堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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オルツ

 ある日アークは作りかけのオフハンドのうちよくできた品だけをいくつか持ってロビーに降り、そこで製作作業をしていた。製作魔法の成功率がいつもより低く、部屋には作業台からベッドから床に至るまで、使い物にならないオフハンドが並べられていた。ゴミの日はまだ遠い。しばらくはシグマが来ても自室に追い返すしか無い。夜更けになるとシグマが会館に帰って来た。6日ぶりである。

「今日は俺の部屋じゃ寝られないから、自分とこ帰れよ。」

アークは暖炉に灰皿の中身を空けながらシグマに声をかけ、彼の部屋の鍵を渡す。

「えー、またなの……。」

「悪いな、工芸師の虫が騒ぎ出して製作始めちまったんだけど、今日は惨敗だったんだ。」

シグマは自室へは向かわず

「ゴミの日の前の日にやれよ。」

と言いながらアークの向かい側の席に腰を下ろす。彼の言う事も尤もなのだが、突如湧く製作意欲はアーク自身にはどうする事もできない。

「まぁでも、数やったらいいのもできたんだぜ。ほらこれ。」

「ウォーリアー用?」

「そそ。耐クリティカルダメージ21%だぜ。精通も申し分無い。」

アークの手には、号令ラッパを模した小さな装飾品があった。するとそこに、見慣れないヒューマンのウォーリアーが姿を見せた。

「アーク、そんないいのじゃなくていいから、何かウォリのアクセ無い?」

馴れ馴れしく話しかけて来た彼女が誰なのか、アークにもシグマにも見当が付かない。

「誰?」

二人は揃ってウォーリアーの顔を覗き込む。

「あーごめん、俺だよ。ブレイク。」

そう言って彼女は付け睫毛を引き剥がした。なるほど、化粧が違和感を与えるもののそれは確かにブレイクの顔だった。

「何やってんの……。」

アークとシグマは呆れて問いかける。

「ウォリの戦法も勉強したくてな、たまにこうやって新人に化けて仕事に行ってるんだ。」

「女装する必要あるの?」

「この方がバレにくいだろ?」

「まぁ確かに。声とかも完全に女だったしな。」

「だろう。プロのアサシンの仕事だ、そこらのオカマとはわけが違うぜ。」

そう言ってブレイクは鎧越しに作り物の乳房を強調し、ウィンクする。

「やめろ気持ち悪い。」

「ウォリの時は何て名前なんだ?」

シグマが問う。

「ステファニーだ。可愛いだろう。」

ごく普通の名前である。

「クラッシュとかストライクじゃないんだな。」

「新人があだ名で名乗るかよ。」

どうやら彼は、あくまで新人という設定にこだわりたいようであった。

「アクセ、これなんかどうだ?」

アークは装飾まで終わっていた一つのオフハンドを取り出して言う。HP増強型で、主に対モンスターの戦闘を行う新人向きだった。

「おっありがとさん! これで見た目も一丁前。また材料溜まったら持って行くよ。」

ブレイクはさっそく、受け取ったオフハンドを腰に取り付ける。

「ブレイク、アークにあんま材料やるなよ。俺が寝る所が無くなる。」

シグマが軽口を叩く。

「反省したって。今度はなるべく、ゴミの日が近くなってからやるよ。」

アークはブレイクの腰のオフハンドを調整してやりながら口を尖らせた。

 

 アークの部屋の山のようなオフハンドの出来損ないは、無事に資源回収者の手に渡って行った。魔法で成形されたオフハンドは、二度と材料には戻らない。そんな物をどう再利用するのか、アークには全く見当が付かなかった。しかし彼らには何かそれらの使い道があるようで、処分の手数料は極めて低額な物であった。そしてようやく通常通りとなった部屋の中で、アークはベッドの下から自身の棺を取り出した。よく見ればそこからアークの体に向けて、煙草の煙とはまた違う薄白いオーラの帯が伸びていた。アークは棺を開き、固定された黒っぽい骨の周囲にある小さな機械の一つにマナを送り込み、それを慎重に操作した。するとアークの姿が崩れ、光の玉に変化した。アークはそのまま精神を集中して、ある姿を心に思い描く。強く、更に強く。すると光の玉は一瞬強く輝き、アークの思い描いた姿に変化した。アークは鏡に映るその姿を認め、鏡に身を寄せてそれを覗き込む。

