歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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イグニッション・ダイバー

 レイの覚醒から一時間後、時刻は正午過ぎ。

 レイは鎮守府の敷地内を横切り、真っ直ぐ海へと向かっていた。正装であり一張羅である「MARINES(海兵隊)」のマーキングが左肩に入ったセミドライスーツは無事返して貰い、きっちりと着込んでいる。その隣を行くのは、一五〇センチ程のレイに対して二メートル近い身長の、白い士官服に身を包んだ巌のような男。筋骨隆々として顔立ちも厳めしいが、レイは臆する様子を見せない。

 

「済まないな、レイ君。協力してくれるなら俺は土下座も辞さないが、艦娘の中に君の実力を疑う者がいるのだ」

「いえ、無理もありません。ここでは私はどこの馬の骨ともわからない流れ者ですから」

 

彼はこのトラック泊地の提督、政金(まさかね)巌羅(がんら)。ナルコレプシーを患う彼は、普段処方される向精神薬をレイ発見時の騒ぎで飲み忘れ、睡眠発作が起こってレイとの面会が遅れていた。…見るからに屈強な身体を持ったこの男が睡魔に負けるなどとは到底思えなかったことは、レイは秘密にしている。

 およそ三十分前、レイは巌羅に自分の身の上を明かし、ボランティアという形で、深海棲艦との戦いへの全面的協力を申し出た。巌羅はこれを嬉々として承諾したが、元々武勲の高いこの鎮守府に属する幾人かの古株の艦娘は首を縦に振らず、艦娘との演習で十分な成績を出さない限りは戦闘には参加させない、と主張したのが事の次第だ。

 

 「演習相手は六人。白露型駆逐艦四番艦『夕立』、島風型駆逐艦一番艦『島風』、天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』、球磨型軽巡洋艦五番艦『木曽』、龍驤型軽空母一番艦『龍驤』、長門型戦艦一番艦『長門』。どいつも血気盛んだ。ところで、」

 

巌羅はちらりと背後を振り返り、それからレイに問うた。

 

「本当に君一人だけでいいのか?」

 

二人の後ろには、平行世界の住人を一目見ようと、艦娘達が続々と集まっている。背丈も体格も、服装までまちまちで、レイが知らない者も多い。

 

「ええ、大丈夫です。作戦立案はともかく、指揮はあまり得意ではないので、一人の方が都合がいいんですよ」

 

 紛れもないレイの本音である。彼女の所属していた第六対深海棲艦用生体兵器部隊、通称『セイレーン小隊』でも、レイは名目上隊長の立場にあったが、遊撃を主な任務とするセイレーン小隊にとって、隊長など上からの命令を隊員たる他の対深海棲艦用生体兵器達に伝えるだけのメッセンジャーに過ぎなかったのだ。加えて隊自体の結束も緩かった。

 艦娘達の性質もあの時とはまるで違う。それを把握しきれていない自分になど、彼女達は指揮を任せたくはないだろう。

 

「艤装…いや武装か、そちらは問題ないか?」

「はい、()()()は掴めました。扱いも支障はない筈です」

「うむ、わかった」

 

巌羅との面会までの間に、レイは資料室に赴き、この世界線の情報収集を行なっていた。自分に関わりのある事項から優先的に調べていって判明したのは、あくまで兵器の一種だった元の世界線とは違い、この世界線での艦娘は第二次大戦期の軍艦に宿った魂が肉体を持って具現化した、九十九神や英霊のような存在であること、そして己もまた艦娘と似た存在となっていること。概要だけで極ざっくりとしているが、この差異は非常に大きい。

 

 「全員、聞こえているな? これより演習を開始する。時間は本人の希望で十分、それ以上が経過すればお前達の勝ちとなる。話を聞く限り、相手は百戦錬磨だ。どんな武装を使ってくるかもわからん。心してかかれ」

 

巌羅が無線機で海上に待機している艦娘達に連絡するのを尻目に、レイは埠頭に立ち、自分の命を預ける武装を‘展開’した。

 奇妙な温かい光と共に、レイの周囲に幾つもの武骨なパーツが湧出する。彼女が軽く手足を広げてそれらを受け入れるような恰好になると、セミドライスーツとパーツとの間にバチバチと紫電が迸り、磁石で吸い付けられるかの如く彼女の身体に纏わり付いた。

