愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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絡みたがりの蛇

 

 

 

 

『 ─────嗣郎、君は狩人の系統だ 』

 

 

 

養父は息子をそう評した。

そこにはある種の諦めと冷淡さ、師としての厳しさがあり。

同時に微かな哀れみと確かな優しさもあった。

なんにせよ、その言葉は曖昧な楽観を断ち切る、生涯の方針の確定だった。

 

 

『狩人?』

 

『そう。僕や葛木のような暗殺者でもなく、言峰のような戦士でもなく、狩人』

 

『おやじや葛木先生はともかく、言峰が戦士っていうのは変な感じなんだけど。あいつも狩人みたいなもんじゃない?』

 

『嗣郎が見ているのは奴の職務の話だろう。僕が言っているのは、戦闘スタイルの話さ』

 

『あー、なるほど。確かに戦い方でいえば言峰はわりと近接型だな。投擲も使うけど』

 

『そうだろう。奴は自分の戦いの感性と技量と肉体で真正面からぶつかって敵を圧倒する系統だ。それに対して僕や葛木は道具や技術を主体に敵の不意を突く系統。言峰のような肉体やセンスは持ち合わせて無いし、正面からの戦いよりも不意打ちを好む』

 

『……うん? それって俺も暗殺者の系統じゃないか?』

 

『いや、確かに戦士型よりは僕らに近いけど、嗣郎は僕らとも多少違う』

 

『どのあたりがさ』

 

『嗣郎は悲しいことに、僕よりも戦いに向いていないんだ』

 

 

 

『…………いや、そんなことはないと思うけど』

 

『確かに君は僕よりも強いさ。投影魔術に投影宝具、幻想破壊に時間魔術。それに技術の吸収に関してはちょっと人外じみてるレベルの天才だから格闘術に戦闘術も凄いことになるだろう。ただ』

 

『ただ?』

 

『絶望的に戦士としての才能が無い』

 

『……なんだよそれ。矛盾してるようにきこえるぞ』

 

『そうでもない。嗣郎、戦士としての才能っていうのは何だと思う?』

 

『そりゃあ、戦闘技術や身体じゃないのか?』

 

『いいや違う。戦士に必要なのは感性(センス)だ。直感と言いかえてもいい』

 

『センスって』

 

『殺意を感じ取って致命の一撃を避ける、気配を感じ取って人の存在を察知する。それなりに戦場に居れば、大なり小なり身につくものさ。身につかない奴から死んでいく。そして嗣郎は真っ先に死ぬタイプだ』

 

『…………いや、そういうものなのかもしれないけどさ。おれだって経験をつめば』

 

『嗣郎。睡眠中の嗣郎の手にナイフを突き刺す「訓練」を始めてもう一年だ。僕だって一月も続ければ痛みを恐れて自然と睡眠中でもあからさまな害意や気配に反応できるようになった。でも嗣郎は一年続けても全く進歩が見えない。普通なら痛みを嫌がって眠りが浅くなるくらいはならなくちゃおかしい』

 

『……あー……、いや、おれも痛いのは嫌だぞ』

 

『でももう、随分慣れてしまっただろう?』

 

『まあ、もう過激な目覚ましくらいにしか思わなくなったのは確かかな』

 

『……うん、最早進展が望めないね。起源の問題か何か分からないが……それに、睡眠時の話だけじゃない。戦闘訓練中に「直感」で動けたこともないだろう』

 

『…………こう、死角からの攻撃を避けたことはあるような』

 

『それは「こうすれば避けられる」という直感だったかい? 視界を制限された状態で「何もしないで待つよりは動くだけ動いておこう」と頭で考えた「賭け」で避けたのは見たことあるけど』

 

『……たしかにその通りだったかも……?』

 

『気配を探る訓練や殺気を感じ取る訓練も全く進展が無い。嗣郎にはどうやってでも生きようとする本能やそれに伴う鋭敏さが感じられない。これらの訓練をこれ以上続けるのは、おそらく時間の無駄だ』

 

 

 

