歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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アドバンスド・アドバイス

 満天の星空の下、レイはグラーフと焚き火を囲んでいた。

 

「日本にいた時にケガニを食べたことがあるが…このヤシガニというのも、また美味なものだ」

「私も初めて食べますが…美味しいですね、これ」

 

大自然の中での夕食だ。昼に主食になっていたココヤシは、それを二人で採る過程で見つけたヤシガニに取って代わられた。陸棲甲殻類では最大を誇るこの()()()()()()()は、焚き火に炙られ、適当な大きさに引き千切られて二人の口に運ばれている。‘有機重金属生命体’の深海棲艦に対抗できるよう、殆どの毒物を肝臓で分解もしくはタンパク質と結合させての弱毒化が可能なレイが毒見をしたが、シガテラ毒の心配はなさそうだった。

 ヤシガニの脚や腹を手に持っての食事でも気品あるグラーフに対して、レイの食べ方は野獣のそれだ。加熱された甲殻類特有の赤く変色した厚い殻を、無造作にバリバリとひん剥き、その中の身に食らい付く。幾ら栄養価が高いとはいえココナッツ程度で腹の膨れるレイではなく、空腹には抗えない。自分の食べっぷりを、どこか羨望を含んだ眼差しで――隣の芝生は青いというが、この場合単にレイが食べると何故か美味しそうに見えるだけである――見ているグラーフの目など、彼女は気にもしていない。

 

 「…ほっ」

 

やがて満腹になったレイは、やおら後ろに手を突き、そっと息を吐いた。

 

「…うむ。たまにはこういう食事も悪くない。ご馳走様、だな」

 

グラーフも、食べ終えた殻を火の中に放り込んで言った。

 沈黙が広がる。

 

「……」

 

食事という行為によって頭の片隅に追いやっていた‘問題’を、レイは己の中に再び提起した。

 データベースと照合したが、パラオ泊地から東北東へ約三六〇キロの地点にあるこの無人島の情報は存在しなかった。JTIDSがこの世界線で初めて役に立たなかったのだ。海面に立つのもやっとなグラーフは無論のこと、自身もまた万全の状態とはいえず、彼女を曳航即ち担ぐなりしてここからパラオまで運ぶには無理がある。無線で助けを呼ぼうにも、恐らくこの島の中心部から発生しているであろう磁場の影響で遠距離通信が妨害され、連絡が取れない。

 これではいけない。ここに留まれば留まるだけ、深海棲艦の駆るメタルギアRAYは野放しになる。そればかりか、自分が成し遂げるべきメタルギアRAYの破壊任務に、グラーフ・ツェッペリンという艦娘を巻き込んでしまう。

 自分だけが遂行し、()()()()()()()()()任務に――

 

「レイ」

「…へっ?!」

 

藪から棒にグラーフに呼びかけられ、レイは我に返った。

 

「ど…どうしました?」

「それはこちらの台詞だ。何やら思いつめているように見えるが…」

 

――気取られた…?

 

「いえ、その…」

「私は貴女に助けられた。その恩を返したい。何か困っていることがあるのなら、何でもいい、私に話して欲しい。相談に乗ろう」

 

レイは自分の‘わかりやすさ’を少しばかり呪った。天龍らとアーセナル内部で行動していた時は、戦闘中で緊迫していて且つ自分が斥候であり殆どリーダーのようなものだったこともあって、自身の苦悩の核心を突かれることはなかった。だが、こうして一度戦闘から解放され、誰かと二人きりになってしまえば、自分にはそれを隠し通す自信はない。‘自分を隠す’という経験(言うまでもなく戦術的意味合いではない)がないからである。

 観念した。

 

「…わかりました。実は…」

 

 レイが話したのは、自分がこの島に至るまでの経緯。アメリカ西海岸、ロサンゼルスの研究所で『対深海棲艦用生体兵器』として生まれた自分が、VR訓練の末幾多の戦場に駆り出され、最後にアンブロケタス作戦の成功と引き換えに命を落とし、何の因果かこの世界線に転生したこと。FWBへの参加を認められ、深海棲艦に奪われた海を取り返すべく今一度戦い始めた矢先、自分の世界線の技術の産物であるアーセナルギアに遭遇、そこに仲間を連れ去られたこと。仲間を助け出さんとアーセナルギアに乗り込み、そこで自分の雛形となったメタルギアRAYを発見した後、深海棲艦に乗っ取られたそのうちの一体と交戦、戦闘中のトラブルでRAYを見失ったこと。

