堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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アークとシグマ

 昼間にフィールドでオフハンドの材料を集めて来たアークは、その晩もさっそく製作に取り掛かっていた。傍らではシグマがその作業を眺めている。ヴァネッサがシグマの自室に大量の荷物を持ち込んだため、部屋で寛げないのだった。

「ヴァネッサの奴、今度は船作るとか言い出してさ。また自分の部屋に置き切れない材料全部置いてったわ。」

「お前の持ち物は鞄一つで足りるからな。遊び歩いてばっかで部屋で寝ないし、自業自得だ。」

アークは概形の出来上がったオフハンドを、シグマの腰に取り付けてバランスを確かめる。近くに来たアークの姿を目で追っていたシグマは、ふとアークの耳元に光る装飾品に注目した。

「ピアス、左なんだな。」

「片方で十分だからな。お前はそう言えば開けてないな。」

アークが視線を上げて答える。

「前は開いてたんだけど、面倒臭くて付けなくなったら塞がった。」

「あ、本当だ。」

アークの指がシグマの耳に触れる。シグマは少し目を伏せる。一見ピアスホールの痕跡など無いように思える程完全に塞がっているが、アークは微かな傷跡をそこに認めた。

「お前と同じのなら付けたいな。」

深い意味を考えず思い付きをすぐ言葉に出すシグマだったが、アークはシグマが装飾品に興味を示したのが嬉しく、乗り気で答える。

「何なら開けてやろうか。どっちがいい?」

「右!」

アークが左だからその逆、というだけの、これもまた思い付きである。

「一応言っとくが、男で右だけってのはな。」

聞くんじゃなかった、とアークは少し後悔した。

「ん? 別にいいよ、皆知ってるし。」

シグマの言う皆とは血揆会のメンバー並びに遊び相手らの事であって、広く一般という意味ではない。

「ネタか? まぁお前がいいなら別にいいけど。」

アークは消毒剤と針、それに工具と自分のピアスのもう一方を作業台から探し出す。そして自身の手とシグマの耳、それに道具類を全て消毒した。

「ちょっと痛いけど動くなよ。」

シグマは身長を測る時のように、首を伸ばして頭を椅子の背に添わせて固定する。アークは手早くシグマの右耳に針を刺し、開いておいたピアスのリングを嵌め込み工具で閉じる。

「できたぞ。似合うじゃないか。当分はこのままにして、まめに消毒しろよ。」

とは言いつつ、アークはシグマがそうまともに消毒などするわけが無いと知っている。来た時にやってやればいいか、と思っていた。

「ダークコンタクトで一気に治ったりしないの?」

「治るが、あれは完璧すぎて穴まできれいに塞がる。」

「そこは加減して。」

「無茶言うな、細かすぎる。自分でもやってみたりするなよ。」

実際、ピアスを開けてやった回復持ちが魔法による自己治療で思わぬ結果を迎えるのを、アークはよく目にしていた。

「じゃしばらくは戦闘もダメだな。」

「そういう事だ。」

シグマが残念そうな表情を浮かべる。

「遊びに行く金が無くなる……。」

「我慢しろ。」

シグマは拗ねたように、いいやアークに遊んでもらうから、と呟いたが、アークは聞こえなかった振りをした。そして改めてシグマに視線を注ぐ。白い肌に、付けたばかりのピアスがよく映えた。髪より少し濃い色のくっきりした細めの眉と長い睫毛が、澄んだ深い蒼色の瞳を、そして形の良い鼻を彩っている。アークは思わず、感じたままを口に出す。

「お前って美人だよな。」

途端、シグマの表情は一変して喜びに満ちた物となった。反応変だ、と思いながら、アークはシグマに合いそうな装飾品を漁る。

「これ着けてみろ。これも。」

シグマは言われるままに、手渡された腕輪とサークレットを身に着ける。

「それからちょっと待ってろ、大急ぎでこれ完成させるから。」

アークは作業台に向かい、作りかけだったオフハンドに再び手を加え始める。瞬く間に、精緻な装飾を施された小さな瓶が出来上がった。アークはそれもシグマに着けてやり、少し離れて全体を一望する。

「思った通り、きれいだ。」

アークが目を細めると、シグマは照れて目を伏せる。

「そのアクセ、性能は残念もいいとこだが。」

悔しそうにアークは言う。そして新たな材料を取り出して同じ型のオフハンドの製作に取り掛かった。オフハンドの性能は概形を作る時に魔法を用いた段階で決まるのだが、成否は偶然に支配され、意図して良い性能を引き出す事は腕利きの工芸師たるアークにも不可能なのであった。

