愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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綺礼と嗣郎

いつも通り無駄に毒と棘を含んだ世間話と聖杯戦争がらみの探りいれを済ませて衛宮嗣郎が教会から去っていくのを見送りながら、綺礼は先ほどの嗣郎と凛のやり取りを思い出して呟く。

 

「……遠坂6代の時間と手間、衛宮2代の時間と手間、実際にお前が武器にし、相手にするものはそんなものではないぞ、凛」

 

 

聖杯戦争の儀式構築から続く遠坂6代、200年の時間と手間といえば相当なものだろう。

だが、それは先代達の努力に過ぎない。

確かに彼らは構築と維持に頭を悩ませ、八方手を尽くし聖杯を得るために手間を掛けただろう。

だがその努力は今回の聖杯戦争において、有利になる点としては遠坂凛個人の素質()()しか生んでいない。

 

たしかに彼らが研鑽し遺した魔術刻印は優秀であるし、代を重ねたうえで禅城の血を入れ生まれた凛個人の才能は歴史に名を残せるほどに破格といえる。

だが()()()()だ。

 

凛は才能こそあれど聖杯戦争への意気込みも覚悟も特別強いものではない。

だから、魔術を磨き魔力を蓄える程度のことしかやっていない。

自分ならば英霊を選ぶまでもなく勝てると才にあぐらをかき、触媒すら用意していない有様だ。先代の使った触媒を家捜しするくらいはするようだが。

これは今回の聖杯戦争に対する『アインツベルン』『マキリ』そして『衛宮』の事前準備を知っている者からすれば怠慢と慢心以外の何物でもない。

 

アインツベルンは聖杯戦争に合わせ絶大な魔力を持ち聖杯の機能を利用できるホムンクルスを製造、さらにそれを最大限活かせる英霊とクラスの選択を考え触媒収集にも余念はなかった。……その成果はまるごと『衛宮』に持っていかれたが。

 

マキリは誰が勝とうとも最終的に聖杯を掻っ攫えるよう策を練り、偽の聖杯を素材から準備し醸成、血が枯れ才を失くしゆくなかでも他所(よそ)から必要なものを掻き集め念願の成就に手を掛けていた。……戦争前に『衛宮』に家ごと潰されたが。

 

同じ御三家であるこの二家と比べても、遠坂はあまりにも手抜き準備と言わざるをえない。先代遠坂当主 時臣はルール違反ともいえる策を練っていたが、あの程度はやらない限り『手間をかけた』などという資格はないだろう。

単純に凛が聖杯に興味がないだけと言えるが、先代までの遠坂5代の掛けた時間と手間を考えると凛の手抜きは相当に無責任に見える。やはり先代に依る御三家としての教育もできず口伝すら失っていたことが、遠坂の先代までの悲願の失逸を起こしたのだろう。

 

 

 

そして衛宮。

アインツベルンやマキリには歴史(じかん)でも人脈(てま)でも劣り聖杯戦争に対する悲愴ともいえる渇望も足りていなかったが、こと今回に限っては間違いなく最大勢力である。

 

 

 

綺礼が衛宮の後継、嗣郎と初めて対面したのはおよそ8年前になる。

 

 

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

 

それは第4次聖杯戦争から2年経ったある日のこと。

 

 

 

「こんにちは、少しお時間いいですか、言峰神父」

 

まだ小学校にあがったばかりだろう年頃の子供が言峰教会を訪れた。

年齢に見合わぬ丁寧さに対する違和感とその赤みがかった髪の少年に対する既視感の原因を探りながら、綺礼は普段通りの対応をする。

 

「もちろん大丈夫だとも。神の家は常に開かれている。どうしたのかね、少年」

「ええ、いくつか聞きたいこととお願いしたいことがありまして」

 

そう笑う子供の年齢不相応さにやはり疑問を抱くが、続いた少年の自己紹介でわずかに納得する。

 

「まず、ご挨拶を。私は衛宮嗣郎。衛宮切嗣の子になります」

「ほう、衛宮の」

 

衛宮切嗣。2年前に殺意と凶器を交わした魔術師殺し。

そして子供への既視感にも納得する。あの戦いの後、聖杯の降誕の余波で起きた災害の生存者のうちひとりを、衛宮切嗣が引き取ったのを確認していたのだ。

この子供はあのときに引き取られた衛宮切嗣の養子だろう。

この子供がやけに大人びているのは聖杯の影響か、あるいは魔術師殺しの影響か。どちらにしろこの子供の環境ならばまともでなくとも全く不思議はない。

 

