愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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内面描写みててもやもやする主人公ってどうなんだろうと思わなくもない。
まあそれももうすぐ終わ(ry

ところで誰かが空気な気もしなくはない。大体屋根の上で町や空眺めてるんだけど


頑迷

 

 

......................................................

 

 

 

 

──────右足の甲が(えぐ)られる。

 

 

 

「っ………!」

 

骨と肉と神経が引き千切られる痛みに脚が硬直する。思考が止まる。

硬直した筋肉は命令を受け付けない、そもそも命令を発する頭が働かない、

同時に結界の外殻である肉体が大きく欠損したことにより固有時制御が破綻、

反動(リバウンド)が急速に復帰し全身の筋繊維に骨に神経が断裂─────!

 

「ぎっ………!」

 

捩れ狂う狂い滾痛痛痛痛痛る焼ける叫ぶ千切れ飛ぶ

先程とは桁の違う痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

破断する断線する破裂する圧壊する痛痛痛痛痛痛

全身を焼く痛痛痛痛痛痛みの情報で視界が眩む─────

 

 

「これぐれぇで動き止めてんじゃねえよ」

 

 

脇腹を撃つ衝撃。骨が幾つも纏めて折れる音。肺が圧迫され根こそぎ空気が口から出る。

 

「っ、…っ」

 

視界は気付けば道場の天井

意識の途絶があったかその思考を埋めるように痛痛痛痛痛痛痛────

 

 

「だから、止まるなよ坊主」

 

 

「がぁっ……!」

 

また新たな痛み今度は肺に異物穴血がハイって苦気持ち悪────

 

「あ゛、あァッ!!」

 

混線し混濁する思考を歯を食いしばり床に指を突きたてて繋ぎ止める

指先の感覚を最優先に痛覚情報を下位に

呼吸機能を失った窮状は致死それはいいせめて意識だけは掴み置け────!

 

 

「……ハッ、最後だけはマトモだな。ああ、いや、何事も経験だ。もういっちょ耐えてみろ」

 

 

肺を貫いていた槍を捩じりながら引き抜思考が焼けるまた振り下ろして中央─────

 

背骨。脊髄。

 

 

 

「───────っっ!!!」

 

 

 

直接すぎる破壊に何もかもが、断絶する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう坊主、正気か?」

 

血に(まみ)れて倒れる嗣郎を、朱槍を片手に胡坐(あぐら)をかいて見下ろすのは青い槍兵。

その表情は普段通りでつい先程まで嗣郎を甚振(いたぶ)り果てには致命傷を与えていたことを感じさせない。

 

「……多分、いつも通りだ。別に痛みで狂ってはない」

 

仰向けで力無く倒れたまま答える嗣郎は、血塗れでこそあるが瀕死などということはない。

夢でも妄想でもなく、確かに肉を失い骨を折られ神経の束を呪槍で潰し切られたにも関わらず。それどころかその流血や衣服の破損振りに反して、嗣郎の身体は傷ひとつなかった。

 

「そいつはよかった。まぁ身体だけじゃなく心が壊れても治るらしいからな、この薬はよ」

 

「……ある程度、って言ってた気がするんだが。もし本格的に壊れて治らなかったら困る。鍛錬なんだから、もう少し様子を見ながらやってほしかった」

 

「心配いらねぇよ、坊主なら問題なさそうな気がしてた」

 

「勘で人を壊しかけるのはやめてくれ……」

 

クーフーリンの手元にあるのはいくつもの小瓶。メディアが作り上げた神代の秘薬、それも不死の霊薬もどきと評される最高位の治療薬だ。

その効果の把握がてら、クーフーリンと普段より苛烈な手合わせをしたのだが……クーフーリンは嗣郎の想定以上に容赦が無かった。

嗣郎とて父や言峰との鍛錬などで負傷にも痛みにも割と慣れていたつもりだったが、銃撃、打撃、刺突に斬撃という彼らの攻撃に比べ、槍の英霊の攻撃は嗣郎と相性が悪かった。

槍という武器は貫通型なわけだが、その規模は銃弾や黒鍵などに比べて太すぎる。貫通されてしまうとその部分の骨肉や神経を大きく持っていかれる。

 