『………………なんとなくわかった。それでこれからは訓練内容を変えるんだ?』

 

『訓練も変えるけど、それよりもまず、嗣郎は考え方を定めておくべきということさ』

 

『考え方?』

 

『最初に言ったように、嗣郎は戦士でも暗殺者でもなく、狩人だ。狩人の考え方と立ち位置を徹底する必要がある』

 

『……あー、ごめんおやじ、まだ狩人と暗殺者の違いがよく分からない。狩人と狙撃タイプの暗殺者って何か違うか?』

 

『簡単な話だ。僕や葛木は不意打ちが本領とはいえ敵に狙われてもある程度殺気を察知できるしそれに反応する直感で対応できる。そして嗣郎は察知すらできないし当然回避もできない。暗殺者は狙われても対応できるけど狩人は狙われたら隠れるしかない。繰り返しになるけど、これは戦闘能力の話じゃない。敵に狙われたときの生存能力の話だ』

 

『…………暗殺者は敵の不意打ちや暗殺にも対応できるセンスがあって、狩人は狙われたら終わり。()()()()()」でいなければならない、ってことか?』

 

『そう。君が相手にするのは、常に「()()」じゃないとダメなんだ。けっして「()」を相手にしてはいけない。君は「狩り」では恐ろしく強いけれど、「殺し合い」、特に戦争のような長期的な敵対状態では酷く弱い』

 

『なるほど、おやじの言いたいことがなんとなくわかった。「戦う技術」よりも、「狩る技術」を磨けってことだな』

 

『その通りさ。そしてそういう手管を得ると同時に、自分が狙われたときは弱いという自覚を明確に持って、備えておくんだ。僕も結界関連の資料を集めるし魔術的機械的な罠も教えよう。嗣郎は自分でもどういう物が有用か、考えるようにするんだ』

 

『分かった。まずは気配察知や殺気感知に頼らない索敵に、睡眠時の警戒代替に……』

 

『投影礼装も便利だろうし、使い魔や呪術も使える。何をどう使うかは嗣郎次第だろうけど…………あらためて言おう』

 

『なんだ?』

 

『嗣郎に戦士の才は無い。狩人として準備術策を徹底するように。それを絶対、忘れちゃいけない───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、それでシロウの寝室はこれほどまでに罠だらけなのですね」

 

「まあそういうことだな」

 

「納得できたところで、提案なのですが……」

 

「なんだ、メデューサ」

 

「そろそろ解放してはもらえないでしょうか?」

 

 

そう、困ったように懇願するのは蟲惑的な美貌を魔眼殺しの薄絹で隠した女神メデューサ。

とはいえ、赤い束縛布に身体を捕らわれ白い着物のままに倒れている今、もはや囚われの町娘にしか見えない。

 

 

「だめよメデューサ。私が納得してないわ?」

 

「ええっと。大丈夫でしたか兄さん」

 

「ライダー……貴女ねえ……」

 

「敵かと思えばくだらねぇ……アホらしい」

 

「くくっ……活溌盛んもここまでくると見事よな。いにしえの娘は捕食者であったか」

 

「…………くっ、これはなかなかの恥辱です、シロウ」

 

場所は嗣郎の私室、普段嗣郎しか入らないこの一間に、今は衛宮の勢力が一同に会している。囚われのメデューサを囲うような形で。

まあこういう状況になったのは完全にメデューサのせいで、時間としては誰もが眠る深夜なのだが……

メデューサに向けて、おそらく一番気が立っている姉が、笑顔のままで怒る。

 

「まったく、メデューサ? シロウに夜這いをかけるなんて……少しおいたが過ぎるわよ?」

 

 

 

 

 

……状況は姉の言った通りだ。メデューサが姉達の寝室を抜け出して嗣郎の部屋に忍び込もうとして、嗣郎の仕掛けていたいくつもの罠により警報音や閃光爆音などを発動させた末に捕縛された。それは嗣郎を襲おうとする意図しか見えず……何やら嗣郎に欲情しているメデューサが姉達は放置で嗣郎を狙ったならそれは性的な意味にしか見えない。事実、姉に威圧されたメデューサは否定せずに目を逸らす。