「できた。完璧だ……。」

そこには浅黒い肌に漆黒の髪の、ヴァンパイアの美女の姿があった。薄い青の瞳が、時折赤色に輝く。アークは脱いでおいた服を再びまとうと棺を持ち上げ、サイズの合わなくなった靴によろめきながらブレイクの部屋へと向かった。

「ブレイク、いるか?」

部屋に彼の気配は無い。

「ああいるよ。」

声だけが響く。

「心臓に悪い。さっさと出て来てくれ。」

アークの声に応えてブレイクが音も無く姿を現す。

「結像転換できたんだな。可愛いじゃないか。」

「まだ多少安定してないがね。棺から離れると元に戻っちまうんだ。」

ブレイクはアークの肩や腕を、強度を確かめるように触る。

「骨も筋肉も完全に女の子だな。羨ましいぜ。」

「質感を再現するのに苦労した。女なんてウィルカしか知らないしな。」

アークは照れ臭そうに謙遜する。

「クラスは何にするんだ? アサシンなら付きっ切りで教えてやるぞ。」

ブレイクが笑いながら問う。

「これはメイジにしようと思う。ドラゴン討伐に便利だろ。」

「なるほど、確かにな。」

ギルド会館の設備を利用すると町中にドラゴンが召喚でき、召喚したギルドは責任を持ってそれを討伐する。その戦利品は地区中に分配されるため、ドラゴン召喚は人気の祭りだった。ただドラゴン討伐の要となるのはメイジの持つイビルディスペルのスキルである。ドラゴンが自身を鼓舞するスキルを用いた際にそれを解除するための物なのだが、血揆会にはメイジはフレイアと、ヴァネッサのヒューマンメイジ人形ニクラスしかいなかった。そのためフレイアが寝ていたりヴァネッサが乗り気でなかったりする時にはドラゴンの召喚が行えず、血揆会では予てよりメイジの新人を募集していた。

「大体の新人はイビルディスペル覚える前にやめちまうからな。俺ができるようになればいいと思ったんだ。」

「流石にメイジのスキルは俺の変装じゃカバーできないからな。助かるぜ。」

ブレイクが変装するだけでウォーリアーのスキルを真似られるのもアークにとっては不可思議であったが、そんな彼にも不可能はあるのだった。

「メイジならローブが必要だな。とりあえずこんなんでどうだ?」

ブレイクは戸棚から女物のメイジのローブを一式取り出してアークに渡す。緑色基調の美しいデザインだった。

「最近じゃ流行らない墓周辺装備だから性能は悪いがな。」

「あ、これまだ着られないな。レベルが足りない。」

「じゃあとりあえず俺の手製で我慢しろ。」

「そうだな。ありがとう。」

着ている物がアークの服では、動きにくい上に格好が付かない。アークはとりあえず羽織って来たコートを脱いで、渡されたローブに着替えようとする。ブレイクはそれを制止して、そっと下着を1セット渡した。

「なんでこんな物まで持ってるんだよ。」

「アサシンの素養だ。」

アークが下着の着用に手間取るので、ブレイクが手を貸す。

「ずっとそのままでもいいんだぜ。」

「寒いっつの。」

アークは手早くローブをその上に着けてゆく。程なく、アークは姿ばかりは立派なヴァンパイアメイジとなった。

「名前決めたか?」

「思い付かない。いいの無いか?」

「うーんそうだな。美人だからアデルなんてどうだ。」

命名基準はよくわからないが、アークもその名を気に入って、メイジの時にはアデルと名乗る事にした。そしてブレイクはアークの手を取り、階段を下りてロビーに向かった。時折アークが慣れないハイヒールで転びそうになるのを支えながら、二人は進む。1階に到着する頃には、

