歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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マッド・スティングレイ

 「そうか…わかった。気休め程度だがこちらもUAVで支援しよう。皆を下ろしたら、気をつけて帰ってくれ」

 

無線機のスイッチを切った巌羅は、鼻から大きく息を吐いた。

 

「…私達は出らんないの?!」

「加勢するべきではなくて?」

「ティルトローター機何ぞで支援に行っても足が遅過ぎる。お前達がジェットエンジン搭載のUAVにしがみ付いていられるというのなら話は別だが…通常兵器が深海棲艦相手に焼け石に水でもこうするしかあるまい」

 

この日は偶然居合わせただけの鈴谷と、彼女を昼食に誘おうとして執務室に来たばかりの熊野の申し出に、巌羅はばっさりと否を突きつけた。

 パラオ泊地が深海棲艦の襲撃を受けた旨を巌羅が知ったのは、レイを迎えに行ったティルトローター機が救援要請を受け、コロール島に引き返し始めてからのことである。

 西太平洋は比較的早期に海域の安全が確保され、重要拠点以外の鎮守府からは維持要員となる僅かなスタッフを残して艦娘が撤退しており、それぞれの(艦娘が配属されている)鎮守府間の距離は近いとはいえない。それでも、想定される敵の戦力に対応できるだけの十分な艦娘が存在している筈であった。にもかかわらず救援を必要とするということは、()()()()()()()()()()による襲撃を受け、対処が困難であることに他ならない。

 

「むう…」

 

巌羅は歯痒かった。軍事的・戦術的知識の少ない者が提督等スタッフになる場合があるFWBは、旗艦、特に秘書艦には現場(戦場)に於いて極めて高い指揮権が与えられ、大抵の場合彼女らの意見が尊重される。‘提督’や‘司令官’などと艦娘達には呼ばれているが、その呼び名に相応しい働きは作戦立案位しかしたことがない。

 巌羅の脳裏に、苦い記憶が蘇る。故郷の漁村一の剛力を誇った彼は、深海棲艦が現れ始めた当時、“海の化け物の何するものぞ”と、自らの武勇(我流拳法)を恃みに深海棲艦に挑みかかったことがあった。結果は勿論惨敗。肝臓の大部分を摘出する重傷を負い、まる一年入院生活を強いられた。憔悴しきった身体を今の体形に戻すのにも半年を要した。FWBに志願したのは、自分一人ではどうにもならないという心境の変化によるものである。

 …結局のところ、深海棲艦に抗う術を持たない人間達は、艦娘に――例外はあるにせよ年端も行かぬ少女達に任せきりだ。

 しかし先の報せで、巌羅はある希望を見出していた。

 

「…ああそうだ。悪いニュースばかりじゃあないぞ」

「え?」

「レイ君からの伝言だ。青葉に頼んで鎮守府の皆に伝えてくれ」

「レイさんから、ですの?」

 

UAVのコントローラーが設置された地下一階に足を向ける前に、巌羅は二人に言い残す。花崗岩から削り出したような荒々しい造形の顔は、少しばかりの愉悦を滲ませていた。

 

「“I'll be back(戻ってきますよ)”、だそうだ」

 

 

 

 

 

 カリュブディスは、作戦の第一段階の成功にひとまずの安心を得た。ティルトローター機が去っていくのを確認してから仕掛けたのは正解だったようだ。

 

「この程度なら訳ない、か」

 

海中を行く彼女は艦娘の艤装にあたる、FWB内では俗に『艤装獣』と呼ばれる化け物を傍らに呼び出していた。厭に人間臭い白い歯を剥き出し、眼を青白く発光させる、そのマッコウクジラを思わせる体躯の艤装獣にしがみつき、注意深くパラオ泊地へと接近していく。頭上で激戦を繰り広げる艦娘と彼女の配下の深海棲艦に感知されない隠密性は、『潜水棲姫』の面目躍如といったところか。

 尤も今回カリュブディスの‘作戦’に於いて、それが活躍するのは泊地に着くまでなのだが。

 

「今のところは、順調だね。向こうまで、しっかり頼むよ」

 

石のような質感の頭をカリュブディスが軽く掻いてやると、彼女の艤装獣は眼をぼんやりと明滅させて応えた。

 作戦の第一段階というのは、配下の者達にパラオ泊地を強襲させて戦力の大部分を引きずり出し、沖合に陽動、停滞させることである。目的の人物を誘き出す為の最初の擬似餌(ルアー)だ。そして作戦の第二段階――次の擬似餌(ルアー)を仕掛ける為の布石も兼ねている。