 

「いえ、その……少しばかり、出来心といいますか。ああ、少しシロウにいろいろと教えて差し上げようかと」

 

「シロウが乗るわけないわよねー。───暗示、かける気だったんでしょう?」

 

「うっ、いえ、そんな…………あ、あのイリヤ? その絞まるタイプの魔眼殺しはちょっと」

 

「貴女、血と精気を吸うんでしょう? シロウを『食べ』ようとしてたようにしか見えないわ?」

 

「…………………………いえ、『味見』くらいのつもりで」

 

「 味 見 で も 良 く な い わ よ っ っ っ ! ! ! ! ! 」

 

()っっ──────~~~~~~~!!!!」

 

姉上本気で怒髪天である。姉がリアルに放った雷と懲罰用魔眼殺しの最大出力で元女神は声もなく激痛に悶えている。

あの魔眼殺しはそもそも真祖捕縛用のものが元なのでサーヴァントには効果が低いはずだが、一応吸血種でもあるメデューサは可哀想なことに死なない程度に効果が高いらしい。

 

「まあ落ち着けイリ姉ぇ、衝動としては仕方がないと言えなくもないんだし」

 

さすがに可哀想になったので自分の魔力で懲罰を解除し取り外してやる。まぁ放っておいても姉の不機嫌はすぐ自制するだろうから長引きはしなかっただろうが。

 

「うぅ…………シロウ……」

 

姉が怖いのかメデューサがうねうねと束縛状態のまま嗣郎にすり寄ってくる。……なんというか、蛇っぽい。

 

「甘いわよシロウ。確かに吸血種が人間を餌に見るのは仕方ないわ。でもメデューサはそれだけじゃなくて、あなたを操ってオモチャにしようとしたのよ?」

 

「そう言われると確かに極悪で最低な行為に聞こえるな」

 

「ま、待ってくださいシロウ、イリヤ。たしかに暗示でその気にさせようとは思っていました。ですが玩具(おもちゃ)なんてつもりは」

 

嗣郎が姉に賛同することを恐れたメデューサは慌てて弁解する。

嗣郎としては性行為に大して興味も忌避感も無いのでかなりどうでもいいのだが。まあ玩具扱いは好ましくないのも事実だ。

 

「あらそう? じゃあ聞かせてちょうだい? あなたの『言い訳』」

 

姉は弟を玩具にしようとした女にかなり怒っている。言い訳をさせてそれごと叩き潰すつもりだ。

それは獲物と化したメデューサも分かったのだろう、必死に言い訳を探しているように見える。

 

「えぇと、その、……いえ、それがですね、」

 

姉の笑顔に萎縮して動揺していたメデューサだが……。

はっ、と気付いた、あるいは思い出したかのように顔を上げる。

 

「そうです。ちゃんと理由がありましたよイリヤっ!」

 

「……あったとしても忘れてたようにしか見えないけど。一応聞いてあげましょう、何かしら?」

 

その理由が認められる自信があるのか、どこか嬉々と、堂々としてメデューサは答える。

 

「─────シロウがメディアと交わるための予行練習ですっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこから突っ込むべきだろうか。

 

 

嗣郎は何も言えなかった。姉も嗣郎と同じことに頭を悩ませているらしく眉間を押さえたまま反応しない。

そんな二人を差し置いてメデューサはこれまでと一転、いつも通りの余裕に少し浮つきを加えて話を続ける。

 

「そう、最初はそういう理由で来たのですが多少邪念に囚われ目的を見失っていました。ええ、シロウは経験がないのでしょう? それで百戦錬磨のメディアを相手にするのは流石に酷と思い及ばずながら私が女性の体というものを教えて差し上げようと」

「あ、ああ、あなったは何言ってるのよライダーッ!」

 

おそらく恐怖から解放されてテンションが跳ね上がっているメデューサの口を止めたのはやはりメディア。

フードで顔はあまり見えないが鬼の形相と化しているのではなかろうか。

 