嗣郎が鍛錬による負傷時に頼り、姉が得意とする治癒魔術は主に切れているものを繋ぐことと自己治癒力の活性化により負傷を癒す。よって骨折や裂傷は手早く治るのだが、抉られるなどして肉が欠損してしまうと嗣郎が人より高い再生能力を持つとはいえ足りないものはどうしようもないのでなかなか治せない。

恐らく父にも肉を抉るような攻撃手段もあったはずだが、その治療の難しさが理由だろう、嗣郎はその類の負傷をほとんど受けたことがない。

そのため、嗣郎はそういう負傷も、それによる痛みにも慣れていない。抉られ捩じられることによって神経が徹底的に傷付くことによる痛みなど、今回が初めてだ。

当然人間の最大級の急所である脊髄を抉られた経験など、言うまでも無い。

大き過ぎる負傷に反射的に動きが止まってしまい、戦いどころではなかった。

 

 

そして嗣郎の近接戦闘の要である固有時制御もまた、肉体の大きな損傷に弱い。

何せ術式そのものが『己の肉体を結界とし外部とは違う時の流れに置く』魔術だ。

結界の外殻である肉体が大きく損傷すればそのまま術式自体が破綻し、即座に通常以上の反動(リバウンド)を喰らうことになる。

剣による裂傷や銃弾による銃創、あるいは打撲や骨折程度なら魔術刻印自体に術式修正機能が刻まれているので問題は無いのだが……。

 

 

 

「しかしよ、坊主」

 

「なんだ、ランサー」

 

「お前、弱ぇな」

 

クーフーリンは吐き捨てるように言う。

ある意味仕方ない評価だが、そんなことを問題にされても嗣郎は困る。

 

「英雄の基準で測られても困るんだが……それに俺は本来近接戦は専門外だし」

 

本来嗣郎の戦い方というのは、一方的な『狩り』か他者の『補助』だ。

向かい合って切り結ぶなんてことは論外で、基本的に他人や状況を動かして目的を遂げるような在り方を理想としてきたし、自ら戦いに参じるとしてもせいぜいが遠距離狙撃か投影宝具による補助。立ち位置としては弓兵砲兵工作兵辺り。

小次郎やクーフーリン、メデューサ相手にこうして鍛錬しているのは望まない状況に陥ったときのために少しでも力を得ておこうとしているだけだ。

そもそも戦いの才能が無いと師に断じられている嗣郎が戦いを本職とする戦士と比べて劣るのは当たり前だ。

 

だが、クーフーリンは嗣郎の考えを否定する。

 

「そうじゃねえ。『気』が足りねえんだよ、お前には」

 

 

 

「気……?」

 

「格好つけて言うなら意思とか魂か。そうだな、てめえには『意思』が足りねえ」

 

情けない、と言わんばかりにクーフーリンは嗣郎を見下ろす。

そこには薄っすらと軽蔑のようなものがあり、嗣郎の眼にはクーフーリンの嫌悪が確かに映っている。

 

「お前は力で言やぁそこそこに強ぇさ。こうやって生身で戦ってもそこらの兵は敵じゃねえし、固有結界なんて反則の中じゃあ下手すりゃ英雄に一太刀入れられる。まだガキだっつーのにだ。時代が時代なら英雄にもなっただろうな」

 

クーフーリンは戦士や騎士、魔術師を多く知るがゆえに嗣郎の戦闘能力を客観的に把握し、意外な程に高く買っている。実戦経験に欠ける衛宮の陣営において、あるいは嗣郎本人よりも高く。

だが。

 

「だがな、お前よりそこらの雑兵の方が『意思』は強いだろうよ」

 

強きを好むはずの猛犬は、そんな強者のはずの嗣郎を嫌悪する。

 

「女を守る、国を守る、主を守る、誇りを守る、名誉を獲る、仇を討つ、生きる。

 戦場でゴミみてえに死んでく奴らだって武器をとる意思がある。

 弱ぇから蹴散らされるし馬に踏まれて死ぬような奴らだが、それでも意思がある。

 人間ってのは怖ぇんだ。殺したと思って通り過ぎたら死体の山から槍が飛び出てきたりしやがる。

 間違いなく致命傷喰らってるっていうのにな。

 猛将を殺す雑兵なんざ珍しくもねえ。英雄を道連れにした一般人も何人もいた。

 技量でも腕力でもカスみてえな奴らでも────あいつらは、間違いなく強かった。

 手前(てめえ)の限界以上を、手前の『強さ』で勝ち取ったんだ」

 

それに比べて、と嗣郎を見下ろす。

 

「テメェはなんだ? 神経捩じりゃ身が竦む、身体に穴が開いたら動けないだ?

