愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

40 / 41
短い。話は進んでません。その分次を早く書くよう頑張ります。明後日までには書くって自分を追い詰めてみる

高敏捷の小次郎の燕返しって実はクーフーリンの刺しボルク(近距離真名発動)並の必殺力らしい。そのくせ原作で一人も必殺できてない辺りがこの二人の悲しさ



安息所

 

 

 

「──────秘剣・燕返し」

 

 

宙空に向かい放たれた神速の剣閃。

それは道理にあるまじきことに全く同一の瞬間に三つの軌跡。

魔法の領分に足を踏み入れた絶技たるそれを、気負いもなく呼吸をするが如く為すのは陣羽織姿の剣士。

 

「…………良し。ようやく掴めたか」

 

佐々木小次郎の名で呼ばれる剣士は今しがたの奇蹟に満足気に頷き、

そして剣閃の跡をなぞるように今度はじっくりと一閃一閃確実に刀を振るっていく。

 

「馴染んだのか」

 

そんな剣士を縁側から眺めて声をかけたのは主たる衛宮嗣郎。

その目線と問いは剣士の持つ異様に長い刀に向かっている。

 

(しか)と。以前と(たが)わぬ感覚よ」

 

「そいつは良かった。やっぱり模造技術はあいつに適わないな」

 

「はて、これは主の作だったと思うが?」

 

「投影したのは俺だが、あいつに何度も駄目出しされたからな。その度に造りなおしたからほとんどあいつの作だよ」

 

今小次郎が振るっているのは小次郎が手持ちの武装として持ちこんだ、『物干し竿』とも呼ばれる長刀備中青江、……の形こそはしているが、その中身は全く異なる『贋作』である。

もともと、聖杯戦争のサーヴァントの武器としてはあるまじきことに小次郎の刀は神秘など欠片も宿さない只の長刀だった。所有者たる彼は本来英霊の枠に居ない只の亡霊であり、名も無い農民が『佐々木小次郎』という架空の人物を演じるに相応しい技を持っていた為にその殻を被る役者に選ばれただけのこと。当然、彼には神秘の加護も謂れのある宝具も無い。

嗣郎などは亡霊を偶然拾うのではなく指名召喚の準備を整えた上で召喚するのだから佐々木小次郎や物干し竿の名による加護も生まれるのではないか、と考えてもいたがそう都合良くもいかず、そもそも神秘に乏しい殻であったゆえにだろう、備中青江はただの備中青江だった。鬼を殺したという天下五剣が一、童子切安綱などのような有名かつ謂れある名刀ですら『神秘』としての格は神代の雑具に届くかどうかということを鑑みれば、せいぜい石や幽霊を斬った程度の伝承しか無い備中青江が力を持たないのも仕方がないとも言えるが。

 

ただ、武装には恵まれなかった小次郎だがその名ゆえに得たものもあった。

言わずもがな、これ以上は望めないと言えるほどの、絶大な知名度補正だ。

 

本来知名度補正というのは減点方式といえるもの。人が再現し使役できるはずの無い英雄という存在をサーヴァントという御三家手製の枠内に落とし込む際、魔術基盤双極の片面たる人間(アラヤ)側、つまりは周辺の地の人々の信仰や想像力を利用しているために起こる弊害であり、要は大聖杯の力では再現し足りない部分を周辺の人々の信仰による補助によりどれだけ補えるか、というのが知名度補正である。

だが、これは英雄が基本的に人間を超越した力を持つために、それを御三家の魔術では再現しきれない、という前提による話であり──────

ではそもそも肉体や神秘の面で人間を超越などしていない、ただの亡霊にこのシステムを適用した場合はどうなるのか、というのが小次郎に起こった問題である。

 

結論から言ってしまえば、小次郎の『肉体』に『武器』がついていけなくなったのだ。

 

英霊用に用意された器の基本性能、知名度による絶大な強化効果、聖杯戦争史上最高のマスター適性を誇るマスター。

それらによって人間の枠に在ることを許されなかった小次郎の体は音よりも速く動きそれによる支障も皆無、純正の最速級の英霊たるクーフーリンを相手にしてさえ間合いを支配できる程に強靭かつ高性能な肉体だ。

だがそれに対して刀の方はといえば、如何な名刀だろうと近代の人造物。そんな速度で振り回されあまつさえ神代の武具と打ち合えば鍔も緩むし刃も歪む。

事実たった数度の手合わせでまともに燕返しも放てぬほどにガタが来ていた。全く使えないわけではないのだが、これはつまるところ原作において騎士王が打ち破った『隙のある燕返し』の状態であり、そんな状態で戦いに臨むわけにもいかないと代わりの武器を模索していた。

 

嗣郎は投影で用意しようとしたが技量が足りず、小次郎の能力に耐え、そして何よりも小次郎に違和感を抱かせないバランスの模倣ができなかった。

これも嗣郎が遠坂陣営を捕獲しエミヤを取り込もうとした理由のひとつだ。

そしてその思惑は成功し、エミヤの指導により嗣郎はサーヴァント仕様の宝具贋作・備中青江を完成させた。

 

 

「ふむ、鍛冶の誇りは私には分からぬがそういうものか。まぁ私はこれだけ身に合う刀があるというだけで良い」

 

ふむ、ふむ、と頷きながら燕返しの連発を始めた小次郎の動きは既に嗣郎の目には捉えきれない。

構えの必要があるとはいえ他の高速近接型サーヴァントが一度腕を振るう内に三撃放てる小次郎だ。それを本気で連発すればその秒間攻撃回数は理不尽な域に至る。

これでクーフーリンとはほぼ互角なのだから小次郎が凄いのかクーフーリンが凄いのか。槍と刀の相性の関係もあるだろう。少なくとも常套な剣の使い手で今の小次郎に勝てる者は居ない。

