堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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序章

・ある場景、先祖の墓周辺にて

我が闇の翼に抱かれ永遠に眠れ! シャドウスカー!!

我が血、研ぎ澄ませ輩の刃! エナジーブラッド!!

汝ら我と共に灼熱の渇きに飢えよ! ヘルファイア!!

汝知れ我が渇き……! デビルバーニング!!

 

「もー、あんた達いちいちうるさいのよ! 毎度それ言わなきゃ気が済まないの?!」

プリーストのアマンダがいかにも恥ずかし気に叫んだ。かき上げられた薄茶色の髪の間から明るい緑色の瞳が覗く。

「何言ってるんだアマンダ。これ言わなきゃ俺ら仕事にならないぜ。」

「泣く子も呆れる厨二職、それがヴァンパイアってもんだ!」

石の巨人と対峙する二人が振り返って開き直る。結い上げた濃緑色の髪に赤い瞳が印象的なアークと、明るい茶の長髪に深い碧眼のシグマ。どちらも端正な顔立ちをしており、背には濃い茶の蝙蝠の翼と大きな十字架を背負っている。

「そのやる気あるんだか無いんだかわからない武器も何とかして欲しいのよね……オーブとかせめて聖書辺りにならないのかしら」

「手に持つ武器では邪魔になるだろうが。」

「いいじゃん、かっこ良くて。」

彼らの背負う十字架は箱になっており、一説によると内部の機構に魔力の増幅機能があるらしいのだが、その構造はヴァンパイア固有の秘密になっており、アマンダには理解が及ばない。

「ガキども、サボってんじゃねえぞ。トドメ行くぜ! 受けよ我が怒りチャームストラァァァイク!!」

より前方にいたもう一人のヴァンパイア、黒の短髪にやはり赤い瞳のウィリアムは、他の二人よりふた回りは大きな緑色の翼と鎖に彩られた十字架を背負っており、先の二人に先駆けて巨人に最終撃を与えた。

「続くぜ! 我が血、一たび出でて我が敵の命と共に還れ! ダークウェイブ!!」

「汝血に飢えて血に踊りやがて我が血肉となれ! ヴァンプマーク!!」

シグマとアークもそれぞれの得意技を、渾身の力を込めて巨人に打ち放つ。巨人は敢え無くその場に崩れ、轟音を響かせた。

「威勢よく戦ってた割にはダメージ受けてんじゃない……しょうがないわね!」

アマンダの祈りが三人を包み、全員の体力が徐々に回復しその傷が消えて行く。

「あんだけ暴れる奴相手にこれで済んでるんだ、ウィリアム様々だぜ。」

ウィリアムは攻撃力が高いため、敵モンスターの注目も浴びやすい。その経験上、本来盾職ではないヴァンパイアながら敵捌きが上手く、壁役として特別枠の扱いを受けているのだった。そのウィリアムは手慣れた様子で巨人の遺骸、崩れた石の山を掘り返す。

「ほらあったぞ、《ブラッドリチュアルヴェッセル》だ。こいつに喰われた哀れな連中の遺品だぜ。」

現れたのはヴァンパイア達の使う十字架である。大きな傷が目立つが、保存状態は割合良好で、多少手を入れれば使用に耐える代物だった。

「お前らどっちかそのゴミみてえな武器やめてこれにしろ、火力上がるぞ。」

ウィリアムが二人に振り返って言う。二人は戦士としては新人であり、背負う武器もギルドから支給された量産品だった。

「力が増強されるならシグマが先だな。お前の方が効果が上がりそうだ。」

攻撃魔法の熟練度は精通と呼ばれ、放つ魔法の攻撃力はその高さに応じて増幅される。ヴァンパイア達は火か闇、または両方の精通を上げるべく鍛錬に勤しむ。この時シグマの闇精通はレベル24と呼ばれる段階にあり、一方のアークはレベルゼロだった。回復職を志すアークは魔法攻撃に対する耐性の訓練を行っており、精通は後回しにしているのだった。