「その様子では、君のお父さんと私が知り合いということは知っているのかな?」

「そうですね。一応は」

 

とはいえ衛宮切嗣自体には綺礼はすでに興味がない。

聖杯戦争の中では自身の思い込みもあり強く執心したものだが、その勘違いに気付きそして衛宮切嗣自体が気力を失った今、せいぜいかつての切嗣を評価する程度だ。

よって、綺礼が興味をもったのは眼前の子供であり、その子供が何を言い出すのかだ。

 

「それで、私に聞きたいこと、お願いしたいこととは何かな?」

「はい、実はですね。あ、まずはお願いしたいことなんですが」

 

明らかに何かが破綻している子供だ。そして魔術を知っている可能性も高い。

いささか異常なことではあろうと覚悟────期待はしていたが、

 

「お前が生き地獄を味あわせてる俺の仲間、解放してくれない?」

 

いささか程度の異常ではなかった。

 

 

 

 

「…………なんのことかね?」

 

動揺というほどに衝撃を受けたわけではないが、理解できなかった。

教会の地下には2年前の災害の生存者達がいる。

そう、目の前の子供と同じ。仲間とはそういうことだろう。

実際綺礼はこの子供が衛宮切嗣に引き取られていなければ、この子供も同じようにしたはずだ。

そしてその生存者たちはその魂と絶望を彼の王に捧げるために、生きたまま死が救いになるほどの苦痛を与えられ続けている。

綺礼が生き地獄を味あわせている仲間。これほどの心当たりはない。

だが、なぜこの子供がそれを知っている?

立場柄隠蔽は完璧だったし、元の職業柄住処への侵入など許しはしない。

ましてや、こんな子供が。

 

「お前が英雄王様への供物として苦しめ続けてる2年前の生き残りのことだよ。たぶんあの中に俺の知り合いとかもいると思うんだよね。さすがに元に戻すのは難しいだろうから、せめて解放してやりたくてさ」

 

子供はすっかり口調を変えて笑顔で話を続ける。

ギルガメッシュのことまで知られている。例え自分の知らないうちに教会に侵入されていたとしても、あれが何の為なのかはわかるはずがない。

この子供、なんだ?

 

「無表情やめろよ。怖いから。俺普通に弱いからお前に襲われたりしたら普通に死ぬから。できればしゃべってくれない?」

「…………君は一体何者かね?」

 

こうも明確に知られていれば、誤魔化せるはずもない。

それにこうまで不可解だと興味深い。距離を置くよりも内面に踏み込みたいものだ。

 

「そんなに警戒しなくても……いやしてないのか? うっわー、やっぱあんまり関わりたくないなー。まぁいいや。俺はなんていうか、まあ……お前の同類だよ」

「ほう。つまり聖杯…『泥』関連か?」

「聖杯の中身見たって程度かな」

 

あのこの世ならざる汚濁を『視』て、正気でいられる生物がいたとは。

いや、正気ではないか? 少なくともすでに尋常な人間の枠からは外れていそうだが。

 

「それでなぜ生存者(あれら)や、英雄王(あの男)のことを知っている? 聖杯を見たところでわかることでもあるまい?」

「説明が難しいんだがな。まあ聖杯に触れたせいで本来見られないものを見て、知れないことを知ったってだけさ」

「ふむ……平行世界の可能性でも見たのかね?」

 

なんとなくかつての師が目指していた魔法の領域を口にしてみれば、子供は驚いたように目を見張った。

 

「よくわかるな。だいたいそんな感じだよ」

「なるほど。それで色々と知ったから、生存者(あれら)を解放しろと?」

「まあそういうわけだが……お前が見返りもなしにあっさり解放するわけもないわな」

 

それはそうだ。なにしろあれは英雄王への供物であり、代替を用意するのも一苦労だ。それに自身の好みとしてもあれはなかなか悪くない。

 

「だからそうだな、ちょっとした質問と提案するから、それが気にいったら解放してくれないか?」

 

無条件に解放しろ、というわけではないあたり、年相応の知能などではないのだろう。

それにしても、

 

「質問と提案?」

 

それに解放の対価になるようなものがあるのだろうか?

