愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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裏側で

     

 

 

......................................................

 

 

 

嗣郎達が盟約の交渉に入った頃、衛宮邸のとある一室。

 

そこは本来特徴も無い寝室の一間であったはずだが、今はその用途も分からぬ様々な器具や物品が所狭しと積まれている。薄暗い紫の魔力光だけがそれらを照らしているせいで、それぞれがどういう物なのかも近付かなければ分からない。

しかし溢れる程に物があるにも関わらず、石器や陶器、草花や皮骨がどこか規則性をもって部屋を埋めているのは、今部屋の中心で黙々と何かを調合しているこの部屋の主の性格を感じさせた。

 

 

「────鼻が曲がりそうだぜ。魔女(おまえら)はこの臭い気にならねぇのか?」

 

 

と、つい先程まで誰もいなかった筈の、部屋の入り口の辺りに男が立っていた。

独特な青い鎧を纏った男────クー・フーリン。

部屋に充満する強い臭い……秘薬の素となる薬草が放つ、泥と草を煮詰めたような空気に顔を顰めている。

 

「気にならないわね、子供のときからの付き合いだもの。貴方の師もそうだったんじゃないのかしら」

 

男の唐突な出現にも一切動揺を見せることなく部屋の主は応える。

手元の紫の魔力光にその美貌を照らされながら、硝子の調合器(フラスコ)の中で揺らめく液体を検分している神代の魔術師────メディア。

 

「女の部屋にわざわざ隠身して上がり込むなんて、昼間からお盛んなこと」

 

「ハッ、安心しろ。お前を押し倒すようなつもりはねぇよ」

 

魔女の皮肉に猛犬は笑い、近付くことはなく壁にもたれる。

 

「……本当に、何しにきたのかしら」

 

ここでようやく、魔術師は槍騎士に顔を向けて問う。

冗談として言いはしたが男が現れた理由の推測として最も可能性が高いと思っていたことを否定されたのだ。その他にわざわざ魔術で身を隠してまで部屋に侵入する理由がいまいち浮かばない。

 

「隠身は癖だ、気にするな」

 

割と本気で警戒している女とは対照的に、男は軽く答え、その軽さにさらに女は不審げになる。

 

「……私も暇ではないの。用があるならさっさと言って頂戴」

 

そう言いながら薬品を混ぜ合わせる作業に戻る女の後ろ姿を見ながら、男は笑う。

 

「おう、俺もまどろっこしいのは嫌いだからな、単刀直入といくが」

 

「何よ」

 

「さっさと嗣郎と同衾でもしろ」

 

カシャンッッ

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

ガラス容器ごと内部から炸裂した薬品を前に、しばしの沈黙。

 

「………………入れすぎたわ」

 

「らしいな」

 

「………………」

 

「………………」

 

もそ、と無言でゆっくりと失敗作の片付けを始める女をしばらく眺めて、男は溜息をつく。

 

「……てめえだって意識してんだろうが。さっさとモノにされてこい」

 

「…………貴方はさっきから何を言って」

 

「ネタは上がってんだ。起きたときから茹であがってたらしいじゃねえか」

 

「……ライダーね……」

 

「第一朝から挙動不審すぎんだよ」

 

「ぐ」

 

分かりやすすぎる程に言葉に詰まったが、それでも男の視線から顔を逸らしながら反論する。

 

「……貴方達は性急過ぎるわ。なんでいきなりそんな話になるのよ。ちょっと動揺しただけじゃない」

 

別に好意を持っているわけではない、と否定する女を、男は鼻で笑う。

 

「ハッ、じゃあ坊主に顔見せてみろよ」

 

「う」

 

「本当のところは分かってっから、隠してるんだろ」

 

「………………」

 

ここで女は思い出す。

この男は、己の感情に従って生きてきて、こういう話の経験を多く得ている。

下手をすれば、女自身よりも今の女の状態を理解しているのかもしれない。

なにせ───女自身は、己のことにも関わらず自分の状況が理解できていないのだから。

 

 

「…………例え、そうだとしても」

 

女の口から出るのは仮定。

 

「そうだとしても、貴方の考えはやはり性急でしょう」

 

まだ好意かどうかもはっきりとは分からないのに、という言葉は、口に出さなくとも伝わっている。

そんな女の反応を男は呆れたように切り捨てる。

 

「てめえのペースじゃ遅すぎる」

 

続く言葉は、厳しく真剣な色。

 

「時間はねぇんだ」

 

 

男の言葉に女は眉をひそめる。

 

「……無いことはないでしょう。私の願いは」

 

「馬鹿が。てめえも坊主も大馬鹿だ」

 

「……なんですって?」

 

物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、男は厳しい表情で続ける。

 

「準備してるから勝てる? 手勢が多いから死なない? 舐めるなよ、阿呆が」

 

