リインカーネイト・トゥー・ザ・パラレルワールド
左前腕に取り付けられた機械から高圧で噴出された水が、眼前の敵、その弱点である青白い
ほぼ同時に、最後の悪足掻きだと言わんばかりに四方八方へ滅茶苦茶に突き出された触手の一本が、自分の腹に深々と突き刺さり、貫いた。
――終わった。
彼女は痛みよりも、事を成し遂げた達成感、安堵感に支配されていた。
そう、これで終わったのだ。今倒したのがこの海域の最後の一体で、この世界の海に蔓延る‘人類の敵’の首領にして根源。後は世界中で暴れ回るそれらが、自らの親の死と共に連鎖的に消滅していくのを待つだけだ。役目は終わった。
着水。水飛沫と共に鮮血が舞う。慣れ親しんだ海水の感覚。青黒い触手の重みからか、徐々に沈んでいくのがわかる。
――これでいいんだ。これで、平和に…
彼女は雲の切れ間から来る陽光に向けて、手を伸ばした。が、常盤色をしたセミロングの自分の髪と、流れ出した自分の血が、波に揺らめくそれを覆い隠してしまった。
もがくつもりはない。もう助からないだろう。失血が先か、ヒトより多いミオグロビンに溜め込んだ酸素が尽きるのが先か、じきにこの海域に戻ってくるであろうサメに食われるのが先か。どのみち、戦場で散っていった仲間ともいえない仲間達同様に海の藻屑と化すのだ。
水面が遠く離れていく。闇に沈む。遥かに下へ。
諦観と共に、彼女は透き通った水色の瞳を閉じた。
――でも…
彼女の数少ない心残りは、取り戻した清浄な海の代わりに汚されてしまった大地と大気、共通の敵を失ったことによる世界の混迷。
そして。
――‘友達’は、欲しかったかな…
海流も風も殆ど無いこの海域で、かくして彼女はこの世を去った。
西暦二〇二〇年。アメリカ合衆国を始めとする国家を裏で操っていた人工知能『愛国者達』が消滅させられた一大事件、『ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』から六年が経過した頃、その生物は日本近海に初めて姿を現した。
『深海棲艦』――不気味な容貌ながらもどこか艦船に似ていることからそう呼ばれるようになったそれは、人類に敵対的であった。生得的な闘争本能に従って海上を移動する船舶及び搭乗する生命体を襲撃し、自身を構成するものと同じ未知の有毒な有機重金属で海域を汚染する。既存の多くの兵器が通用しない防御力とモーターボート並みのスピード、機動力に翻弄された人類は制海権を奪われ、世界のシーレーンのほぼ全てが断絶。物資を輸入に頼るところが大きかった日本などの国々が、経済面に於いて壊滅的な打撃を受けることとなる。
この危機的状況を打破するべく、国際連合は深海棲艦の被害から人類を守ることを目的とした組織『USO』を設立する。核武装国にとっては普遍の存在であった二足歩行戦車『メタルギア』を沿岸部の警備に当たらせ、各国の海軍力や、愛国者達の暗躍の影響で勢力を伸ばした
深海棲艦の‘鹵獲’によって研究も進み、深海棲艦の出した汚染物質は汚染源となった深海棲艦の生命活動を停止させることで連鎖的に分解、失活することが判明する。このことから、一部では共生すべきという意見すらあった世論は、「全深海棲艦の絶滅」という方向へと過熱。PMCだけでなく、大手製薬会社からベンチャー企業に至るまでが対深海棲艦用生体兵器の開発に乗り出し、サイバネティック技術により己の身体を機械化した者達、即ちサイボーグまでもが深海棲艦との戦いに参戦し始めた。
そして遂にこの日、USOの調査によって深海棲艦の巣窟と目された、北大西洋はサルガッソ海にて、官民合同の大規模な深海棲艦掃討作戦『アンブロケタス作戦』が発動。水陸両用メタルギアや対深海棲艦用生体兵器、サイボーグが入り交じり、互いに競い合うように深海棲艦を撃滅していき、その様相は最早深海棲艦台頭初期の苦戦など微塵も感じさせなかった。
