歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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グラッド・トゥー・セレブレーション

 静か過ぎる。大急ぎでトラック泊地まで戻ってきたレイが最初に思ったことはそれだった。放送テストで一度だけ聞いた『コンディション・コード:オレンジ』の警報音ばかりが、人気のない鎮守府に響き渡っている。

 

「…?」

 

その‘静寂’を乱さぬように、レイは埠頭からそろりと陸に上がった。いつでも機銃を撃てるよう構えながら、塩水に濡れた身体を慎重な足運びで敷地の中央へ持っていく。本来これは危険な行為だが、自身の機動性を十全に活かすべく、レイは敢えて見通しの良い場所に身を置いたのだ。

 ――何かがおかしい。鎮守府内には戦闘の形跡がまるで見当たらず、またJTIDSにも一切の反応がないのである。これは周囲で何ら戦闘行動が行なわれていないことを意味していた。JTIDSは深海棲艦と艤装を展開した艦娘、そして人間の使用する兵器群が表示されるようになっており、それ以外を検出するにはソリトンレーダーを併用する必要がある。

 

「…巌羅さん?! いないんですか?! 皆は!?」

 

これはいよいよ不可解な状況になった。レイは声を張り上げて鎮守府の一同に呼び掛けつつ、長らく使われていなかったシステムをバイパスしてソリトンレーダーを起動しようと――

 

 「っ!?」

 

銃声。立て続けに聞こえる乾いた音は、レイの思考を一瞬で戦闘の緊張状態へと引きずり込んだ。レーダーには相変わらず反応はないが、レイは水圧カッターのカバーも開き、反撃の準備を整えておく。次いで信号弾が打ちあがるような、ひゅるひゅるという音が遠くから聞こえ、

 

「ん…?」

 

花火のように、ドッと弾けた。レイが視線を向けた先で、更に複数の見紛うことなき花火が打ち上がる。

 ぴたりと警報が鳴り止み、代わりに歌が聞こえてきた。

 

 

  Happy birthday 真の英雄

 

  Happy birthday 敬礼だ

 

  Happy birthday おめでとう

 

  Happy birthday to you

 

 

 歌っていたのは、巌羅を始めとするスタッフ一同、戦艦、空母、巡洋艦達だった。レイの目に付かない場所に潜んでいた彼らは、歌いながらゆっくりとレイの前に姿を現す。各々の耳に掛けられた小さなヘッドセットで声を拾い、それらを合成した上でスピーカーから流しているらしい。

 歌が終わった瞬間、工廠の陰から駆逐艦と潜水艦がばたばたと飛び出してきた。彼女達は横一列に並んで持っていた横断幕を広げ、そこに書かれていた文字を満面の笑みで読み上げる。

 

「「「お誕生日、おめでとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」」

 

誕生日――

 

「…あ、そっか…今日って…」

 

今日の日付は、八月三日。

 

「私が、造られた(生まれた)日…」

 

レイの、誕生日である。

 かつての世界線に於いては、レイにとって――というより、レイを作った者達にとってというべきか――誕生日とは単に製造年月日とそれからどれ程経ったかを示す指標でしかなく、レイという個人を祝福する者はいなかった。戦闘可能な年齢まで急速に強制培養させるタイプのものも多い艦娘とは異なり、()()()()や安定性を考慮して人間と同じ速度で赤ん坊から成長させられたレイの誕生日は、艦娘よりは‘人間らしい’意味を持ってはいたが、それでも兵器であるという括りが、彼女を一人の少女として見る認識から遠ざけていた。

 そんな彼女は今、このトラック泊地に配属されたパーティー好きなFWBのスタッフと艦娘の一同から、ある種古典的なサプライズで誕生日を祝われている。それまで自分が望むべくもなかった、仲間達からの祝福。

 嬉しいに決まっている。

 

「皆…ありが、とぅ…わあああああああああああああああああああああああああああああ…!!」

「はわわ?! また泣いちゃったのです!?」

「まさかこんな号泣するとは…」

「企画した甲斐があった、…のかなぁ?」

「ほ、ほらレイ! 泣くにはまだ早いってば!!」

「ケーキがありますよ! 今日で十五歳でしたよね!?」

「プレゼントだってあるのよ!! 何かしらこれ…エアガン?」

「同じのが二つあるの」

「島風が早とちりして二つ注文したっぽい」

「い、いいじゃない間に合ったんだから!!」

 

