堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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名人芸

 ウィルカとの離婚からしばらく経った頃、ひょんな事からアークは新聞社の取材を受ける事になった。アクセルの伝手で、バードの情報誌を発行するフリーウィンド社からの申し込みがあったのだった。当日アークは裸身のシグマを部屋の中央に立たせ、その腰に布を巻き付けていた。1回目に自分でやらせたところそれは力を入れ過ぎて包帯のようになり、2回目はアークが巻いたものの手を離した瞬間に落ちたので、3回目の挑戦だった。

「絶対嫌がると思ったのに。」

アークはそう言うが、基本的にシグマがアークの言う事を盲目的に受け入れるのは日頃からの常だった。ベッドの上には脱ぎ散らかされた服が積まれている。

「腰布も本当は要らないんだが、今日は絵を描いてもらうから仕方ない。」

「他の奴に全裸見せるのは流石の俺も断るぞ。」

シグマが髪を解きながら言う。アークは胸ポケットに刺してあったピンで、目立たないようにアークの腰布を留めた。見えてもいいようにピンには飾りが施してある。

「できた。次はこれとこれ付けて。あとこれも。」

シグマはアークから装飾品を受け取り、次々に身に着けてゆく。金の木の葉と緑色の小さな宝玉をあしらったサークレットに首飾り、腕輪の数々。緩く巻かれたベルトからは同じデザインの木の葉が取り付けられた長い部品が垂れ下がる。アークはシグマの肩に木の枝を模した部品を貼り付ける。

「さ、これ履いて。」

置かれた靴にも、他の装飾品と同じような木の葉や宝玉が飾り付けられていた。

「完成だ。」

アークは少し離れて、シグマの全身を眺める。そして大きな鏡をシグマに向ける。その鏡は少しでも歪みの無い物をと数件の工房を回って特注した物だった。

「きれいじゃないか。エルフでもなかなかこうは行かないぞ。」

アークが目に喜びを湛えてシグマを褒める。

「え、そうかな?」

シグマははにかんだように目を伏せ少し笑顔を見せる。やっぱりこいつ、反応変だ。そうアークは思いながら、周囲をざっと片付ける。ノックの音がした。

「できたかい?」

「時間通りだ。」

扉が開いて一人のエルフが、画材を抱えて入って来た。バードのようだが、普通のバードよりは地味な格好をしている。

「シグマ、彼はヴァニタス・モーニングウィンド。珍しい画家のバードだ。」

「ただの新聞絵描きだよ。シグマ君、聞きしに勝る美人さんだね。よろしく。」

「よろしく!」

ヴァニタスはさっそく画材を床に広げ、スケッチを開始する。

「絵具無いの?」

シグマが問うと、家にあるよと短く答える。瞬く間に、それはもうアークのイメージ画よりもずっと速く、一枚目のスケッチが完成した。

「こんな感じでどうだい?」

アークとシグマは揃ってそれを覗き込む。

「流石プロ、細部まで誇張も省略も無いな。」

アークが感嘆する。

「あれ、でもなんか耳長くね?」

シグマの方は飾り物の細部はろくに見ていない。

「最近の新聞画には写実性が求められているからね。でも、うちの新聞を買うのは主にエルフだから、彼らが見て不自然さを感じないように描かないと。」

ヴァニタスはその後アングルを変えて何枚かのスケッチを立て続けに描く。

「終わったよ。今日はいい物を見せてもらった。ありがとう。」

アークとヴァニタスは握手を交わす。

「これを帰って清書して、今度の新聞に載せるからね。」

「楽しみにしてる。」

「絵なら俺も見たい!」

果たして数日後、バードの売る情報誌の一つ "フリーウィンド" にその絵姿は載せられた。レイシングにヴァンパイアの芸術ユニット誕生、との見出しで、記事には工芸師テレクタラスとモデルシグマの紹介文が記された。

「すげえ、これ版画なの?」

「ああ、バードの新聞社にはドワーフの職人がいて、版木彫ってるって話だぜ。」

アークとシグマはフリーウィンド社から送られて来た新聞をアークの作業台に広げて読んでいた。A3ほどの大きさの横長の紙全体に、流麗な文字と美しい挿絵が刷られている。

「ちゃんと俺男だって書いてある?」

「うん。ここにモデルは云々って書いてあるだろ。」

「ええ、あー……本当だ。」

最近ではシグマは読もうと思えば低速ながら新聞も読めるようになってきている。紙面を指でなぞりながら読み進めるその仕草を、アークは目を細めて見守る。

「フリーウィンドはいつも絵入りだからわかりやすいし、バード見かけたらマメに買うといいよ。」

美学の話題が主な内容の新聞をシグマが購読するとは思えないが、アークは一応勧めてみる。

「んー、そうする。」

安定の生返事である。と、階段を上がる軽い足音が聞こえた。

「ええと、テレクタラスさんの工房はここでいいのかな?」

戸口に見慣れないエルフが立っていた。本日3人目である。

「工房ってほどでもないですけど、一応俺の仕事場ですよ。」

「この新聞の首飾りが欲しいんだけど。あ、モデル君も一緒だ、ラッキー。」

「ありがとうございます。お入り下さい、ご試着をどうぞ。」

結局彼女はあれもこれもとアークの作品を一頻り買い漁って、ついでに新聞にシグマのサインを書かせて上機嫌でその部屋を後にした。

「喜んでもらえると作り甲斐があるなぁ。こんな大記事じゃなくてもいいから、今度また広告載せてもらおうかな。」

アークまで上機嫌である。

「よう、儲かってるか?」

ブレイクもヴァネッサを伴って顔を出した。

「アークの部屋にはもっとしっかりした鍵を付けてやらないとな。」

「ブレイクにかかっちゃどんな鍵もかかってないのと同じだけどね。」

ヴァネッサがアークの部屋の扉の寸法をあれこれと測りながら口を尖らせる。

「そこはヴァネッサ、お前の腕で俺の裏の裏をかいてくれなきゃ。」

「まぁやり甲斐はある。勝負だよ!」

「おう!」

意外な所で腕争いが開幕する。結局アークの部屋にはマナ波長照合システムという銀行の金庫に使われるような大仰な仕掛けを内蔵した鍵が取り付けられたが、ブレイクはブレイクで執念の研鑽を積み、マナ波長を偽装するという技術を身に着けてそれに打ち勝った。そして

「扉をぶち抜けばいいだけの話だろう。」

とのバリスタの言に、両者は敗北する。扉ももっと頑強な物にしようかという案も出たが、アーク自身が息が詰まると言って断ったため、部屋にそれ以上の改造が加えられる事は無かった。数年後、アークは店舗兼工房をギルド会館の近くに借りてそこで過ごす事となり、伴ってシグマの主な居場所もその工房になった。

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