歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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サウンド・フロム・サウンド

 アイアンボトムサウンド(鉄底海峡)。ソロモン諸島のサボ島及びフロリダ諸島とガダルカナル島に挟まれた場所に位置する海峡であり、太平洋戦争中の激戦地。夕立は第三次ソロモン海戦に於いてこの地で戦没(轟沈)しており、その他四十隻以上の艦と無数の航空機の残骸が海底を埋め尽くしていることがその名の由来である。FWB西太平洋支部最初の大規模作戦後は深海棲艦の影もなく、多くの人々がスキューバダイビングを楽しむ至って平和な場所となっていた。

 海峡に面した首都ホニアラから東へ十キロ離れた場所にはホニハラ国際空港がある。かつてヘンダーソン飛行場と呼ばれ日米軍の熾烈な戦いが繰り広げられたここは、俗に『陸上型』と呼ばれる深海棲艦に上陸・占拠され、機能を喪失していたことがあった。FWBの活躍でその脅威は取り除かれ、ソロモン諸島はその礼として、この空港の格納庫の一つを自由に使う権利を与えている。

 時計の短針が真っ直ぐ左を向こうとする頃、レイは巌羅の後ろについて空港の敷地内を歩いていた。艦娘やスタッフ達は、少し後ろでぺちゃくちゃと喋りながらついてきている。

 

「人数的には、ティルトローター機を複数使えば事足りると思うんですけど…」

「時間がかかり過ぎるからな。いちいち中継地点に降りて補給していれば、乗員への負担も大きい。こういう時は、航続距離の長い大型機に乗る方が効率的なのさ」

 

自分の呈した疑問に答える巌羅の顔は、レイにはどこか楽しそうな、悪戯を考えている子供のように――イクはよくそんな顔をする――見えた。初めて見る彼のそんな表情に少し驚きつつも首を傾げた時、巌羅はぴたりと立ち止まった。行く手にそびえる格納庫は、まだ彼から五十メートルは離れている。

 

「…ムリーヤは知っているか?」

「いえ…航空機ですか?」

「ああ、輸送用の大型機だ」

 

An-225 ムリーヤ。レイは知らぬことだが、全長約八十九メートル、空虚重量百七十五トンにもなる超大型ジェット機だ。それを例示する根拠は、眼前の格納庫にこそあった。見上げる程に高い、鎮守府の工廠とは比べ物にならない大きな扉が、巌羅の視線の先でゆっくりと左右に開く。

 

「深海棲艦が世に出てきてからというもの、大型航空輸送の需要が高まっているようでな。今でこそ脅威は減っているが、船舶輸送のリスクを避けたいところはまだまだ多い。そのお陰で、採用試験に落ちた機体をお友達価格で買えたそうだ」

 

 鈍い銀色に光る鼻先、その上方でしなる回転翼(ローター)が格納庫の暗がりから現れて、レイは目を見張った。

 それはあまりにも太く、大き過ぎた。

 

「見たか、レイ君。これが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

空と海、陽光の下に出現した白銀の天馬を背にして振り向いた巌羅の表情は、あんぐりと口を開けるレイを見て、してやったりといわんばかりだった。

 

ストラトホーネット(天空の蜂)だ」

 

 

 

 

 

 BB-2 ストラトホーネット(Stratohornet)。全長五十メートル、空虚重量六十九トンにも及ぶこの怪物ヘリは、まだ艦娘が世界に認知される以前、深海棲艦の脅威に曝される日本とその周辺諸国を救うべく開発された、大型航空輸送の切り札ともいえる存在であった。通常の輸送機を上回るスペックを持つムリーヤ等の機体の数は限られ、チャーター費用も馬鹿にならない。その問題を解決しようと、日本は新たに国産輸送機を産み出すことを画策。かくして誕生したのがBB-2だが、艦娘の活躍、FWBと日本政府との‘交渉’によって船舶輸送の安全性が確保されると、最早無用の長物と化してしまった。