 レイが苦悶する理由は、あの『格納庫』で触れたRAYにあった。

 あの時レイが見た光景は、どう考えてもメタルギアRAYの視点だった。最初に見たのはビッグシェル占拠事件の二年前、ハドソン川で起きたタンカー沈没事故、もといメタルギアRAYを運ぶ海兵隊の偽装タンカー襲撃事件。その次はビッグシェル占拠事件の裏で起こっていた、アーセナルギア内部での戦闘。更にガンズ・オブ・ザ・パトリオット、二〇一六年にアメリカ合衆国コロラド州選出の上院議員スティーブン・アームストロングが先導して起こした『テクムセ作戦』と続き、皆メタルギアRAYが投入された戦いばかりなのだ。

 これを、自分が転生しているという事実と、自分が艦娘と似た霊的存在であることと考え合わせると、一つの仮説が浮かび上がるのだ。

 自分は、‘レイ’は謂わばメタルギアRAYという兵器の‘概念’や‘記憶’のようなものが、()()()()()()()擬人化(personify)された存在なのではないか、と。

 

 「概念や記憶…?」

「軍艦を作るには莫大な費用がかかります。同型艦といっても、一点ものと言って差し支えない筈です。だから修復して使い続ける。旧式化しても…」

「ふむ、確かにそうだな」

「それに比べて、戦車や戦闘機などの機動兵器は量産され、戦場で破損すれば放置されることもままあります。幾ら金をかけても、墜とされれば鉄屑の…消耗品です」

「その通りだ、艦載機も海上で撃墜されてはもう使えない」

 

レイの言葉に、グラーフは逐一相槌を打つ。レイは更に続けた。

 

「そして…メタルギアRAYは対メタルギア用として開発された為に、メタルギアが有する核モジュールが搭載されていないんです。戦略兵器としての側面のない、純粋な機動兵器」

「ああ…『()()()二足歩行戦車』、それがメタルギアの正確な定義だったな」

「それが私…だから――」

「……」

 

次の言葉を、グラーフは静かに待った。

 

「…結局、同じなんです。元の世界線でも、この世界線でも、私は使い捨ての消耗品でしかない! 威信も誇りも何もなく、戦場で、独りで死んで、唯統計上の数字になるだけの――」

 「…レイッ!!」

 

ガッ、と、グラーフに強く両肩を掴まれ、レイははっと顔を上げた。焚き火の灯りに照らされた哀しげな灰色の瞳が、極至近距離に接近する。

 

「レイ、そんな風に考えては駄目だ…」

「グラーフさん…」

 

 レイの心に巣食っていたのは、“艦娘が死ぬ位なら、自分のような価値の低い使い捨ての駒(消耗品)が死ぬべきだ”という自殺衝動にも似た強迫観念であった。転生し、求めていた本当の‘友達’を得、その助言によって生体兵器としての立場やしがらみから解放されて、新たなスタートを切り出した筈だったのに、メタルギアの出現、そして未だに己に纏わり付く‘兵器’としての呪縛を意識してしまった失意――それがレイを蝕んでいたのだ。

 

 「レイ、聞いてくれ」

 

レイを真正面に捉えたまま、グラーフは穏やかに、諭すように語り始めた。

 

「私は艦だった時、一度も実戦を経験していない。未成艦なんだ。他にも何人か、FWBには未成艦がいる。それと比べれば、あちこちの戦場で活躍した貴女の雛形(メタルギアRAY)はとても立派だ」

「いえ、そんな…」

「気にするな。…そんな私達だが、()()こうして艦娘となり、再び戦う機会を与えられた。人類の為、深海棲艦から海を取り戻す為に、かつて敵と味方に振り分けられていた者達が手を取り合って、だ。この瞬間にだって、地球の反対側では誰かが戦っているかもしれない」

「……」

「レイ。自分が何者か――自己同一性は確かに大事だ。何が自分を作ってきたのかの見極めもまた然りだ。だが、生来的な境遇に縛られて消極的になってはいけない。もっと大切なことは、‘これから自分を何者にしていくか’なんだ。今という瞬間が明日を、自分を創る。現在(いま)を積み重ねて、自分という‘歴史’を作れ。…『メタルギアRAY』という誉れ高き貴女は、犬死などしない」

 

 グラーフの言葉が、己の心に染み渡っていくのをレイは感じた。何度言われればわかるのだろうと自嘲さえした。

 艦娘程魂の格は高くないかもしれない。元の世界線でもこの世界線でも兵器に過ぎなかったかもしれない。…だが、それはこれまでの自分だ。結局自分は過去――‘()()()()()自分’しか見えていなかった、視ようともしていなかったのだ。新たな世界でやりなおすこと(ゼロからのリトライ)などよくもぬけぬけと考えられたものだ。