 

 

「戦いってのは────そんな都合の良いもんじゃねえ」

 

 

 

今この戦いに参じた者の中で、おそらくは最も多くの戦いを重ねてきた大英雄は告げる。

戦いの中で圧倒的な力を持ちながら、苦楽を共にした親友を、愛した女を、血を分けた息子を、そして果てには己自身の命を失った男は教える。

 

「計略は知らねぇところであっさり崩れる。優位は気付けば無くなってる。人間なんざふとしたことで死ぬ」

 

それは経験に基づく警告。

頭では理解していても、実感を伴う者はそうはいない現実。

 

「どれだけ策を練ろうが、どれだけ防備を固めようが、運が良くなけりゃ死ぬ。お前らは、それが分かってねえ」

 

「…………そんなことは分かってるわ」

 

「いいや、分かってねえな。てめえも坊主も今にも死ぬかもしれないってのに、何の行動もしてねえお前らが分かってるはずがねえんだよ。まだ時間がある、なんて思ってんだろ」

 

「………………」

 

「坊主も蹴っ飛ばしてやりたいがな、あれを蹴っ飛ばすよりてめえを蹴っ飛ばしたほうが動きそうだからこっちに来た。分かったか?」

 

言うだけ言って、そしてまた鼻で笑う。

そんな騎士に、女は文句を搾り出す。

 

「……お節介が過ぎるのではなくて?」

 

「ハッ、お前らが世話が焼けるだけだろ」

 

すでに言うことは言ったと、壁から離れて女に背を向ける。

霊体化して部屋から去る、その中で。

 

「…………てめえは良い女だ」

 

「……は?」

 

「小狡い女狐かと思ってたが、坊主の記憶(おかげ)で分かった。見抜けなかった手前が情けねえし、俺は手は出さねえが……」

 

肩越しに、顔だけ振り向いて。

 

「良い女には────笑って死ねる人生が似合うからな」

 

大英雄は、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

 

「サクラー♪」

 

「はい、あーん」

 

「……前も思ったけど、イチャイチャしすぎじゃない?」

 

「あら、リンもやりたいのね?」

 

「違うわよ、って、桜?」

 

「凛姉さん、あーん♪」

 

「ちょっ」

 

「あーん♪」

 

「桜、わたしは」

 

「あーーん♪」

 

「う…………」

 

「♪」

 

「………………………あむ」

 

「どう、リン?」

 

「…………美味しいわ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「あははっ」

 

 

 

(……………………)

 

衛宮家の和やかな食卓を、エミヤは霊体となって見下ろしている。

もしその姿が見えるのならば、その顔には色が抜けた無表情が浮かんでいるだろう。

 

…………エミヤの意識に浮かんでいるのは、古い古い、とある再会の記憶。

 

 

 

 

 

 

『 ─────お帰りなさい、先輩。わたし、ずっと待ってたんですよ 』

 

 

ノイズだらけの記憶の中で、その笑顔は赤かった。

赤と、黒と、白と────

まるで一番最初の記憶、黒い太陽の世界に、無邪気な妹分を投げ込んだだけのような。

 

 

『 ほら、わたしだけじゃないんですよ。藤村先生もよろこんでます。おかえりって 』

 

 

その笑顔は掠れる記憶の中にある、穢れを知らない────ようにみえた────無邪気な後輩の笑顔と変わらずに。

 

 

『 わたしのナカで、みんなよろこんでます。みんな、先輩のこと大好きですから 』

 

 

何かが狂っているような白過ぎる肌を、朱く濡らした女の周りで、黒いナニカが蠢いている。

 

 

『 あ、もちろん一番先輩を大好きなのはわたしですよ? ふふ、恥ずかしいですけど 』

 

 

無邪気な笑顔で、命の欠けた身体で、光の失せた瞳で、桜と呼ばれたナニカは愛する者を迎える。

 

 

『 愛しています、先輩。だから──── 』

 

 

絶望の中で、悲劇の中で、微かな救いを求めて、

 

 

『 ────私と一緒に、死んでください 』

 

 

マキリサクラは手を伸ばす──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………世界が違えば、いろいろ違う。そんな話ではないな)

 

マキリという悪意の壷から抜け出した『桜』を見ていると、エミヤという存在の中に在る色褪せた絶望が胸を灼く。

かつて己の故郷を、近しい者のほぼ全てを失った記憶。それが『気付く』ことができなかった己の所為だというのだから、これは世界の違いの話などではない。

 

(衛宮嗣郎は救った。そしてこれからも救い続けるのだろう……()とは違って)

 

桜を地獄に置いてきてしまったのはエミヤシロウで、桜を地獄から救い出したのは衛宮嗣郎。

ここには救われた桜と、救った嗣郎が幸せに暮らしている。

それを見る救わなかったエミヤシロウの胸中は────

 

