スルー・オーディナリー・デイズ
「それじゃあ、もうすぐ完成しそうなんですね!」
レイとの「親睦会」以降駆逐艦や潜水艦の溜まり場と化していたレイの部屋だが、今日ばかりはレイが占有していた。貸し与えられたノートパソコンで、彼女はパラオの夕張とインターネット通話に興じている。
「うん、肝心の部分は最高のが出来上がったし、あとは開閉と収納、それと固定機構だけよ。それさえ終われば、貴女に渡せる!」
「ありがとうございます、私の要望を聞いてくださって…」
「いいのよ。私達も楽しませて貰ってるわ!!」
レイは自分のいた世界線の技術を提供する代わりに、夕張達パラオ泊地の工廠担当にある依頼をしていた。有機重金属生命体の深海棲艦が現れるより以前から、メタルギアRAYには多様なバリエーションの機体が生まれており、アーセナルギア内部で見たあのフラッシュバックにも、デスペラード社製の改造型メタルギアRAYが登場している。その記憶をヒントに、レイは自身の戦闘能力を大きく強化できる装備の作成を依頼しているのだ。
尚、レイは依頼した後で聞いた話だが、パラオ泊地の工廠担当スタッフは全鎮守府中屈指の変人揃いとされている。資金配分が今程厳格でなければ、余剰資金で何を作り出すかわかったものではないと常々言われており(夕張曰く「心外」)、レイの申し出は鎮守府復興以来退屈続きだった彼らの丁度いいガス抜きになっているようだ。
「明日発つんだっけ?」
「はい! ですので、今日は泳ぎ納めです」
「好きだねー泳ぐの…じゃあそろそろ、泳ぎに行った方がいいんじゃない?」
「あ、そうですね。それじゃあ、また!」
「またね! いってらっしゃい!!」
通話を終え、PCをシャットダウン。ジャージが入っているだけの青いボストンバッグにしまい込むと、部屋には小物の類は何一つなくなる。レイは廊下に出、バッグをドアの脇にそっと置いてから、埠頭へと飛び出していった。
「行ってきます!」
「おう、いってらっしゃい! 楽しんでおいで!」
ティルトローター機に荷物を積み込むスタッフに声をかけてから、レイは一直線に海に走り、武装を展開してひらりと海に身を投げた。
イクが教えてくれた
レイがカリュブディスを倒してからというもの、西太平洋に於ける深海棲艦の出現率は殆どゼロに近くなった。
FWBでは経験的に、『鬼』や『姫』の名を冠する強力な深海棲艦を撃破すると、その周辺の海域に一定以上のクラスの深海棲艦が出現しなくなり、頻度自体も大きく下がることが知られている。その原因こそ定かではないが、安全確保という点に於いては確かな経験則であり、出現が確認された際に深海棲艦の移動範囲を計算して警戒指定海域を設定すれば、余程の事情がない限り――大型船の航行できる海域が他にない場合などを除けば、艦娘の出る幕はない。安全が長期にわたって確認されると艦娘は本部である横須賀へと移動することになっており、そこから戦況を見て、三笠の指示で新たな任地へと赴くのだ。
半年前に泊地棲姫を倒し、そして今回潜水棲姫たるカリュブディスを倒した影響からか、スタッフにはこれまで以上の余暇が生じ、艦娘達は訓練以外の時間は平和な時を満喫している。ここ一ヶ月近く、FWB西太平洋支部が海上に設置している『ピーピングハリー』――太陽光発電と海水から電気を取り出す人工筋肉を併用した早期警戒用クラゲ型ロボット――からの反応もなく、本部からは既に撤収の準備をするよう指示が出ていた。
パラオ泊地襲撃のニュース、そしてその四日後のFWBの公式発表によって、平行世界の住人たるレイと、彼女の世界に存在した二足歩行兵器メタルギアは、瞬く間に世界中に広まった。
横須賀本部で当初から予測された通り、レイと深海棲艦との関係性を示唆する声、即ちレイが深海棲艦側のスパイであり、平行世界の話は出任せに過ぎないという意見が数多く出たが、彼女と親睦を深め哨戒任務に当たった天龍らの証言、グラーフからの報告、そしてFWB所属の心理学者によるレイに対しての‘インタビュー’が、その可能性を消し潰すことに貢献した。嘘や隠し事の苦手なレイの説明は荒唐無稽ながらあまりにも筋が通っていて、何よりレイが操縦したメタルギアRAYの構造は、二足歩行やそれを実現するプログラムはともかく、現行の技術で十分に再現可能であるという調査結果が、それを裏付けることとなった。現在のFWBの公式見解は、「レイは艦娘同様我々人類の味方である」で、今やこれに異議を唱える者は少数派の中の少数派だ。
レイに関する不安が払拭されたところで次に出てくる問題は、パラオ泊地に保管されているメタルギアRAYについてである。小回りの利く深海棲艦に優位を確保できず殆ど機能していない各国の海軍にとって、元の世界線で深海棲艦を、こちらの世界線では艦娘をも相手取ったメタルギアRAYはさぞ魅力的に映ったことだろう。PMCと契約して警備を整えている泊地には‘直接的な’攻撃こそなかったものの、全ての情報が集まる横須賀本部は二、三度クラッキングの被害を受けた。幸い重要なデータは独自に構築したクローズドネットワークで保管されており、大した被害はなかったが、それがメタルギアの情報を狙ってのものであることは火を見るより明らか――公正極まる帳簿にケチを付けられる謂れなどないからだ――だった。FWBはこの事件に記者会見を開き、メタルギアのデータは厳重に保管されていること、公開は然るべき時に然るべき者に行なうことを発表、そしてこれ以上の攻撃を続けるのであればそれを全人類への攻撃とみなし、FWB所属のハッカーが発信源を特定、対象国家から支部及び鎮守府並びにスタッフと艦娘を撤退させる――深海棲艦からの護衛対象から外すことを
