で反抗する気なわけだな?」

 

「ああ、私の全能力をもって抗ってやろう」

 

「対魔力や宝具礼装も惜しまずに、か?」

 

「令呪二画程度ならどうとでもなるな」

 

エミヤ二人の会話で凛も気付く。数百数千の保有神秘があるというのだ、令呪に抗う手段がいくらかあってもおかしくない。

警戒している状態で剣騎士としての対魔力があれば、凛が命じる間になんとでもできるらしい。

なるほど、これは多分、無理だ。

 

「だめっぽいわよ、衛宮君?」

 

「あー……」

 

衛宮は惜しそうだ。その一方でエミヤは勝ち誇っている。なんでそんなに反抗的なんだろう、嫌いなんだろうか? 気持ちは分からなくもないが。

そう考えていると従者は諭すように否定してくる。

 

「凛、私は別にこいつを嫌っているわけでもない。むしろ尊敬していると言ってもいいくらいだ」

 

「尊敬っていうのも違和感がすごいけど。ならなんで?」

 

「さて、な」

 

凛の問いに答えずに、エミヤは皮肉げに笑いながらその身を魔力に溶かし始める。

この後の昼食に付き合うつもりは無いらしい。

 

(────ただ、間違えたとはいえ道を進んだ先達として、思うところはあってな)

 

霊体化していくなかで、念話で凛だけに向けて、英雄たるエミヤはそれだけ続けた。

その言葉の奥にあるものは凛には分からない。

 

分からないが─────なんとなく、使い魔(サーヴァント)ではなく、一人の男としての、この英雄の姿を感じたような気がした。

 

 

 

(……サーヴァントは、ただの使い魔じゃない、ってことかな)

 

召喚してから数日、魔術師らしくこれまでサーヴァントをただの使い魔と見ていた凛は少し考えを改める。

頭を切り替えたらしい衛宮嗣郎やその姉妹達、なぜかいない魔術師以外のサーヴァント達ととても美味しい昼食をとりながら、凛はこれからの従者との付き合いのことを考えていた。

 

 

 

 

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