 

「…失敗は許されない」

 

地に立てば引きずる程長かった彼女の髪は、肩の辺りで乱雑に断ち切られていた。作戦に支障をきたすというのもあるが、彼女にはそれだけの‘覚悟’があったのだ。

 水深が浅くなってきたのを見計らい、カリュブディスはおそるおそる水面から顔を出した。案の定、コンディション・コード:レッドの警報が鳴り響くパラオ泊地はスタッフ達が慌しく走り回っているものの、艦娘の姿は見えず、守りは手薄なようである。

 目的地に当たりをつけてから、艤装獣を虚空へとしまい込み、更に陸へと接近する。鎮守府の敷地から五十メートル程離れた砂浜から上陸し、敷地の中と外とを区切る塀に手をかけよじ登った。降りる前に周囲を警戒するのも忘れない。目立つ白い体躯を物影に押し込んで隠し、じろりと目を遣った先には、一際大きな入り口(シャッター)を備えた建物、即ち工廠。

 スタッフが周囲から消えた一瞬の隙を突いて、カリュブディスは工廠のシャッターの脇にある小さな扉目掛けて全速力で走り出し、

 

「おりゃァッ!!」

 

全体重を乗せた体当たりで、扉を吹き飛ばした。

 

「何だ?!」

「どうした…って深海棲艦?!」

「もう来やがったのか!!」

「この鎮守府は渡さねえぞっ…!」

 

詰めていた何人かのスタッフが、深海棲艦相手に気休めにもならないなけなしの武器を持って躍り出てくるが、ここまで来てしまえば、急ぎこそすれ、彼らなど最早眼中にない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ジャマダ」

「くっ…ってあれ?」

 

一言のみ残してスタッフの横をすり抜け、カリュブディスは再び駆ける。その先には――

 

 「「「…まさか!?」」」

 

 レイが運び込んだ異世界の技術の産物、メタルギアRAY。

 第二段階の要として、カリュブディスはそれを奪取しようとしていたのだ。

 

「さあ本番だ!」

 

コックピットに飛び込み、シートに着座する。ハッチが閉じ、操縦桿が手前に倒れてくる。コンソールを叩き、エンジンに火を入れたところで、アーセナル内部で操縦していた時と同様、シートを介して機体に霊力を送り込み、システムごと掌握。RAYの得る情報はそのままカリュブディスの頭脳に送り込まれ、彼女は文字通りRAYを手足のように動かせるようになる。これまでは環境的・精神的悪条件が重なり全力を発揮できずにいたが、ここでなら存分に暴れられそうだ。

 …今の彼女からすれば、()()()()()()()()()()のだ。

 

「ニンゲンドモヨ、ダイチヲハイマワルガイイ!!」

 

好都合なことに――パラオ泊地の者達には仇となったとしか言いようがない――、外部スピーカーを含め故障していた箇所の修復は既に終わっていた。工廠の天井に背中を擦りつつも、カリュブディス駆るRAYは耳障りな音を出して立ち上がり、背後のシャッターに後ろ蹴りを繰り出す。ボゴン、という轟音と共に蹴破られたシャッターは、後ろ向きに工廠から出てきたRAYに踏みつけられていく。

 カリュブディスの言う“本番(第二段階)”――それは自分自身を、というより、パラオ泊地自体を囮に、目的の人物()()を呼び寄せることであった。

 大型のメタルギアは、火器を用いずともその機体(体躯)そのものが強力な武器になりうる。カリュブディスは弾を節約するべく、鎮守府のそこかしこの建物に対して蹴りによる攻撃を開始した。見た目通りの破壊的な一撃が、行く手に塞がるあらゆるものを粉砕する。

 

――さあ、来るがいい。

――私は、ここにいるぞ…!!