 

「そう、まぁ何の足しにもならないかもしれんが、そのときはそのときでまた考えるわ」

「ふむ、いいだろう。内容によっては考えてやらんこともない」

 

そこまで執着することでもないとはいえ、言葉だけで対価になるほど無価値でもないのだが。まぁ聞く分にはいいだろう。

 

「うん、それじゃあまず、質問だ。とりあえず殺さないで聞いてくれ」

 

そして子供は笑い、

 

 

「クラウディアって覚えてるか?」

 

 

 

 

 

 

 

こいつ、殺そうか?

 

 

 

 

 

 

 

その名前は言峰綺礼の奥底にあるものだ。

その名前は言峰綺礼が絶対に汚さないものだ。

 

……一息ついて、自制する。

 

先の前置きで『殺さないで聞け』と言ったのだから分かっていよう。

 

 

「──────面白半分に語るつもりであれば、殺すぞ」

 

あるいは、この子供本人に興味が湧いていなければとうに殺していただろう。

 

「……ああ、わかってるさ。でもわかってないこともあるから聞いてる。

 今の答えはわかった。質問を続けていいか?」

「……好きにしろ」

 

この子供は一体、なんのつもりなのか。

 

「じゃあ次だ。言峰綺礼。お前は妻・クラウディアを愛していたか?」

 

……こいつはどこまでも死にに来ているようだ。

いや、覚悟の上で、意味があって来たのか。

私が長年触れたがらないでいることをこうまで直言に。

そして、私の答えは決まっている。

 

「…………否、だな」

 

 

 

妻は私を愛していた。聖女のような女だった。

私がどこまでも歪であることを理解し、そしてその私を受け入れた。

実の父にも、他の誰にも理解されなかった私の苦悩を初めて理解してくれた女。

 

 

言峰綺礼は破綻者だった。

何にも情熱を持てず、何にも共感を持てず、何にも感動を得られなかった。

生まれてずっと感情が揺らされたこともなく、人の感情を理解できたこともなかった。

神に祈れば救いが得られるかと、誰よりも清廉に信仰を捧げた。

何かに打ち込めば情熱が理解できるかと、救いを求めてあらゆる道を追い求めた。

誰よりも苛烈な生き方を。

誰よりも多彩な求道を。

そうして20年以上もあがいてなお何も得られず、そして誰にも理解されない苦悩。

その苦悩を初めて理解してくれた女が、クラウディアだった。

 

クラウディアは綺礼の苦悩を理解し、綺礼を救うべく共に悩んだ。

人の心が持てぬ綺礼を真っ直ぐに見て愛してくれた。

 

それでもなお、綺礼はクラウディアを愛せない。

人の心で愛したいと思っても、愛と呼べる情動が抱けない。

 

だが、クラウディアは綺礼を信じた。

綺礼が愛を持てるのだと信じた。

 

自ら命を絶つことによって、綺礼は愛する人のために泣ける人間なのだと証明しようとした。

 

────逝こうとする妻を前に、綺礼は懺悔する。

『私にはおまえを愛せなかった』

 

────妻はそれでも笑う。

『いいえ。貴方はわたしを愛しています』

 

『ほら、貴方、泣いているもの』

 

 

綺礼は涙など流していなかった。ただ、朦朧とした女にはそう見えただけなのだろう。

 

それどころか。それどころかだ。

もう動かない妻を前に、綺礼は思ってしまった。

 

『────ああ、もっと苦しめてやりたかった』

 

 

 

それは、自身の本質、他者の苦痛を悦ぶ異常性を理解し受け入れた今でも、あまり思い出したいことではない。

己をあそこまで愛し尽くした女を、愛することができなかったのだから。

己を唯一真に愛した女が、無意味に死んでしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

「……それでどういうつもりかね? あまりいい気分ではないのだが」

 

自ら人に話すのならともかく、他人に記憶を励起させられるのは不快だ。

本当に面白半分なら殺してやろう。

 

「ああ、やっぱりか。どうもお前は自己分析が得意なようで、変なところで抜けている」

 

「……なんだと?」

 

「さて、言峰綺礼。本来ならお前の得意技で、普通やられる側は嫌がるんだが……お前なら悦ぶだろうよ」

 

そして言峰綺礼と同じく、どこか壊れている子供が笑う。

 

 

「さあ、言峰綺礼。求道者にして破綻者よ──────

 

 

 ──────お前の心を切開しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

お前は何に愉悦を抱く?

