堕魂の棺   作:鯨屋 唐風

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ヴァネッサとニュルンベルクのマイスタージンガー

 血揆会会館の4階に向かう階段を、台車の車列が通って行く。階段を通れるように各車輪が3角形に並んでいる4台の台車は、それぞれが満載である。押しているのは血揆会の会員達で、先頭の台車の荷物の上には発明家にしてガンナーのヴァネッサ・イェーガーがちょこんと座っていた。

「ヴァネッサ、今度は何作るの?」

先頭の台車を慎重に押し上げながら、ウォーリアーのケント・ネイチャーウィンドが問う。

「裏道の監視装置だよ。この間みたいに誰かさんが引っくり返ってたりしたらすぐに見つけて回収できるようにね。」

ヴァネッサが得意げに答える。ケントは先日任務で負傷したまま帰途に就き、会館の裏で力尽きて一晩ほど気絶していたという事件を起こしたばかりだった。裏道は人通りが無く、たまたまアサシンのブレイクことクリスティアン・アンダーソンが裏窓からの入館を試みなければもっと長い間放置されていたはずだった。そのため、今回の材料調達に赴くにあたってヴァネッサは「力自慢みんな付いといで。ケントは絶対!」と言って協力者を募ったのだった。

「あんな事は結成以来初めてだし、これからもそうそうある事じゃないだろうに。」

ブレイクが口を尖らせる。

「対ステルス機能も搭載するよ。あんたのイタズラだってみんなの悩みの種なんだ。」

ヴァネッサはブレイクも牽制する。

「イタズラじゃない、練習だって何度言わせるんだ。」

ブレイクはさらに憮然とする。トラップやハイドや建造物侵入の練習はアサシンにとって戦闘訓練以上に欠かせない物だったが、不意にそれらを行使される会員達には極めて不評なのも事実だった。

「そんな何でも盛り込むから、部屋に材料収まりきらなくなるんだろ。」

最後尾で台車を押し、今回自室を材料の仮置き場として提供したヴァンパイアのシグマ・バーニングブラッドも文句を言うが、ヴァネッサは

「中途半端な物なんて作る意味ない。」

と撥ね付ける。

「おい、狭すぎるぞ。もっと間を開けろ。」

ガーディアンのバリスタ・サンドブルームがシグマを注意する。

「レイジングスコア聴くかい?」

3階から様子を見ていたバードのアクセルことアッチェレランド・ウィンドダンサーが退屈そうに、力を増強する歌の演奏を申し出る。

「それはいいから、ちょっとこれ押さえててくれよ。少し下がるから。」

シグマに言われてアクセルは楽器を置いてシグマの台車を押さえたが、彼の力では全重量を支えきれず、シグマが力を抜いて階段の方に注目するとすぐに台車がじりじりと後退し始めた。

「ちょっと、急に離さないでおくれよ。こんな重いの一人じゃ無理だ!」

アクセルが慌てて声を上げる。

「軟弱者……。」

バリスタが舌打ちして、シグマの台車にかけられたロープを片手でつかんで引く。4台めの台車の後退が止まった。

「荷物崩すんじゃないよ! 壊したら弁償だからね!」

4階に達した台車からヴァネッサの声が飛ぶ。

「シグマ、早く来て部屋の鍵ちょうだい。」

「開いてると思うよ。」

「閉まってるから言ってるの。」

階段越しに言い合う声を聞いて、隣の部屋からもう一人のヴァンパイア、アーチバルト・ブラッドステインが出て来てシグマの部屋の鍵を開ける。

「なんでアークが鍵持ってるの。」

「シグマの奴大して帰って来ないし、3回鍵失くしたから、俺が持ってるようにウィリアムに言われたんだ。」

ウィリアム・ブラッディジョーカーは血揆会の副会長の一人で、ヴァンパイア達のリーダーでもあった。

「だったら二人の部屋一緒にしてこっちもらいたいわ。」

ヴァネッサはいつの間にか台車から降りており、シグマの部屋を覗き込んでそう述べた。

「一応、一人一室ってのは規約で決まってる権利だからなぁ。」

アークはヴァネッサに対する嫌味になりはしないかと心配になりながら事実を述べる。4台の台車は4階の廊下に到着しており、シグマの部屋の中ではあまり使われている様子の無い家具類を部屋の端に寄せる作業が行われていた。台車が部屋に運び込まれ、荷卸しの作業が始まった頃、ひょいとメイジのフレイア・ブラッディジョーカーが顔を出した。