 

楽しげな小次郎に嗣郎は小さく笑い、一区切りかと安堵する。

 

「とりあえず武器の問題はこれで解決か。強度は足りてるはずだけど、一応ランサーと打ち合いでもして試しはしてくれ」

 

「心得た。しかし主よ、これを持ったまま霊体化できないのも問題であったと思うが」

 

「あぁ……」

 

剣士の問題提起に嗣郎はわずかに表情を歪める。

だがそれはその問題を忘れていたわけでも解決できないわけでもなく。

 

「それはイリ姉ぇやキャスターの分野だからなぁ。相談したから何とかしてくれると思うけど」

 

対策は用意できるはずという楽観的な言葉の割に苦悩の色を浮かべる嗣郎。

その嗣郎の表情の理由に小次郎は感付いたが、軽く笑いの気配を浮かべるだけで追及はしない。嗣郎がそれに連なる話を倦厭してそれに興味を持っていない小次郎のところに逃げてきているのだと分かっているからだ。

小次郎とて他人の色恋話を賞玩する悪趣味さも持たないでもないが、さりとて自分を唯一の安息地として頼ってきた主から逃げ場を奪うほどに気の利かぬ従者でもない。小次郎としては他の者達が推し進めようとしている流れよりも、手を出さないことで至りそうな流れの方が面白みを感じていたこともある。

ゆえに小次郎は嗣郎の表情には触れず会話だけを返す。

 

「であれば重畳。しかしならぬならならぬで、この身で歩く理由となって重畳よな」

 

「……いや、持ち歩くために実体化したとしても外出たとき女の子口説いていい理由にはならんぞ?」

 

「おや主よ、よもや主ともあろう者が花を愛でることの意義を理解しておらぬわけでもあるまい?」

 

「戦争が終わったら存分にさせてやるから今は我慢な」

 

「ほほう、なかなかに心躍る──」

 

とはいえ、そんな如才無い従者の気遣いも、

 

 

 

「シロウー、私たちは学校行くけどお昼ごはんはちゃんとキャスターと食べるのよー? デートの日まで顔合わせなかったりしたら絶対当日何も喋れないんだからっ」

 

 

 

玄関から響く遠慮ない声により無意味に帰す。

 

 

 

「…………」

 

「返事はーっ!?」

 

「……おう」

 

「聞こえないーっ」

 

「わかったっ!!」

 

キャスターもねーっ、と別方向に向けてダメ押しをかける声を背に、苦悩の色を濃くする嗣郎。

そんな主の肩を、従者は無言で軽く叩いた。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

イリヤが決めたデート計画は次の週末に実行されることとなった。

イリヤとしては早々に行いたかったがメディアにも嗣郎にも心の準備の時間が必要に感じられたこと、平日の昼は姉妹が学校にいるため身動きが取りづらく平日の夕夜はいつ戦争が起きてもおかしくはないなど嗣郎とメディアだけで別行動をとるのに不適切なこと、できれば姉妹達も内心その現場を覗き見たかったことなどからその日取りとなったのだが、その決定に一切意見を挟ませてもらえなかった当事者たちからすればその猶予はある種の責め苦、拷問だった。

 

嗣郎はメディアとそういう関係になることに(正気であるうちは)消極的であったし、メディアが自分を好くとは全く思っていなかった。

またメディアに不快な思いをさせるという結果はもちろんのこと、万が一親しくなれたとしても予想外に強大らしい己の『熱』は嗣郎の誓いにとってもはや不穏なものであり、『デート』の結果がどう転ぼうと嗣郎には望ましくないものしか待っていないように思えるのだからなおのこと。

……それに加えて、極めて俗な話に落ちるが、軟派野郎として評判とはいえ実際は異性とちゃんとしたデートなどしたことのない嗣郎だ。『デートしろ』などと言われてもどうすればいいかなど知らないし、しかもその相手は嗣郎からすれば心底の尊敬と恋慕を抱く高嶺の花。一人の男として不安と困惑に悩まされているというのも確実にあった。デートのことを考えてみるたびに不安定な精神状態に陥るのも仕方はないだろう。

 

一方のメディアはといえば、こちらも相当に参っていた。

傾国の美女であり長年様々な地を放浪した『魔女』だ。男性経験や逢瀬の経験は当然あるが……それらの経験とはあまりにも状況が違った。

ただでさえ裏の全く無い純粋な恋慕などという己には縁の無かったものを向けられて動揺しがちだというのに、それに早々に返答を出せとせっつかれさらにそんな相手と『そういう意味』で二人きりになる予定を決められる。

そんな状況ではとりあえずは魔女の振る舞いで乗り切ろうと思えば、演技の類は禁止だと令呪をもちらつかされる始末。

そも素直に異性と接する経験の少ないメディアからすれば、そんな状況が刻一刻と迫っていること自体が不安と動揺を増幅させていた。

 

 

そんな二人を互いに慣れさせるべくイリヤは普段から二人の顔を合わせさせるように尽力し、桜も後で自分もデートする計画を考えつつ応援し、メデューサとクーフーリンもそれぞれにそれぞれのやり方で後押しし。

生き方を変えたがらず強制を嫌う嗣郎の許容範囲内で、メディアのプライドをどうにか守る範囲で、限度を見極めながら二人に強制し。

 

些細な挨拶や日頃の距離から、二人は思うところありながらも近付いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

───────そんな、衛宮の風景とは違うところで。

 

 

聖杯を欲する者達が、動く。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

 

「「 ───── 閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ) ───── 」」

 

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

──────── ()くして、第五次聖杯戦争は、佳境へ向かう。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告