歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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クリスタライズド・テクノロジー

 レイの生還は、インターネット電話を通じて即座にパラオ泊地からトラック泊地へと伝えられた。彼女のMIA認定まで残り数分という奇跡的なタイミングであった。

 すぐにトラック泊地のスタッフと艦娘全員にこれは知れ渡り、鎮守府は俄かに歓喜に沸いたが、半日近い戦闘とメタルギアRAYの追跡、そして二日間の漂流を強いられたレイを休息させる――この世界線にレイの入る調整槽はなく、疲労を回復する方法としては‘古典的’にならざるを得ない――意味もあって、レイの送還には二日を空けることとなった。

 パラオ泊地への到着翌日。その猶予の中でレイは、

 

「オーライ、オーライ…ストップ!!」

 

メタルギアRAYを操縦し、『工廠』と呼ばれる鎮守府の設備へと運び入れていた。周辺住民への配慮と、RAYを野晒しにはしておけないというレイの希望あってのことである。上陸地点から鎮守府までは二百メートルと離れておらず、レイにとってそれ程体力を使う作業ではない。

 工廠は、FWBが横須賀に初めて鎮守府を作った際、三笠の指示もとい嘆願によって、全ての鎮守府に設置することを決定された設備である。この設備には工作艦娘と専門スタッフ、無数の妖精が控え、艦娘の艤装の開発・改修を行なう。工作艦自体が備える能力と妖精の助力で、艦娘の艤装は身体から取り外した状態で扱えるようになり、金属的・機械的な加工が可能になるのだ。艦娘自体も、入渠(入浴)とは別に霊的なメンテナンスが必要な場合には、ここで工作艦と妖精の精密検査を受けることになる。

 加工用の資材の備蓄や艤装の一時保管の為、工廠の天井はかなり高く作られており、また必要に応じてFWBが保有する航空機が入ることも想定して入り口を大きくしていたことが幸いし、RAYは腕と膝を突き、尻尾を横向きに曲げることで何とか収容することができた。

 

「…っと、どうですか夕張さん」

「わああぁ…いいなあ、かっこいいなあ…」

「…聞いてない…」

 

コックピットから降りたレイが話しかけたのは、夕張型軽巡洋艦一番艦夕張。本来この鎮守府に配属される予定であった戦艦改装工作艦朝日が、異動を目前にしてドクイトグモに咬まれ治療が必要になってしまったことから、重装備実験艦としての過去を持つ彼女が代役を務めている。

 ここ数日で、レイという存在、そして彼女のいた世界線のことは、横須賀本部からほぼ全ての鎮守府に伝達されていた。FWBでは、艦娘達とのコミュニケーションを円滑化する為に、艦としての過去を示す資料を世界中から掻き集め、その内容を全ての鎮守府の提督が熟知している。必要な場合は艦娘がその資料を閲覧することも可能だ。しかし平行世界の住人であったレイにはそういった資料がなく、レイの口から語られた言葉が全てである。夕張は横須賀本部からの情報を読み込み、レイがパラオに来る以前から興味を抱いていたのだ。

 

 「水圧カッターに機銃に対艦・対戦車ミサイルにコンテナミサイル! 貴女、これ全部載せてるのよね?!」

「ええ、まあ…」

「ああ、これを艦娘の艤装に載せることができたらどんなによかったか…」

 

夕張の言う通り、レイの持つ武装は艦娘には載せることはできない。かつて多くの工作艦が、スタッフ達の提案を受けてミサイルなどといった‘先進的な’装備を開発し、艤装の一部としようとしたのだが、艦としての記憶がそれを拒むらしく、全て徒労に終わっている。

 

 「それに二足歩行よ! 今だって足を使って歩かせるロボットは開発中の段階なのに、こんな大きな機体を二本の足だけで動かす技術って、夢の塊じゃない!!」

 

技術者気質なのか、別世界の技術に興味津々の夕張。それに気圧されていたレイは、彼女がメタルギアの要たる二足歩行に言及したことで調子を取り戻した。脚から腹の下を通って頭に近付いてくる夕張に、レイは呼びかける。

 

「…それでしたら、コックピットで色々説明しましょうか?」

「いいのっ?!」

「構いませんよ」

「それじゃあお願い!!」

 

レイはRAYの頭部に飛び乗ると、夕張の手を掴んでひょいと引っ張り上げた。急加速に肝を冷やしたらしい夕張だが、レイには(武装を展開しておらずとも)繊細な艦娘を水中に引きずり込むのは訳もないことである。彼女の大喰らいは専ら、常に大量のエネルギーを消費している筋肉に由来するものだ。

 レイはシートに座り、ここに運び込んだ時と同様システムを立ち上げた。

 