…無論、FWBはメタルギアRAYをそのまま戦力として利用することはない。FWBはあくまで一NGOであり、
レイがトラック泊地に流れ着いたことが発端となった、これら一連の出来事。レイの転生が引き金となって起こったのか、それともレイが巻き込まれただけなのか、或いはそのどちらも無関係なのかは、未だ推測の域を出ない。しかし、彼女がいなければFWBはアーセナルギアやメタルギアRAYを相手にどうすることもできず、多くの犠牲者が出ていたのは言うまでもないことだ。
レイがいなければ、哨戒任務は通常通りの時間で遂行され、天龍達は戦艦ル級率いる敵艦隊とは遭遇しなかった筈だ。仮に会敵してもすぐに撤退していたなら、彼女達はアーセナルギアの存在に気付かず、電、曙共に誘拐などされなかった。誘拐されなければ残る者達がアーセナル内部に侵入することもない。カリュブディスやその部下の深海棲艦の注意は彼女達に向かず、破壊工作を行なわんと暗躍するルーデルを捕らえることができたかもしれない。仮にアーセナルを沈められたとしても、カリュブディス駆るメタルギアRAY試作一号機が残っている。脱出したグラーフが熱中症で死ねば、メタルギアを知る者は誰もいなくなる。もしレイが――平行世界の住人がFWBについていなかったなら、情報を持たぬFWBは平行世界からの刺客に対処することもままならないまま壊滅させられ、そしてその被害は彼らが護る人々にまで及んだことだろう。
欠損があったが故に空転していた…否、空転する筈だった歯車は、レイという歯車が補われることで噛み合い、咆えるような轟音を立てて回り出す。
運命が鳴動する。
この時点で、レイが転生したこの世界線は、彼女ありきのものへと分岐していたのだ。
環礁の外縁にある小さな砂浜に寝そべり、レイは小休止をとっていた。
「…ふう」
体力に恵まれた肉体を持って生まれたレイは、およそ一時間――たった二回の息継ぎだけで武装も使わず泳ぎ続けていたとはいえ、それ程疲れていた訳ではない。水槽で泳ぐだけでは拝むことの叶わなかった、魚や珊瑚などといった色とりどりの海の生き物達に、レイはむしろ活力を貰っている。彼女は北の水平線を眺めながら、ぼんやりと思慮に耽っていた。
「……」
かのパラオ泊地襲撃事件から一ヶ月近く、レイの生活は前の世界線とは比べ物にならない程に平和であった。朝の自主訓練と時たま行なわれる
そこで彼女は思ったのだ。“これこそが『普通の日常』なのではないか”と。
無辜の人々が享受していた平和と安寧。それを壊したのが深海棲艦の出現。
「…そういえば」
ふとレイは、明日の予定を思い出した。明日の朝、トラック泊地の人員は横須賀に発つことになっている。自分の部屋を片付けていたのはその為だが、ここに来る前駐機していたティルトローター機はその足ではない。ガダルガナル島北部、アイアンボトムサウンドに面した、FWBの保有する飛行場から大型機を一機派遣し、それに乗って横須賀本部へと向かうのだ。その主な目的は、レイに関する情報の最終確認、及び資料作成。
ここでいう‘資料’とは、単にFWB内だけで閲覧されるものではない、正確にはパンフレット、或いは‘公式設定’とでもいうべきものだ。艦娘という存在が十分に世間に浸透した今日に於いては、FWBに属する艦娘は最早唯の救世主ではなく、アイドルやサブカルチャーの一キャラクターとしての側面も持っている。今や彼女達を題材とした同人誌程度なら極普通に見られるものだ。つまりレイの資料を纏めることは即ち、レイという‘キャラクター’を用いた二次創作的同人活動を行なう上でのガイドラインを作ることでもあるのだ。
…尚レイは
「…うん。頑張ろう」
新たな任地への空路を目前に、レイは息巻いた。どんな任務であれ、自らの目的の達成に必要な通過点であるなら、彼女は何にでも自分の意思で向かっていくつもりであった。
その時、
「レイ君、緊急事態だ!!」
切迫した様子の巌羅の声が、無線を通じて彼女の耳に入った。
「が、巌羅さん!? 緊急事態って――」
「今すぐ鎮守府に戻ってきてくれ!!
詳細が明かされぬまま一方的に切断されてしまった通信に、レイは状況の脅威レベルへ思考を傾けた。あの寡黙な巌羅が、急かされるように話すところなど想像もつかない――であれば、相当な危機が迫っているのは想像に難くない。
「ッ!!」
レイは鋭く疾駆し、魚の群れを突っ切ってトラック泊地へと急いだ。
更なる未知の経験が、待っていようとも知らず。
状況説明の文が大部分を占めた為なんとか今年中の投稿に漕ぎ着けましたが、次回の投稿はやはり遅れることとなりましょう。
しばらくは設定を練るだけで終わりそうです。
新章突入。第二章は『悪魔の兵器編』です。しょっぱなから何かが起こりそうな感じですが、メインとなるのはもっと後の話ですのでご安心を(?)。
序破急の『破』にあたるこの章では様々なことが明らかにされていき、また新たな謎が生まれる章でもあります。主人公であるレイ以外でも大きな動きがある予定です。自分でも書くのが楽しみですね…w