 

 外部スピーカーからは漏らさなかった、胸の内の挑発。それに応えてか否か、

 

「!!」

 

RAYの背後、埠頭の海面から高く水柱が上がった。

 

「…キタナ、‘エイ’――イヤ、()()()()()()()()

 

振り向けば、全身から海水を滴らせる厄介な待ち人が立ち尽くしている。カリュブディスの部下達の包囲網を振り切り、単独でこの場に辿り着ける者など、レイを置いて他にいない。この状況になることまで、カリュブディスは計算済みであった。後は屋外という地の利と温存した弾薬で以ってレイを圧殺する、そんな算段だったのだが。

 次に起こったことは、完全に予想外だった。

 

 「…許さない」

 

RAYの鋭敏な集音装置は、掠れるようなレイの呟きをもはっきりと捉えた。そしてその直後、

 

「許すものかアァアアアァァアアアアアァアアァアアアアアアアアアアアァアァアアアアア!!」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

 

 カリュブディスは、鎮守府にいた者達の例に洩れず、確かに聞いたのだ。自分が動かした訳でもない、メタルギアRAYの咆哮を。

 そして、見たのだ。

 

「馬鹿な…!?」

 

レイの背後で仁王立ちし、怒りに燃えて咆哮する、メタルギアRAYの姿を。

 

 

 

 

 

 完全に後手に回った。陽動作戦(フェイントオペレーション)に気付いた時、レイは自分でも珍しいと思う程に、胸中でそう悪態を吐いた。鎮守府襲撃という危機的状況にも関わらず仲間との再会で浮わついていた――その証拠に“戻ってくる”などと恰好つけた――、そのツケが回ってきたのだとさえ思った。

 扶桑型戦艦二番艦山城率いるパラオ泊地の主力部隊と合流し、彼女らと共に迎撃を開始したまでは良かった。だが交戦区域が次第に沖合へ離れていっていると思ったが後の祭り、自分達が相手にしているのは囮であり、本命の潜水棲姫ことカリュブディスが単独でパラオ泊地を襲撃、メタルギアRAYを乗り回して暴れているとの報告が無線で届けられたのである。

 

「レイ! 今この場で一番足が速いのはお前だ! 先にパラオに急げ!!」

「こいつらを追い払ってから、私達も合流するわ。…『戻ってくる』んでしょう?」

 

天龍と陸奥に促され、レイは艦隊を離れた。背中に感じた駆逐艦達の眼差しが、アーセナルギアの時とは違う「信頼」や「期待」のそれであったことを照れ臭く思いながら。

 …そんな感情も、パラオ泊地の埠頭から上陸したその瞬間に消え去った。

 

「…ッ!?」

 

こちらに背を向けたメタルギアRAYが真っ先に視界に飛び込み、次いで視界に入ったそれに、レイの思考が停止した。

 グラーフだ。破壊された建物の壁に力無くぐったりと倒れている彼女に、額から血を流した半蔵が駆け寄っている。彼が目を剥き、おろおろと最愛の人の名を呼んでいる理由は、彼女の腹部にあった。

 砕けた鉄筋コンクリート、剥き出しになったその中の鉄筋が、グラーフの背中から深々と突き刺さり、腹側まで貫通しているのだ。

 

「…キタナ、‘エイ’――イヤ、メタルギアRAY」

 

 こちらにやおら振り向いたRAYを見て、ようやくレイにもカリュブディスの狙いが飲み込めてきた。

 この鎮守府は…グラーフは、自分を誘い出し一対一で戦う為の餌にされたのだ。

 

 「…許さない」

 

 経験したことのない激情が、レイの腹の底で渦を巻き始めた。カリュブディスが初戦同様メタルギアRAYを操っていることなど、それを前にしては最早どうでもいい程に。

 グラーフは、自分の存在価値を認めてくれた。自分の歴史を創れと励ましてくれた。そして、大好きなスティルマン提督と共に生きる為に望む未来を語ってくれた。…そんな彼女が、恩人が傷付いている。

 義憤。

 それが、猛烈な勢いで燃え上がった。

 

「許すものかアァアアアァァアアアアアァアアァアアアアアアアアアアアァアァアアアアア!!」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

 

 一個人をこれ程までに許せないと感じたのは初めてだった。己の中の怒りを、憎しみを実感すればする程、それは合わせ鏡のように反射し連鎖し増幅する。太陽すら霞む白銀の感情の奔流、絶えず拍動する漆黒の刹那的衝動――思考や理性とは正反対のものが、かえってそのどちらをも奇妙なコントラストによって際立たせ、結果として唯一つの目的へとレイを差し向け、シフトさせた。

 カリュブディスを、倒す。

 