全ての深海棲艦の根源たる存在『海王』すら倒し、人類は再び自由の海に漕ぎ出す権利を得た。だが、その代償は大きい。工業化が引き起こした大気と土壌の汚染は皮肉にも深海棲艦のそれに比類し、回復には長い時間を要する。深海棲艦を倒す為手を取り合っていた国も、深海棲艦の被害が少なかった内陸部と甚大な被害を受けていた沿岸部とで貧富の差が拡大。分裂、対立は避けられないものとなった。
二〇三五年七月四日。アメリカ独立記念日。
犠牲を伴い手に入れた自由は、闘争の血に塗れていた。
「っ?!」
唐突な意識の覚醒を感じた彼女は、咄嗟に跳ね起きた。微かに薬品の匂いが漂う保健室のような部屋にいることがわかり、次いで自分が戦闘中に着るセミドライスーツでなく、青緑色の病衣を着ていることがわかった。
生きている。その事実に彼女は喜ぶでもなく、ベッドの上で唯呆然としていた。前線に出過ぎた上に海底に沈んでしまった自分を回収するだけの余裕が、果たして味方にあっただろうか。そもそも何故自分が調整槽に放り込まれず、ヒトと同じ病室にいるのだろう。
そこまで考えて、はっとした彼女は病衣を捲り上げた。
「傷がない…?!」
触手に貫かれた腹部の傷は、跡形もなく消えていた。否、消えたなどという言葉では足りない。始めからそこに傷などなかったようにすら思える程、白く健康的な肌。
「あら、気がついた?」
その時、ベッドを囲うカーテンが開き、見知った顔が声をかけてきた。桃色の長い髪、セーラー服。この特徴だけで彼女が誰かわからない者は、自分の知り合いにはいない。
「明石さん! ここはどこです?!」
対深海棲艦用生体兵器の中でも、他の対深海棲艦用生体兵器のメンテナンス能力を強化した衛生兵型の艦娘、『明石』。太平洋戦争中に活躍した日本の工作艦が名付け元となった彼女は、アメリカ軍の依頼を受けたとあるPMCから海兵隊に派遣され、自分は健康管理などで世話になってきた。
ところが、
「ん? どこかで会ったかしら?」
明石はまるで自分を知らないかのように話す。どうやら
「…まあそれはともかく、ここはトラック泊地、私達の鎮守府よ。浜辺に貴女が打ち上げられているのを見た時は驚いたわ」
明石の返答までは、彼女はそう思っていた。
「トラック…チューク諸島?」
彼女は自分の身体に不調がないのをいいことに、裸足のままベッドを降りて、ぺたぺたと右手の窓に歩を進めた。開け放たれた窓からは、見慣れた西海岸のそれよりも更に青い空と海が見える。緯度が低い地域の海はプランクトンが少なく、透明度が高い。
彼女は困惑した。
深海棲艦との最後の戦いの場であったサルガッソ海は大西洋の一部であり、トラック諸島ことチューク諸島はミクロネシア、つまり太平洋の群島である。明石は自分が浜辺に打ち上げられていたと言うが――別の明石だとはいえ嘘をまことしやかに騙るような人物ではないと信じている――、たとえ海流に乗ってここまで来たのだとしてもあまりにも離れ過ぎている。また、サルガッソ海は海流に囲まれた謂わば空白地帯で、凪が多く、身動きしなかった自分を浜まで運べるだけの力はない。
それにあの時、自分は確かに死んだ筈――
「あのー…カルテを書きたいんだけど、名前を教えてくれる?」
「…あっはい!?」
目と鼻の先に海があるのに海に沈みかけた彼女の思考を、明石の声が急に引き上げた。彼女はむしろ、ミサゴに攫われた魚のような心地がした。
「アメリカ海兵隊第六対深海棲艦用生体兵器部隊所属、『メタルギア
混乱した頭で、しかも背後から驚かされては、わざわざ敬礼して所属まで丁寧に話してしまうのも無理はない。全て口から出ていってしまった後で、彼女――レイは自分に苦し紛れの弁解をした。その一方で、自分の名付け元となった兵器、そしてそれを模倣した自分と自分の扱う武装には、自信と誇りがあった。
メタルギアRAY。二〇〇七年、アメリカ海兵隊が完成させた初の水陸両用メタルギアにして、‘対メタルギア用メタルギア’。アメリカ陸軍所属となる筈だったメタルギアの情報が