 右前腕を覆う紡錘形のパーツ。左前腕にも似たパーツが取り付けられているが、そちらは前者より幾らか角張っており、二つの青白いLEDランプのせいでトカゲの頭にも見える。背中のパーツは蛇腹状の関節を持ち、レイの動きを阻害しない。脚部は踵が接地せず、爪先立ちになっている。そして極め付けは、ワニのそれのように側扁した長い尻尾。どのパーツも全体的に滑らかな流線型で、身体の一部にすら見えた。

 埠頭から海面に()()()()()レイを見た巌羅は、僅かに眉を上げた。メタルギアRAYを再現したレイの武装は、確かに艦娘の艤装との設計思想の根本的な違いがはっきりと出ている。その太い眉をもっと上げさせられる戦果を出そうと、レイは意気込んだ。

 

「それでは、よろしくお願いします」

「ああ、結果を楽しみにしている」

 

 レイは水上スキーの要領で、海面を滑り出した。

 目標との距離は遠く、統合戦術情報分配システム――今は名前を外れて単なる高精度なレーダーと化している――には何も映らない。今のうちに模擬戦用に出力を落とし、弾種も模擬弾に切り替えておく。幸いなことに、武装の展開・装着、海上航行、武装制御というここまでの操作は、彼女が元の世界線で脳内ナノマシンによる武装制御や通信を行なっていた経験からか、気味が悪くなる程スムーズにできていた。海上航行についても、電磁的音波振動推進装置(Electromagnetic Sonic Thruster)、略して『EST』なる詳細不明の特許技術(ブラックボックス)を使っていた当時と同じ感覚。霊力だの何だのの理論はまだ解していないが、転生するにしても随分と都合がいいものだと、レイは小さく笑った。

 

 「…来た」

 

滑り出しから三十秒と待たずに、レーダーは空母が放った艦載機を捉えた。艦隊戦のセオリー通り、制空権を確保した後砲撃戦に持ち込み魚雷で止めを刺す腹積もりだろう。

 

――残念ながら、今回はそうはいきませんよ。

 

レイは頬に浮かべていた笑みを、獰猛なものへと変質させ、そしてすぐに真顔になった。

 ゆっくりと膝を曲げ、勢いをつけて――

 

 

 

 

 

 長門を旗艦とする演習部隊は、軽空母龍驤が発艦させた艦載機からの入電内容に驚愕していた。

 

「は…? …潜水? 潜水したやて?!」

「間違いねえのか龍驤?!」

「ワイかて信じたないわ! 何なんや平行世界どんな兵器作ったんや…」

「こ、これはやばいのを相手にしたっぽい…」

「うろたえるな、龍驤も落ち着け!」

 

艦載機が引き返してくる中、動揺する天龍や夕立を宥める長門だけが、『メタルギアRAY』を名乗る平行世界よりの刺客に、それまでと同じ策が通用しないであろうことを予期していた。しかしそれでも、長門に不安がない訳ではなかった。

 

「各員、警戒を厳にしろ!!」

 

 長門は自身も魚雷に留意しつつ、仲間に警戒を促す。

 龍驤の九六式艦戦が相手を捉えてくれさえすれば、彼女は駆逐艦の二人や軽巡の二人に魚雷を撃たせるまでもなく、弾着観測射撃で蜂の巣にできる自信があったのだが、最早その手は無効となった。喫水線下に攻撃する九一式徹甲弾(勿論模擬弾頭に換装済み)を使おうにも、完全に水中を行く標的には効果がない。となれば次に頼れるのは、

 

「木曽、聴音機!」

「一応用意しておいたはいいが…うんともすんとも言わないぜ、長門」

 

“念の為”と木曽に持たせた九三式聴音機だったが、これも無意味なようだ。それまで彼女達が相手にしてきた潜水型は、艦娘か深海棲艦かに関わらず、水を掻き分ける霊力の動きでスクリューと同じ音がするのが常であった。その音が聞こえないとなれば、静音性の高い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としか言いようがない。

