善神と悪神の戦争が終結し、首都が平和を取り戻したある日、首都では3v3決闘大会が開かれる事となった。毎週末に開催される事となった大会に、英雄ウィリアムもランダムチームでの参加を決めた。それは対戦直前にくじ引きでチームが決定する方式で、各職の相性を見極めるのにうってつけだった。第1試合開始前、ウィリアムが対戦者控室に行くと、そこにはその試合で味方となる事が決まったバードがいた。身に着けているオフハンドから察するに、彼女は水バードだった。次いで1人のプリーストが控室に姿を現した。
「ちょいと火力が足りねえな。集中攻撃作戦で行こうぜ。」
ウィリアムの提案に、バードとプリーストは頷いた。プリーストが強化魔法を発動する。そしてエンジェルソング。控室の扉が開かれ、3人は対戦場へと駆け出した。
相手の姿は2人しか見えない。アサシンがいる。ウィリアムは精神を集中してバトルソウルを開く。こうする事で受けるダメージは軽減され、与えるダメージは増幅されるのだった。そしてバードと共に、相手のメイジに向けて攻撃魔法を繰り出す。メイジの体からバトルソウルの欠片が飛び散る。メイジは自陣のプリーストからのセイントシールドを受けており、体力はほぼ減らない。ウィリアムとバードは二手に分かれて、飛び散ったバトルソウルに沿って走る。バトルソウルがそれぞれの体に吸収され、ウィリアムは自身の手に力が漲るのを感じた。このバトルソウルという物はスキル攻撃を受けた者の精神から発せられるエネルギー体であり、それらを拾い集める事で、拾った者のバトルソウルが活性化され、その攻撃効果が上昇するのだった。メイジがアイスレイジを詠唱する。対象はウィリアムとその周辺だが、効果範囲にはウィリアムだけがおり、ウィリアムの体はバトルソウルを散らしながら魔法の影響で凍結する。行動を阻害されたウィリアムをよそに、バードは引き続きメイジに向けて攻撃を重ねる。プリーストがウィリアムにセイントシールドを発動しようと詠唱を開始したその時、不意にウィリアムの背後にアサシンが現れ、攻撃を開始した。セイントシールドの発動が間に合い、ウィリアムは大きく体力を削られながらもその場に立ち続けた。アサシンの攻撃で凍結が解除される。
「アサ狙え!」
ウィリアムの号令で、バードは目標をアサシンに移して攻撃魔法を撃つ。アクアリスロンド。アサシンのマナが吸収されてゆき、その体はバードの攻撃で凍結した。と、再びウィリアムに氷の雨が降り注ぐ。ウィリアムは再度凍結したが、今度はプリーストのプリフィライトで解放された。ウィリアムはヴァンプマークとイビルキルを連続でアサシンに叩き込む。そしてチャームアタックを連発する。5発目、最大攻撃力に達したチャームアタックがクリティカルヒットした。アサシンは一気に体力を失い、その場に倒れた。観客席から歓声が上がる。その時にはメイジはバトルソウルを集めきっており、ウィリアム目がけてアイスアロー、アイススパイクと魔法を連発する。そしてアイスレイジを発動しようと杖を構えるが、バードの攻撃でメイジ自身が凍結し、その詠唱は中断させられた。ウィリアムのダークバインドが相手プリーストを捕らえ、プリーストは全ての行動が不可能になる。メイジに集中するウィリアムとバード。メイジはイビルプロテクトを発動しようとして、既に発動条件のマナ残存量が足りていない事に気付く。仕方ない、フリーズウォール。メイジは自らを氷の檻に封じ、ダメージを防いだ。メイジにもプリーストにもダメージを与える事ができなくなったウィリアムとバードはその間を利用してバトルソウルをさらに拾う。と、プリーストのダークバインドの効果時間が終了した。プリーストは自身にセイントシールドを発動してダメージに備える。ウィリアムとバードはシールドの効力を消耗させるべくプリーストに向けて攻撃魔法を放つ。飛び散るバトルソウル。その間にメイジのフリーズウォールの効果が終了した。目標を変えてメイジに襲い掛かるウィリアムとバード。メイジの体力は一気に削られ、やがてその体が霧散した。残るプリーストはアサシンに対してリザレクションを発動しようとしていたが、詠唱中にウィリアムのチャームアタックを受けて失敗する。逃げて時間を稼ごうとするプリーストだったが、バードの凍結とウィリアムのチャームアタックによる追跡でうまく逃げられない。やがてプリーストも体力を使い尽し、ウィリアムのチームの勝利となった。