 であれば、自分が歴史を作ればいい、グラーフの言う通りに。彼女はメタルギアRAYを「立派だ」と認めてくれた。そして自分が『メタルギアRAY』なら、その‘歴史’に新しい一頁を加えるのは自分自身だ。そしてそれこそが‘()()()()()自分’を形作っていく。

 迷路からの出口を見つけ、爽快なレイの心に、しかし一点の曇りがあった。

 

「…あ…でも、電達に悪いことしちゃったし…トラック泊地の皆さんにも迷惑を…」

「なら謝罪すればいいのだよ、誠意を持ってね」

「謝罪――ん?」

 

その答えは、ここにいない筈の男性の声で返ってきた。発生源はグラーフの右後方、焚き火のすぐ横。妖精と同じ矮躯だが、放つ雰囲気は概して子供のような彼らの容姿とは異なる、壮年の男性のそれであった。

 

「何だ、寝ていたのではないのかルーデル」

「盗み聞きしていたようで悪いが、我慢できなくなってな」

「ルーデル…?」

 

グラーフに笑いかける、ルーデルと呼ばれた飛行服姿の妖精。レイは白く輝く歯を剥き出した気持ちのいいその笑顔、そして何よりルーデルという名前に覚えがあった。

 

「…まさか、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル…?!」

「む、どうやら君は知っているようだね」

「どういう風の吹き回しか、艦娘になった時彼が私の格納庫に入っていたんだ。貴女と同じく転生したのかもしれないな」

「まあ今は私のことはどうでもいいだろう」

 

 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。第二次世界大戦中、ヨーロッパ東部戦線に於いて活躍したドイツ空軍の軍人である。急降下爆撃機Ju 87 シュトゥーカを駆り、正式に記録されていない(黙って出撃したり部下に戦果を譲ったりした)ものを除いても、ソ連戦車五百両以上、車両八百台以上と、人類史上恐らく最も多くの機甲戦力を破壊した男として世に名を轟かせている。元の世界線では、スライダーと呼ばれる小型無人機が投入されるまで、最強の対地攻撃機の座に君臨していたA-10 サンダーボルトIIのオブザーバーとなり開発に関わった人物として、レイは彼を尊敬すべき人の一人に数えていた。

 …自分の転生にも驚いたが、ここでも転生が起こっていたとは、とんだ偶然もあったものだ。

 

 「それより、レイ君。反省はいい。後悔するのも勝手だ。だが過去の過ちを唯否定的に捉えて自分を責めるのは止めた方がいい。それは何も生み出しはしない」

「無断出撃は過ちじゃないのか? 懲りずに一人で敵を沈めに行ったようだが」

「あのアーセナルギアとかいうデカブツが消えたんだから丁度いいだろう」

「私を放っておいてよく言う。脱出はどんなに心細かったか」

「メタルギアRAYとやらとの戦闘にも間に合ったじゃあないか。壊せはしなかったが、化け物を追い出すことはできたしな」

 

――…むむ?

 

 ルーデルのアドバイスから始まったグラーフとの二人の皮肉混じりな会話の中で、レイは何かとてつもない大事を耳にした気がした。

 

「え、あの…アーセナルのハッチが開いたのって…」

「そうともレイ君、私がやった」

「じゃ、じゃあメタルギアRAYと戦闘したっていうのは…」

「この島の南西部に放置されているぞ。私も貴女も先の探索ではそこまで周らなかったから、見ていなくても仕方ないさ。思えば、あれがメタルギアRAYだったのだな…」

 

 果たして、南西方向に全速力で駆けていったレイの絶叫が、島全体に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 (ウルフ)は高潔な生き物だ。(ドッグ)とは違う。 

 ユーピック語では(ウルフ)の事をケグルネクと言い、高貴な生き物として崇めている。

 俺達のような傭兵は『戦争の犬(ドッグ・オブ・ウォー)』と呼ばれている。確かに俺達は消耗品だ。

 しかし、お前は違う。(ウルフ)だ。(ドッグ)ではない。

 

二〇〇五年二月二十四日 アメリカ合衆国 シャドーモセス島にて

コードネーム『ソリッド・スネーク』の言葉




今回もなかなかに難産でした。最も書きたい場面だったので、それなりに気合入れてます。
文字数もっと少なくなるかと思ったらそうでもなかったw

レイのメンタル的問題は解決です。
シュトゥーカ大佐が出てきてますが、史実ではスネークばりのスニーキングで敵地から帰ってきたことがあるそうですので、彼をアーセナルギア沈没の犯人にするには丁度よかったのです(爆)
そしてお得意の急降下爆撃でRAYの中にいたカリュブディスも追っ払う…もう全部あいつ一人でいいんじゃないかなw
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