 おうよ、そりゃあ当たり前かもしれねーがな。

 そんな当たり前はいらねえだろうが。目的の為にはただの邪魔だろうが。

 手前の身体なんてのは、一番最初に屈服させるもんだろうが。

 昨日()った赤い方のテメェだって足縫いとめられようが殺しに来たぜ?

 あいつはテメェより才能がねえ。それでもテメェより怖ぇ。

 土台がある、意思がある。それだけで人間は『強く』なる。

 ……テメェはそこが、スッカスカだ」

 

 

 

「………………」

 

クーフーリンの言うことも、分からなくはない。

意思が人の限界を超えさせる、という話。痛みに慣れはあっても身体の硬直や反射を捻じ伏せられない嗣郎はそれが足りていない。

これから死と暴力のありふれた世界を行くのであれば超えていて当たり前ということなのだろう。

だが、困ったことに嗣郎にそんな激情に類する意思は無く、

 

「聖杯の汚染だの、私欲が無ぇだの執着が無ぇだのは理由にならねぇぞ、坊主」

 

「……聞いた、いや……?」

 

クーフーリンの言葉に姉妹との会話を聞いたのかと考え、だが疑問を抱き。

いくらか考えて、色々と思い出し思い至る。

会話より前からサーヴァント全員の様子がおかしかった。それも、全員が嗣郎に対する何らかの反応を示していたのだ。

そこから考えられる可能性。

 

「……もしかして『見た』のか、皆」

 

「流れ込んできたからな」

 

「……何を見たんだ?」

 

「いろいろだな。とりあえずテメェの阿呆っぷりに腹が立った」

 

「なんだそれ」

 

嗣郎としては何をもって阿呆とされているのか分からない。

不満を声に出してみれば、槍兵は腹立ちを声に乗せて返してくる。

 

「阿呆なんだよ。何から何まで阿呆過ぎて呆れ返るぜ。悲劇のヒーロー気取ってんじゃねえよ」

 

「……はあ?」

 

「そうだろ? 『救えなかったから自分は幸せになっちゃいけません』なんて随分気取りやがってよ」

 

「…………さすがに、茶化しすぎだろう、ランサー」

 

己の最奥に軽々しく土足で踏み入られ、嗣郎もはっきりと眉を寄せる。

いくらなんでもふざけて触れていい限度を超えている。

だがその嗣郎の反応に槍兵はさらに不快げになり態度を改めない。

 

「気取ってんだよ。人間ってのはてめえの欲を一番に置くもんだ。やりてえ欲しいなりたいってな。それがテメェはなんだ? てめえの欲は押し殺す、やりたいことは考えない、決めたからやってる、なんだそりゃ、人形かなんかかテメェ」

 

クーフーリンは我欲を肯定し推奨する。

嗣郎の自縛を嫌悪する。

 

「欲しいもんに手を伸ばせよ。やりてえことに足を動かせよ。人間ってのは、『生きる』もんだ」

 

 

 

……ああ、この英雄は本当に『人間』だなと、嗣郎は思う。

この男には熱がある。その身を動かし、他人を惹き付ける熱がある。

その『欲』という熱をもって、この男は英雄に登り詰めたのだろう。

この男がいるのは、人間の頂点。ある意味で、かの英雄王と同様の存在。

 

─────全くもって、自分と真逆だ。

 

「……俺のことを考えてもらって、悪いんだけどな。俺は実質人形だよ」

 

自嘲するような色はなく、嗣郎は淡々と己の事実を告げる。

 

「何を見て何を見てないのかは知らないが、俺は本当に欲というのに縁がない。すっかり欠けてるんでね。せめて人を幸せにしたいと思うくらいで──」

 

「そこが阿呆だっつってんだ」

 

嗣郎の独白を聞きたくも無いとばかりに遮る槍兵。

嗣郎は不満げに問う。

 

「なんだよそれ。仕方ないだろ、無いんだから」

 

「それはテメェがそう思いたいだけだろうが。つまんねぇ方向にだけやる気見せやがって」

 

「何言って……」

 