対戦終了後、ウィリアムは同チームだったバードを探して観客席に登っていた。彼女の姿を見出し、ウィリアムはその隣に腰を下ろす。
「さっきは助かった。やっぱり水バードは強いな。それにうまい。君、何て名前?」
バードはちらりとウィリアムを見ると、視線を対戦場に戻して答えた。
「ブリギッテ。」
「へぇ、ドワーフみたいな名前だね。」
「そう?」
ブリギッテは対戦場から視線をはずさない。ウィリアムは構わず続ける。
「次の試合、一緒にエントリーしない?」
特に断る理由も無かったブリギッテはそれを承諾する。そしてその日2人は順調に勝ち進み、最終戦で登場したウォーリアー・ガーディアンの英雄によるホストチームに敗退するまで不敗を守った。それらの試合の中でウィリアムはブリギッテのバトルセンスに惚れ込み、別れ際にそれを打ち明けた。
「1日で好きになったり、普通する?」
ブリギッテは少々活躍し過ぎたなと反省した。
「好きになる時ゃ一瞬だぜ。なぁ、来週俺が10戦全勝したらデートしようぜ。」
「全部ランダムチームならいいよ。」
「よっしゃ!」
ウィリアムに3回誘われて、ブリギッテは仕方なく了承する。その1週間という物、ウィリアムは各職の英雄達と決闘を重ね、研究と対策に熱を上げた。
翌週、ウィリアムは浮かない顔で観客席にいた。3戦目で対戦者として現れたヴァネッサが見た事も無い戦法を繰り広げ、ウィリアムは行動という行動を全て封じられ敢え無く敗退したのだった。
「スナイパータレントで出る奴がいるとは思わなかった。あれフィールド戦以外でも使えるのな……。」
「まぁ相手が悪すぎたね。プリもいないチームだったししょうがないよ。」
隣ではブリギッテが、相変わらず対戦場から目を離さずに話している。ウィリアムは1度敗退してもうランダムチームで参戦する必要が無くなったため、以降の試合にブリギッテを誘いに来たのだった。ブリギッテは内心面倒臭く思いつつも、ウィリアムがうるさいのでチーム結成は承諾した。
それからしばらくの間同じような展開が続き、ウィリアムは結局ブリギッテとデートできずにいた。ある週の試合終了後、ウィリアムはブリギッテと控室に残ってその日の反省点を話し合っていた。いつになくブリギッテの反応が悪い。ウィリアムの方も段々ブリギッテと話す事自体に気を取られてゆき、それは反省会というより単なる座談会の様相を呈していった。
「なぁブリギッテ、キスしていいか?」
しばらくの沈黙の後でウィリアムが問う。ブリギッテの頭がかくんと揺れる。
「え、いいの?」
ウィリアムが問い返したが、ブリギッテは動かない。そこでウィリアムは意を決してブリギッテの隣に移動し、上体を回り込ませてブリギッテと唇を合わせた。乾いた固い感触が唇に触れる。
「え?!」
驚いたウィリアムは体をブリギッテから離す。よく見ればその目は虚ろで、襟首からは薄白い煙が立ち上っていた。
「人形……?」
つい先ほどまで彼女と話していたはずなのに、一体いつ入れ替わったというのだ。いや、そもそも入れ替わってなどいないのか。ドワーフの技術を用いれば、生きているかのような人形を作り出す事もできると聞いた事はあるが、まさかブリギッテほどの強いバードを再現する事までできるとは。
「ちょ、ちょっとトイレ!」
ウィリアムは慌てたように席をはずし、廊下の影から控室を見守った。すると程なく、一人のドワーフが血相を変えて控室に飛び込んで行くのが見えた。簡易操作盤と工具箱を携えたその姿は、ヴァネッサその人である。
「やばい、何かおかしいと思ったら戦闘で負荷が……。」
ヴァネッサは手早くブリギッテに応急処置を施してゆく。再びブリギッテは通常通り動くようになり、ヴァネッサは冷や汗を拭いて控室から外に出る。そこにウィリアムがいた。
「ヴァネッサ、あのブリギッテはお前の人形なのか?」
「そうだよ。ああ、言っとくけど本物なんていないからね。あれはあたしのオリジナル。」