「メディア、貴女が詳しいかは分かりませんが男性、男の子というのは案外ナイーブで傷付きやすいものです。心底愛している女性を気持ち良くできず情けない結果に終わってしまったとなれば相手が何と言おうと心に深い傷が」

「だからっ! そんな話じゃないでしょうにっ!? ああもうどいつもこいつも!?」

 

もはや完全に女神の威厳(?)を取り戻し慈しむように優しく諭すメデューサ。

何かの容量限界(キャパシティ)を突破したかのように天に(いか)るメディア。

なぜこんな状況になっているのかはよく分からないが、嗣郎の知らないところでいろいろ起こっているらしい。

どうしたものかと考える嗣郎に、天を仰ぐメディアを放置してメデューサがすっかり余裕な態度で話を振ってくる。

 

「しかしどうやら私は関わらない方が良いようです、仕方ないですね。それで嗣郎、そろそろ解放してもらっても? というか、この聖骸布は確か男性を捕える礼装と言っていませんでしたか?」

 

「いや、分かりやすく言えばそうだが、マグダラの聖骸布は詳しく言うと『男性性』……要は荒っぽさや女好きさを拒絶し束縛する礼装だな。それにそれは改造投影品だから、劣化してる代わりに『襲う者』に広く反応するんだよ。ただやっぱり男相手程には効かないはずだし、自力で抜け出せるんじゃないか?」

 

「なるほど。いえ、たしかに怪力スキルでも使えば抜け出せないわけではないと思いますが……なんだかこう、ヤる気が出なくて」

 

『偽・赤縛布』に捕われているとやる気が出ないらしい。気力を奪う効果はそこまで無いはずだが……。

 

「ちょっとシロウ、話は終わってないわよ。まさかあんな言い訳に納得したわけでもないでしょう?」

 

暢気に会話する嗣郎とメデューサに呆れながら姉が割って入る。

余裕を取り戻しているメデューサはそれにも動揺せずに応える。

 

「いえ、イリヤ。これは本当に見逃せない問題ですよ。どちらが押し倒してもその結果シロウが心に傷を負うことに」

 

「シロウやメディアが押し倒す……とてつもなく低い可能性ね。想像すらできないわよ」

 

嗣郎としてもそんなことをするつもりは全く無い。いらない心配だ。

というより、なぜメデューサは嗣郎とメディアがそういう関係になる前提で話しているのか。

 

そんな可能性は無いと断じている二人に向かい、愚かなと言わんばかりにメデューサは笑う。

 

「甘いですね。ふむ、では、そうですね…………例えばシロウ、私の今の姿を見て、何か感じますか?」

 

そう言って()()()()()くるメデューサ。

その姿に、嗣郎は訊かれたことを考える。

 

メデューサは今、白い寝間着の着物だ。それに束縛布で縛られている。

その格好で畳に倒れているのだが……恐らく怒濤の勢いで襲ってきた罠に対処しようと動いたせいだろう、大きくはだけている。

彼女の胸はかなり大きく、大きく胸元が開いているにも関わらず全ては見えていない。

見えていないが……ほとんど露わになっている。もう少しで隠れているものも見えそうなほどに。少し手をかけてしまえば隠すものを無くしてしまえるだろう。

その肌は全盛期を形どるサーヴァントシステムの恩恵か女神の素肌に相応しく。彼女は体温が低いらしいので少し冷たいのだろうが、逆に触ったときは気持ちいいだろう。

おそらくは滑らかゆえに着物ほど乱れてはいない美しい長髪がいくらか胸元にかかり、隠すようでいてむしろその淫靡さを掻きたてていて。

胸元から目を逸らしても、倒れたままに動いたせいで同じく着物から大きく晒け出されている、細すぎない女性的な太腿(ふともも)がその美しさを印象付けており────

 

「セクシーだな」

 

「おや、その程度ですか」

 

「シロウにしてはすっごく簡潔ね」

 

「いや、前にメデューサ褒めるなってイリ姉ぇが言ったろ」

 

「シロウがメディアやメデューサ褒め始めるとキリがないもの。まあ仕方ないけど。それで、メデューサ?」

 

「予想以上に反応が平坦で多少悔しいものはありますが、まあシロウですから仕方ないですね。それで、本題ですが」

 

「なんだ?」

 

「貴方がトオサカリンに言っていたことですが……想像してみてください」

 

「想像……何を」

 

()()格好を─────メディアがしているところを」

 

 

メディアが……この格好を?