「耐性なんざ試合に出るようになってから上げても遅くねえってのに、アークは頑固だからな。」

ウィリアムがため息をつく。そしてシグマは

「でも修理代自腹だろ?! 足りるかな今月……。」

と、急な話に慌てふためく。確かに町の武器屋ガブリエルは発掘品の修理を破格で請け負っていた。

「ガブリエルに話付けて負けさせてやるよ。」

「それでも足りなきゃ貸しておくわ、安心しなさい。」

ウィリアムとアマンダが先輩風を吹かす。

「流石は血揆会の重鎮様方、頼りになるぜ。」

「戦力欲しいからな、当たり前だ。という訳でアークは精通を上げろ。」

「心配してくれるな、いずれは上げるさ。」

意外な所からつつかれてひょいと目をそらすアークに、再びため息をつくウィリアム。二人をアマンダは微笑んで見つめる。

この後4人は先祖の墓遺跡周辺の護衛者掃討の任務を繰り返し、アークとシグマは徐々に《墓周辺装備》と呼ばれる装備品を整えていった。シグマ及び、アークもまた渋々ながら、精通の訓練も積み重ね、レベル70に達する頃には二人とも一端の戦力としてギルド内で認められるようになっていた。

 

・プロローグ

 師匠にレベル1工芸術の免許皆伝を言い渡され、テレクタラスというミドルネームをもらったアークは、その後もしばらく故郷トワイライト村で鍛錬を積んでいた。村人に頼まれるままに狼やゾンビを退治し、持ち込まれる生活雑貨を修理し、絵を描き、その辺の木を勝手に切っては弱いオフハンドを作る。オフハンドとは工芸師が主に製作する戦闘装備の一種である。さらに、時には外来の冒険者らと協力してフィールドボス討伐に赴く。レベル10やそこらの頃にはそれぞれが大冒険だった物だが、レベル40を越えた今となっては大した労力も要せず、無論それらの活動ではもはやレベルが上がる事も無かった。同期どころか先輩も含め地元の他のヴァンパイア達は狼を相手に戦闘訓練に勤しんでいるといった段階で、アークの退屈を紛らわす存在にはなり得なかった。そんなある日、アークが師匠の元に赴くと、そこにはあるバードから依頼された修理品の楽器と、それを包んで来た新聞紙があった。流麗な文字で記されたエルフの新聞であり、記事には首都で新しいオフハンドが開発され、図案が解禁されたとあった。

「先生、これは一体?」

「興味があるのかい。戦闘員が強くなって行くのに合わせて工芸師協会もより強いオフハンドを開発しているのさ。首都のギルドに入れば図案も手に入る。」

「それはぜひ習得したい物です。」

「ではこの楽器を届けがてら、しばらく首都に行っておいで。レベル40そこそこで通用する世界ではないが、見分を広めるには良かろう。」

「はい!」

久しぶりに目を輝かせたアークを、師匠は微笑んで見送った。

 

 首都レイシングへの旅は順調な物で、アークはいつしかレイシングにある城の尖塔が見える野原を歩いていた。と、のどかな風景の向こうから争う声が聞こえて来た。少し近付くと、木の陰には柄の悪い盗賊のような男が一人。悪名高いランセット血盟ウォーリアーである。彼は新人冒険者と思しき男を相手に、取っ組み合いの喧嘩をしていた。どう見ても冒険者の方が分が悪い。アークは咄嗟に冒険者に対して回復魔法ダークコンタクトを発動した。それは冒険者の傷を癒すと同時に、もう一人に対して他にも人がいる事を知らせるための物だった。狙い通りウォーリアーはアークの姿を認め、冒険者を殴る手を止める。アークも彼に注目してそのレベルを確かめる。レベル60。故郷では見た事も無い高レベルである。師匠の言葉が頭をよぎる。ウォーリアーは狙いをアークに変えて襲い掛かる。動きが速い。アークは避ける事は諦めて、自己に対してダークコンタクトを発動する。冒険者はぱっと体を起こしてウォーリアーに組み付き、その動きを止めようと殴りかかるが、あまり効果が出ているようには思えない。まるで大人と子供の戦闘である。しかしアークは、ウォーリアーの攻撃力がそれほど高い物ではない事に気付いた。何度も殴られてはいるが、想像に反して倒される事が無い。アークはマナポーションを飲みつつ回復魔法を繰り返し、また時に攻撃魔法を用いてウォーリアーの体力を削る。そして十数分はかかっただろうか。ウォーリアーはようやく体力を使い尽してその場に倒れ込んだ。