『Conbat system's unactivated.』

 

ただしエンジンには火を入れない。電子音声を聞いてコックピットを覗き込む夕張をよそに、両手のコンソールを叩き、各種武装・機能を確認する画面をモニターに表示する。レイは更に操作を続け、

 はたと、手が止まった。

 

 「…!」

 

 レイが今起動しようとしていたのは、メタルギアRAYの操縦を訓練する時に使うシミュレーターの一種だ。一般に『フルダイブ型』と称される、随意運動器への命令と感覚器からの情報を遮断しつつ脳に直接信号を送り込むタイプのVR訓練――レイが生まれる十年以上前からそれが主流になっていた――が台頭してからも、専用のシミュレーターに‘乗り込んで’訓練するタイプのものはしぶとく残り続けてきた。コックピット自体を一つのシミュレーターとして利用するこれも、VR訓練より質は落ちるが、一通りの動きを学習できる。

 シミュレーター――

 

「…夕張さん」

「? どうかした?」

「今この場に、最低でも五テラバイト容量に空きがあるハードディスクドライブ(HDD)はありますか?」

「HDD…? スタッフさんに頼めばすぐ用意して貰えると思うけど…どうしたの急に?」

 

レイは自分より夕張の方が、技術的な知識に一日の長があると考えていたが、技術の進歩という‘ロマン’への関心については、彼女よりも高いと自負していた。レイは夕張を見上げ、不敵に笑って言った。

 

 「きっと、()()()()()()()()()()をお見せできますよ!」

 

 

 

 

 

 “二足歩行より凄いもの”というレイの言葉を聞いて、じっとしていることなど夕張にはできなかった。すぐに工廠のスタッフが呼び集められ、FWBが活動内容を記録する為に使う大容量HDDの予備が、一台のノートパソコンと一緒に用意された。

 必要な機材が全て揃ったことを確認したレイは、武装を展開してから、遠巻きに見ていた妖精達を呼び寄せた。

 

「ドウカシタ?」

「バックパックの左に、小さい水密扉みたいなものがあるでしょう? そこを開けてくれないかな」

「アイワカッタ」

「ガッテンショウチノスケ!」

 

妖精達が素早くそこを開放する――レイには小さすぎて、元の世界線にある専用の器具を使わないと動かせない――と、上向きに開いたそこからUSB端子が顔を覗かせる。レイが手を伸ばした時には、気の利く彼らは端子を引っ張り出していて、レイにそっと手渡した。端子はノートPCに接続され、デバイスドライバーソフトウェアのインストールが自動で始まり、そしてすぐに完了した。

 

「データの容量が大きい…コピーするのは幾つかに限定した方がいいか…」

「データ?」

「私の武装の中の記録領域に保存されているデータです。私は試作型ですから、稼働データの収集も大事な仕事の一つでした」

「なるほどー、…ちょっと親近感湧いてくるかも」

「ですが――」

 

一旦言葉を切り、コントロールパネルを開く。自身の武装とHDDが正常に接続されていることを確認し、データのコピーを開始してから、レイは続けた。

 

「私の戦闘行動をサポートするそれらの内容は、蓄積される戦闘データに留まるものではありません。実戦投入されるまでに受けてきた様々なVR訓練のデータや、‘万が一(人と戦わねばならない時)’を想定して搭載されているソリトンレーダーのプログラムなども含まれています。私が着目するのは、VR訓練」

「…当ててみせるわ。そのデータ――ソフトウェアを基にして、ハードウェアを再構築すれば、」

 

夕張の次の言葉に、レイは視線を合わせて重ねる。

 

「「この技術を再現することができる!!」」

 

レイの顔には得意が、夕張の顔には歓喜が滲み出た。

 事実レイの武装は、ハード・ソフトの両面に於いて、この世界線よりずっと先進的なものであった。

 後背部のタンクからセミドライスーツ表面の僅かな溝を通って供給される水を圧縮・放出する水圧カッター、特殊な給弾装置で本体の剛性を損なうことなく大量の弾薬を詰め込むことができる機銃と各種ミサイル発射管は、レイの体内のナノマシンから信号を受け取る高性能な光コンピュータで統合的に制御されており、その制御に使われているデータはプリセットされたものの他に、レイ自身がVR訓練によって培った‘経験’をも反映している。

 この‘経験’とは即ち、VR訓練に用いられた機材が検知したレイの状態を事細かに記録したものであり、それを逆算すれば機材自体のデータとなる。そしてそのデータを再現できるハードウェアを作ることは、二人の言う通り、レイのいた世界線の技術をこの世界線に再現する(持ち込む)ことに他ならないのだ。

 

