歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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ブリリアンス・イン・ラバー

 パラオはコロール島東岸に設置されたパラオ泊地は、かつてない程の暗澹たるムードに支配されていた。昨日午前九時三十分を以って、グラーフ・ツェッペリン級航空母艦一番艦グラーフ・ツェッペリンにMIA認定が下されてしまい、提督である半蔵・スティルマンの悄然ぶりが艦娘はおろかスタッフ達にまで伝播しているのだ。

 重苦しい雰囲気に耐えられず、鎮守府近くの浜辺に出てきた潜水艦娘が一人、ゴーヤこと伊58も、グラーフの失踪を受け入れられずにいた。

 

 「……」

 

 FWBという組織が生まれる以前、艦娘としてこの世に生を受けた時から、戦う以上轟沈(KIA)という事態もあり得ると覚悟はしていたつもりだった。それがKIA(Killed In Action)の一歩手前、MIA(Missing In Action)でここまで大きな風穴が心に開くとは。

 

――甘かったのかな。

 

()()()()()()、それがまずかったのだろう。

 膝を抱え、海を眺めていたゴーヤに、ふと頭上から影が差した。

 

「でっち」

「…ああ、ローちゃんでちか」

 

見上げると、ローこと呂500に顔を覗きこまれていた。普段なら、このよく日に焼けたプラチナブロンドの友人がつけた不名誉な渾名――自分の口癖からとったものらしい――に対して、「でっちじゃないでち!」と返すのがお決まりなのだが、最早その元気さえゴーヤからは失われていた。ローはゴーヤの左隣に、全く同じ恰好で体育座りした。

 何拍かの間があって、寄せては返す波を見ながらローが口を開いた。

 

「…グラーフさんは、帰ってくるよ」

「何の根拠があるんでち…」

「グラーフさんは――」

 

言葉を選ぶローの上を、グンカンドリが数羽海上へ飛び去っていく。

 

「グラーフさんは、提督が好き。だから、絶対帰ってくる」

「…!」

 

 単なる願望や感情論的な意見に聞こえて、しかし確かな説得力があった。提督である半蔵と艦娘であるグラーフは、この鎮守府の誰よりも互いを信頼し、固い絆で結ばれている。そうでもなければ、あれは――

 

 「…?」

 

異変に気付き、ゴーヤは立ち上がった。目線が高くなり、水平線の距離はおよそ四キロまで延長される。彼女が察知した異変はそれ程遠くはないのだが、それでも彼女は真正面からの‘それ’に警戒せずにはいられなかった。

 

「でっち…?」

 

今度は別の意味で、ローの言葉に噛み付く余裕がない。指し示し、ローの視線を向けさせた方角では、先程通り過ぎたグンカンドリ達がぱっと左右に分かれて、ある者は進路を変え、またある者は引き返している。そのどれもが、皆一様に()()()()()()()()()()()見えた。

 その正体を確かめようと、ゴーヤが青い水面に目を凝らした時、

 ドバン、と、水飛沫が上がった。

 

「きゃ!?」

「わわ!!」

 

イルカかとも考えたが、明らかにそんな規模のものではない。海面から飛び上がるなら、水飛沫はシャチでさえもっと小さな規模だろうし、かといってクジラはここまで岸に近付いたりはしない筈である。となれば新手の深海棲艦、そう結論付けるのが妥当――艦娘として自然な思考といえた。

 が。

 

 「「…え」」

 

 水煙の向こうから現れた‘それ’は、彼女の頭に浮かんだどの可能性からも逸脱していた。

 角のある爬虫類を思わせる‘頭’。

 紡錘形の二本の‘腕’。

 指のない鳥のような‘足’。

 装甲表面に走る規則正しい‘塩基配列’。

 側偏した長大な‘尻尾’。

 

 「……」

 

全くに未知の存在であった。

 

「…ひっ!?」

 

こちらを真正面に捉え、一歩毎に水飛沫を上げながらゆっくりと迫ってくる、その全長十三メートルはあろうかという巨躯を前にして、ゴーヤはある種原始的な恐怖を覚えた。明らかに金属で構成されている装甲や眼にあたる発光ダイオード(LED)の光からも明瞭ながら、‘兵器のような化け物’である深海棲艦とは反対に、それが‘化け物のような兵器’と形容すべきものであることは頭で理解できるのだが、兵器にあるまじきその‘生物的な’フォルムと動きとが、ヘビに睨まれたカエルの如き今の状況を作り出しているのである。