「あーあーうるせえうるせえ。てめーが前は人形みてえに無欲だった、それはいい。今は違うだろ」

 

風切り音と共に、嗣郎に朱槍が突きつけられる。

 

「今は欲しい女が居る。そうだろ、坊主」

 

 

 

「……あー…………」

 

否定ができない。

それは間違いないのだ。間違いないが……認めていいことでもない。

 

「……何のことだろうな」

 

「隠せてると思ってることが驚きだ阿呆。第一俺らは見たんだからよ」

 

「……は?」

 

クーフーリンの言葉に、嗣郎は硬直する。

いや、まさか、普通に考えて、嗣郎が想像した記憶がサーヴァント達に流入なんてするはずが。

 

「何、を?」

 

「そりゃお前、テメェがキャスターに惚れた瞬間に決まってんだろ」

 

「……………………なるほど」

 

このときやっと、夢か真か判別のついていなかったメディアの反応に納得した。

そんなものを見せられればなんだかんだ純情なメディアだ、羞恥の類もあろう。

そして最近の風体や行動が実は避けられていたのだと理解する。

実際嗣郎の想いに何を思ったのかは分からないが……距離を置かれたのは間違いない。

 

「ったく。唯一欲しいもんができたってのに抑えやがってよ、見ててイライラすんだよ坊主」

 

予想外に沈む己の気分に感情の手綱が握れていないことを改めて認識しながら、嗣郎は随分と好き勝手に言ってくれる従者に反論を試みる。

 

「……他の誰でもなく、お前がそういうことを言うのは意外だな」

 

「あ?」

 

「誓約で自分で縛ってるのは、俺もお前も一緒だろう?」

 

贖いを己の全てとし自己の方向性を縛っている嗣郎と同様、クーフーリンとて己の自由を縛る誓約を自ら課しているはずだ。

 

「少なくとも自分を縛るって行為を誓約のせいで死んだ男に諭されたくは───」

 

「あーあーうるせえうるせえ」

 

「ごふっ!?」

 

槍で嗣郎の腹を叩くクーフーリン。結構な威力に悶える嗣郎。

この野郎、物理的に嫌味を遮りやがった……!

 

「ケルトの誓約(ゲッシュ)は自分を縛ることで祝福と力を得る儀式だっつの。てめーのはただ自分を弱くしてるだけじゃねーか。真逆だ真逆」

 

「……別に弱くはなってないだろ」

 

むしろ嗣郎の鍛錬の動機はそこにあるのだから、力の源とすら言えるはずだ。

そう考えている嗣郎にクーフーリンはもう一発叩きつけてやろうかとばかりに槍をゆらゆらと動かしながら顔をしかめる。

 

「お前もわかんねえ奴だな……女を理由に置けばテメェはもっと強くなるって話だろうが」

 

「……そんな話だったか?」

 

確かにもともと嗣郎の強さの話だったのだから間違ってはいないのだが、語るべき理屈が足りていないのではないだろうか。

 

「てめーはごちゃごちゃ話を伸ばしすぎだし考えすぎなんだよ。欲しいもんは欲しい。それを認めりゃ強くもなるしてめーもキャスター(あいつ)も万々歳。すっきり解決じゃねーか」

 

「いや、でもな」

 

「ああ、ぐだぐだぐだぐだうっぜーなッ!!」

 

「ッ!?」

 

大きく振り上げて一撃。

床を砕く朱槍の一撃を、どうにか横に転がって逃げる。

 

「分かっちゃいたがてめーには話じゃ通じねえ。とりあえず意思の足りねぇてめーの弱さを死ぬほど思い知っとけ」

 

「……いや、それはあれだろ、単純に俺への苛つきを発散したいだけだろ」

 

「まあ否定はしないでやるよ。キャスターの相手にゃてめーが一番には思えるが、基本的にてめーのやり方は気に喰わねえ。まともに戦わねえやり口もそうだったが、今度は死んでも生き返る薬だ? 緊張感も何もあったもんじゃねえ、どんだけ俺に喧嘩売ってんだ坊主」

 

「……は? 怪我しても治るのはいいことだろ。治癒の限界はあるし人間用でサーヴァントにはあまり効かないしお前には関係ないんじゃないか」

 

「分かってねえ、分かってねえな────テメェは戦う人間を馬鹿にし過ぎだ」

 