「サンキュー、助かった! ヒーラーが通りかかるなんてラッキーだった。」

冒険者があっけらかんと礼を述べる。見ればそれは端正な顔立ちをしたヴァンパイアの青年で、レベルは47だった。アークは、首都にはこんな美人が揃っているのだろうかと一瞬感心する。

「ちょっと無謀だったんじゃないか?」

「力試しのつもりだったけど失敗した。俺一人だったら負けてたな。」

咎めるアークに、冒険者は素直に自己の非を認めた。そして不意に

「あれ、男?」

と、アーク自身の事に話題を変える。

「回復くれたから女の子だと思ってた。」

確かに首都で回復魔法を鍛錬する戦闘員には女性が多いらしいのだが、アークの故郷ではアークが一番の魔法の使い手であり、そのためアークは攻撃も回復も両立すべく鍛錬していたのだった。アークは冒険者にその事を手短に伝える。

「へぇ、器用なんだな。俺は攻撃一点張り。ダークコンタクトも使えるけど効果めっちゃ低いよ。」

と、自慢にならない答えが返って来る。と言うか彼は序盤でマナを切らして攻撃魔法自体ほとんど使っていなかったのだが、アークはそれには触れずにおいた。二人は連れ立って首都へ向かったが、ある分かれ道でアークは楽器の届け先へ向かうために冒険者と別れた。そう言えば名乗り合う事もしなかったな、とアークは思ったが、そう会う事も無いだろうと考え直し、特に気には留めなかった。

 

 アークはそのまま道を進み、首都郊外にある住宅街に入って行った。全体的に大きな家が目立つが、目的のバードの家は平屋でそれほど大きな物ではなかった。アークは玄関から声をかけるが、返事は無い。扉を引くとそれは簡単に開いたため、アークはもう一度声をかけてからその家に踏み入る。と、薄暗い廊下の奥に何やら大きな物がぶら下がっているのが見えた。目を凝らして見れば、それは人体のようであった。

「ラメントさん?!」

驚きの声を上げるアーク。持っていた楽器の包みを急いで静かに下駄箱の上に置くと、アークは廊下の奥へ踏み込み、ぶら下がっていた依頼者と思しき人物を下ろした。大慌てでライフシードとダークコンタクトを発動する。バードの首の痣は消え、その生命力が回復してゆく。やがて彼はうっすらと目を開いた。

「エルフはこんな事したって死にやしないよ。体が軽いからね。」

「じゃあ一体どうして……」

冷や汗の収まらないアークに、ラメントは気だるげに答えた。

「気持ちを確かめていたのさ。死んでゆく時の気持ちを。ああ、今この場に僕のハープがあったら、いい曲が書けそうなのに。」

「ハープなら持って来ました。俺はファイト・ポーグナーの使いです。」

アークは先ほど下駄箱に置いた包みを取りに戻る。

「ああ、僕のハープ。もう二度と会えないかと思っていたよ。それにしてもやはりファイトはいい仕事をしてくれる。待った甲斐があった。」

ラメントはハープを受け取り、チューニングをしながら数回つま弾くとそっとそれを抱きしめた。そして、修理に要した日数などたかが5日ではないかと訝しんでいるアークの方を見る。

「お使い君、君は偉いよ。不測の事態だというのに、楽器の取り扱いがとても丁寧だった。」

「そりゃ、また壊したなんて師匠に知れたら今度は俺の命が無いですから。」

「気に入ったから、一曲歌ってあげる。」

どこまでもマイペースなラメントに脱力しつつ、アークはその歌を拝聴する。静かな美しいアリアだった。ハープの音色と歌声もよく調和している。アークの故郷にたまにやって来てはリュートをかき鳴らし大声で新聞の内容を歌い上げるバードとは、明らかに格が違った。やがて歌は消え入るように終わった。