 足が竦み、その場にへたり込む。逃げようという意思が、行動に反映されない。

 

「あ…、ああ…!」

「ご、ゴーヤぁ…」

 

三十メートル。二十メートル。十メートル。無慈悲に距離が詰められていく。ゴーヤはローと肩を寄せ合ってがたがたと震えることしかできない。深海棲艦以上に己に恐怖を与えるその未確認物体(アンノウン)を前に、ゴーヤは困惑し、狼狽し、不運を嘆き、ここに至るまでの経緯全てを恨んだ。このピンチでローがちゃんと自分の名前を呼んでくれていることなど、気休めにもならない。

 角張った頭部が、自分達の目前にまで迫った。丸太を束ねたような太さの腕を白い砂浜に深々と突き立て、膝を突く。こちらが竦み上がって身動きできないのをいいことに、ゆっくり()()と洒落込む魂胆だろうか。せめて腹に収まるまでの恐怖を和らげようと、二人は固く身を抱き寄せた。

 そして、顎にあたる部分がじわじわと近付いて――

 

「たっ食べられるでちぃいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「絶体絶命ですってぇええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

…捕食、などということはなかった。

 

「外部スピーカーと通信機能が不調で、こちらから声をかけられませんでした」

「驚かせて済まないな、二人とも」

「「…ふぇ?」」

 

見れば、‘それ’の頭部に開いたハッチから、セミドライスーツ姿の常盤色の髪の少女――先日FWBに参加しすぐに行方知れずとなったと聞く『レイ』という人物、そして件のグラーフ・ツェッペリンが身を乗り出しているではないか。

 

 

 

 

 

 コロール島東岸にレイとグラーフが到着できたことを語るには、時計の短針を左に半周させる必要がある。

 

「…であるからして、妖精になっている軍人もそれ程珍しい訳ではないのだよ。現にジブラルタルにいる飛龍君には、友永丈一率いる天山一二型の友永隊がいる」

「なるほど…」

 

朝日に照らされる小さな砂州の上で、レイはルーデルにぶつけた疑問――“他に妖精になっている者はいるのか”という問いの答えを聞きながら、メタルギアRAYのコックピットに潜り込んでいた。座席や操縦桿の下にあるメンテナンスハッチを開放して配線を調べ、起動に支障がないかを確かめている。

 

「それにしても奇天烈な操縦席だ。二足歩行するとはいえ戦車の括りなのだから、もっと単純だと思っていたが…」

「二足歩行するからこそですよ、ルーデルさん。脚部底面のセンサーが接地圧や摩擦を感知して、運動機能にフィードバックするんです。単なる戦車と同じ操縦系で動かしたらすぐに転倒してしまいます。それにRAYは水陸両用ですから、他のメタルギアより気を使わないといけないことも沢山ありますよ」

「侮れんな…尤もあのカリュブディスとやら、操縦に慣れている風には見えなかったが」

 

 無人島を脱出する為にレイが考え出したのは、メタルギアRAYを利用することであった。深海棲艦の艦載機のような扱いをされていたとはいえ、元々は自分の世界にあったもの、使えない道理も使わない理由もない。その上レイは、VR訓練で慣れ親しんだコックピットに郷愁さえ感じていた。

 簡便なメンテナンスを終え、レイはコックピットからひらりと飛び降りた。うつ伏せになったメタルギアRAYの腕を乗り越えると、尻尾の方から歩いてきたグラーフに出くわす。レイはグラーフに合流してコックピットに戻りながら、メタルギアRAYの状態を説明した。

 

「水圧カッターを含む幾つかの部位が機能不全を起こしていますが、歩行と潜航には何ら支障はない筈です」

「それは良かった。だが、動力源は問題ないのか?」

「RAYには二〇一九年に、濃縮した海水を電解質として利用する燃料電池が試験搭載されていますので、海に近ければ問題なしです」

「航続距離に実質制限はないということか。ならば残りの問題は…」

 

二人は顔を見合わせて、それから一緒に()()のコックピットを覗き込んだ。

 そう、()()である。

 