 

他者の苦悩に、他者の苦痛に。

 

お前は何を美しいと思う?

 

醜いものを、おぞましきものを。

 

父をどう思っていた?

 

…尊敬していた。

 

父の死に何を感じた?

 

…己の手で殺したかったと。

 

師の死に何を感じた?

 

…ただ、愉悦を。

 

例えば今すぐ俺を殺して何を感じるだろうな?

 

…何も。

 

さあ、妻の死に何を感じた?

 

……もっと苦しめたかったと。己の手に掛けたかったと。

 

愛とは何だと思う?

 

……情動であろう。相手を慈しむ。

 

妻は言った。お前は妻を愛していたと。

 

……思い込みだ。願望だ。愛することはできなかった。

 

なぜ愛していなかったと思う?

 

妻の死に涙も流れなかった。妻にさらなる苦痛を望んだ。

 

それがなぜ愛していなかったことになる?

 

愛しているのなら、泣くと。

 

そう決めたのは、妻。

 

泣かなければ愛していない。

 

そんな理屈はどこにもない。

 

妻に見えた涙はまぼろし。

 

たとえまぼろしだとしても、妻はお前の愛を見た。

 

愛などない? 本当に?

 

何を感じた? 何を抱いた?

 

湧いてきただろう。心が動いただろう。

 

愛していたなら泣くはず? 笑わせる。

 

 

 

 

 

 

 

お前自分が異常なこと思い出せよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────っ」

 

内面に向かっていた意識が戻る。

魔術にかかった…はずもない。ただ、己の弱さか。

 

「わかったか? 言峰綺礼」

 

子供は笑っている。歪んだ瞳で笑っている。

 

「お前自分が異常者なの分かってるのに、一般常識から抜けきれてなかったのな」

 

その通りだ。なぜ自分の『愛』が一般的なものと同じだと思ったのか。

いや、違う。

どこかで気づいてはいたのだ。

けれど、怖かった。

考え抜いて、もし自分に『愛』がないのだと確信できてしまえば、

妻の死が本当に無意味になってしまうから。

『自分には「きっと」愛はない』と、深く考えずに留めておけば、どこか希望が残るから。

そのわずかな、自分でも気付かないほどの希望を砕いてしまうのが怖かったのだ。

自分では、踏み込めなかったのだ。

 

無様な。

なんて、情けない。

 

強引に切り開かれて……言峰綺礼は喜んでいる。

誰かが無理矢理答えを出してくれるのを待っていたとでもいうのか。

 

……ああ、そうなのだろう。

言峰綺礼は、誰かに。

誰かに決めて欲しかったのだ。

妻の死は無駄ではなかったと。

妻は確かに夫を理解していたのだと。

 

そう、言峰綺礼は。

 

 

「私は、妻を、愛していたのだな…………」

 

 

 

愛していたからこそ殺したかった。

愛していたからこそ苦しめたかった。

 

それは他者に理解される愛などではなかっただろう。

死んで悲しいなどと思わなかった。

悔しかっただけだ。自分で殺せなくて。

けれど、同時に。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

もし、妻が自殺ですらなく、自分以外の誰かに殺されたとしたら?

想像するだけで、(はらわた)が煮えくり返る。

 

なんと歪な愛か。

どれだけ異常な慕情か。

けれど。

言峰綺礼という異常者には、この上なく似合う。

気付いてしまえば、言峰綺礼にはこれ以外の愛の形などありえないほどに。

 

 

 

「こんなのさ、はたから見れば分かりきったことだけど。本人だけはわからないことってあるし仕方ないか?」

 

衛宮嗣郎は呆れたように言う。

こいつは分かっているのかいないのか。

私が答えにたどりつけなかった理由を。

わずかな希望を失うことを怖れる怯惰を。

 

「どうだ言峰。参考にはなったか?」

 

……いや、『切開』と言っていた。

気付いているだろう。言わないのは男への情けとでも言うのか。

まぁ、いい。

 

「……ああ。感謝する、衛宮嗣郎」

 

もう私はクラウディア(あいつ)を愛していたのだと、胸を張って言えるのだから。

 

 

「本当に、心の底から、感謝する────」

 

涙は流れない。だが、心は空虚ではない。それでいい。

 

 

 

 

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