 「キサマ…ヤハリデウスノカゴヲ…!!」

 

後ずさるRAYが、対艦ミサイルの発射管を開く。機体とリンクしたカリュブディスの動揺と恐怖が、如実に現れていた。

 

「イカシテハオケナイ…!」

 

左右合わせて六門の発射管から、獰猛な肉食魚の如き対艦ミサイルがレイへと殺到した。

 だがレイには――この‘エイ’には、毒針があった。

 

「何ッ!?」

 

レイはその場でブレイクダンスを思わせる動きで高速回転し、同時に周囲に機銃を乱射。迫り来るミサイルをハエのように撃ち落としてみせたのだ。

 

「ちぃっ…!」

「……!」

 

 レイは動きを止めない。カリュブディスが続けて機銃を掃射しようとも、横向きにローリングして回避。その姿勢のまま低く飛び上がり、コンクリートの地面に平行な姿勢のまま対艦ミサイルを二発射出、RAYの両膝に直撃させて身動きを封じる。

 

「糞ッ…!」

「今だッ」

 

受け身を取り着地したレイは、すぐさま次の行動へと移った。コンテナミサイルを撃ち出し、それを追って跳躍。宙空で静止するそれを足場に二度三度ジャンプ。その先は、コックピットの位置するRAYの頭部。

 頭部にしがみつき、キャノピーの縁に沿って機銃を撃ち込む。次いで高く振り上げた踵落としでキャノピーを破壊。装甲板を力任せに引き剥がし、

 

「そおおおおぉらアアアアアアアアアアァッ!!」

「な、何をっ…うわあっ?!」

 

シートに座るカリュブディスを、片手の力だけで引き上げ、真上に放り上げた。

 

 「これで、」

 

カリュブディスが落下し始めるタイミングに合わせ、レイもRAYの頭上に跳ぶ。カリュブディスとレイが肉薄し、両者の高度がほぼ同じになった時、過剰に分泌されたアドレナリンでレイの意識は加速され、空で海老反りの恰好になったカリュブディスは殆ど止まって見えていた。

 

「終わりだッ!!」

 

左腕を構え、カリュブディスを正面に見据える。水圧カッターのカバーがスライドして開放され、同族を狩るが為に作られた情けを知らぬ必殺の牙を露わにする。そして、

 

「うおおおおオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

圧縮された海水で以って、カリュブディスを‘斬った’。唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬り上げ、逆風、左斬り上げ、左薙、逆袈裟、あらゆる角度から、深海棲艦の病的に白い腹部をズタズタに切り裂く。とどめにレイは、空いている右手を大きく後方へ引き絞る。狙うは、青白いキチン質の殻に包まれた、心臓と、それを取り巻く巨大迷走神経軸索の束。

 

――切り口から突き入れて、

 

 この技術は本来、元の世界線に於いて、ある種のサイボーグが別のサイボーグに内蔵された自己修復ユニットを奪う為の機能であった。しかし、有機重金属生命体の深海棲艦に偶然使われた際にその有用性が発見され、深海棲艦を確実に仕留める為の「技術」へと昇華されたのだ。

 

――引きずり出す!

 

その技術の名こそ――

 

「『斬奪』ッ!!」

 

 着地に少し遅れて、ありったけの握力を込めて握り潰した。

 鮮血が舞い、レイの顔が真っ赤に染まる。主を失ったRAYの哀しげな声が、倒れ込む地響きと共に木霊していた。

 

 

 

 

 

 新型メタルギアの『RAY』というコードネームは、南洋に住む巨大エイ、マンタレイ(manta ray)から取っている。勇壮な海の王者だ。

 唯マンタレイには刺はないが、我々のRAY(レイ)にはそれがある。

 我々はこのRAYを以って、新しい時代の海と陸を統べる。

 

二〇〇七年八月八日 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ロウアー・ニューヨーク湾にて

アメリカ海兵隊司令官、スコット・ドルフの演説より抜粋

 




お待たせしました。第一章クライマックスシーン、いかがだったでしょうか。
レイに雷電のように斬奪をさせることはかなり前から構想していまして、この度それを書くことができてとても嬉しく思っています。…出来栄えはともかく。

次が第一章最終話になりますが、恐らくまたしても更新が遅れてしまうことになるでしょう。先んじてお詫び申し上げます。
可能な限り今年中の投稿を目指します。
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