 

 

 

 

どこからでも手が入りそうな、白く頼りない着物をはだけさせ、

下着もつけていない胸元の肌を大きく晒して、ぎりぎりに見えない程度に見えそうで、

彼女もきっとメデューサ同様、女性らしく艶やかな肌で、どんな体温かは分からないけれど、

首筋や肩も晒して、目線をうつせば露わな太腿(ふともも)が恥ずかしげに晒されて、

やはり滑らかで手触りの良さそうな髪が首や胸元にかかり女性らしい色気を漂わせ、

囚われて力が抜けた綺麗な瞳が、許して欲しいと懇願して────────

 

 

 

 

「くすっ─────随分想像に入れ込んでいますね、シロウ?」

 

「シロウ…………鼻血」

 

「っ!」

 

いかん。何かいけないものを想像していた。いやこれはもはや妄想か。というか鼻血が。

姉が呆れたように手を伸ばす。治癒魔術であっさりと鼻血は止まった。

……こんなことに治癒魔術を使うのはどうなんだろう。俺の情けなさが際立つ。

 

「……ここまでとは思ってなかったわ。呆れるべきか喜ぶべきか」

 

もののついでと細かな魔術で鼻血の処理までしてくれる姉は言葉通りに呆れていた。

身が縮こまる思いだ。

いや、メディアへの感情に情欲までが誘発されていたとは嗣郎自身も今知ったことで、嗣郎も複雑な心境だ。

 

そんな姉弟に向けてメデューサは勝ち誇るように笑い、

 

「どうですかイリヤ。シロウもメディア相手ならんぐっ!?」

 

「あ・な・た・はっ! もう黙りなさいっっ!!」

 

天への絶望から復活したメディアに束縛布ごと引きずられて部屋から連れ去られた。

 

 

 

 

 

 

「………………あー」

 

騒動の原因が連れ去られ。

静かになった嗣郎の寝室。

そこで嗣郎が抱くのは気まずい思いだ。

 

 

「困るべきか後押しすべきか……うーん」

「むぅ、私には何が足りないんでしょうか……色気?」

 

悩む姉妹達。

 

「く、くくっ、くくくっ、いや、良いであろうよ、これもまた若さ」

 

笑いを堪える剣士。

 

「………………」

 

何かを考える槍兵。

 

 

こういう話で騒ぎそうなクーフーリンが静かなのは意外だが、結局全員に見られていたことには変わりない。

……メディアに下品な妄想をして、鼻血を出している姿を。

 

「………………」

 

隠れて逃げたいが、ここが嗣郎の私室だ。

まあ、あれだ。

 

「…………どうしようもないか」

 

情けない思いを呑んで、(みな)に退出を願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

 

「どうやらシロウの鼻粘膜の血管は少し弱いようです。貴女は事の最中にシロウが血を出してもそれごと可愛がるつもりで」

「まだ言うのっ!?」

 

場所は変わってイリヤの寝室。

攫われてようやく束縛布から解放されたメデューサは相も変わらず嗣郎とメディアをくっつけようとしている。

頭痛をこらえるように頭を抱えながら、メディアは訊きたかったことを口にする。

 

「ああもう、まったく…………あなたもランサーも、なんでそんなに私と嗣郎を寝させたがるのよ」

 

言いながらローブを魔力に還し、メデューサと同様の着物姿になったメディアを見て、メデューサはひとつ頷き。

 

「ちょっとシロウ呼んできま「大概にしなさいっっ!!」……シロウは喜ぶと思うのですが」

 