「……」

「ご、ごめんなさい。RAYは構造上単座式しか作れないんです」

「い、いや…レイが謝ることはない。私が多少我慢すればいいだけだ。…貴女の方こそ、大丈夫か?」

「何とか、なる筈です。多分…」

 

水圧に耐える為の設計により、一人乗りを想定しているメタルギアRAYのコックピットに、レイとグラーフの二人が乗り込まなければいけないというのが、この方法の問題点であった。二〇一四年までに作られてきた多くのメタルギアで居住性が蔑ろにされてきた上、複座式のメタルギアが第三世界以外で殆ど作られなかった事実が招いた結果である。どうせ世界線を越えてくるなら、その手の問題点を改良してもいいのではないかとレイは考えたが、ないものねだりをしても仕方がない。

 

 「…では、私から」

 

撥水性素材に包まれたポリウレタンのシート上に、まずグラーフが座る。彼女はコックピットの中で若干脚を開く恰好になり、その間にレイが浅く座りながら、ハッチを手動で勢いよく閉じた。これだけでも、操縦席側に倒れるように移動してきた操縦桿でかなり窮屈になるのだが、もう一つ、コックピットを狭くする要因があった。

 

――(バスト)が…!!

 

何を隠そう、グラーフは着ている軍服の上からでもわかる程の巨乳であった。その豊満なバストは、狙ったようにレイの後頭部からうなじにかけてを圧迫しているのだ。そのことはグラーフ自身も自覚しているが、これ以外に鎮守府に帰る有効な手段もなく、降りるとも言えないのが歯痒い。自由に現れたり消えたりできる妖精のルーデルが、二人には何とも羨ましかった。

 

「そ、それじゃあ、起動しますね」

「うむ、…よろしく頼む」

 

同性だというのに妙な気恥ずかしさを感じながら、レイは右手の位置にあるコンソールを叩く。操縦席を覆う半球形のモニターに周囲の景色が映し出されると、レイにはそれが元の世界線の仮想空間に舞い戻ったかのように感じられた。違うのは、自分に大切なことを教えてくれた恩人が相乗りしていること位か。

 かくして、レイの駆るメタルギアRAYは、グラーフを乗せて、パラオ泊地までの六時間の道程を潜航し始めたのである。

 

 

 

 

 

 「…それってつまり、敵の兵器を奪ってここまで帰ってきたってことでちか?」

「奪う? ()()()()()()んだ。そうだろうレイ?」

「その通りです!!」

 

グラーフの帰還をローが伝えに行っている間に、レイとグラーフはことのあらましを半信半疑なゴーヤに説明していた。メタルギアRAYは実物があるからともかくとして、アーセナルギアはルーデルが沈めてしまったので見せようがなく、レイばかりか彼女の世界線の兵器がこの世界線に流れてきたことを信じて貰えずとも致し方ないのだが。

 

 「おーーーい!!」

「ん、この声は…」

 

ふと、砂浜の北から呼びかけるような声が聞こえてきた。ゴーヤが声の方角へ目を向けた時、既にグラーフは砂浜を韋駄天が如く駆けていた。

 

「Admiral!!」

「え、ええっ!?」

 

その俊足はレイが目を剥く程であった。生身のままで競走したなら、レイは彼女に勝てるかわからなかった。グラーフの向かう先には、白い士官服――たった今上着を脱ぎ捨てた――を着た痩身の青年。約七十メートル離れた地点で、グラーフは殆ど青年の胸元に飛び込むような調子で抱きつき、青年はグラーフを受け止めると同時にジャイアントスイングの要領で振り回すことでその勢いを殺す。

 グラーフの疾足に暫し呆然としていたレイだが、何とか持ち直して二人の元に走る。到着する頃には、グラーフは砂上に下ろされていた。下だけが士官服で上は黒いインナーという出で立ちの青年は、士官服よりも舞台衣装の方がよく似合う、二枚目という言葉がそのまま人になったような美男子だった。

 

「君がレイ君だね。僕は半蔵・スティルマン。パラオ泊地の提督をやっている」

「レイです。先日FWBに参加しました」

「グラーフを助けてくれたことに、まずは礼を言いたい――ところだけど、…二人ともお風呂に入った方がいい。身体も服もカピカピだし、それに疲れているだろう」

 