「そんな、強すぎだろ……。」
未だ信じられないといった面持ちで呟くウィリアム。
「悪い事したね。決闘大会は性能試験にちょうど良かったんだ。」
ヴァネッサが操作盤を触ると、ブリギッテが控室から姿を現す。
「じゃあ、帰るから。あんたも夕飯までには戻りなよ。」
ヴァネッサはブリギッテを伴ってその場を去る。呆然として立ちすくむウィリアムを残したまま。
ウィリアムは過去数週間の事を思い返していた。今となってみれば、ブリギッテの名がドワーフ風なのは頷ける。しかし決闘大会で細やかに対象を変えながら着実に勝利を目指す隙の無い戦い方は、どうしても遠隔操作だなどとは信じる事ができなかった。
「ああ、ある程度は自動で動くよあれ。」
思い切ってヴァネッサに尋ねると、意外な答えが帰って来た。
「あんたのターゲットを自動で追うように設定もできるし、何よりあたしは試合会場全体を見ながら操作してるんだから、弱いはずがないのさ。」
ウィリアムは愕然としてその場に崩れ落ちる。ヴァネッサはウィリアムに構わず作業を続けている。
「ヴァネッサ……。」
ウィリアムが這ったまま吐き出すように言う。
「何だい。いい加減ドア閉めとくれよ。」
ウィリアムは立ち上がって部屋の扉を閉めヴァネッサに向き合おうとするが、ヴァネッサはちょこちょこと動き回りながら作業をしているため、そう思ったようにはならなかった。ウィリアムは意を決して言葉を放つ。
「ヴァネッサ、ブリギッテを俺にくれ!」
ヴァネッサが手を止めて、目を丸くしてウィリアムを見つめる。
「持ってってどうすんのさ。」
「この際人形でも構わない、あの子を嫁にして一緒に決闘大会に出る!」
ウィリアムの目には明らかに微かな狂気が宿っていた。
「何言ってんだ、この変態、人形趣味、気持ち悪い! 第一あれ動かすのはあたしだろうが!」
「自動で動く分で構わねえ、俺とブリギッテなら行く所まで行ける!」
「出てけーっ!」
ヴァネッサのガンが火を噴く。バーストレイジの6連撃、クールダウン無視の連発である。たまらずウィリアムは部屋の外に転がり出る。
「あたしだってあれは気に入ってんだ。あんたなんかにゃやらないよ!」
ヴァネッサが扉をぴしゃりと閉める。
「諦めろって、中身ヴァネッサの時点で。」
いつの間にかブレイクがヴァネッサの部屋の外に来ており、ウィリアムの肩を叩く。ウィリアムはうなだれてブレイクと共にロビーに向かう。
「ブレイク、俺は失恋したのかな……。」
「普通に考えりゃそうだと思うぞ。」
ウィリアムが呷る血酒の匂いに顔をしかめながらブレイクは答える。
「まったく、ヴァネッサも人が悪いよなぁ。」
ブレイクは他人事のように、実際他人事なのだが、平然とした顔で続けた。
「あたしが何だって。」
ピアースショット。ブレイクは慌てて椅子から飛び上がる。そしてヴァネッサに耳打ちした。
「もー、今はウィリアムそっとしといてやれって。お前さんが原因なんだから、いちいち出て来なさんな。」
「それどころじゃないんだよっ。」
顔を上げたウィリアムがヴァネッサの表情をちらりと見れば、確かに血相を変えている。
「ウィリアム、あんたとくだらない話してる間に、ブリギッテがいなくなった!」
「はい?」
「買い物行かせてたんだけど、信号が途切れちまった。どこにいるかわからない!」
ウィリアムははっとして体を起こす。
「どの店に行かせたんだ?」
「シモンの雑貨屋だよ。」
「よし、行ってみようぜ! ブレイク、お前も来い!」
人探しとなれば必要になるのはブレイクの能力である。
「おいー、俺は関係ないだろがー。」
「問答無用!」
2人に言い切られ、仕方なくブレイクも続く。果たして40分後、彼らは町はずれの住宅街にいた。すぐ外はランセット血盟のメンバーがうろつく無法地帯である。
「目撃情報だと、こっちの方へ向かったらしいな。どの家だ……。」
「あああ、早くしないとバラされて、賢者の石や内部機構を売り飛ばされちまう。ブレイク、早く見つけて!」
「そう簡単に行くかよ。」
と、ウィリアムが駆け出した。
「ちょっと、どこ行くの!」
「帽子の羽が見えた、あの家だ!」