感情的になりやすいメディアと感情的な相手には動じないメデューサの相性はメデューサに軍配が上がる。

今もメディアの発言をスルーして弄んでいる。

とはいえメデューサも、部屋にイリヤ達が戻ってくる前に話したいことはあったので早々に切り上げて少し真面目に答える。

 

「まぁ、特に複雑な意図はありません。単純に、貴女とシロウが物凄く相性が良さそうで、貴女もシロウもお互いに救われそうに思えるからでしょう」

 

その答えにメディアは複雑な表情になる。

 

「……すごく余計なお世話だと思うわ」

 

その反応にメデューサは笑う。

 

「貴女もシロウも、色々なものを抱えています。きっと放っておけば、救われないままに終わりそうに見えるものばかり。勿論私もランサーもわざわざ救ってみせるような理由もありませんが、あなたたちの場合はなんというか……そう、ちょっと押したら両方上手くいきそうで、少しくらいなら手を出したくなるんですよ。ちょっと押してみたくなるといいましょうか」

 

あの同調の中で自身の内の呪いや羨望も知られていることにメディアは嫌そうにかぶりを振る。

 

「……あなたたちがお節介なのは分かった。それでも、当の本人が嫌がっているのだから、やめてもらえないかしら」

 

「くすっ……そうですか?」

 

嫌がっているというメディアの言葉に、蛇に連なる女はまた笑う。

 

「……なによ」

 

「貴女だって、思ったのではないですか? あの記憶を見て。貴女は優しいですから」

 

「何の話を」

 

身を寄せて、ささやく。

 

「シロウを─────救いたいと」

 

 

 

「っ……それは」

 

思った。確かにメディアは自分と同じような不運に遭っている、あまりに救われない嗣郎という少年を救えたらいいと思った。

だが、だからといって……

 

「貴女がシロウの熱を引き出して、あの子の幸福を肯定してあげたら、シロウはきっと、幸せに近付ける」

 

「それ、は……」

 

否定できない。メディアも『嗣郎が熱を抱けたら』と考えた。

その熱を引き出せるのが……自分というのは、想像の外だったけれど。

 

「貴女はシロウを救ってあげたいと思った。貴女がシロウを救ったときには、貴女も救われているでしょう。ほら、どこにも問題はありませんよ?」

 

「そんな、筈はないわ。絶対どこかに問題が」

 

「貴女の気持ちですか?」

 

突付いてみればうっ、と言葉に詰まる魔女の反応に微笑み、やれやれとばかりに蛇は笑う。

その笑みはまるで……美味しそうな獲物を前にしたときのようだった。

 

「仕方ありませんね、貴女はシロウがどれだけ貴女にとって『良い』男性なのかが分かっていません。まぁ、感情は理屈ではないとはいえ……種を蒔くくらいは、自由ですよね?」

 

 

 

「あ、あなたは何を言って」

 

捕食者の笑みに怯んだ魔術師は後ずさるが、絡みつくように優しく伸びた腕が女を捕える。

 

「メディア……貴女は美しい。これまで多くの男に求められてきたのでしょう」

 

「そ、それは、まぁ……」

 

「けれど、その男たちのなかに、貴女が本当に求める幸福を与えてくれるような人はいなかった」

 

「…………」

 

女の顔から色が薄まる。それはかつての記憶を思い起こしたからだろう。

 

「美貌を求める男。身体を求める男。名声を求める男。悦楽を求める男。たとえそんな男達に抱かれても、貴女はどこまでも不快だったのではないですか?」

 

「……さぁ、ね。進んでやりたいことではなかったのは確かだけれど」

 

くす、と蛇は笑う。獲物の急所を見定めたかのように。

全身で女にゆるりと絡みつきながら、耳元でささやく。

 

「……シロウが貴女を見初めた記憶、覚えているでしょう?」

 

「っ、あれは」

 

「騒がない。真剣な話ですよ」

 

羞恥から叫ぼうとした女の唇に当てられる指。

その言葉に黙った女の口を指で封じながら、蛇は囁きを続ける。

 

「シロウは貴女の心を、生き様を見て貴女を好いた。憧憬した。恋慕した。当然貴女を抱くときも、貴女の心を見るでしょう」

 

