堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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雪を刻む

 白い空。風は重く湿って、通りを行く者は皆、そう運命づけられていたかのように首を竦める。雪が一片舞う。黒い手袋をはめた一つの手に、それはふわりと、吸い寄せられるように舞い降りる。手の主は小さな円錐台形の片眼鏡をはめており、雪は遅ればせながらその体温に音も無く消えた。

「よし、覚えた。」

またこの季節が廻って来た。

 

 アークは作業台に屈み込み、一心不乱に道具を動かしていた。左目に片眼鏡。右目は時折軽く瞑られて、肘が忙しなく動き回る。

「アーク。」

シグマの呼ぶ声が、冷え切った室内に響いた。

「んー、何だ。」

アークが顔を上げて右目を開く。片眼鏡は左目から落ち、黒い鎖でその胸元にぶら下がった。

「何作ってんだ?」

「特に何も。」

シグマがアークの肩越しにその作業台に屈み込む。

「それ、雪?」

アークの手元には、小さな銀の飾りがあった。6本の腕を持つその形は4本までの腕を正確に刻み込まれ、5本目の細工を施されかけていたのだが、シグマの目には完成品と映る。それほどまでに、銀の雪は小さい。

「拾った雪の形を覚えて、彫るのさ。何、ただの練習だ。」

アークはぐっと背を伸ばす。頭を後ろに傾けて振るい、首筋も伸ばす。

「見てていい?」

ベッドに腰を下ろしながらシグマが問う。

「いいよ。」

アークは片眼鏡を左目に嵌め直す。そして再び作業台に屈み込む。気の遠くなるような、緻密で繊細な作業が再開した。傍らではシグマがその姿を見つめ続ける。ただそれだけの時間が流れてゆく。6本目の腕が出来上がった。アークは作ったばかりの雪を、手元の灯りに下がる鎖に接続する。よく見ればその鎖は、全て銀の雪の結晶でできていた。

「それ全部作ったの?」

シグマは鎖に顔を近づけてじっと見入る。

「ああ。16ん時から作っちゃ壊して、また結構長くなったな。」

アークが目を(しばた)かせて答える。

「すげー、細かい。よくこんなのできるよな。」

「道具の精度さえ良けりゃ、あとは腕と根気よ。」

アークは事も無げに言うが、シグマには目の前の造形物が全てアークの手から生み出されたという事実にただ感嘆するばかりである。アークは窓を開く。冷たく湿った風が室内の空気をかき乱す。

「寒っ。」

シグマが首を竦める。

「ああ、悪り。」

そう言いつつもアークは窓を閉めない。外に伸ばされたアークの手から体温が奪われてゆく。その指に風がまとわり付き、ぺたりと雪が吹き付けられた。アークはまた片眼鏡を付けており、その雪を注視する。

「ハズレだな。簡単な形だ。」

その手を握り、残念そうに呟く。それでもアークは窓を閉め、また作業台に向かった。一つ、また一つ。そうして雪の鎖はわずかずつ長さを増してゆく。

「お前は見てて飽きないのか?」

不意にシグマに問うてみる。シグマはきょとんとした表情でアークと目を合わせた。

「飽きねえよ。お前が何か作ってるの見るの好き。」

「何か面白いか?」

「んー、わからない。でも真剣だし、ずっと見てたいかな。」

「適当にやってるだけなんだけどな。」

互いに思ったままを口にする、意味の無い会話。アークの作業もそれに似て、特に意味は無かった。アークは不意に雪の鎖を手に取り、いくつかの結晶をはずして屑金入れに移す。

「それ、どうするの?」

シグマが問う。

「後で溶かして再利用。材料もったいないだろ。」

平然と述べるアークに、シグマは不思議そうな顔を見せた。

「せっかく作ったのに溶かすのか? その方がもったいなくね?」

アークは揺らがない。

「雪は、溶けるもんだろ。」

 

 アークの部屋をバードが一人訪れていた。バードは目当てのベルトを購入すると、アークの作業台に目を光らせた。そして照明に下がる鎖を見出す。

「それは作りかけなのかい?」

「ああ」

アークは客の視線を追い、答える。

「習作なんです。完成はしない予定でして。」

バードは椅子から腰を上げて、雪の鎖に見入る。

「もったいない。美しいのに。」

「自然の造形には勝てませんからね。」

未完成でも買いたいというバードの申し出を、アークは丁重に断った。バードは残念そうに、また見に来ると言って部屋を去った。

 

 そのバードからアークの習作の話を聞いたと言い、アクセルがアークの部屋に現れた。

「なるほど、これは美しい。でも、ちっとも作為を感じないね。」

「単なる写実だからな。対象も無造作に選んでるだけだし。」

「確かに。よく見ればつまらない形も結構あるね。」

「見飽きたら溶かしてる。」

アークがそう言うと、アクセルは少し残念に思って言った。

「売ってしまえばいいのに。」

アークは笑って答えた。そういう気には、ならないのだと。

「芸術って案外そういう物だよね。」

アクセルは無意識のようにハープを鳴らし、歌詞の無い歌を歌った。歌は虚空に消え、雪の鎖が微かに揺れた。

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