愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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マキリと嗣郎

「さて言峰。この『質問』は解放の対価となるには相応しかったか?」

 

分かりきった様子で衛宮嗣郎は聞いてくる。

そこでようやく今のやりとりが生存者の解放の対価となる『質問』だったのだと思い至る。

直前の会話内容すら頭から抜けているとは、私も随分浮かれていたらしい。

いや、正直今現在相当浮かれているし、おそらくこれから数日はこのままだろうと自己分析できる。

仕事に支障がなければいいのだが。

そして嗣郎の確認の答えは考えるまでもない。

 

「十二分だとも。むしろ全員解放して(なお)不足に感じるくらいだ」

 

人数が今の倍だったとしても惜しむことなく解放しただろう。

魔術師ほど『等価交換』にこだわりはない身だが、(いささ)か己が取りすぎている気がする。

 

「そりゃ良かった。まだ質問も提案もあったんだが、不要なようで何よりだ」

「ほう」

 

そういえば提案もあると言っていた。さらに『質問』も今のもので全てではなかったという。

この不可解な少年のこと、それらも相当に期待が持てる。

 

「是非とも聞きたいものだ。先ほどの余剰も含め、対価は別で考えるが」

 

先ほどあまりに私にとって重要な答えを得られたことで、衛宮嗣郎に対する期待が過剰に高まっていることを自覚する。浮かれていることもあるだろうが。

衛宮切嗣のときのように空振りとなったときの落胆はないようにしたいものだ。まぁこの浮かれようでは、完全に空振りしても全く気にはならなそうだが。

内心身を乗り出している私を、衛宮嗣郎は手で制する。

 

「その前に解放頼むよ。……2年も待たせたんだ。早く助けてやりたい」

「む、そうだな。多少気が(はや)っていたようだ、謝罪しよう。すぐに解放する」

 

衛宮嗣郎は生存者達に罪悪感のようなものがあるようだ。そのあたりは正常なのだろうか。

なんにせよ、もはやあれらは対価と比べればさほどの価値もないものだ。英雄王への供物はまた用意しよう。手早く解放して他の話を聞きたいものだ。

足早にならないよう地下に向かおうとして、その前に確認する。

 

「……来るかね?」

 

衛宮嗣郎も解放の場に立ち会ったり、自分の手で解放しようと思っているだろうか?

 

「いいや、見ないでおくよ。確認しなくてもお前は約束守るだろうし、」

 

衛宮嗣郎は首を振り、わずかに顔を歪める。

 

「お前を殺したくなっても今の俺じゃ殺せないだろうから」

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

供物達を手早く解放し、衛宮嗣郎との対談に戻る。

 

「さて、他の質問と提案とはどういうものかね?」

 

先ほどよりも自身が落ち着けていると確認しながら、話の続きを促す。

衛宮嗣郎は供物達のことなどなかったかのように、元通りの調子で唸っている。

 

「ううむ、もう一個の質問……はどういう反応になるかわからないからな。先に提案、まあ『お願いしたいこと』でもあるが、そっちでいこう」

「ほう?」

「でもさっきの質問みたいにお前の『答え』になるようなもんじゃないから、あんまし期待するなよ?」

 

どうやらやはり期待しすぎていたらしい。とはいえ落胆するようなことでもなかろう。

 

「ふむ、反応の予測がつかないという質問も気にはなるが……聞こう。何かね?」

 

衛宮嗣郎はどこか悪戯っぽく笑い、

 

「マキリ潰すから、ちょっと手伝え」

 

あっさりと随分な大事(おおごと)を告げた。

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

 

「……まだ、馴染まぬか」

 

破裂したのは聖杯の破片から産み出した、聖杯の特質を持つ刻印虫。

他の蟲は変わることなく『胎盤』に寄って(たか)り貪り犯しているが、『胎盤』を聖杯に造り上げるための刻印虫だけは女体に侵入した傍から『胎盤』の肉ごと破裂してしまう。

 

「間桐の特性に染まりきっておらぬ肉では、反発が抑えきれぬ」

 

蠢く蟲の山、蟲に貪られるだけの『胎盤』を観察しながら、間桐臓硯は呟く。

遠坂から譲り受けた『胎盤』。本来は間桐の家を絶やさぬ為の母体としてだけの価値しかなかったが、第4次聖杯戦争で聖杯の破片を手に入れたことで些か趣きが変わった。

聖杯の特質を再現し、聖杯そのものとなる素体として目を付けた。

 

間桐の魔術特性は『吸収』だ。その特性と聖杯の特質を受け入れられる優秀な素養の肉体さえあれば、アインツベルンの聖杯の性質を複製した間桐の聖杯が製造できる。何せアインツベルンの聖杯はホムンクルスの肉を(もっ)て構成されていたのだ。そのオリジナルの欠片でもあれば人の肉を変質させることも得手とする間桐にできないはずもない。

 

そしてその優秀な素養をもつ肉としても、間桐の魔術特性に染めきる肉としても、目の前の『胎盤』はこの上ない素体だった。他の魔術も知らぬ純粋で幼い肉であり、そして生来の魔術属性が『虚数』であるが為に間桐や聖杯の特性と極端に反発もしない。もしこの娘の属性が『火』などであれば、いかに時間を掛けようとも聖杯化など不可能だっただろう。

 

ゆえに聖杯の破片から産み出した蟲によって魔術刻印、魔力回路を改竄し聖杯への変質を試みているのだが、素体の素養が優秀であるがゆえに未だ間桐の特性に変質しきっていない。特性間の相性としては反発が少ないとはいえ、そもそも間桐の『吸収』以外では聖杯の特質を後天的に受け入れることなどできない。

今もまた、体内への侵入を試みた聖杯の刻印虫が素体の魔力との反発に耐え切れず破裂したのだ。

蟲は人体に侵入するのには向くが、そのものの耐久能力が低いという欠点もある。

とはいえ、それは仕方なかろう。

 

 

「……まぁ、よい。時間はある」

 

次の聖杯戦争まで、あと50年以上。

前回の聖杯の中途半端な降誕というイレギュラーが響いて開始が早まったとしても、この素体を間桐に染めきるのには5年もあれば足りる。問題はないだろう。

どう転ぼうとも、間桐の聖杯はいずれ完成する。

 

()()()っ……楽しみじゃのう」

 

暗く湿った蟲蔵で、間桐臓硯は(わら)い、蟲の(むれ)に沈んでいる()()を覗き込む。

 

「お前の孫か子か、早ければお前かのう、儂に聖杯を届けてくれるのは。なぁ……桜?」

 

全てを諦めた、光の無い目で、蟲に犯されるだけの少女は、何も応えない。

 

 

 

 

「ふむ……まだ快楽に溺れるには色々と足りておらぬからのう。あと5年、いや3年もすれば鶴野にでも犯させるが、それまでには覚えるじゃろ」

 

まだ十にもならないような幼子を前に、性的な陵辱の算段をつける臓硯の思考は、

 

「慎二に犯させるのはおおよそ…………っ、……誰じゃ?」

 

間桐邸の結界が(はばか)ることなく破壊されたことで完全に切り替わる。

 

 

 

 

 

 


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