深海棲艦台頭初期、このメタルギアRAYだけが唯一深海棲艦を撃退できたことから、対深海棲艦用生体兵器のモデルとして選ばれ、結果その試作型として誕生したのがレイであった。メタルギアRAYと威力も含めてほぼ同じ武装を持ち、尚且つ深海棲艦同様小回りも効くレイは様々な作戦に引っ張りだこで、事実彼女はアンブロケタス作戦までを戦い抜き、見事人類に勝利をもたらした。…自らの命と引き換えに。
「えと…めたるぎあ、れい?」
「はい、お気軽に‘レイ’とお呼びください!」
「…海兵隊所属…? でも艦娘には…」
やはり妙な気分だ。恥ずかしいやら誇らしいやらで、訳もわからず何か口走っている気がする。レイはまず落ち着こうと、あからさまにならないよう気を配りながら、目を閉じて大きく深呼吸した。
気が静まると、レイの中に別の疑問が生じてきた。自分がここに来るまでの考え得る経緯の信憑性のなさが、かえってより現実味のない幾つかの‘可能性’を提示しているのだ。
馬鹿馬鹿しいことではあるにはあるが、それを確かめるべくレイは明石に問うた。今はどんな情報にも縋りたい。
「明石さん」
「う、うん? 何かしらレイちゃん?」
「今この世界に、深海棲艦はいますか?」
「そりゃいるわよ。知らない訳じゃないでしょう?」
「深海棲艦の定義は?」
「深海から現れた悪霊や怨霊のような存在で、世界のシーレーンを――」
「そこはそれまででいいです、今日の日付は?」
「二〇一六年七月四日」
「『愛国者は?』」
「…は?」
「『愛国者は?!』」
「え? え?」
「……」
「らりるれろ」が返ってこない。
レイは確信した。
事実は小説より奇なり、とはこういうことをいうのか。可能性のうちの一つが的中した。FBIやCIAにサイコメトラーが雇われているという話を聞いたことがあり、その時はどこか白けたような気持ちで聞き流していたのだが、なるほどこんな数奇なことがあれば超能力だって信じてもいいかもしれない。
確か日本のアニメーション作品に、似たような展開のものがあった。太平洋戦争中に無念の戦死を遂げた大日本帝国軍の将校が、自分が生きた世界線とは微妙に異なる世界線に蘇り、一九四五年九月二日にポツダム宣言による降伏文書に調印することになる前世を繰り返さぬよう、同じく蘇った仲間達と手を組んで、その後の歴史を分岐させていく、というものだ。
ならば、彼と同じ道を歩んでみるのも吝かではない。元の世界線では、人類は深海棲艦を倒し安全で美しい海を取り戻すという大義名分を負いながらも、過度な工業化で環境破壊を加速化し、自分はそれを指をくわえて見ていることしかできなかった。そしてその後やってくるであろう混沌の時代を憂いながら、十五年足らずの生涯の幕をひっそりと閉じた。――今回はそうはいかない。この世界線を、元の世界線と同じ轍を踏ませはしない。
何はともあれ。
「明石さん。私、転生者だと思います」
レイの導き出した答えは、‘ここが平行世界である’ということであった。
猿から人への進化に於けるミッシングリンクの話を知ってるか?
この技術は、歩兵と兵器を繋ぐ歯車になる。まさに金属の歯車。
兵器は、革新的な進化を遂げる…偉大な
一九六四年八月三十一日 ソビエト社会主義共和国連邦 ツェリノヤルスクにて
メタルギアの発明者、アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニンの言葉
他の小説の更新が遅れているのにも関わらず、「艦これ×メタルギアの二次創作を書け」との天啓があり、僅か数日でプロットを完成させました(文章に書き起こせるとは言ってない)。
深海棲艦の設定について、本当はレイが元いた世界線のままにしようと思っていたのですが、他の小説では悪霊の類である場合が多いので、そちらを採用しました。
今後も二つの世界線の違いなんかを、レイの視点から解説していこうと思います。