「どうしてもいいの作りたくなった。」

アークは概形のみのオフハンドを数十個立て続けに製作した。すぐに部屋は同じ形の瓶で足の踏み場も無くなる。

「同じもんばっかり、よく飽きないな。」

シグマが呆れて言うのももはや聞こえていない。シグマはしばらく作りかけのオフハンドで遊んでいたが、アークは製作に集中しているためそれに気付かない。そして数時間後、「できたぞ!」と叫んで顔を上げると、傍らの椅子からベッドに移動したシグマが眠りこけていた。アークは再び作業台に向き直り、良い性能を得た作品に慎重に装飾を施し仕上げる。図案に記されたデザインより装飾性に富んだ仕上がりだが、精通増幅並びに対クリティカルダメージ防衛性能まで、申し分の無い代物だった。試着はシグマが起きてからでいい。楽しみだ、とアークは一人微笑み、椅子に身を預けて暫しの眠りに就いた。この後、アークは度々自作の装飾品をシグマに着けさせては鑑賞するようになる。シグマは当初は暇を持て余してアークに付き合っていただけだったが、アークに褒められるのに段々と味を占め進んでモデルを買って出るようになり、二人は自然に工芸師とマヌカンという変わった関係になって行った。

 

 

・嗜好

 アークが何枚目かのスケッチを破り捨てた時、シグマがその部屋を訪れた。アークは咥えた煙草を左手に持ち替え、「おかえり」と一言挨拶した。

「窓開けろよ、煙いぜ。」

シグマはそのまま窓に直行してそれを開く。風の無い夜だったため遠慮なく全開にした。

「ああ悪い。忘れてた。」

そこでようやくアークは顔を上げた。周囲には煙草の煙が薄白く立ち込め、何となく窓の外を眺めていたシグマの横顔を照らす月光が、斜めに光の帯を作っていた。

「ずっと描いてたの? 灯り点いてないじゃん。」

確かに、言われてみれば無意識に点けた手元の灯り以外のマナライトは消えたままだった。

「そう言えばもう暗かったな。」

シグマは手近なスイッチを操作して天井のマナライトを点灯する。アークは煙草を消して腕を上げ、背筋を伸ばした。そして新しい煙草を取って火を点ける。

「吸い過ぎじゃねえの?」

「まだ頭痛くならないから大丈夫だ。」

「そういう問題かよ。」

シグマの手には戸棚から出されたグラスがあった。そしてそれをベッドサイドテーブルに置く。

「アーク、血くれよ。多少ニコチン臭くても我慢するから。」

「血に匂いなんか移るもんか。」

アークはいつものように指を切ってグラスに血を落とし、エナジーブラッドを用いてそれを増幅する。

「ありがと。飲んだ後はやっぱこれだよなぁ。」

シグマはベッドに座るとグラスを再び手に取り、中の血液を味わう。と、階段を上る忙しない足音が聞こえて来た。足音はそのままアークの部屋の前まで近づき、扉が開く。ウィリアムだった。

「アークいるか? アクセの調整を……おい、何だよこの血の匂いは。」

そしてシグマの持つグラスを見出す。

「シグマ、それ何の血だ?」

「豚だってアルカスは言ってたよ。」

シグマがしれっと答えるが、嘘であるのは明白である。

「アルカスが生の血そのまま売るかバカ。正直に言え。」

「えーと、アーク……。」

シグマは助けを求めるようにアークの方をちらっと見る。ウィリアムはアークの指の傷を見つけ、

「お前のか。あの量そこから取ったのか?」

と問い質した。

「まさか。数滴出して魔法で増幅しただけだ。簡単だぞ。あんたも飲むか?」

ウィリアムの片眉がぴくっと上がる。

「ああ、じゃあもらおうか。直接な。」

ウィリアムはアークの襟をつかんでその体を引き寄せたかと思うと、アークののど元に嚙みついた。牙が皮膚を破り血が零れる。アークはウィリアムを突き飛ばして激しく咳込んだ。思わずアークが落とした煙草に吐血が滴り、嫌な匂いを立てた。

「何すんだよウィリアム!」

シグマが慌てて非難する。アークはライフシードを発動してのどの傷を塞ぐ。なおも咳込むアークに、ウィリアムは警告した。

「アーク、同族を噛むようなマネを許せばヴァンパイア社会はこうなるんだぞ。」

「シグマは……節度、持ってやって、くれてるさ。考えてないようで、ちゃんと考えてる。」

「他の奴に知れたらどうなると思ってるんだ。後手でしか自分を守れないお前なんか恰好の標的にされるぞ。」

「行儀の悪い奴は、逆に食ってやるさ。」

アークの呼吸はようやく落ち着いてきた。ヴァンプマーク発動の波長を右手に湛える。ウィリアムはその手をつかみ上げる。

「お前に俺が食えるものか。」

「まぁ、あんたは無理。」

「だろう。少し気を付けろ。」

投げ付けるように放される手。

「わかったよ。」

アークが答えると、ウィリアムはふんと鼻を鳴らして部屋を後にした。本来の要件は忘れ去られた模様である。

「ったく、乱暴な奴。」

シグマは多少怯えた様子を隠しながら言った。

「あいつはあいつで俺の事心配してくれたのさ。」

アークはもう一本煙草を取って火を点け、一呼吸を長く吐き出した。

「俺はお前の煙草の方が心配だ。」

アークは顔を逸らして

「大丈夫だ、まだたくさんある。」

と、わざと的外れな返事をした。確かにアークの机の上には、半カートンほどの未開封の煙草が置かれていた。すっと窓から風が吹き込み、漂う煙はゆらりと揺れた。

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