愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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凛と嗣郎

「で、何の用なんだ、遠坂?」

「言わなくてもわかるでしょう、衛宮君?」

 

一日の授業が終わり帰宅がてら今日は話していなかった他クラスの女の子に挨拶していると、予想通り遠坂の目についたらしく、アイコンタクトで呼び出された。

軽く挨拶したら優等生の笑顔のまま屋上に連れ出されたが、『ついに遠坂さんも蟻地獄の餌食にっ…!?』って周りの連中がショック受けてたのはいいんだろうか。

実際はむしろ俺が捕食されかねないのが実態ではあるが。

まぁ実害がない話は置いておいて目前の話に戻ろう。魔術師モードの遠坂を苛立たせてもいいことないだろうし。

 

「そうは言ってもな。話題自体は分かるんだが、遠坂が俺と何を話したいのかが分からない」

 

遠坂が俺と話す機会を作ること自体は可能性が高いと考えてはいたが、その対談で遠坂が俺に何を求めるのかは正直分かるはずもない。

原作知識から予想できないわけでもないが、ここ10年程の歴史がかなり大きく変わっているこの世界で原作知識はさほどアテにならない。実際うちの桜は悲惨な経験の絶対量が少なかったせいか黒桜成分が足りてないし。いや足りてなくて全然良いのだが。

とにかくこちらの遠坂のことはある程度知っているとはいえ、やはりある程度に過ぎず内心を正確に予測できるわけでもないのだ。

 

「……聞きたいこと、確認したいこと、それに忠告したいことがいくらかあるわ。冬木のセカンドオーナーとしてね」

「へえ、冬木のセカンドオーナーとして?」

「……何か言いたいことでもあるのかしら?」

「むしろ他の立場で聞きたいことあるんじゃないかと思ってたから」

 

遠坂は無表情だ。なんというか、警戒されている。

原作『士郎』とのじゃれあいと比べると悲しくなるが、敵対するであろう魔術師同士の距離感としてはこれが正常だろう。原作でも最初は凛は士郎と距離を置こうとしてたしな。そしておそらく原作と違い、俺と遠坂はそうそう仲良くならないだろう。何も知らない青臭い正義の味方として凛の警戒を解いた『士郎』がすごいだけだ。

 

『衛宮士郎』と『衛宮嗣郎』は別人だ。

同じ立ち位置、同じ名前でこそあったが、『俺』は『士郎』にはなれない。

『士郎』が周囲を魅了したその生き様と『嗣郎』ができる生き様は全く違うのだから、原作で士郎と親しくなった人間と俺が親しくなれるとは限らない。

『俺』は彼じゃないのだから。

その自戒も込めてわざわざ改名したのだ。決して忘れまい。

とにかく、遠坂に距離を置かれていることを気にしても仕方がない。

 

「…………そうね。正直なところ『遠坂』としてあなたと話すことなんてほとんどないわ。戦争のルールも分かってるんでしょうし。強いて言うなら、『敵対するなら覚悟しろ』ってとこかしら」

「怖いなおい。で、『桜の姉』としては?」

「……まず確認よ。桜は『衛宮』として参加するのね?」

「それは桜に聞くことじゃないのか?」

「もう聞いたけど、答えてくれないもの。『兄さんが話すまで聖杯戦争については勝手に話すわけにはいきません』ってね」

「あーなるほど。桜は俺とイリ姉ぇのサポートのつもりだからなぁ」

 

今回の聖杯戦争に気合を入れてるのは求めるものがある俺とイリ姉ぇだ。桜としては本人の強い希望というよりも家族の手助けというスタンスでの参加になっている。

そんなことを考えていたが、遠坂の目がさらに鋭くなっていることに気付く。

 

「やっぱり、イリヤスフィール先輩も魔術師なのね」

「あれ? 知らなかったのか?」

「知らないわよ。アインツベルンの縁者なんだろうとは思っていたけど、それ以外の情報がないもの、あの人。話しやすいし思わせぶりなことも言うけど大事なところまではいかないのよね」

「まあイリ姉ぇはオープンなようで線引きが厳しいか。でもアインツベルンだってことは分かってたのか」

「そりゃあアインツベルンの日本支部みたいな衛宮にあからさまな銀髪外人がいればアインツベルン関係としか思えないでしょう。衛宮の監視役……にしては若すぎるし、選民主義のアインツベルンが婚姻での関係強化ってこともないでしょうし、特殊な魔術を使うサポート役ってところかしら?」

