「…………つまり?
世間話として
「そうとも。何分大事な妹弟子のことよ、ついつい話題にしてしまってな。いやいや、聖職者たる私も身内自慢をしたがる人の子ということだな」
「黙りなさい。それで衛宮君が私のことを知ってたと。それはいいわ。それだけでも悪意を感じるけどそれはいいわ。で?」
「何かね?」
「なんで私が衛宮君のこと全く聞いてないのかってことよっっ!!!!!」
遠坂凛、怒髪天である。
身振りゆえか魔力の噴出か文字通り怒髪が踊っている。
「ふむ、そうは言ってもだな凛よ。お前は私と世間話などしたがらないではないか」
「いつも聞きたくない話は勝手にしゃべるくせになんで衛宮君の話は全く聞いた覚えがないのかってことよっ!! 冬木の魔術師の話なんだから優先的に話すことでしょう!! 第一私のことだけ一方的に話すのが良いわけないじゃない!」
「そうかもしれんが、私が話す凛の話は魔術師遠坂当主の話ではなくただの
「あ・ん・た・はぁ~~~~っ!!」
「落ち着け遠坂。言峰、俺も聞きたいんだが、お前『彼女は衛宮嗣郎に内面を知られてることを知ってる』みたいなこと言ってなかったっけか?」
「おや、何か誤解があったようだ。確かに5年前の対面の前に『凛は君に内面を知られていても遠坂当主としての振る舞いをするだろう』という
「ああ、なるほど、お前の話し方に騙されて俺が勝手に誤解したと。お前ほんと言峰だな」
「さて、言峰の性質には議論の余地もあるだろうが、残念ながら言葉のすれ違いが起きていたようだ。言葉でも迷いの子羊を導かねばならぬ身としては未熟の至りよ、精進せねばな」
言峰綺礼、平常運転である。
嗣郎には凛が隠している内面を世間話として教え、さらに言葉を絶妙に使い『凛は言峰が嗣郎に自分のことを話していることを知っている』という誤解を与え、一方で凛には何も話さず『嗣郎は自分のことを知るはずがない』という思い込みを持たせておく。後は嗣郎の生来の馴れ馴れしさと凛の聡いゆえの過敏さがどう絡むかと展開を見守り。
予想以上に凛が怯え心的外傷にまで至ったのを察知し内心腹を抱えて笑い転げていたのは本人しか知らない。
「こいつ……殺しちゃダメかしら……」
「気持ちはわかるがやめとけ。どうせ死んでも最大限の迷惑をかけるように仕込んでる気がする」
「神の家で物騒な話はやめたまえ。それで誤解は解けたようだが、用件はそれだけかね?」
わずかに態度を変えて、言峰は告げる。
「もうすぐ『始まる』。棄権の意思があれば監視役として受け入れよう」
二人の手にはすでに戦争の参加資格である令呪がある。
まだ開戦までは2週間程度あるとみられているが、現段階で令呪を放棄して身の安全を守るという手もあり、それを可能とする監視役として選択肢を提示する。
特に凛は『衛宮』が複数のマスターを擁して参戦することに気付いているはずだ。それは己の勝率、そして生存率がはっきりと低くなっていることを示すのだとわからないはずがない。
だが同時にその程度で凛が身を引くはずもないだろうと理解もしていたが。
「棄権なんてするわけがないでしょう。遠坂当主として聖杯は頂くもの」
己が勝って当たり前とばかりに優雅に宣言する。それは言峰も嗣郎も予想していた通りの答えだった。
「ふむ、そうだろうとは思ったが。『衛宮』はどうかね?」
「おいおい、こちとらこの戦争のために時間も手間もかけてるんだ。今さら降りるわけないだろ? 予定通り聖杯はもらうさ」
「あら、随分な自信ね衛宮君。でもたかだか2代アインツベルンのおこぼれにあずかってるくらいで、遠坂6代が掛けた時間と手間に勝ると思っているのかしら?」
「お、やっぱ遠坂の自信満々の身振り格好良くていいな。まあ残念ながら聖杯はそのたかが2代の新参に持ってかれちゃうんだけどな」
「お褒め頂いてうれしいわ。でも身の程を知らせる鞭は優しくできないわよ?」
前哨戦とばかりに火花を散らす二人。
「まだ開戦まで時間があるというのに、血気に
「ふんっ、魔道に触れてる破戒神父がおわす神の家なんて、争いの種にしかならなそうだけど? ま、無意味に敵対するのはつまらないわね。セカンドオーナーとして寛大に受け入れてあげるわ」
「そりゃありがたいな冬木の管理者様。戦争はともかく、それ以外のときはよろしくな」
「ええ、どっかの糞神父のせいでちょっと誤解もあったみたいだから、あらためてよろしくね、衛宮くっ…!」
「おう、……ってどうした?」