「死を迎えた朝の歌。死んでるのに歌っているなんて、ちょっとシュールだろう?」

「そ、そうですね……。」

さっきの自殺まがいの事と関連した歌だったのか、とアークは妙な感心をする。

「君はすぐにファイトの元へ帰るのかい?」

「いえ、せっかくなのでしばらく首都見物でもして行きます。」

「それじゃ、修理代は明日にでもファイトに直接送っておくよ。ああ、首都では僕の事は誰にも話さないでおくれよ。首都の連中ときたらやたらと血の気が多くてね、もううんざりなんだ。」

「わかりました。ではお元気で。……もう自殺しないで下さいよ?」

「はは、あんな気持ちは10年に1回ぐらいで十分だよ。」

10年経ったらまたやるのか? とアークは訝しんだが、深くは追及しないでおく事にしてその家を立ち去った。やがて夕方を迎えて、閉門間近の城門が見えて来た。その向こうが首都レイシングである。

 

 首都の内部には3階建ての建物が建ち並んでいた。道幅が狭く感じる。アークはとりあえず工芸師協会に向かう事にした。

「すみません、この新聞の図案が欲しいのですが。」

受付に声をかけると、そこに座っていたドワーフは大きな笑い声を上げ、ついでに一つくしゃみをした。

「新人さんかい。その図案はレベル80、君にはまだ作れる代物じゃあないよ。」

「え、それならどうすれば?」

受付のドワーフは片眼鏡を外し目を眇めてアークのレベルを確認する。

「レベル42、工芸レベルは2か。当座はこの《レベル2戦闘標記》を作って腕を磨くんだ。それから戦闘任務に参加して、君自身のレベルも80まで上げる必要があるな。」

これは簡単に済む事ではなかった。レベル80までの道のりは遠い。

「冒険者としてギルドに入るといい。新人には黎星会辺りが良かろう。」

そして受付の者は、黎星会のギルド会館への地図を記してくれた。

「レベル50になる頃には、次の《レベル3戦闘標記》が作れるようになるだろう。練習で作った標記やオフハンドは持って来てくれれば引き取ろう。ああそうだ。材料集めのために採掘師の腕を上げる事も忘れるんじゃないぞ。」

アークは礼を言って工芸師協会を後にする。日が暮れ始めていた。

 

 数十分後、アークは当て所無く通りを歩いていた。黎星会会館に赴くと、まず一人の女が泣き声を上げて飛び出して行くのとすれ違った。数名の者が彼女を追って走り、別の女が会館入り口から、出て行った女に悪態を投げ付けた。また別の数名がそれを必死で宥めている。しばらくしてから出直そうかと道に戻ると、背後からガラスの割れる音と男の怒鳴り声がした。先ほどの者達かと思えば、その連中はまだ入り口で喚き合っており、破壊音の出所は上階であった。これは入会どころの状況ではない、とアークは思い、ではどうするかと思案しあぐねて、足の赴くままに歩を進めていたのだった。

「とりあえずは今晩の宿かな。」

アークは手近な酒場の入口をくぐる。まだ夕飯時には早いらしく、客は一人のみだった。見れば昼間の無鉄砲な冒険者である。食事は終わっており、テーブルに向って難しい顔をしていた。アークは