「何やってるの?」

「荷物全部台車から降ろすんだよ。台車は今日の日暮れまでに業者に返さなきゃならないから。」

ヴァネッサが説明する。

「なあんだ。すぐ済むじゃん。」

フレイアが杖に魔力を込めると、急激に突風が沸き起こり、荷物を固定するロープがひとりでにほどけ、荷物は全て浮き上がった。

「どれどこに置く?」

信じられない光景を前に唖然とする男達。

「それは奥、その次はこれ、こっちは手前、すぐ使うから。」

ヴァネッサは平然と指示を出す。荷物はそれぞれ指定された場所にどんどん納まって行く。瞬く間に作業は完了し、フレイアは今度は空の台車を浮かべ、窓から外にゆっくりと下ろした。

「今度から買い出し一緒来て!」

ヴァネッサが目を輝かせる。フレイアはのんびりと答える。

「いいよお。起きてたらだけど。」

シグマがアークに

「メイジってこんな事もできるんだ?」

と問うが、アークも驚いた様子で

「普通できないぞ。風系魔法の応用みたいだが、初めて見た。」

と返した。

「えー、できるよ。練習すれば。」

フレイアがあっさり答える。だがフレイアの言う練習とは、新体系の魔法を生み出すほどの研究と実践の事である。

「これだから天才は。」

バリスタはもはや褒めているのか貶しているのかわからない。

「アーク、鍵ちょうだい。」

「アマンダとウィリアムには絶対内緒だぞ。俺が怒られる。」

アークはヴァネッサにシグマの部屋の鍵を渡しながら釘を刺す。

「内緒も何も、副会長二人ここにいるんだからいいんだよ。」

ブレイクとバリスタは、自分達は何も見なかったと言いたげに揃って視線を泳がせる。会長アマンダ・シャイニングローズは、決めた本人であるが故に、規約違反を見咎めれば一応の忠告は行う。そしてウィリアムは幹部の中では最も規約違反に厳しく、事の大小によらず見つけ次第即刻改善を求めると同時に拳骨を繰り出すのが常であった。シグマが3回めに鍵を失くした時など、アークまで一緒に呼ばれて叱られたほどである。

「さ、台車返しに行くよ。これはフレイアに頼むまでもないね、空なんだし。」

「そうだね。みんな、行ってらっしゃい。」

「アーク、アクセル、あとシグマ。お前ら行って来い。ヴァネッサも1台くらい自分でやれ。」

バリスタの人選にアクセルとヴァネッサは頬を膨らませるが、結局その4人で、予定より早く解放された台車を返しに行く事となった。

 

 翌日、アークは朝からヴァネッサの部屋に呼ばれていた。手先が器用で物わかりの良いアークはヴァネッサにアシスタントとして重宝されていた。

「何てったって、あのポーグナー親方の弟子だもんねえ。」

ヴァネッサは上機嫌で作業を進めてゆく。アークには何を褒められているのかよくわからない。確かに彼に工芸の基礎を教えたファイト・ポーグナーはバード達の間で名を知られた楽器職人であるが、ドワーフの中ではそう秀でた存在であるとも思っていなかった。それに、数いるその弟子の一人である事の一体何がすごいのか。