半蔵の提案(心遣い)により、二人にはすぐに入浴(入渠)の準備が調えられることとなった。スタッフ達はすぐにでも殺到したい気持ちを抑え、二人を鎮守府の大浴場に案内する。トラック泊地にあったものと造りがほぼ同じであった為、レイは特に差し支えもなく、服を脱ぎ、身体を洗い、グラーフと同じ浴槽に浸かった。数日振りの風呂である。

 

 「……」

 

半ば寝そべるような恰好で湯に沈んだレイは、何の気なしに、少し離れたグラーフへ目を遣った。ツインテールにしていた髪をバレッタで後頭部に一纏めにした彼女は、左手の薬指に嵌まった指輪を愛おしむように、そして感慨深そうに眺めていた。

 

 ――そういえば…。

 

昨日目を覚ましてからも、グラーフはこうして指輪を見ていることが度々あった。恐らくプラチナでコートされているのであろうその指輪に、何か特別な意味があるのだとレイは解し、グラーフに問うた。

 

「グラーフさん、その指輪は?」

「…ああ、これか? Admiralとのケッコン指輪だ」

「へえけっこ――結婚ッ?!」

 

レイは驚きのあまり、湯を跳ね上げて立ち上がった。余談だが、レイは左手の薬指に指輪を嵌めることの意味を知らなかった。

 

「いや、恐らく貴女が考えているのとは違う。これは艦娘の能力を強化する、装備の一種だ」

「…へ?」

「本来‘ケイコン’…漢字では“魂を契る”と書いて『契魂』というものだそうだ。だが、FWBがまだ小規模だった頃、‘ケッコン’と言い間違えた者がいて、面白がったミカサ(三笠)がそのままの名前で広めてしまったのが由来らしい」

「はあ…」

「無論、恋愛感情を持っている訳でなくとも、Admiralと一定以上の信頼関係があれば、この‘礼装’で戦力強化は可能だ。同じ原理で、複数の艦娘と同時にケッコンすることもできる」

 

 レイへの説明に「ただ、」と、グラーフは付け加えた。

 

「私がAdmiralを愛しているのは事実だ」

「!」

「深海棲艦と戦うのは勿論だが、私はその先…いや、それと同時に、人間を相手にもしなくてはならないと思っている。今艦娘は全世界に存在を認知されているが、それに関する法律――例えば極端な話、()()()()()()()()()()()()()()が作られた国はどこにもない。貴女が安全で平和な海を取り戻したいように…人類を守り、そして人類と共に生きられる――私がAdmiralと共に生きていける世界を創る。私には、そんな夢がある」

「……」

 

 レイは、己の()を語るグラーフに激しく心を揺さぶられた。

 レイの知る愛は、脆く儚いものだった。メタルギアRAY試作一号機が強奪される際死亡した海兵隊司令官スコット・ドルフの娘にして、ビッグシェル占拠事件の中心組織『デッドセル』が一人『フォーチュン』ことヘレナ・ドルフ・ジャクソンは、デッドセルのリーダーであった夫が逮捕後獄死したことが事件に参加した一因であった。…軍にいればその手の話には事欠かない。レイの生まれた世代でも、家族や恋人のいる多くの海兵隊員が、深海棲艦との戦いの中で死んでいったのだ。

 故にレイには、グラーフの語る()の力強さが、とても眩しく見えた。

 

――愛は、沈まない…。

 

そんな言葉が脳裏に去来し、レイは固く手を握り締めた。

 この‘愛’が不滅のもの(inmortal)となることを、強く願った。

 

 

 

 

 

 たとえどんな状況でもどんな時代でも、人は人を愛することができる筈だ。

 ただし、愛を享受したければ、その人を守り抜くこと。

 

二〇〇五年二月二十四日 アメリカ合衆国 シャドーモセス島にて

コードネーム『ソリッド・スネーク』の言葉




一ヶ月近くお待たせしてしまいました。申し訳ありません。
当初この場面は島からの脱出手段を考えるパートとコロール島に到着してからのパートで分割する予定だったのですが、自分の構成力と文章力(特にこちら)の不足により、圧縮して一話に纏めて作成・投稿することになりました。

グラーフは五話での伏線の通りケッコンしてました。
漢字と裏話を考えるのは場面を文章に書き起こすより苦労しました…w
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