ウィリアムは当たりを付けた家に押し入る。鍵を壊し、ブリギッテの帽子が見えた2階へと駆け上がる。そこにはブリギッテの着ていたローブが、まとめて椅子の背にかけられていた。
「違ったか! でもここにいたのは間違い無い……。」
ブレイクが追い付いて来て、辺りを慎重に探る。
「こっちだ。」
ブレイクは2階の別の部屋を示し、その鍵をこじ開けた。扉が開かれる。そこには2名の男と、雑に梱包されて台車に乗せられたブリギッテの姿があった。
「マズいぞ、ブツはいい。早く逃げろ!」
「でも兄貴、せっかくのお宝が!」
戸惑う2人にウィリアムが襲い掛かる。
「ごちゃごちゃうるせえ、シャドウスカー!」
2連撃が兄貴と呼ばれた方を捉えた。
「はいごめんね、スロートシール。」
ブレイクはシャドウストークからのクリティカルヒットで弟分らしき方を一撃の内に葬った。リスポーンした2人の悪党は、どうやら戻って来る気を失ったようだった。ウィリアムはブリギッテを梱包から解放して、前の部屋にあったローブを着せ直す。
「あ、あ、ああー、動かない……。」
ヴァネッサの絶望的な声が下から響く。
「賢者の石は無事みたいだ。早く帰って直してやろうぜ。」
ブレイクが帰還を促すのに従い、ヴァネッサは操作盤を未練がましく叩きながら、ウィリアムはブリギッテを抱き上げて、3人は揃って血揆会会館に向かった。
ヴァネッサが見立てたところ、悪党どもはブリギッテの解体を試みるも失敗し、仕方なくそのままどこかに売り飛ばそうとしたらしい。解体作業と移動の際の雑な扱いによってブリギッテの内部回路に異変が生じ、それは機能を失ったのだった。
「ウィリアム、ちょっと手伝って!」
「任せろ、何すりゃいい?」
ヴァネッサはブリギッテを作業台に寝かせて傷んだ表皮をはがし、内部の修理を開始する。ウィリアムもヴァネッサの指示に従ってあれやこれやと道具を準備する。数十分後、ブリギッテの目は再び光を取り戻した。
「直ったあああああ!」
ウィリアムとヴァネッサは手を取り合って歓喜する。ヴァネッサは動作を試し、その機能が全て復旧している事を確認した。
「ふう、これで元通り。人形だってバレ始めてるから、もう1人で買い物とか出さない方がいいね。」
ヴァネッサが部屋の隅の椅子にブリギッテを座らせるのを見ていたウィリアムは、その動作に微妙な違和感を覚えたが、ヴァネッサが元通り直ったと言い張るので、深くは追求せずに自室へと退いた。
その夜、ウィリアムは夢を見た。短い夢である。暗闇を背景にブリギッテが現れて
「助けてくれて、ありがとう。」
と、ウィリアムの頬に唇を寄せる。ただそれだけである。ウィリアムははっとして目を覚ます。すると、その枕元にへたり込んで満足そうな笑みを浮かべているブリギッテの姿があった。
「おいおいヴァネッサ、悪趣味だぜ。」
ウィリアムはブリギッテを抱きかかえてヴァネッサの部屋に向かう。しかしヴァネッサは
「あたし動かしてない。勝手に持ってかないでよ。」
と、夜中に起こされた不機嫌も込めてまたバーストレイジを撃とうとする。
「ちょっと待て、俺も何もしてねえよ!」
「そんな複雑な誤作動するわけ無い。」
「気が付いたらいたんだって、本当だよ!」
ヴァネッサは怪訝な顔をすると、戸棚から荷物と棚板を放り出し、ブリギッテを入れて扉を閉めた。そしてその扉の取っ手にぐるぐると、執拗なほどにひもを巻き付けた。
その不思議な体験から、ウィリアムはブリギッテに執着しなくなった。むしろ人並みに人形に対する不気味さを覚えるようにもなった。ヴァネッサも誤動作の原因が解明できないためにブリギッテの運用を中止し、戸棚には厳重な鍵を取り付けた。ごく稀にドラゴン討伐隊の人数合わせにブリギッテを出すと、その表情は操作していないにもかかわらず少し嬉しそうで、自動動作の映像ログにはよくウィリアムの姿があった。
「壁だから注目してんのかな……きっとそうだね、うん。」
ヴァネッサはそう結論付けて、休憩中までブリギッテがウィリアムの方向を向いている事実への認識を拒絶した。戸棚の中ではブリギッテが首を傾けて停止している。それはまるでロビーから微かに響くウィリアムの声に聞き入っているかのようでもあった。