「ブレイクいい男だな。おっさんだけど。」

「惚れた?」

「別に。」

と軽口を叩く余裕も生まれていた。ロビーでは会館にいた会員達が揃って二人を迎えた。

「アークのオルタネーション(サブキャラ)、ヴァンパイアメイジのアデルだ。」

「メイジなら武器余ってるわ。後で出してあげる。」

アマンダが、メンバーリストに新たな名を記しながら言った。

「可愛い! 早くレベル上げてね。来週はドラゴン行こうね!」

ソナタとロンドがはしゃいで無茶振りをする。アークは最初に本体のレベルを上げた時の苦労など既に忘れていたため、安請け合いの返事をする。

「装備は揃ってるのか。じゃあ遺跡よりフィールド狩りの任務や、神の試練の方がいいな。」

ウィリアムはパワーレベリングに乗り気である。

「待て待て、この装備まだ防御力低いぞ。この状態で範囲スキルなんか使ったらランセット相手でも即死だぞ。」

ブレイクが注意を促す。

「何、馬乗って俺らを追いかけ回してりゃいいのさ。処理は俺らがやる。」

ウィリアムは過去にもそうして、何人もの会員のレベルを高速で引き上げてきた物だった。

「悪いね、世話になるよ。」

「美人が増えるのはいい事だ!」

「ウィリアム、セクハラよっ」

アマンダはウィリアムの耳たぶをつねる。ウィリアムの悲鳴と会員達の笑い声が響いた。その後しばらくアークはアデルの姿で過ごし、レベルも順調に上がり、棺から離れられる距離も段々と伸びて行った。3週間後、見事イビルディスペルを習得したアークは、会員達とさっそくドラゴン討伐の初陣に赴く事となる。

 

 シグマの部屋には、今日もヴァネッサが荷物を取りに来ていた。最近はアークがアデルの姿で過ごしているためシグマは一応遠慮して自室にいるようにしているのだが、ヴァネッサにはそれが邪魔で仕方ない。

「シグマ、あんたはアデルと妙な事になる心配無いんだから、あっち行ってればいいんだよ。」

「男と女で部屋に引っ込むとウィリアムがうるさいんだよ。」

「あーウィリアムはうるさいね。無視してるけど。」

「それにアデルは工芸できないから、最近はアークの部屋行ってもやる事が無いんだよ。」

棺を用いて姿と能力を変更すると、元の形態の時に持っていた能力は失われてしまう。そのためここしばらくという物、アークはシグマを飾り付けて遊ぶ事をしなくなっていた。

「アークも勝手なもんだね。まぁ、ある程度アデルのレベル上がったら元に戻るんだろうけど。」

ヴァネッサはシグマに、台車と部屋の荷物を入れ替えさせながら言った。

「だといいな。今のままじゃ会館に来る意味が無いよ。」

シグマは心から寂しそうだった。

 一方アークの部屋では、アークがアデルの姿を鏡に映しながら、作り置きの装飾品をその身に取り付けていた。腕輪、指輪、イヤリング、首飾りにサークレット、ベルトに足輪。精緻な装飾を施されたそれらが、アデルの全身を次々に彩ってゆく。

「きれいだ……。」

アークは自身の目の周りに化粧を施す。ヴァニタスがこの場にいないのが惜しかった。

「ああ、この姿を別の視点から見られたらいいのに。」

ふと口にして、アークは思い出した。ヴァンパイアの中には、棺からの結像を2つや3つに分裂させられる者がいる。流石に全てを同時に操って戦闘を行う事などはできないが、アデルをアークで見るだけなら十分である。アークは翌日にもその技術の指南書を買いに行く事にした。

 

「で、町中の書店歩き回って来たんだって? あははは、バカだねえ。」

ヴァネッサが笑い転げる横で、アークは少し憮然としている。

「書店なんかいくら見回ったところで、分裂のやり方なんてわかるわけ無いだろ。」

どうやら二つの体を同時に出現させる手法は、一般にはタブーとされる暗黒錬金術の一種であるらしく、どの書物にも決まり文句のように「分身は不可能」と、取って付けたような理論と共に記されていた。

「じゃあどうやってみんな、2人や3人に化けてるんだよ。」

「賢者の石を使うのさ。」

ヴァネッサは事も無げに言うが、賢者の石とは通常、一人のジャイアントがその一生をかけて鍛え結ぶ大地と精神の結晶であり、そう簡単に手に入る物ではない。ヴァンパイアの棺にも使われてはいるが、それは魂を封じたオーブであり、下手に手を加えれば棺の主たるヴァンパイア自身が消滅する危険性すらあった。

「ヴァンパイアはみんな、自分の賢者の石を2つや3つに分けて、それぞれにオーラをまとわせるんだよ。ジャイアントも自分で作った賢者の石か、そうでなきゃ自分の心臓を分裂させて分身するんだ。無論危険な方式さ。失敗して死んだ奴も大勢いる。だから世間では、分身はできない事にされてるんだよ。」