「こんばんは。」

と、若干他人行儀に声をかける。冒険者は顔を上げて応える。

「よう。あ、昼間のヒーラー。」

「何やってるんだ?」

「ギルドの申し込みでも書こうと思ってさ。そしたらめっちゃ難しいのなこれ。」

アークは彼の向かいに座り、飲み物を頼んでその手元を覗き込む。そこにあったのは血揆会入会申込書、氏名、職業、種族、性別、希望区分と書かれた小さな紙である。

「それのどの辺が難しいんだ。通り一遍の事しか聞かれていないじゃないか。」

見れば氏名欄は空欄のまま、職業と種族に辛うじて歪んだ丸印が記入されている。

「こことこことここ、お前読める?」

ギルド名と、性別と希望区分である。

「一番上はギルド名で "けっきかい"、意味は "血に飢えた暴動者の会" ってとこだ。次は "男か女か"、下は "戦闘で何がしたいか"。」

アークがわかりやすく言い換えてやると、相手は合点が行ったと見えて性別欄の "男" に丸印を記す。逆三角形のようだが、一応丸印である。

「けっきかいね。聞いたのと同じ名前だからここでよかったんだ。戦闘でやりたいのは攻撃だけど、攻撃って書けねえよ。」

「まさか君、字が書けないのか。」

「うん。学校サボってたら忘れちまった。」

とんでもない者もいた物だ、とアークは呆れ、相手の手元から申込書を取り上げる。

「書いてやるよ。攻撃職志望ね。で、名前も書けないのか?」

「うん。後にしようと思って抜かしといた。」

後回しにした所で書けない字を思い出すとは思えない。

「じゃあこれも書いてやる。何て名前?」

「シグマ。シグマ・バーニングブラッド!」

その名を聞いてアークは少し訝しむ。シグマは出自を示す記号であって、個人名ではないはずだからである。

「シグマは支部名だろう? そうじゃなくて、支部からもらった名は何だ?」

「え、俺イプシロン出身だよ。ずっとシグマって呼ばれてるからシグマが名前だよ。」

彼が疑いなくそう主張するので、アークは命名者が前例に従わなかった物と解釈した。

「じゃあそれでいいのか。シグマ・バーニングブラッド。ほらできた。」

「ありがとう!」

アークはシグマに申込書を返す。

「これから出しに行くんだけど、お前も一緒に行かない?」

シグマは唐突にアークを誘う。アークはギルドを探していた事もあり、どうせ入会できるかはわからないのだからと一応一緒に審査を受けてみる事にした。酒場の掲示板から申込書をもう1枚取り、手早く自分の内容を記入する。アーチバルト・テレクタラス・ブラッドステイン、ヴァンパイア、ヴァンパイア、男性、回復職志望。シグマはその様子をじっと眺めている。

「書くの早えな。」

「普通だ。」

出身地や前所属ギルド、志望動機等を書く欄は設けられていない。面接時に確認されるのかなとアークは思い、焼きブラッドソーセージをかき込むと、シグマと連れ立って酒場を立ち去った。

 

 血揆会会館は、先ほどの黎星会会館から2キロメートルほど離れた場所にあった。入口をくぐると受付の者はおらず、ロビーにいた3人が全員でアーク達に応対した。

「新人さんね。わたしはアマンダ・シャイニングローズ、会長よ。」

「俺はウィリアム・ブラッディジョーカー。ヴァンパイアなら聞いた事無いか?」

「ブレイクだ。」

シグマはウィリアムの名に反応して、ぱっと顔を輝かせる。

「あんたがいるって聞いたから来たんだ。よろしく!」

一方のアークはウィリアムには思い当たらなかった。故郷でバードが歌い上げていた新聞の中にあった名かも知れないが、それは他の名かも知れず、態度から有名なヴァンパイアなのだろうと推し量って答える。

「申し訳ない。寡聞にして知らないが、よろしく頼む。」

ヴァンパイア同士の間では通常は立場が違っても敬語は用いられない。それがヴァンパイアに対してのみの態度である事を示すため、アークはアマンダに挨拶をする。

「これはシャイニングローズ様、お初にお目にかかります。アーチバルト・テレクタラス・ブラッドステインと申します。どうぞお見知り置きを。」

「赤目の方は礼儀をわきまえているようだな。」

「ふふ、ちょっと行き過ぎだけどね。」

ブレイクとアマンダが笑う。

「二人とも入会をご希望かしら? 申込書を見せてね。」

アマンダが二人から書類を受け取る。

「アーチボルト君、アークね。こっちはシグマ、珍しい名前ね。」

「おいそれ、本当にお前の名前なのか?」

ウィリアムもシグマの名を不自然に思ったようで、すぐに口をはさむ。

「ああ、本人がそうだと言うのでそう書いた。」

「イプシロンでは皆からシグマって呼ばれてた。今日これ聞かれるの何回目だっけ。」

「ああ、支部名ってわけじゃないのか。」

ウィリアムは未だ多少納得が行かないといった面持ちではある。

「俺みたいに通称で名乗るには、まだこいつらは早すぎるしな。」

ブレイクが言った。因みに彼の名はクリスティアン・アンダーソンといい、腕利きのアサシンである。

 