 「VR訓練っていうの、私凄く気になってたの! 色々教えてくれない?」

「はい、使い方だけ覚えるなんてナンセンスだと思ってそれなりに勉強していたので――」

「あ、それなら俺にも話聞かせてくれよな~」

「いいねえ、僕も混ぜろよ!」

「アタイもアタイもー」

 

 夕張と、このFWBの工廠のスタッフ達になら、元の世界線の技術を安心して任せられる。レイにはそんな確信があった。

 工廠担当のメンバーにレイを加えた技術開発談義は、昼食を摂って以降も、食堂の夜の営業が始まるまで続き、レイを余計に疲れさせたのは言うまでもない。だがその疲れはレイにとって、ある意味ではこれまでの人生で最も有意義なものであった。

 

 

 

 

 

 「私は降りる」

「…は?」

 

 レイとグラーフが漂着した無人島。燃えるような夕焼けに照らされる浜辺で、カリュブディスはアーセナルギアの『医務室』での会話相手だった女性の声と、再び話していた。虚空に向けてカリュブディスが話しかければ、虚空から声が返ってくる。

 

 「聞こえなかったのか? 降りると言ったんだよ」

「…私が、それを許可するとでも思って? ‘火薬庫’を沈めた責任は貴女にあるのよ」

「お前が何と言おうが関係ない」

 

二人の、とりわけカリュブディスの声音には、前回よりも余裕がなかった。砂浜に座り込み、流木に身体を預けているカリュブディスの右手の指は、フナクイムシに食い荒らされた流木の穴の縁を絶え間なく叩いている。彼女が必死に押し殺そうとする焦慮が、女性の声の感知し得ないところで現れていた。

 

「時間も力も十分に費やした。私がお前に同志として協力できるのはここまでだ」

「貴女、それでも()()()()に忠誠を誓った――」

「都合が悪くなった時に“あのお方”とは滑稽だね。ブリアレオスさえ戻ってくればいい癖に」

 

 女性の声とカリュブディス、この二人の苛立ちと焦燥の原因は、全くに別種のものであった。

 

「…まずお前が寄越した部下達、時間稼ぎの為とはいえ派手に動き過ぎだ。その癖それを補えるだけの実力もない。生き残っている筈の何名かとの連絡も取れていない」

「……」

「それと、考えたくはなかったが…私達の中に、裏切り者がいる」

「まさか!」

「ありえないか? ブリアレオスがお前を避けた事実があっても?」

「それは…!!」

 

女性の声が言葉に詰まった。「そして最後」そのタイミングを逃さずに、「――どうしてもあの‘エイ’を殺さねばならない理由ができた」カリュブディスは告げた。

 数秒の間があって、ゲラゲラと笑う女性の声が浜辺に木霊した。

 

 「…笑い話じゃないんだけどね」

「ふふ、…お前の私情だ何だって言っておいて、結局は貴女の方が私情で動いてるじゃない」

 

容姿はともかく、臍で茶を沸かす姿が容易に想像できるその笑いぶりに、カリュブディスは大きく嘆息した。…何も知らずにいることを嘆くかのように。

 

「じゃあこれだけは言っておこう。これは復讐とか、お前が考えてるような生易しいものじゃない。お前も早く気付かないと、取り返しのつかないことになるよ」

「気付く? 何のことを言っているの?」

「忠告はしたよ。これが最後の情けだ、いいね」

 

それきり、女性の声は聞こえなくなった。

 カリュブディスは立ち上がると、熱帯性の草木が生い茂る島の中央に向き直り、キッとそちらを睨みつけた。

 彼女は裸足のまま森の奥へと入っていき、やがて直径一メートル程の縦穴の前に辿り着く。穴の内壁はほぼ垂直な岩肌で、暗くどこまでも続くかに見える。内部から規則的に聞こえてくる水音からして、ある深さからは海水に満たされた洞窟なのだろうと推測できた。

 

「…これが貴方様の答えだとおっしゃるのなら、私は生きる為それに抗ってみせましょう」

 

穴に向けた彼女の言葉に声は返ってこない。足下の小石を穴へと蹴り入れ、しばらくして響いた水音を答えとして、

 

「デウス――」

 

彼女は、何者かの名を呼んだ。




今回もまた難産でした。PSO2に現を抜かしている場合じゃないですね。
両立せねば…(欲張り)

実は今回の話、書くべきか書かないべきか迷いながらの執筆でした。
レイをすぐにトラック泊地のメンバーと再会させてもいいのですが、それでは今後予定している展開に余計な説明を加えなければならないし、かといってこれを書くのは蛇足であるような気もして…
結局書きましたが、自分としては出来にまだ荒削りなところがある感じです。
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