「……なるほど、親父が騎士王(あれ)にキレたのも分かる────騎士(おまえら)は死を美化し過ぎだ」

 

「あぁん? なんだ、変なところに突っかかるじゃねえか。いいじゃねえか、こういう空気の方が俺は好きだぜ」

 

「思想の違いで殺し合い、か。趣味が悪い────」

 

家族の蘇生を戦争の目的に置いている衛宮嗣郎に対して、死をも含めた戦いの美学を持つクー・フーリン。

それまでの煩悶と説教は互いに本意でもなく、思想の衝突を理由にここぞとばかりに戦闘態勢に戻る。

 

「 “ 身体は剣で出来ている ” ───── 」

 

「 いいぜ坊主、テメェの弱さを教えてやる。死ぬほど喘げ─────! 」

 

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

道場で固有結界が世界を侵食しているのを感じ、そこからその使い手を思い出してメディアはさらに気分を沈ませる。

 

「んー? なんかシロウがイラついてるわ、めずらしい」

 

「本当ですね。ランサーさんとケンカでもしてるんでしょうか?」

 

そのメディアの後ろで、メディアには感じ取れない使い手の機微を感じ取って仲良く首を傾げているのは主たる姉妹。

本当なら姉妹二人は今日は学園に登校しているはずなのだが、急遽予定を変更し三人全員が今は家に揃っている。

……その予定が変わった理由こそがメディアの気分を沈みこませているものである。

 

「まぁちょっと考え方が合わなそうではあるけど……まぁいいわ、後で。じゃあ話を戻すけど」

 

戻さなくていい、とメディアは思う。

思うが、この白銀の少女から逃れられるはずもないので諦めるしかないのだろう。

 

「メディアはシロウを好きなのかどうかよく分からない。シロウはメディアを愛してるけど抑えこんでて自分からは絶対に出さない」

 

「それに兄さんですから人にどう説得されても考えは曲げないでしょうね」

 

「そうね。こんな二人じゃ例え時間が何年あっても進展は無いわ」

 

「……あなた達は進展がなくていいんじゃないの」

 

ぼそりとついつい口を挟んでしまう。

でもきっと、いや間違いなく嗣郎を好きなはずのこの姉妹は───

 

「いいえメディア、せっかくのシロウの恋だもの。それも話を聞く限り随分と貴重なことみたいじゃない?」

 

「二番目以降になるのは思うところもありますが、兄さんの幸せのためなら仕方ありません」

 

「それに……ね」

 

「そうですね、ふふっ。くやしいですけど」

 

イリヤスフィールが座るメディアを後ろから抱きしめる。

それは昨日、メデューサが絡みついたときのような形だったが……その腕には優しさが篭もっていた。

それにメディアは俯くのに加えフードを両手で引いて顔を隠す。理由は簡単で……恥ずかしいからだ。

 

「「メディア(さん)、可愛い(です)から」」

 

 

 

─────別に、大したことがあったわけではないのだ。

そう、大したことじゃない。

ただちょっと……メディアが酷く動揺しているときに、イリヤがその胸を貸しただけ。

 

……イリヤの天性の姉属性は年上相手でも十全に発揮され、少し甘えてしまっただけだ。思い出すべきようなことなど無い。全く無い。

 

 

 

 

昨日の夜から変わらず部屋の隅に転がされている姉妹の情報源となった赤い簀巻き(紫の髪がはみ出ている)は放置して、イリヤは本性のとても可愛らしい魔女を抱きしめながら、既にどちらも自分の庇護対象となった二人の恋路をハッピーエンドに推し進めるべく、方策を考える。

 

「やっぱり、性急なのは二人ともダメだと思うのよ」

 

「まずは友達から、ですか?」

 

「近いわね。とにかく二人は一緒にいる機会が必要だと思うわ。まずはお互いのことを、身近に感じなきゃ」

 

そして顔を隠した魔術師に向けて、まるで妹に向けるような口調で提案する。

 

「だからメディア────まずはデートといきましょう。いつがいいかしら?」

 

 

 

 

 

 




嗣郎とランサーの個別相性は言峰とランサーの相性よりちょっとマシなくらい。

前回の後書き→「七騎揃うのはもう少し後ですが、もうすぐ時間跳躍がある予定」
実際→「七騎揃うのは(作中時間的には)もう少し後ですが、間もなく時間跳躍があります」

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