 その後二人は簡単な魔法測定を受け、強化方針についての質問を受け、さっそく入会となった。あまりにあっさり済んだため、アークは少し拍子を抜かす。

「工芸師でも入れるんだな。」

「戦闘能力を伸ばさなかったらサブクラスのレベルも上げられないからな。目標がある奴は歓迎だ。」

ウィリアムが笑って言う。尤も審査会議では、アークについては入会させるかどうかで意見が割れていた。戦闘用の魔法も使えるとは言え非戦闘職である工芸師を第一に志しており、戦闘区分も回復枠を希望していたためだった。アマンダは単純に回復は手が余っていると言い、ブレイクは軟弱な印象があると言って、当初は受け入れに消極的な見方を示した。そこでウィリアムが二人の指導を買って出た。同職の後輩は嬉しい物だからである。

「アーク、お前はシグマに言葉遣いを教えてやれ。シグマはアークに攻撃要員の動きを教えてやるんだ。」

と、二人の能力を活かす事も忘れない。新人二人は1階の一室を与えられ、しばらくはそこで暮らす事となった。

「うちもそろそろ4階を増築したいわね。あんた達、建設資材稼ぎのクエストも忘れずにこなすのよ。4階ができたら一人部屋をあげるから。」

ギルドが請け負った任務をメンバーがこなす事で、ギルドには報酬として建設資材等が分配される。アークは一人部屋はともかく、ギルド報酬に含まれる図案には大変興味があったため、それから当分の間、何よりもギルドクエストを優先してこなすようになり、メンバー間で "ギルドクエストのアーク" と有名になって行った。

 

 ウィリアムの指導の下、二人のレベルは日に日に上がって行ったが、元の差のせいもあってレベル60に達したのはシグマの方が先だった。ウィリアムはシグマを呼び、レベル60からの任務である先祖の墓遺跡護衛者掃討に誘った。先祖の墓遺跡は周辺と内部とに分かれており、まずは入口へ向かう周辺での任務である。と言ってもギルドから支給された簡素な装備品しか持っていなかったシグマがすぐ戦力になるわけではなかった。始めのうちシグマは、敵集団に不得手な火系の範囲魔法ヘルファイアを撃っては集中攻撃を浴び、アマンダの回復も甲斐なく死亡するといった行動を何度か繰り返し、ウィリアムに度々「下がってろ、俺の後から攻撃しろ、範囲使うな」と咎められた。そんなシグマが後衛としての立ち回りを覚えた頃、アークもようやくレベル60を迎えた。こちらはさっそく参加した墓周辺任務では持ち前の回復職としての行動を取ったが、回復はアマンダの範囲魔法で十分であるため毒にも薬にもならない存在と化した。

「アーク、回復はプリに任せろ。お前は攻撃役だ。」

「済まない、癖で……。」

「爪噛むのと無駄回復はやめろって何度も言ってるだろ。」

アークはウィリアムとシグマ両方に注意される。アマンダはと言えば自身にバリアを張った上で敵集団に攻撃の範囲魔法であるジャッジメントやアイスストライクを撃って敵の注目を一心に浴びながら、時折回復の範囲魔法エンジェルソングを発動し、パーティ全体の消耗を抑え全員を回復していた。

「あんた達が無茶しなければ、遺跡での回復なんてこれで十分なのよ。」

と涼しい顔で言ってのけるアマンダの前に、アークは大人しく回復を控えて攻撃に回る。と、ウィリアムがアークの後ろに向けて攻撃魔法を放つ。

「闇より出でし者よ闇へと帰れ! ダークリップル!!」

アークが振り向くと、急所への一撃で伸された巨大な蜘蛛が引っくり返っていた。

「回復魔法のヘイトで寄って来てたんだ。気を付けろよ。」

ウィリアムにこれだけの攻撃力があったら俺達の出る幕は無いなと思いつつ、アークは頷いてボスである骨の怪物に狙いを定めた。そして4人は順調に遺跡の奥まで進み入り、最後の敵である石の巨人が倒されると、アークのレベルは61に上がった。

「おめでとう!」

皆が我が事のように喜ぶのでアークは少し照れ臭く思いながら返礼した。この時以降、4人は連れ立って墓周辺任務を繰り返しこなすようになる。それにはアークらのレベルを引き上げると同時に、もう一つの目的があるからであった。

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