「な、なんでもないわ! じゃあね。って聞こうとしたこと聞いてないわね……まぁいいわ。また戦争が始まる前に話聞きにいくことにする」
「そうだな、桜関係のことは桜がいるときに話した方がいいだろうし……今度うちに来いよ。とって食ったりしないし桜も喜ぶ」
「おっけー、桜と一緒に帰るときにでも行かせてもらうわ。じゃあね、また明日」
「おう、気をつけてなー」
「私に挨拶はないのかね?」
「死ね、クソ神父」
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凛が出ていった扉をながめながら、言峰はため息をつく。
「やれやれ、すっかり口が悪い娘に育ってしまった。時臣師に会わせる顔がないな」
「師を手に掛けたお前が会わせる顔なんて最初からないだろうが」
「師は最後まで何が起きたかわかっておられなかったからな。今会っても混乱するだけだと思うがね」
「先代遠坂は本気で不憫だな……」
たわいもない話をしながら、シロウは先ほどの凛との別れ際、あらためての握手をしたときに凛の様子がおかしくなったことを思い出して首をひねる。
「しかし、さっき遠坂が変な動きしたのはなんだったんだ? お前わかるか?」
「さて、年頃の娘として異性に触れることに動揺でもあったのではないかね?」
「そのうさんくさい答え方ってことは心当たりあるんだな。さっさと言え」
「やれやれ、年頃の純情も信じてもらえないとは凛も憐れなことだ。……くくく、そう睨むのはやめたまえ。あれはただの残滓に過ぎないさ」
「残滓? なんのだよ」
「それはもちろん、君に対する心的外傷の、だとも」
「はあ?」
「くくくっ。幼心に刻み付けられた恐怖は年を経ても残る。たとえその恐怖がただの勘違いだと分かったとしても、心の奥の脆弱な部分に傷として残っている『それ』は容易に消えてなくなったりはしない」
「あー……」
「あの理性的で気高い凛のこと。衛宮嗣郎に対する恐怖が身体的接触で再発したことはすぐに理解する。自身の心の脆弱さを理解する。誇り高いゆえにその恐怖をこえようともするが、心の手綱など握れない。くくくくっ、もし越えようとするなら恐怖との対面を繰り返すしかなかろう、そしてそのたびに自身の弱さを思い知るのだ。その誇り高さと弱さの幾度とない衝突の果て、遠坂凛はどのような表情を見せるのか…………くくくくくく」
「その遠坂の魅力もよく現れるだろう戦いに興味がないわけでもないが、言葉にされてもお前の趣味に共感はできん。黙れ」
「ふむ、説明すれば分かってくれるかと思ったのだが」
「傷に立ち向かう女の子が魅力的なのは認める。だがあえて傷をつけるのは俺の主義じゃない」
「美しいものを見たいのなら自分で用意するのも手だと思うがね?」
「俺は愛でたいだけで作る気なんざないんだよ。……それよりも言峰、俺の見えるところで本気で遊ぶなって言ったはずだが?」
「今回に関しては予想外でな。凛があそこまで怯えるとは思わなかった。いきすぎたことは謝罪しよう」
「謝るなら遠坂に謝れ」
「凛が私の言葉を聞くとは思えんがな」
「まぁそうだろうが。……予想外だったとしても、お前の過失だ。補填しろよ?」
「予測した上での悪意でなければ『約束』の適用外だと思うがね。とはいえ私の不明なのは確かといえる。凛にも君にもなんらかの補填をしよう」
「そこらへんの妙な誠意もやっぱ言峰だな……」
凛という部外者が去ったことを機に二人の間だけで通じる話を続けていた奇人二人だったが、そこでシロウは教会を見回して訪れた当初から少し気になっていたことを問う。
「そういえば今日はあいつはいないのか? この時間だといつも居るよな」
「あれは何か用があるといって帰ってきてすぐにまた出かけたよ。おそらくはまたろくでもない用事なのだろうが」
「お前に言えたことじゃないだろ外道神父」
「はて、な。私としては聖杯戦争中に無造作に出かけられても困るが、あれが私の言うことなど聞くはずもないからな、用があるというなら参加者が集まっていない今のうちに済ませてほしいものだ」
「お前の話聞かないって点では遠坂みたいなもんだな」
「理があれば話が通じるだけ凛の方がましだと思っている」
「まあ基本的に全部お前のせいなんだけどな」
「あれに関してはあれ生来のものだと思うが。私にはどうしようもないさ」
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