(…………無様、だな。慣れた感覚のつもりだったが……これは中々にくる)

 

だが、エミヤは眼前の幸福な光景から目を逸らさない。

己への懲罰の如く、己を苛む光景を受け入れ続ける。

 

 

 

 

「兄さん、口元にソースが」

 

「舐めるなよ?」

 

「……先手を打たれました」

 

「桜、まさか舐めるつもりだったの」

 

「え? はい」

 

「………………そう」

 

 

 

 

幸福の光景に、当たり前とばかりに馴染んでいる己と同じ存在。

その人格自体は中身が違えども、その生き様はエミヤの選択肢として確かに存在していた可能性。

 

(…………………)

 

眼前の光景を見ていて、連なる鎖のように思考に這いずり込むものがある。

それは、『この先』のこと。

 

 

衛宮士郎は、その生涯の中であらゆるものを悲劇に投げ込んだ。

間桐桜も、藤村大河も、柳洞一成も……衛宮士郎と親しくなった人間のほぼ全ては、衛宮士郎が地獄に導いた。この疫病神に捕らわれなかったのは遠坂凛くらいだろう。

おぞましいことに衛宮士郎という人間は、歳を重ねるほど人脈を拡げるほどに有害さを増していった。

 

…………では、この衛宮嗣郎はどうか。

このエミヤにとっては『早い段階』で桜を救っており、これからおそらくイリヤも救うのだろう衛宮嗣郎は、その先にどうなるのだろうか。

 

(…………上手くいけば、救い手となるだろう。今のままに)

 

道を(あやま)たず、手に余る不運に見舞われなどもしなければ衛宮嗣郎は良き救い手となるだろう。

敵対している凛に容赦なく武器を向けたように、この男は自らの手の届く範囲だけを救うだろう。

そうであれば少なくとも…………身近な者だけは救えるはずだ。

 

 

(……だが、それも『上手くいけば』の話)

 

エミヤが嗣郎に向ける視線は、厳しい。

そもそも、人生など何もかも上手くいくようになど出来ていない。

衛宮士郎が綺麗な理想を抱いて戦場に足を踏み入れ、その果てに自覚無き害悪と成り果てたように。

衛宮嗣郎が今の道の先に、どのように歪み狂うかも分からない。

 

だからこそ、エミヤは宝具の開帳を拒んだ。

エミヤシロウにとって、宝具の情報とは力そのものだ。エミヤの保有する宝具の情報を嗣郎に開放してしまえば嗣郎は絶大とさえ言える力を手に入れる。

そしてその力を手に入れた上で、もし嗣郎が士郎のように害悪と成ってしまえば? 力の大きさに比例して、嗣郎は悲劇を生むだろう。それはその力を得なかったときとは段違いの規模となる筈だ。

それに、その力ゆえに嗣郎が道を誤ることも考えられる。

力というのは可能性と選択肢を広げるが、その増えた中には害悪への道も確かに有るのだから。

 

(例えば、そうだな。イリヤを救う為に俺の持つ宝具が必要だというのならば見せるのも(やぶさ)かではないが)

 

何か明確な目的があり、そのために力が足りていないというのであればその力を貸すことに躊躇いは無い。

衛宮嗣郎は実績という面でエミヤより優れている。エミヤの持つ宝具情報などエミヤが持っていてもただの宝の持ち腐れであり、それをより有意義に扱える嗣郎に渡すとなれば躊躇など無い。……なにか口惜しい思いも無いわけではないが。

 

だが、今の嗣郎はどうにもそこまで明確な理由でエミヤの宝具を欲しているわけではないようだった。

おそらくは、今後のために得られる力は得ておきたい、という程度のもの。

 

その考えは戦う者として当然のものでもあり理解できるものだが……衛宮シロウという存在に強い危惧を抱いているエミヤからすれば、そんな理由で大量の危険物を無制限に渡す気になどなれなかった。

 

 

(……何よりも、俺は奴のことをほとんど知らん。行動理由も信念も、何一つ)

 

なんにせよ、既に死者、只の残骸と化している身ではあるが、どこかで思うことはあるのだ。

かつて己が救えなかった者達を救えるのならば救いたいという感傷。

己と同じように成り果て得る嗣郎への危惧。

それらはさして強い思いではなくとも────残骸たるこの身を動かすのには、充分な理由でもあった。

 

(さて、衛宮嗣郎。お前は何処へ向かい、何へと成る?)

 

姉妹達と戯れ、凛と淡々と言葉を交わす嗣郎を観察するように、エミヤはどこか冷たい視線を向ける。

 

(お前が如何なる存在か────見させてもらうとしよう)

 

この身が在るうちに知れるかどうかは分からんがな、と、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

 

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