 倉庫に眠るかスクラップになるかというところを、いち早く情報を嗅ぎ付けたFWB本部が買い取りを申し出、自衛隊への納品価格の半分以下で入手することに成功。現在では艦娘とスタッフの異動の為世界の空を飛び回っている。

 

「ファーストクラスとはいかないが、居住性は確保されている筈だ」

「凄く…快適です」

「まあ、レイは旅客機に乗ったことはないだろうし、このレベルは最高だろうな」

「至れり尽くせりなのね!!」

 

後部ハッチから入るペイロードの前半部はFWBの手で改装され、旅客機の代表ボーイング787に匹敵する計二百八十人が着座可能な客室が設けられている。強面で物々しい機体の外観とは裏腹に機内はLED照明で明るく、旅客機に乗ったことのないレイでも、それが自分が今まで乗ってきた航空機とは全く異なるものであることが理解できた。前方を向いて何列にも並んだシートはふかふかしていて、足も大きく伸ばせる。駆逐艦達は我先にと客室に雪崩れ込み、思い思いの席に座っていた。巌羅が自慢げなのも頷ける。

 全ての人員と若干の荷物がペイロードに収まった頃、客室内のスピーカーから機長のアナウンスが流れてきた。

 

『皆様、おはようございます』

「「「おはようございまーす!!」」」

「くくく、またこれか…」

『本日は()()()()()をご利用いただき、ありがとうございます。――』

 

機内放送に駆逐艦と潜水艦、一部の軽巡が元気よく応え、レイの隣に座った巌羅は呆れ半分、可笑しさ半分といった様子で笑う。航空会社のアナウンスを意識したこれ(ジョーク)が毎度恒例のことだとレイが知るのは、もう少し先の話だ。

 

『――それではどうぞごゆっくり、快適な空の旅をお楽しみください』

 

 ホニアラから横須賀まで約五千四百キロ。パワーバイワイヤが実現した常識外れの燃費からくる航続距離、フライバイライトによる桁違いの飛行安定性と操縦性は、ソロモン諸島と日本を六時間で結ぶ。一説には、BB-2がFWBの手に渡ったのは他国の介入と軍事転用を防ぐ為だったとも言われている。

 朝食を摂っていなかった彼らの元に、温かい機内食が運ばれてきた。

 

 

 

 

 

 BB-2に乗った彼らが昼食を摂ったのは、SBT(ソロモン諸島時間)午後一時半頃のことだった。日本とソロモン諸島とは二時間の時差があり、横須賀への着陸予定時刻は現地時間で午後一時になる。到着してからは荷物の整理もそうだが、トラック泊地とは娯楽の質・量共に雲泥の差である久し振りの日本を目一杯楽しむ為、体力を温存して昼寝に就くものが多かった。巌羅もこの時ばかりは薬を飲まず、睡魔に身を任せている。

 そんな中、三層ある客室の最上層で一人、瑞鶴は窓際の席に座って水平線を眺めていた。

 

「……」

 

レイが失踪したあの夜の無線。(翔鶴)には“友達と流星バースト通信”と説明したが、半分以上は全くの出鱈目である。通信方式は相手から教わった――FWBも認知していない――『()()バースト通信』とでもいうべきもので、しかもジブラルタルにいる‘彼’は、本来なら自分と話すべき相手ではないのだ。

 

『…瑞鶴か』

「久しぶり。元気してた?」

『ああ、何とかな。…お前はどうなんだ?』

「楽しくやってるよ。最近あったこととか、聞く?」

『頼む』

「いいよ、まず二週間前のことなんだけど――」

 

そこから始まる他愛もない会話。しかし瑞鶴は、会話を聞かれぬ為にわざわざ人目につかない場所に移動していた。それもその筈、彼女の話し相手は、二年前に地中海での作戦で撃滅したとされる深海棲艦なのだから。