 長門の胸の内に、焦りが生まれていた。それを押し殺そうと、長門はもう一つの“念の為”を使った。

 

「島風、水中探針儀!」

「了解です!!」

 

島風の三式水中探針儀。探針音にかかれば、潜水艦でも隠密性は発揮されなくなる。向こうが潜り続けるつもりなら、こちらが向こうの要望に沿って十分間逃げ回ってやればいい。元の世界でどれだけ鉄火場を潜り抜けてきたか知らないが、舐められたものだ、自分が定めた条件で自滅するといい。

 

「…見つけた! 六時の方向!!」

 

勝利の糸口を見出したと思った、思い込み憂慮を紛らわそうとした。その一瞬が、命取りだった。

 

「真後ろ、いえ真下です、逃げてッ!!」

 

 島風の金切り声は、長門の背後で上がった水飛沫に掻き消された。

 近接信管での雷撃。誰もがそう考えたが、長門が振り返ったその時、照りつける太陽を背にして何かが降ってくるのを彼女ははっきりと見ていた。

 

「なッ?!」

 

網膜を焼かれ思わず目を逸らした長門だったが、直後に自分の背負う艤装が、ガツン、という衝撃と同時に、人一人分重くなるのを感じた。

 常盤色の髪。水色の瞳。セミドライスーツの上から見たこともない形の艤装を纏い、長く伸びた尻尾は総合的シルエットと合わせて恐竜か怪獣を思わせる。

 

 「対艦ミサイル発射」

 

『メタルギアRAY』だった。彼女は敵に囲まれ、あまつさえ長門が砲を回頭させれば直撃させられる程近過ぎる状態にあって、恐ろしく無機質に、冷静に何かを宣言した。刹那、彼女の両腿の上部装甲が迫り上がり、その下から白い円柱形の噴進弾――ミサイルが三発ずつ飛び立っていった。

 

「拙い、逃げろ皆!!」

「逃げってうわああぁああああ?!」

「きゃああああああああ!!」

「ぬわーっ!?」

「ぶわああっ?!」

「ぽいいいいいいいいいいい!!」

 

阿鼻叫喚。その言葉が相応しかった。まず龍驤に一発、一番足の速い筈の島風に一発、天龍、木曽に同時に一発ずつ、最後は何とか十数メートル逃げた夕立に無慈悲に二発。追尾する弾など長門も撃たれたことはない。避けられる筈もなく、標的となった五人は例外なく被弾し、一瞬でペイント塗れになって大破判定が出た。

 

「くそっ!」

 

長門が背後の敵を撃とうとした時には、既に水中へと逃げられていた。その上背後に向けることのできる砲塔は、二基とも根元へ機銃が撃ち込まれて機能不全が起こり、上向きのまま停止していたのだ。恐ろしい手際の良さである。

 夕立の言っていた“やばいのを相手にした”というのは、やはり正しかったのだ。長門は果てしなく震撼し、己の想像を超えた‘兵器’と戦おうなどと考えた自分の浅はかさを恨み嘆いた。

 

「…まだだ。まだ終わってない…!」

 

それでも尚、勝利への希望を見失うことは、艦としての記憶――『ビッグ(セブン)』と謳われた戦艦長門のプライドが許さなかった。

 長門は必死に思案を巡らせ、その中で、ある一つの疑問が浮かび上がった。

 

――何故、『メタルギアRAY』は水上に出てきた?

 

相手はこちらの放った艦載機に反応して潜航を開始し攻撃を逃れたが、向こうからについては、袋叩きに遭うおそれもある至近距離で、わざわざ水上に出てから攻撃していた。泳ぐ方が得意なら水中から攻撃した方が安全である筈なのに、である。そこから推測した仮説は、

 

「まさか、水中では攻撃できない…?」

 

メタルギアRAYが、魚雷のような装備を持たない兵器であるということ。その仮説は時と共に確信へと変わっていく。三十秒程経過したが、波の音しか聞こえない。

 電探は無論、視覚、聴覚、触覚や嗅覚まで、あらゆる感覚を駆使して、長門はメタルギアRAYを探す。波の随に潜む影、波音に紛れて浮上してくる時の水音、風の流れ、艤装特有の鉄の臭い…それらを感じ取るべく、彼女は自身の切れ長の瞳を執念にぎらつかせ、これまで経験してきた深海棲艦との戦い以上に神経を研ぎ澄ました。

