堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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適性

 ある日シグマがアークの部屋で留守番をしていると、しばらく出かけていたアークが大荷物を手に戻って来た。嵩の割に軽いらしいその荷物の中からは、オフハンドを入れるための小さな空の箱が大量に出て来た。

「いい加減作品も溜まったし、いいのもいくつかできてきたから、協会に卸そうと思うんだ。」

さっそく作業を始めるアーク。その作業にシグマは興味を示す。

「手伝う事ある?」

「じゃあ箱全部開けて、身と蓋とセットで並べてって。」

二人はそれぞれ床に向かい、箱を並べる作業に取り掛かる。すぐにアークは落胆の声を上げた。

「あー、タグ違う。アーク・ブラッドステインじゃないっつったのに。全部かな。ああ、見たとこ全部だな。」

箱には1枚ずつ製品タグが入っていたが、そこに銘として記されていたのはアークの本名だった。アークの工芸師としての名は、工芸の師匠からもらったミドルネームのテレクタラスである。

「作り直し?」

「いやー、タグだけだから書くよ。」

そう言ってアークは箱に入っていたタグを全て回収し、作業台の抽斗から別に作ってあった小さな白紙を取り出して銘を記し始めた。シグマがその手元を覗き込む。

「あこれ、俺のアクセにも付いてる模様じゃん。」

「模様じゃなくて、筆記体の字だ。俺の銘だよ。」

「これでしょ?」

シグマは自身のオフハンドの底を指して言う。

「これとそれが同じ物だってのはわかるのか。じゃ書いてみろ。」

予てよりシグマに字を書かせる機会を伺っていたアークはシグマを座らせ、目の前にペンとインクと数枚の紙を持って来た。

「ペンの持ち方なんか忘れたよ。」

「ここでここ挟んでここで支えて、このまま動かすんだよ。」

アークはシグマの手をつかんで、自分とは逆の利き手であるため鏡像をイメージしながらペンを持たせる。

「でインク付けて紙に書く。簡単だろ。」

「よーし……。」

シグマのペン先ががりがりと紙をけば立たせてゆく。ペンは軋み、ひどい音を立てた。

「あれっ、うまく行かない。アーク、これ書けないよ。」

「力入れすぎ。もっと軽く、もっと。撫でる程度でいいんだよ。」

アークはシグマの様子を見てアドバイスする。すると今度は、付け過ぎたインクが紙に斑点を描いた。

「まぁ、しばらくそこで練習してろ。そのうちコツがわかってくるから。」

真剣な表情で紙に向かうシグマ。アークはその間に箱から出来合いのタグを回収してその数を確かめ、新しいタグを用意した。そうしていくらか時間が過ぎた頃、シグマが「できたぞ。」と声を上げた。アークが見ると、ごちゃごちゃと書き込まれた落書きのような物の下に、アークが刻んだ銘そのままの、流麗な筆記体によるTellectarasの文字列が記されていた。Tの字に施された簡単な装飾まで完全に再現されており、紙の上の方に数多く書かれた途中までの物の書き方から察するに、文字列丸ごとを一つの模様としてシグマは描いていた。

「これ、安定してもう少し小さく書けるか?」

アークの問いに、シグマは次の紙を取り出して、左上から順番に繰り返しその銘を書き込んでいった。寸分違わず書き並べられてゆくアークの銘。アークはそれを見て感心する。

「なぁシグマ、それならこのタグ1つに1回ずつ、それ書いてってくれよ。」

「あ、結構紙小さいけど納まるね。オッケー。」

アークとシグマは手分けしてタグを作ってゆく。アークが書いている方はただの文字列であるため、筆跡にはそれぞれ多少の違いが現れる。対するシグマの方は、全てが判で押したように同じだった。全てのタグに銘が書き入れられると、それらは一つずつ箱に配られ、そこにアークが選んだオフハンドが納められていった。そして全ての箱に封をすると、アークは40個ほどできた完成品の箱を台車に積み上げて工芸師協会へと向かった。シグマもそれに付き従った。帰り道、アークは卸値から販売手数料を引いた残りの金銭の入った袋を手に市場へと向かっていた。

「余裕できたから、戦闘性能の無い普通の装飾品も作ってみようかな。」

アークがこれまで作ってきたオフハンドは精通増加と防衛の二つの性能を併せ持つ装備なのであるが、作品にそれらの性能を宿らせるには概形を作る段階で魔法を用いる必要がある。その魔法の成否は完全に運に支配され、良い品質の材料から全く使い物にならないオフハンドが生成される事も日常茶飯事だった。そして戦闘用の指輪と首飾りにも同じ事が言えた。その点、普通の装飾品は生産時の魔法を必要とせず、単純に良い材料をより良く成形すれば完成するので、生産コストも低く潰しも効いて、初期の材料費さえ捻出できれば割と気楽に製作できるのだった。

「売れるかな?」

シグマが問う。

「わからん。」

そういった装飾品は工芸師協会では引き取らないため、販路は自力で開拓するしか無い。市場には既にそれらを扱う店がいくつかあった。アークは参考のために店を覗いて回るが、出品されているのはごく一般的な品質の物ばかりだった。

「気合入ってるの無えなぁ。工房へ行けば見られるのかな。」

二人は材料を買い終えると市場を後にした。

 

 部屋に戻ると、ベッドサイドテーブルの上にはシグマが書き散らかした紙が置かれたままになっていた。アークはそれを見てふと思い付き、2枚目の紙の余白に何かを記し始めた。

「うーん違うな。これだとちょっと凝りすぎか。このくらいかな。」

独り言を言いながら、一つのサインを完成させる。

「シグマ、これ書けるようになれ。」

と最後に書いた物以外を線で消して、白紙とペンと共にシグマに渡す。

「何これ。」

「お前の名前だよ。これ書ければ契約の時に俺ら呼ばなくて良くなるから。」

「マジで? じゃあ練習しよ。」

シグマは最近ではパーティリーダーとして任務を請け負う事も増えていたが、何しろ字が書けないため、契約の都度アークやアマンダやウィリアムが保証人という名目で同行しては署名まで代筆し、依頼人に不信感を抱かせていた物だった。自分一人で契約を請ける事ができるようになれば、信用も上がりまたフットワークも軽くなる。本人自身も最近はそれを身に染みて感じていたので、アークの提案は素直に受け入れられた。しばらくするとシグマはアークの書いた通りの文字列を手本を見ずとも書けるようになった。その後もアークは度々シグマにサインや銘を書かせ、忘れないように維持する事に努めた。いつしかシグマの模写能力はブレイクの知る所となり、彼の文書偽造工作に利用される事になったが、その事はシグマからアーク伝てにウィリアムの耳に入り、ブレイクはウィリアムにこってり絞られた。そしてブレイクは、シグマが職業としてアサシンを選ばなかった事を賢明だったと心から評価したのだった。

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