レイ発見から三日が経過した。
彼女を迎えに行くべくトラック泊地を発った空色のティルトローター機は、パラオ泊地まで残り数分という地点まで到達していた。FWBが保有する航空機には、殆どの国家に於いて『超法規的措置』が適用されており、彼らは何の問題もなく世界を飛び回ることができるのだ。
向かい合ったシートがずらりと並んだキャビンには、今日の秘書艦であった長門型戦艦二番艦陸奥の他に、天龍と、駆逐艦娘七人――時雨、夕立、朝潮、雷、電、曙、島風――、潜水艦娘二人――
「……」
コックピットに座る二人のスタッフは操縦に集中しきりで、その後ろのジャンプシートにいるスタッフも手持ち無沙汰から眠りこけており、一言も会話が発生しない機内には風を切るローターの音だけが鈍く轟いている。
「ねえ、天龍」
「…ん?」
この状況で口火を切ったのは陸奥だった。自分以外の
「大丈夫なの? このメンバー…」
「……」
彼女に疎外感を与える要因そのものが問題なのだ。その面々は、トラック泊地にいる者達の中でも、レイの失踪によって最も大きな精神的ダメージを受けている九人なのだから。鎮守府を出てからここに至るまで、彼女らが口を開いたことはない。
「…口が裂けても、大丈夫なんて返せないな」
顔を顰め、苦々しく天龍は答えた。
「レイの失踪中にな、島風が教えてくれたんだよ。レイの隠し事――悩みかな、それにどうして気付けなかったんだろうってさ。…皆、悲しいし、それに俺ら六人は悔しいんだ。島風と、それに電が特に…」
レイがメタルギアRAYとの接触以降抱えていた‘自殺衝動にも似た強迫観念’について、島風は――本人は知る由もないが――鎮守府に戻ってから独自に真相へと辿り着いていた。速さを信条とする島風が
そればかりではない。陸奥と同乗する者全員が、それぞれの後悔を抱えていた。
相手の方から打ち明けられる程の信頼を持ち得なかったという天龍。
自分がアーセナルギアに連れ去られず、電をすぐに助けていられればという曙。
隠しスポットに行くことなど提案せず、まっすぐ鎮守府に帰ることを促していればというイク。
寝坊さえしなければ自分が同行できたという夕立。
もっと早寝をして一緒に出撃するべきだったという朝潮。
前日の夜の時点でレイの危うさに気付けたのではないかという雷。
自分の不用意な質問がレイのトラウマを抉っていたのではないかという時雨。
そして、
…この状態で会話しろという方が酷というものだ。
「…らしくないわよ、天龍」
「陸奥さん…」
沈痛な面持ちの天龍を見かね、陸奥はずいと彼女に詰め寄った。
「貴女、カーペンタリア鎮守府の日本人スタッフさんからなんて呼ばれてるか知ってる?」
「異動の前にいたところだよな? いや、知らない」
天龍の注意が完全にこちらに向いていること、そして他に会話を聴くものがいないことを確かめた上で、陸奥は言葉を続けた。
「…『天龍幼稚園』」
「はあっ?!」
「それ位面倒見がいいってことよ。自信はあるんでしょう? ならこの程度でへこたれてちゃ駄目。貴女があの子達を引っ張っていく位の気概じゃないと」
「…そう、だな。ありがとう陸奥さん。しかし‘幼稚園’は納得いかねえ、せめて‘学園’だろ…」
尤も二人のこのやりとりは、双方の予想を裏切る形で無駄になる。
パラオ領空を飛行すること数分、やがて小さな衝撃と共に、機体は鎮守府内のヘリポートを兼ねた運動場に降り立った。スタッフが側面の扉を開け、駆逐艦と潜水艦がぞろぞろと外に出て行く。天龍と陸奥もそれに続き、
「あっ…」
「あら」
待ち受けていたのは三人。パラオ泊地が提督半蔵・スティルマン、グラーフ・ツェッペリン級航空母艦一番艦グラーフ・ツェッペリン、そして件のレイ。
レイはどこか不安げにグラーフと顔を見合わせる。対してグラーフは穏やかな笑みを返すのみ。レイは俯き、やがて決心したように一歩前へと歩み出て、
「皆、ご――」
何を言う間も与えられずに、九人の艦娘に抱きつかれていた。
――…先手を打たれたというか、出鼻を挫かれたというか…。
天龍もまた、タイミングを掴み損ねた。
白状すれば、トラック泊地の面々への謝罪について、レイにはこれといった考えはなく、考えられる余裕もなかった。頭にあったのは唯ルーデルに言われた通り、‘誠意を持って謝罪する’ことだけ。それ故「ごめんなさい」の一言以外に事前に用意できた言葉はなく、元いた世界線での戦い同様、全てアドリブで乗り切る覚悟でいたのだ。
その覚悟も瞬時に、呆気なく瓦解した。
「ごめんね!! 気付いてあげられなくて…ごめんねっ…!」
「取れなかったのです…手を、握れなかったのです…」
「私が、私が、あんなヘマしなきゃ…!!」