 嬉し泣きというものも、レイは初めて経験することになった。

 

 

 

 

 レイの誕生日を祝うこの企画自体はトラック泊地独自のものだが、彼女を‘持ち上げる’という方針はFWBが決定した戦略であった。

 異世界から来訪し、FWBのみならずその背後の人々をも深海棲艦の脅威から守ったレイという少女に対して、懐疑的な声と同時に好意的な声も存在した。FWBはそれに着目し、レイを世界の危機から救った英雄と見做し祭り上げることで、彼女への批判を回避しようと試みている。今の状況、つまりアーセナルギアやメタルギアRAYによる本格攻撃を未然に防ぐことができたことで平静を保っている世界の現状が、レイがいなければ、レイが味方についていなければ有り得なかったものであることは、FWBも重々承知であった。FWBにとっても、彼女は英雄、起こり得る悲惨な未来の闇を祓った光明なのである。

 深海棲艦からの防衛を一手に担うFWBが、レイを手放しで歓迎する。これが世界にもたらすものは、自ずと想像できよう。圧倒的なシェアがレイとそれを擁するFWBに集中し、クラウドファンディングは目標金額など軽く突破する。余剰分が更なる拡充に充てられ、より効果的な活動を可能にする。結果的にレイを広告塔に利用する形にはなってしまったが、彼女の手が届かないところでも、世界の海の平和を取り戻すべくFWBは戦うことができるのだ。

 レイは知る由もないが、今回彼女が横須賀本部に向かうことになっているのも、情報収集はその一面に過ぎない。滞在中に予定されていることの殆どは、多大な活躍をした彼女を労い、可能な限り彼女の願いを叶えようという感謝の気持ちからくる、いわば慰安旅行のようなものだった。…限りなく低い確率ではあるにせよ、万が一にでも彼女がFWBの扱いに不満を覚え、反旗を翻すようなことがあってはならないという恐れの裏返しでもある。

 何はともあれ、レイは自分の――お祭り好きなトラック泊地のスタッフ達が騒ぎたいだけだったのかもしれないが――誕生日パーティーを存分に楽しむことができた。

 

「ちょっと天龍! そんなもの置くんじゃないわよ!!」

「俺が道に何を置こうが俺の勝手だろ!」

「そうだぞ陸奥、バナナの皮を制する者がマリオカートを制するのだ」

「三人ともどうでもいいから私のマシン落ちまくるのどうにかしてよぉ!!」

 

会議室の大型スクリーンを使ってのレースゲーム大会。

 

「トゲアリトゲナシトゲトゲ!」

「下戸!」

「コスタリ――あっ…」

「はーい青葉の負けだクマー」

 

キッチンタイマーを用いた爆弾ゲーム。

 

「「「王様だーれだ!」」」

「電なのです! 十一番さんは手をチョキにして十回反復横跳びするのです!!」

「俺か」

「随分ごついカニだね…」

 

こうした場では定番ともいえる王様ゲーム。

 ゲームこそ艦娘達としたことはあるものの、これほどまでの大人数で遊ぶことは勿論、それによって発生する様々な想定外、その偶然をも楽しむ雰囲気は未経験のもので、レイを大いに刺激した。戦いを忘れていられるこの平和な時間を、巌羅はこう表している。

 

“これは、褒美だ。元の世界でも、この世界でも戦い続ける君への、ささやかな報酬さ”

 

彼の言葉に、スタッフ達は口々に同意したのだった。

 やがて水平線の向こうに太陽が沈まんとすると、食堂の厨房に置かれた冷蔵庫から巨大なケーキを取り出す準備の為、二十分程の休憩時間が挟まれた。レイはこの間に、開封したばかりのエアガン二丁を始めとするプレゼントを日本に持ち込もうと自室に戻る。タオルに包んでバッグに入れた後、パッケージの箱は自室の隅に保管しておくことにした。

 

「ん…?」

 

その時、何かが西日を反射したのか、窓の外から来た光で部屋全体が一瞬だけ明るくなった。箱をその場に置いてから窓の外を確認すると、鎮守府正面海域の上空を艦載機が一機飛んでいるのが見える。良好な下方視界と安定した急降下性能を生み出す逆ガル翼、固定脚が特徴のその機体は、トラック泊地の空母のものではない。

 

「スツーカ…?」

 