ヴァネッサが手元のコントローラーを操作すると、部屋の奥の戸棚が開いてそこから一人のバードが現れた。

「あたしらドワーフは自力でこうして人形作って操作するがね。でもこれだって賢者の石入ってる、超高級品なんだよ。」

「ブリギッテはヴァネッサだったのか。」

「そうだよ。ニクラスと違ってこっちは気に入ってるから、他の奴には貸さない。」

ブリギッテは3v3決闘大会にランダムチームで参加して、ほぼ常に8勝2敗程度の戦績を保っている強い水バードである。とても遠隔操作の人形であるとは思えなかった。一方のニクラスは、ドラゴン討伐の度にブレイクやピーターに貸し出されているため、アークもニクラスが人形である事は既に知っていた。

「エルフはプリズムだの水に映った像だの蜃気楼だの、とんでもない物から分身作るんだよね。あいつらのやる事はほんとわけわからない。」

もちろんそれは、エルフなら誰でもできるといった物ではない。エルフの長い一生をかけても習得できない者も数多くいる程の、高度で微妙な魔法技術だった。

「ま、分身なんて一番手軽なのはドワーフの機械! あんたも欲しかったら言いなよ、安く請け負うよ。」

ヴァネッサの創作熱で気温が上がる。しかしアークは、別な手法を思い付いていた。

「1つの賢者の石から同時に2つの像が作れないかな。俺達の体はオーラなんだから、うまくコントロールすればできるかも知れない。」

「そんなん簡単にできるようなら、あたしら商売上がったりだよ。無駄な事考えるんじゃないよ。」

アークはヴァネッサに従わず、一度元の姿に戻ると、再度変身を試みた。イメージするのは、自身の姿とアデルの姿である。と、ヴァネッサはアークの棺を手に取り

「ここで練習始めるんじゃない、部屋帰れ。」

と言って部屋の外に放り出した。もう一度アークだけの姿に戻ったアークは

「ヴァンパイアの棺に気安く触るなっ。」

と扉越しに抗議する。ヴァネッサは既に聞いていない。

 その後アークは試行錯誤を重ね、ある時ついにアークと、アデルの姿を同時に形作る事に成功した。

「これ、メイジじゃなくてヴァンパイアのマナ波長じゃね?」

シグマの手にはマナ測定器があり、そのオーブに出現した光は紫3つ。確かにシグマの言う通り、周囲にいるのがヴァンパイア3人である事を示している。

「いいんだよ、見たいだけだから。でもドラゴン討伐に行く時だけは完全に変身する必要があるな。」

アークは器用にアークだけを動かし、まるで人形のように動かないアデルもどきを眺め回す。そしてその身にいつものように装飾品を着け始めた。

「シグマ、お前とアデル並べたら、ヴァニタスでも再現できないくらいきれいだと思うんだ。」

そう言ってアークはシグマも装飾品で飾り立てる。シグマはアークが以前の通りの行動を取るようになったため、内心安心した。

「最近お前アデルで遊んでばっかだったからな。たまには付き合ってやるよ。」

そして2人の飾り付けが完了すると、アークは恍惚の表情で2人を見回した。

「ああ、新しいデザイン思い付いた。すごい、これはすごい事になるぞ!」

声を上げてアークはイメージ画を描き始める。集中力が絵に向いた結果、アデルもどきは姿を消した。しかしアークは既にそんな事に構ってはいなかった。傍らでシグマは、アデルがいた場所に散らかった装飾品をひっそりと片付け始めた。

「言っとくが、いつもアデル見たいからって賢者の石割るなよ。絶対な、これ絶対。」

「流石にそれは怖い。そんな賭けには出ないから安心しろ。」

不完全とは言え同時結像をマスターしたアークには、不確かな手法に頼る理由は既に無かった。この後アークは、シグマとアデルもどきを作品のモデルとして使うのが常になった。その美しさを一目見ようと、アークの部屋にはバードが頻繁に訪れるようになる。それによってアークの部屋はより一層華やかさを増し、アークは尽きない創作意欲に嬉しい悲鳴を上げる事となるのであった。




サブキャラの事を英語でAlternations、略してAltsと言います。
その存在を難しく考えたらこうなりました。
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