 そして遂に、

 

「ッ! そこか!!」

 

空と海の境界を破り、長門の左手に水飛沫が上がる。空中に躍り出たその強敵を、再び波の下に降りる前に撃ち落とさんとしたが、

 

「?」

 

コンマ数秒の逡巡。それはメタルギアRAYではなかった。下部から噴射炎を噴き出し、宙の一点に静止する六角柱状の何か。側面の一つ一つがきっかり九十度開き、そこから小さな円柱形が――

 

「三式弾、撃てーッ!!」

 

殆ど勘で、反射的な行動だった。それが艦載機以上に危険なものだと判断したのは、発射した三式弾が目標直前で炸裂した後だった。六角柱の親機から顔を覗かせた子弾が誘爆するのを見て、

 緩んだ思考の、隙を突かれた。

 長門は自分に影が落とされた時、反応できなかった。

 

 「ウォータージェット発射!」

 

 頭上一メートル程まで迫った相手の言葉の意味も、理解できなかった。

 自分の艤装の裏で飛沫が飛んだかと思えば、自分は艤装から切り離され、海上に投げ出されていたのだった。

 

「うおっぷ?!」

 

艤装がなければ、艦娘は航行はおろか海面に立つこともできないただの少女。息継ぎの暇もなく顔面から叩きつけられた長門は浮力を失い、海中深く

 

「大丈夫ですかっ?!」

 

沈まなかった。もっと言えば、自分より二回りも小さな少女に「お姫様抱っこ」されていた。

 

 「何てこと、水圧カッターの出力が予想より高かったなんて…お怪我はありませんか? えっと…」

「な、長門だ。怪我はしていない、大丈夫だ。貴女は…」

「レイです。レイと呼んでください。ああどうしよう、長門さんの艤装が…何とお詫びしたらいいか…」

 

長門は面食らってしまった。自分の置かれた状況(お姫様抱っこ)もそうだが、『メタルギアRAY』改めレイはこちらの出した条件を赤子の手を捻るが如く達成したのも束の間、相手の心配――艤装の弁償など考えているらしい。

 

「レイ、勘違いしているようだが――」

「はい?」

「艤装は復活するぞ。本体(着用者)が回復すればな」

「…そうなんです?」

「そうだとも。艤装は艦娘の持つ霊力で構成されている。艦娘が精神的・肉体的にリフレッシュすれば、身体に十分に霊力が溜まって艤装も勝手に修復される。要は風呂に入れば(入渠すれば)直る」

「なるほど…」

 

…少し、というより大分抜けているところもあるようだ。生体兵器と聞いていたから、それこそ戦闘マシンのようなパーソナリティーを想像していたが、なかなかどうして人情味がある。

 

「しかし…やはり貴女は、歴戦の防人だったのだな。疑って悪かった」

「いえ、歴戦だなんて…実際に戦ったのは三年ちょっとですよ」

「それに私を心配してくれた。背中を任せられたなら、頼もしいことこの上ない」

 

 彼女ならば、いや彼女だからこそ、共に戦うに相応しい。演習を終えた長門は、心からそう思えた。

 大破判定が出され戦闘海域から離脱していた五人が、二人に近付きつつあった。

 

 「そういえば、魚雷を撃たなかったな? 装備にはないのか?」

「そうですね、魚雷は持っていません。RAY自体が元々沿岸部からの奇襲攻撃を想定した兵器でしたから。…どちらかというと、深海棲艦向きですねっ」

「冗談でもよしてくれ…レイが敵に回ると思うとぞっとしない」




一話目からお気に入り数5に加えて感想まで頂けて感謝感激雨あられ、調子に乗って二話目を書き上げました。

前回のような原作台詞引用はありませんが、ところどころにネタを忍ばせたつもりです。
途中から長門の視点に変えてみましたが戦闘シーンに派手さがあまりありませんね…もっと精進しなくては。
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