「あんたが生まれるよりずっと前の事だから知らないんだね。ほら手止めない!」

アークはヴァネッサの設計図通りに小さな機械同士を接続するマナコードを配置しながら、ヴァネッサの話に耳を傾ける。

「彼は芸術を心から愛していてね、音楽の振興のために、歌合戦の賞品として自分の全財産と一人娘を差し出したんだよ。」

それを聞いた途端、アークは大きく噴き出した。

「時代錯誤だって?」

「いや失礼……俺が聞いた話と全然違ったものだから。」

すると開いた扉からウィリアムが顔を覗かせた。

「こら、異性同士で部屋に引っ込むなっつってんだろ。」

「何変な心配してるのさ。あたしと間違い起こそうなんて奴はこのギルドにはいないよ。」

血揆会どころか全世界探したっていないのだが、ウィリアムは引かず、部屋に入って来てアークの傍らに座る。

「作業終わるまでここにいんぞ。いいな?」

「わかったよ。あちこちいじるんじゃないよ。アークはステルス干渉装置のコアの梱包開けて。そっちじゃない、書いてあるだろ!」

正直、ウィリアムの座った位置は絶妙に邪魔だった。

「で、あんたの聞いた話だとどうなのさ。」

「んー、少なくともそんないい話じゃなかったはず……。」

アークは作業を進めながら、故郷の語り草となっている "エーファの歌合戦" 事件について話し出した。

 

 まだ善神と悪神の戦争も始まっていなかった頃の事である。妻に先立たれた楽器職人ファイト・ポーグナーは一人娘のエーファと仲良く暮らしていた。エーファは美しく気丈な娘で、若いドワーフの男達によくモテた。そんな彼女の恋人はヴァルター・フォン・シュトルツィング。ドワーフの身ながらバードと張るほどの歌の才能を持ち、音楽家のための工芸師であるポーグナー親方を継ぐ者として期待されていた。しかしエーファはある時言った。

「ヴァルターって、今一つ歌心が無いのよね。」

ファイトは驚いて答える。

「まさか、彼の歌の才能はうちに楽器を持ち込むバードにもなかなか無いほどの物だぞ。エーファ、お前はいい歌を聞き慣れて、耳がちと贅沢になっているんじゃないのかね。」

しかしエーファは浮かない顔のままである。

「本当にヴァルターと結婚して大丈夫なのかしら。」

そこでファイトは、これは少し気の早いマリッジブルーという奴だなと閃いた。そしてエーファにこう提案する。

「それなら、彼を含めて全世界の歌い手の歌を聞いてみるといい。」

「そんな事できるの?」

「歌合戦を開くんだよ。優勝した者がお前の未来の夫、そしてわしの跡継ぎだ。」

そこでエーファは首都レイシングで広告を打ち、歌合戦の参加者を募った。全種族から歌自慢がトワイライト村に集い、その数は200名を超えたという。そしてその中には、地元でも高名な理論音楽家にして50歳近い独身のヒューマン、シークストゥス・ベックメッサーもいた。彼の "完璧な音楽" が評価されれば、エーファの夫の座は彼の物である。危機感を募らせたヴァルターは、靴職人であり詩人でもあるハンス・ザックスに助けを請うた。ハンスはヴァルターのプロデュースに全面的に協力し、本番当日、ヴァルターは全く新しい歌を引っ提げて会場に向かった。一方のシークストゥスは、予てより悩みの種だった自身の詩心の無さを補うべく、ハンスが席をはずした隙にその書斎に忍び込む。果たして彼は書かれたばかりの歌詞の原稿を見出し、それを盗み出そうとするも、帰って来たハンスに見つかってしまう。開き直るシークトゥスに、ハンスは言った。

「その詩、欲しければ持って行くがいいさ。もし歌いこなせるなら、歌合戦の勝者は君だ。」

そして迎えた本番、シークストゥスは何とか暗記したその歌詞を自信作のメロディに乗せて歌おうとする。しかしあまりに斬新なその歌詞は理論によって作られたメロディに全く当てはまらない。字余り、字足らず、そして一見して駄洒落のようにしか思えない韻の数々。どうにか歌い終えたものの、彼の敗退は誰の目にも明らかだった。