加えて、主翼には巨大な機関砲が取り付けられている。対戦車攻撃機Ju 87 G、通称『大砲鳥(カノーネンフォーゲル)』――レイの知る限り、それを駆る妖精はルーデルしかいなかった。

 スツーカはしばらく海上を旋廻していたが、急に高度を上げてスモークを焚き始めた。帯を引くスモークを断続的に撒き、本来機動性が劣悪な愛機をルーデルは巧みに操ってみせる。再び機体が高度を落とした時には、空には一連の文字列が描かれていた。

 

 

  Alles Gute zum Geburtstag(誕生日おめでとう)

 

 

鎮守府から離れて飛んでいくスツーカの先に、艦娘が一人立っているのが見える。レイは大急ぎでバッグから可変倍率双眼鏡(プレゼントの一つ)を引っ張り出し、艦娘に向けて覗き込んだ。白と黒を基調とした軍服、腰を囲むようにコの字型に展開された飛行甲板型の艤装――それは紛れもないグラーフの姿であった。

 

「グラーフさん…」

 

円い視界の中で、グラーフはルーデルの着艦を確認すると、こちらに大きく手を振り、どこかへと去っていった。…大方、パラオからスタッフに送って貰ったのだろう。

 恩人からの思わぬサプライズに感激するも、

 

「…私、ドイツ語わかりません…」

 

できれば英語を使って欲しかったレイであった。

 

 

 

 

 

 西之島。小笠原諸島に属する無人島で、海底火山の活動により生じた火山島である。

 一九七三年に有史以来初めての噴火が観測されるまで、この島は四千メートル級の山体をもつ海底火山の火口縁が僅かに海面上に現れただけの部分でしかなく、面積七万平方メートル、南北六五〇メートル、東西二百メートルの細長い島だったが、その後二〇一三年の噴火を経て、現在では東西・南北共に二キロ弱のほぼ四角い釣鐘型の島となっている。

 気象庁は警戒範囲を火口から半径一キロ半に設定している為、島に上陸する人間はまだいないが、深海棲艦にそんなことは関係ない。

 

「…それじゃあ、ないとは思うけれど、万が一の時の備えはしておいて頂戴」

「はっ」

「脅しが通じないなら実力行使も辞さないわ。何としても成功させる」

 

 かの飛行場姫ことナウクラテーは、西之島の冷え固まった溶岩の上に足を組んで座り、一月前に話していた男とは別の声と対話していた。彼女が視線を向ける海上では、無数の深海棲艦が波浪の中に現れては消えていく。

 

「我が息子ブリアレオスを奴らの魔の手から救ってくださること、このウラノス恐悦至極に存じます」

「‘強化’が私達の手を離れてしまった以上、こちらから撃つより他はない。それに、安全且つ効果的に攻撃する手段は、あって損はないもの」

 

聞くだけなら平静と思えるナウクラテーの言葉。しかし彼女の顔には得意と、抑えきれぬ淫欲に塗れた凄絶な笑みが浮かび上がっていた。それを見る者が――ウラノスと呼ばれた声を含め――誰もいないのをいいことに、彼女はそれを隠そうともしない。

 

「――そちらは頼むわよ、ウラノス」

「はい…全てはデウスの為に」

「デウスの加護が我らにあらんことを」

 

 笑みを絶やさぬまま、ナウクラテーはウラノスと名乗る声との話を終え、ゆったりとした歩みで溶岩の坂を海岸線へと降りていく。白く泡立つ波の下にその身を没し、海底の深淵を背に揺らめく陽光を睨んだ。

 

――これが、奴らに対する二番目の切り札になる…

 

彼女の進む先からは、彼女のものではない、一対の‘脚’と長大な‘砲’を持つ、一体の艤装獣が浮上してきていた。




大変お待たせしました。歯車の咆哮第二章二話、工事完了です…
大学の授業が始まってまだ一週間程度しか経ってないのにもう半年経ったような感じすらする程大学での時間が濃厚で、ほんとまいっちんぐ(古い

場面と気力の関係で今回はちょっと短めです。
尚今回の話に使用された歌ですが、去年か一昨年あたりから既に運営さんに直接確認は取って「今のところ当サイト上では問題ない」との返答があったためばっちり書きました。
確認したい方は質問掲示板のこちらをどうぞ。↓
https://syosetu.org/bbs2.cgi?mode=thread&bid=743
サントラにも収録されてないし大丈夫!!
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