反射的に反論しようとする女の口を巧く封じて独壇場に立つ。

 

「彼は貴女の心を真摯に見据えて、貴女の努力を、貴女の苦悩を、貴女の道筋をありのままに見て、……()()れてくれる」

 

ゆっくりと、情景を浮かばせるように。情動を抱かせるように。

 

「貴女の努力を認めてくれる。貴女の間違いを許してくれる。貴女の痛みを分かってくれる…………」

 

蛇は囁く。

 

「彼が見るのは、大きなところだけではないでしょう。貴女が小さなことに喜んで、見えないところでこぼした優しさも、きっと彼は見つけてくれる。そしてそんな貴女を、愛してくれる」

 

身じろぎする女を押さえて、問うように続ける。

 

「彼を評価し過ぎに思えますか? 知った風に言うと思いますか? けれど、実際彼は、貴女のあらゆるところを見ていました」

 

思い出させるように視界を覆い、より密着して動きを封じる。

 

「平行世界の貴女のささやかな幸福を知って、それをこちらでも抱かせたいと願って。今でこそ貴女と適度な距離を置こうとして不干渉ですが、一度触れ合えば些細な幸福を導いてくれるでしょう」

 

くすっ、と蛇もまた何かを思い出したように笑う。

 

「シロウは随分と細かいところに目がいくようですからね。覚えていますか? 貴女の姿を見たとき、彼は貴女の耳先や頬の輪郭まで、美しいと感嘆していました」

 

女の耳を撫で、身震いした女にまだ囁きは続く。

 

「きっと、愛し合うときも貴女の隅々を愛してくれるんでしょうね。指先も、肩も、首筋も……きっと、彼の優しい愛撫を貰えないところは無いでしょう。そして、その愛と賞賛は全て彼の本心だと、彼の視点を知る貴女には分かる……」

 

「……っ………」

 

姿勢を変えた蛇の指で、指先が、肩が、首筋が、優しく撫でられる。

口元の束縛を緩んだことで、女の口が開く。

けれど、情感溢れる蛇の語り口に侵食されている女は、言葉を発せない。

 

「ああ、彼のことです。貴女が感じた快感を、幸福を、羞恥を、僅かにも漏らすことなく全て見つけて、貴女の表情を、感情を、可愛らしいと愛でるでしょうね……」

 

「…………ひぁっ」

 

言葉を染み込ませるように耳元でゆったりと囁きながら、濡らした唇を耳に滑らせられ、女は声をあげる。

それにまた、絡みつくように蛇が追い打つ。

 

「あぁ……可愛らしい声ですね、メディア。彼に抱かれるときの声もきっと可愛らしくて、その可愛らしさも彼は愛してくれますよ?」

 

そしてとどめとばかりに、反対の耳を指先で撫で、

 

「考えてみてください、彼はどんなふうに貴女の肌を愛して、何と言って貴女の表情や声を愛して……」

 

 

 

 

「…………どれだけ真摯な愛と恋で、貴女の心を愛してくれますか……?」

 

 

 

 

 

……指で撫でられたことに、囁かれた声と吐息に、そして想像させられた情景に。

メディアは背筋から震えて。

 

しばらく沈黙した後に。

 

 

 

「…………やぁぁ………」

 

 

泣いた。

 

 

 

 

 

「あ……」

 

やり過ぎたと、テンションの上がっていた両性愛者が気付いたとき。

 

「見せるだけでは駄目、隠すことも必要……」

「サクラ、色気は頑張ってもたぶん出ないと…………メディ、ア? …………何してるのかしら、メデューサ?」

 

懲罰用魔眼殺しを手にしたマスターに冷たく見据えられ、メデューサは心から恐怖した。

 

 

 

 

 

 




お節介焼き二人による後押しばかりですが……
簡単に上手くいくほど現実も青い人も甘くは無い。嗣郎何もしてないし。
たぶん次話は青い人の不機嫌と沈黙の理由が出てきます

七騎揃うのはもう少し後ですが、もうすぐ時間跳躍がある予定

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