「あんたは大人しく審査員席にいるべきだったな!」

野次と失笑とブーイングの嵐の中、シークストゥスはそそくさと会場から逃げ去った。そして迎えた最終舞台、ヴァルターの登場である。ファイトはもちろんの事、観客並びに参加者に至るまでが、これはヴァルターとエーファの結婚に花を添える大会だと思っており、皆ヴァルターの歌が始まるのを固唾を飲んで見守った。が、しかし。しかしである。

 ヴァルターの歌は新しかった。新し過ぎた。一言で言うと、15世紀ほど早かった。会場は困惑の渦に飲み込まれ騒然となった。そこに審査員のハンマーが鳴り響く。

「優勝、クレッシェンド・スターライトの優勝!」

それはそこまでの審査で1位となっていたバードの名だった。一人の美しいエルフが、群衆をかき分けて再び登壇する。膝を折るヴァルターの肩をぽんと叩いてエーファも舞台に上がり、そして彼女は跪くクレッシェンドの頭に月桂冠を授けたのだった。

 クレッシェンドとエーファは後日正式に結婚し、ファイトから分与を受けた財産で今も仲睦まじく暮らしている。

 

「というのがトワイライト村のデルタ地区に伝わってる、親方の娘夫婦についての話なんだが……。」

アークは少々困惑したように話し終えた。

「じゃあ、伝説の歌合戦ってのはポーグナー親方って言うより、むしろ娘さんの主催だったのか。」

「伝説もへったくれも本来は出来レースのはずだったんだぜ……。」

ヴァネッサは心底残念そうな顔をする。ウィリアムは大笑いである。

「あはははは、ヴァネッサがそこまで凹んでるの初めてだぜ!」

「ウィリアム、うるさい!」

半ば八つ当たりのようにヴァネッサのガンが火を噴く。

「でも、とにかく……あたしは、いつか "伝説の" ポーグナー親方のような寛大で高潔な精神を持った父親になれるドワーフと結婚するんだ!」

ヴァネッサは諦めない。

「ドワーフなんて大概大酒飲みのオールアバウト、それでいてドケチとかいう小難しい連中じゃねえか。」

ウィリアムの偏見も、全くの的外れというわけではない。

「だからこそ、高潔なドワーフは貴重なんだよ!」

「わかった、いつか巡り会えるといいな。そんくらいの奇人でもなきゃあんたの夫は務まらない。」

アークは設計図を見て筐体に部品を配置しながらいい加減な祝福を述べた。

「あーっそこじゃない! 機械の配置はいいから、配置の終わってる方の線を繋いで!」

ヴァネッサのプランは図案を記した時の物からさらに進化を遂げているらしい。黙々とヴァネッサの指示に従うアーク。話しながらでも作業は捗り、その仕事には一つのミスも無い。

「アーク、あんた発明家としちゃド素人だけど、技術者としてはもう一人前だね。ほんと、ヴァンパイアにしとくのが惜しいわ。」

「そいつはどうも。ウィリアム、配線で遊ばないでくれ。シグマかあんたは。」

今度はヴァネッサが噴き出した。

「アークは美人コンテストでもやってお嫁さん選んだら?」

「やめてくれ、そんな時代錯誤な事やったらうるさ方に殺される。」

ヴァネッサの冗談に、アークは元々血色の悪い顔をさらに青くして真顔で答えた。

 その夜、アークは久しぶりに故郷に手紙を書いた。血揆会には気丈なドワーフがいて、彼女のお陰で毎日楽しく過ごしている。親方の弟子だと言ったら褒められた。歌合戦の事にも触れようかと思ったが、結局それは書かずにおいた。当たり障りの無い手紙が一通、月夜のマナフロウに乗せて発信されて行った。




※歌合戦のエピソードは、ワーグナー作曲のオペラ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のあらすじを一部改変した物です。
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