「帰ろうって…イクが帰ろうって言うべきだったの…!!」
「何もできなかったっぽい…」
「私が未熟者だから…!!」
「私の目ってホント節穴よね…」
「何だってこんな…こんな…っ!!」
「私、私もう、レ…レイちゃんには、…か、関わらな…」
島風が、電が、曙が、イクが、夕立が、朝潮が、雷が、時雨が、シオイが。顔をくしゃくしゃに歪め、大粒の涙を零しながら、レイに抱き付いて咽び泣いていた――自分達のせいだと。
想定外もいいところだ。
「え、え…待って、待って皆…違うよ…! 私が…」
だがその混乱は、やがてある感情へと収束していった。
「泣かないでよ…ねえ、泣かないでってば…!」
喉が震え、視界が歪む。胸の奥から、何かが溢れ出そうになる。
「レイ!」
天龍に呼びかけられ、レイは顔を上げた。おぼろげな視界の中に立つ天龍は続けた。
「言いたいこと、言わなきゃなんねえこと、お前にも俺達にも色々ある。でもまずは、本当に一番先に俺達が言うべきことがある」
“おかえり”、と。
それを聞いたレイには、最早こみ上げるものを抑え込む術がなかった。思わず天を仰いだ顔が、周りの九人よりもくしゃくしゃになって、
溢れた。
「うっ、ぐぅっ、…うわぁああああああああああああああああああああああああああああ…!!」
‘泣く’という経験さえ初のレイには、一度泣き出したらどうしていいのかわからなかった。トラック泊地の艦娘やスタッフに多大な迷惑をかけてしまった申し訳なさ、周りで泣いている九人が皆自分を責めていることへの不甲斐なさもそうだが――レイは目覚めてからの三日間、“勝手な行動をとった自分は再びFWBに受け入れられないのではないか”という不安を抱えていた。その不安が解消され、“自分には
次第に小さくなっていくローターの音を掻き消さんばかりに、レイの号泣は鎮守府中に響き渡る。島風も、電も、曙も、イクも、夕立も、朝潮も、雷も、時雨も、シオイも、すっと涙が引いてしまった。それは初めて見るレイの一面への驚き…というよりも、‘泣く’という行為によって自分から己の
もはやそこに‘
「レ、レイ、もういいから! いやよくないかもしれないけど…」
「はわわ?! 泣いちゃったのです!?」
「これだけ大泣きしてちゃわかりやすいどころの騒ぎじゃないわね…」
「凄い大声なの…」
「な、泣かないでくださいレイさん!!」
「大丈夫よレイ、私がいるじゃない!」
「えっと…よしよし、いい子いい子…?」
「何で疑問系なの時雨…」
「天龍さん! レイを泣かせちゃだめっぽい!!」
「え、俺悪者かよ?! あっ、陸奥さん笑うなよぉ!!」
泣き叫びながらも、レイは単なる許容ではない皆の優しさを確かに感じていた。
“解決したな”という半蔵の呟きも、グラーフの温かな視線も、感知していた。
給油の後、レイはトラック泊地への帰路についた。
結局、レイは運動場に集まったパラオ泊地のスタッフと艦娘に礼を言って出発するまで泣き通しであった。機内で泣き止んだのは実に搭乗から十二分後のことである。エンドルフィンの鎮静作用で落ち着きを取り戻したレイは、駆逐艦と潜水艦に囲まれて談笑している。その様子を、陸奥と天龍が少し離れたシートから眺めていた。
「…ふふっ」
「? どうかしたか陸奥さん」
「ううん、特に何も。長門が全然心配してなかったのも頷けるなって思っただけよ」
陸奥の言う通り、長門はレイ発見の報を受けた際も、さも当然とばかりに全く動じていなかった。長門は一度拳を交えれば――レイとの演習は砲戦であり‘拳’を使ってはいないが――、相手の懐深くまでを見透かすことのできる独特な洞察力の持ち主である。レイだけでなく、長門と同じ鎮守府に配属される者は、人間だろうが艦娘だろうが皆彼女の‘洗礼’を受けている。自分の妹と同乗した十人の心中を見抜くのも、造作もないことだろう。恙なく解決されるであろうことも、また予想済みだったに違いない――陸奥はそう考えた。
「…ん? パラオから無線だ」
「忘れ物でもしたか?」
その時、操縦席に座るスタッフが規則的な
「…襲撃だと?!」
スタッフの顔が真っ青になっていくのを、陸奥の目ははっきりと捉えた。
二ヶ月近く間を空けてしまいました。申し訳ございません。
ビツケンヌは浪人生となり、予備校に通うことになったのですが、過密した授業のスケジュールと多くの課題(特にこれ)、行き帰りの度にラッシュに揉まれる疲れによって高校生の時以上に多忙且つ疲労が溜まりやすくなってしまいました。この為今回以降も、目標としている月一回の投稿は非常に困難になるかと思われます。
第一章最大のクライマックスを目前にして更新が止まるのはこちらとしても断腸の思いでありますが、何卒ご了承ください。