 

探るように見てくるが……どうもイリ姉ぇがマスターって考えはないっぽいな。いや、考えてはいるけど可能性は低いと見てるのか。外来を4人も用意することから分かるが、システム的に一勢力に令呪ひとつが普通だし、御三家ならそれがよく分かってるんだろう。衛宮が明確にアインツベルンに属している以上、『衛宮の令呪』=『アインツベルンの令呪』だと考えるのも仕方がない。

……もし、イリ姉ぇも令呪を持っていることを知れば『アインツベルンが二つの令呪を不当に得た』と解釈するのだろう。

 

だが実際には衛宮はアインツベルンに属してなどいない。

現在の衛宮は御三家に属さない外来勢力であり、イリヤスフィールがその全身の魔術回路を強引に令呪に仕立て上げアインツベルンの優先枠をさっさと奪っている現状、正しい解釈は『衛宮嗣郎という外来勢力にアインツベルンの優先令呪を既に得ている参加者が勝手に助力している』というものだ。

聖杯がどう捉えるかが不明なのが不安要素ではあったが、例え得られなくとも方策はあったし実際得られたのでどうでもいい話だろう。

遠坂からすれば理不尽な話だろうが、先代遠坂は同様の裏工作をしていたので特に恥じたり負い目に感じる必要はないだろうな。

まあなんにせよ、誤解を正す必要も特にないか?

あーでもちゃんと解いておくべき誤解はあるな。

 

「関係強化のための婚姻ってわけでもないが、イリ姉ぇは偽装家族とかじゃなくて本当に衛宮の血筋だぞ? というか、俺も桜も養子で親父の血を引いてるのはイリ姉ぇだけだから、むしろイリ姉ぇこそ衛宮の直系だよ」

 

うん、こうして考えてみると衛宮はアインツベルンの分家にしか見えないな。イリ姉ぇ日本人ぽさ皆無だし。これからの衛宮の直系はアインツベルンの直系にもなるわけだし。

 

「え? イリヤスフィール先輩、あのみすぼら……ゴホン、先代衛宮の娘さんなの? ほんとに?」

「言いたいことはわかるけど、あれでも親父はイリ姉ぇの実の父親だぞ。まったく似てないけど」

「似てないどころか先輩が日本人とのハーフっていうのが信じられないわ……。って待ちなさい、血を継いだ直系がいたのに、養子の衛宮君が次の当主になったの?」

「そういうこと……ああそうか。衛宮を継ぐ俺が養子なのはあの時言ったから、衛宮を継がないイリ姉ぇも養子だと思ってたわけか?」

「そう思うに決まってるでしょう。先輩はアインツベルンから何かの理由で預けられてるんだと思ってたし。……魔術刻印は血が繋がっていないと継承できないっていうのに養子の衛宮君が継いだりして大丈夫なの?」

「そこはまあ色々あってだな。というか明らかに家庭の事情ありそうな話題なのにずいぶん遠慮なく踏み込んでくるな遠坂」

「別に無理に聞き出したいわけじゃないけど、たとえ他人の家でも魔術刻印を継承できずに喪失するなんてなんだかもったいないじゃない」

「もったいないって……くくっ、なんか遠坂らしいな」

「私らしいってなによ。…………」

「……どうした、気に障ったか? だったら謝るけど」

「そういうわけじゃないわ。……ねえ衛宮君」

「なんだよ」

「前会ったとき…にも、私のこと知ってるような口振りだったわよね? どうして?」

「は?」

「同じクラスになったこともないし、まともな会話なんてこれが二度目じゃない。あなたが私のことよく知ってるはずないのに、なんで学校での振る舞いや遠坂の当主としての振る舞いが猫被りだなんて思ったの?」

 

遠坂はどこか意を決したように硬い声で聞いてきたが、原作での凛とこの世界の遠坂を別人として捉えようと気をつけてきた俺がその質問を受けて思ったことはただひとつだった。

 

 

 

「え? 言峰から聞いてないの?」

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

よく知る怒りの声とともに教会の扉が豪快に蹴破られた音を耳にして、言峰綺礼は長年かけて仕掛けた嫌がらせがついに発覚したことをなんとなく理解した。

 

 




結局聞きたいことを聞けてない遠坂さん
そして嗣郎&凛で遊んでこっそり愉悦していた神父さん

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