 『高空棲貴』――唯一無二、巡航ミサイルの運用能力と、空母型が放つ艦載機などとは別次元の()()()()()()()深海棲艦である。砲の仰角や射程の限界から、遥か上空を飛行する彼に直接攻撃できる艦娘はおらず、対抗するには空母型が艦載機を飛ばすより他がなかった。極めて高いレーダー性能とミサイルの精度、夥しい数の対空兵器、加えて「空中空母」と評された艦載機の運用能力が撃墜を更に困難なものとし、それを打破する為の『パラリティタン作戦』の立案までは地中海の完全奪還は絶望視されていた程だ。

 しかし――どうでもいいということはないが――今の瑞鶴にはさほど大きな問題ではない。退屈で閉塞的で、その上過酷な日々を送っている彼の唯一の話し相手になってやることに、瑞鶴は不可思議な喜びを覚えていた。

 

『…日本に行くと言ったな。レイはそこで何を?』

「あー…宣伝活動に協力して貰うのよ、うん」

『ふむ…』

「…むう」

『どうした?』

「何でもないですよーだ」

『…?』

 

ただし、不満もある。レイが失踪した後の会話で初めてレイのことを話題に上げたのだが、その話題に対して彼は妙に食い付きが良い。彼女がどんな戦果を上げたのか、どう過ごしているかなどを話す度に、顔こそ窺い知れないものの、彼の声色は安心したような、それでいて期待するような調子に変わるのだ。それに対する疎外感――嫉妬と認めるのは癪だった。

 

――でも…何でレイがそんなに気になるのかな?

 

彼は多くを語らない。深海棲艦である以上立場の上では敵であるレイの情報を少しでも得たい、という線はすぐさま却下される。()()()()()()()()()()()()()()()と辻褄が合わないからだ。彼がどんな理由で、何をレイに期待しているのか…瑞鶴はそこに、自分の与り知らぬところで何か大きなものが動いている気配を、微かに感じていた。

 

 『――本機はまもなく着陸態勢に入ります。今一度シートベルトの着用をお願い致します』

 

数時間ぶりの機内放送。話し込んでいるうちに、いつの間にか日本領空に入っていたらしい。瑞鶴は姉に呼ばれる前に自分の席に戻ることにした。彼と会話するにあたっては、少しでも怪しまれる要素を減らす必要がある。

 

「…それじゃあ、また今度ね」

『ああ。次も、頼む。瑞鶴』

「うん。バイバイ――」

 

去り際に名を呼ばれたことに、何故か無性に嬉しくなった瑞鶴は、FWBによる呼称ではない彼の名を呼び返した。

 

 「…ブリアレオス」

 

 

 

 

 

 ねぇ、知ってる?

 『君と遠く(あい)知らば、雲海(うんかい)の深きを()わず』っていう昔の中国の詞があるの。

 遠く離れていても、心がつながってるから遠い気がしない、って言うこと…。

 あっ別に深い意味は無いのよ。うん…。

 

二〇〇五年二月二十四日 アメリカ合衆国 シャドーモセス島にて

ソリトンレーダー及びリアルタイム・バースト通信の開発者、メイ・リンの言葉




大変お待たせいたしました。今回も文字数少なめです。
瑞鶴とブリアレオスとの会話の内容を考えるのにとんでもなく時間がかかってしまったのが更新遅延の主因です。他愛もない会話って難しいですね。ビツケンヌは話したいことや話す必要がある時以外は殆ど人と話さずに過ごしている人間故、そういうのを考えるのが苦手でして…

今回も謎が深まってまいりました。
ナウクラテーがブリアレオスを取り戻そうとしている理由は、彼こそが巡航ミサイルの運用能力と飛行能力を併せ持ち、FWBに倒された『高空棲貴』であるからだとは判明しましたが、そんな彼は今ジブラルタルのどこにいるのか、何故瑞鶴と話しているのか、そしてレイに興味を示す理由とは何か…自分で書いててわくわくすっぞ!!(謎)
あとは天空の蜂が好き過ぎて思いっきりビッグBをオマージュしたサンダーバードもどきを登場させたけどわかったかな?w

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